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愛妹弁当  作者: 斯波 志羽
9/12

9.

 哲男の運転により、まず先に連れて行かれたのは彼らの住むアパートメントからほど近い集合墓地だった。

 入り口を抜けて100mほど歩いた先にそびえたつ大きくて立派な木の根元には何十人、いや何百人もの遺骨が埋まっているらしい。


 正彦は生前、鈴木家の墓地ではなく、この集合墓地を自ら探して来て、自分が死んだらこの場に埋葬して欲しいのだと頼んでいた。


 鈴木家の墓に兄が入っていないのに、自分だけ入るわけにはいかない――言って聞かなかったらしい。

 希はその話にあれと首を傾げた。


 鈴木家の墓に入っていないのなら、自分の父親の遺骨はどこに埋葬されているのか――と。


 その答えは正彦に挨拶を終え、2時間ほど車を走らせた後に判明した。

 希の父・鈴木文彦と、母・春子の墓は海辺の小さな墓地にあった。

 おそらく2人しか入っていないのだろうその墓の墓石には、2人の名前が刻まれていた。


「あの……なぜこの場所に?」

 希はたまらずみどりの顔を見上げた。けれど彼女は困ったように、そして悲しそうに眉を下げて笑った。


「実は私もわからないのよ。文彦兄さんの時も、春子さんの時も、全て終わってから聞かされたから正彦兄さんに聞かされたから……」

「そう、ですか……」


 それ以上は何も言えず、希は手慣れた様子の未希や大希に続いて手を合わせた。

 鈴木希です――と、希は心の中で、墓の下で眠る実の父と母にとても今さらな自己紹介をした。そしてその後に取り付けたように、元気でやっていますとも伝えた。


 伝わるわけはないのだろうが、この2つが今の希が両親に告げられる、告げなくてはならない言葉だった。

 その続きは……少なくとも今の希はまだ彼らには言えない。


 代わりにみどりが現状を2人へと伝えていた。


「文彦兄さん、春子さん、希君とまた会えたのよ。……正彦兄さんが会わせてくれたのかもしれないわ。記憶はなくなってしまったみたいまけど、こうして2人にもう一度希君の顔を、そして成長した未希ちゃんと大希君の顔を見せられて良かったわ。数日後には私達はまた、アメリカに戻っちゃうけど、だけど定期的に顔を見せに来るからね」

「あの、叔母さん」

 みどりの、文彦と春子に向けた言葉に希は考えるよりも早く口を開いた。それは本能的な行動に近い。


「なぁに、希君」

「未希ちゃんと大希君を俺の家で預かることは出来ませんか?」


 普段の希ならそんなことを言うはずもない。

 ちゃんとした大人の哲男とみどりが、まだ幼い未希と大希を預かると言っているのだ。どう考えても、会うまでその存在すら忘れていた希よりもずっと適任だ。

 日本から海外へと住居を移すにしても、18年間の記憶をすっぽりと失くした兄と暮らすよりもいいだろう。


「ほら、住み慣れた日本の方が過ごしやすいだろうし。食事とかも口に合うものが多いし」


 希だって分かっているのだ。彼自身、自分の口から出た言葉に戸惑っている。

 けれど自然と己の口は、営業で培われたよく回る口は、どうすれば幼い弟妹を自分の元に置いておけるのかばかりを優先していた。


「希君……」

 哲男とみどりの目を見ながら、呆れられているなと、早くこの口は止まってくれないかと、希は切に願った。


 けれど希の自分勝手な口が止まる前に、沈黙を保っていた未希が小さく口を開いた。


「よろしくお願いします」――と。


 すると一番信頼を寄せている姉が望んだことだからだろう、続けて大希も未希の背中の後ろから「よろしくお願いします」と首だけペコリと下げた。


「未希ちゃん、大希君……。じゃあ、希君、2人をよろしく頼めるかしら? 2人を無理に連れて行くわけにもいかないもの」

「ありがとうございます」

「けどこれだけは約束してほしいの。希君も、未希ちゃんも、大希君も誰かが大変だと感じたらいつでも言って。私にとってあなた達は大事な家族なんだから」

「叔母さん……」

「とりあえず、これが私のメールアドレスと携帯電話の番号。何か困ったことがあったらここにメールか電話をしてちょうだい。時差なんて気にしないでいつでも寄越してね? もちろん要件なんて特になくとも連絡がもらえれば嬉しいんだから。後、それと……これは2人の学費と生活費が入った通帳」

「え?」


 メールアドレスと携帯電話の番号が書かれた紙切れがすぐに出てくるのはいいとして、まさか通帳も同じ鞄から出て来たことに希は驚いた。

 銀行に行くなら持っていて当然だろうが、墓参りをするのに通帳を持参するなんて聞いたこともない。差し出されたそれを受け取っていいのか迷ってしまう。

 だが2人と共に暮らすなら、それは必須品なのだろう。おずおずと手を伸ばす。一通の通帳を受け取ると自然とその重みを手に感じた。


 それが幼い弟妹を引き取る覚悟なのだ。



 それからアパートメントに帰るとすぐに2人の引っ越しの準備をした。

 ……とはいえこの部屋を立ち退くまで残り2日しかないそうで、昨晩と今朝方通された部屋の隣の部屋にはすでにほとんどの荷物がまとめられていた。


 そのため、日はすでに傾いていたが善は急げと、5人はゆうに乗れたレンタカーで希と哲男の2人は希のマンションへと荷物を運び込み、残りの3人には引き続き荷造りをしてもらった。


 年頃の女の子と、育ち盛りの男の子にしては荷物がやけに少なかった。

 希のマンションへと運び込んだのは2往復で、たったの5箱だ。それも2人の服が2箱、教科書などの学用品が1箱、布団が1箱に、何も書かれていないものが1箱。

 あまりに少ないので、昨日までの荷造りを手伝っていたのだろう哲男に尋ねてみると、彼もその荷物はあまりにも少ないと感じていたようだった。


「義兄さんもあまり荷物が多い方じゃなくて、遺品整理もそれほど時間はかからなかったんだ。手紙ではあの子達が物を欲しがらない子だと聞いていたけど、まさかこんなに少ないとは思いもしなかったよ」

「じゃあ、これで本当に……全部何ですか?」

「ああ。テーブルや椅子、調理器具は流石に持っていけないと話していたけど、2人の所持品はそれで全部だ」

「そう、ですか……」

「なあ、希君。あの子達をよろしく頼むよ」

「はい!」


 まだ2人のことは分からないことづくしの希だが、力強く返事をすることに迷いなどなかった。


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