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愛妹弁当  作者: 斯波 志羽
7/12

7.

 どこか見覚えのあるような気がする真面目そうな男の人、自分の父親なのだというその人の写真の前で、希は慣れない手つきでお焼香を上げた。

 記憶がないわりに、この人が父なのだと言われてああと納得したのは、ほんの少しだけ毎朝、鏡に映る自分に似ていたからだろう。

 全体的な雰囲気は全くと言っていいほどに違うのに、目元とか、口元とか、そんなところが俺はこの人の子どもなのだなと希の心を落ち着かせた。


 何を報告するでもなく、ただただ自分の肉親の写真に手を合わせること数分。目の前の写真を確認するように目を開き、顔をあげる。

 やはりそこには変わらずその写真があることに妙にほっとした。



 それから夕食を共にすることにした希は4人分の視線を一身に受けることとなった。

 みどりと哲夫から注がれるのは温かい視線。あの喫茶店で感じたものと変わりない、落ち着くものだ。


 そして残りの2つはといえば……。


 姉の未希は何か言いたそうにじいっと希の方へと視線を注ぎ続けている。けれどそれを口にするつもりはないようで、頑なに彼とは視線を合わせようとはしない。

 そして弟の大希の方はあれからずっと希を警戒するような、刺々しい視線を彼へと送り続けている。

 

 未希は希を覚えているか微妙なところはあるのだろうし、大希に至っては正真正銘の初対面である。いきなり連れてこられた男を兄と言われ、困惑するのも無理はないだろう。

 

 どうせ今日だけの付き合いなのだ。いるかもわからなかった『家族』の顔を見られただけ良かったのだろうと希はそう、思っていた。

 

 

 ……亡くなったという両親の墓参りに行くまでは。

 


「そうだ、希君。あなたさえよければ明日のお墓参り、一緒に行かない?」

「そりゃあいい! きっと義兄さん達も喜ぶだろう」

「は、はぁ……」

 みどりと哲夫に誘われて、翌日の墓参りに参加することとなった希は、哲夫に連れられて近くのビジネスホテルで一泊することとなった。

 

「希君、急な話で悪いな。けど今日を逃したらもう……機会はないような気がして、ならないんだ」

 フロントでもらった鍵を希に渡すと、哲夫はポツリと心のうちを希に明かしてくれた。

 それはまるで再び希が彼らの前から消えてしまうのを恐れているように、ほんの少しだけ声が揺らいでいた。

 

 希はその手に触れるようにして鍵を受け取ると、その代わりに自身の気持ちも打ち明けることにした。

 

「誘ってくれてありがとうございます」

 

 きっと駅で2人に会わなかったら一生、両親の墓参りなんて行っていなかったはずだ。

 唯一、記憶を失くす前からの知り合いであるらしい上総が口を閉ざしている以上、家族の記憶もない俺が両親の死を、そして彼らの眠る墓を知り得る方法などないのだから。

 

 なぜ上総は希自身のことを必要以上に語らないのかはわからない。

 もしかしたら事故に遭う前の希は、親友だと語る上総にも家族のことは話さなかったのかもしれない。だとしたらそれは恥ずかしさからなのか、それとも他の理由があるからなのか、知りたいと思った。

 もうあれから15年も経っていて、諦めかけていたくせに、開けられたその箱の中身を見てみたいと思ったのだ。

 

「そう言ってくれて助かるよ」

 彼は余計な力が抜けたように笑うと、明日9時に迎えに来ると言い残して他の3人の残るアパートへと帰っていった。

 

 


 鍵に書かれた番号の部屋へと向かい、そして真っ先に風呂へと入る。

   なぜだか、本当にごくたまにではあるが、希は無性に自分の身体が汚れてしまっているように思えてならない時がある。

 規則性があるわけでもなく、それは突如として現れる。

 

 今日も、だ。

 

 哲夫の背中を見送ってからというもの、なんだか身体中が一気に汚れてしまったような感覚に陥った。

 

 石けんをちゃんとあわ立ててから洗った。

 背中だって頭だっていつも通り2回ずつ洗った。


 けれどその泡が流れて、肌の上にはなくなってもなお『汚い』『もっとちゃんと洗わないと』と思ってしまうのだ。


 再びタオルに石けんを何回も往復させる。

 後は泡ができるまではゴシゴシと布同士をこすり合せる。段々と大きくなる泡を見つめながら必死であわ立て続ける。

 

 頭では本当は一度流した時点で綺麗になっているとも、元々そんなに汗をかいているわけではないということもわかってはいる。

 わかってはいるのだけど、希は自分の中の悪魔に囁かれてしまえば勝てないのだ。

 頭の中で何回も繰り返される。

 

『汚い』『汚れているんだ』――と。

 


 幼い子どもの声で。

 

 声変わりの途中のかすれた声で。

 

 いつかの自分の声で。

 

 もう何年も眠り続けている過去の自分が起きては囁いて、クスクスと笑って行く。飽きるまでずっとそばから離れてはくれない。

 けれど何回も言葉に従っていると悪魔は飽きて二度寝をきめこむのだ。

 

 

「はぁ、はぁっ……」

 いつだって残るのはなんとも言えない気持ち悪さと、真っ赤になった両腕だった。


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