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愛妹弁当  作者: 斯波 志羽
12/12

12.

「ふぁ……」

 思いの外、深い眠りにつくことができた希が起きたのは6時を少し過ぎたあたり。セットしておいたアラームよりも早く目が覚めたようだった。


 それは早く起きなければならないと緊張状態にあって、自然と身体が目覚めた……わけではなく、ただ単純に希のお腹は空腹を訴え、起き抜けにグーグーと音を鳴らすほどだったからだ。


 それに追い打ちをかけるように隣の部屋からは甘い香り。


 希はサッと立ち上がると、頭を2度ほど掻いてパジャマのまま隣の部屋へのドアを開ける。

 するとまだ覚醒はしていない希の目に映ったのは、冷蔵庫のごく僅かな食材を使って作ってくれたのだろう、フレンチトーストとスクランブルエッグ、そして彼の朝食に欠かせない牛乳が鎮座していた。


「おはようございます。希さんはどんなものをいつも食べているのかわからなかったので、とりあえずあるものを勝手に使わせていただきました」

「ありが、とう」

 希の朝食はこの15年間のほとんどが、食パンにバターというお決まりのものだった。

 そのリズムが崩れることなど、記憶を無くしてからすぐの病院食と、職場の社員全員参加の旅行などのどうしてもそれ以外を食べなければならない時くらいなものだった。

 こうも、その習慣を彼が覚えている範囲で続けてきた中で2日連続で乱されることなどなかったのだ。


 なのに、不思議と希には不快感はなかった。

 テーブルの上にはまだ食パンが2枚ほど残っていて、今後共に暮らしていく未希の機嫌を損ねる恐れがあるとはいえ、今までの習慣を突き通すことだって可能なのだ。

 だが希が選んだのは、4脚の椅子の中でクッション部分の摩耗が一番激しい特等席に腰を下ろし、手を合わせることだった。


「いただきます」――と。


 希のその仕草に、未希はホッと胸を撫で下ろしていたことを彼は視界の端に捉えて、フッカフカのフレンチトーストにフォークを突き立てた。

 口の中に広がるのはまたもや懐かしさを感じるものだった。


「ねぇ、これって鈴木家の『家庭の味』?」

「いえ、図書館で借りた本に書いてあったレシピですが……」

「そっか。美味しいね、これ」

「私も、そう思います」


 目を細めて、過去の出来事を思い出す未希の様子に、希はこれは彼女が叔父と作った思い出の1つなのだろうと予測を付けた。


 だからこそこんなに美味しいのだろう――と。


「姉ちゃん、俺の歯ブラシ知らない?」

「え、ああ、ここにあるわ」

「ありがとう。あ、えっと……おはようございます」

「ああ、おはよう」


 未希と違って、大希は希相手に人見知りを発揮しているようで、姉からお目当てのものを受け取るとすぐに洗面台の方へと下がってしまった。

 希はそんな彼に親近感を覚えた。

 営業をやっているだけあって、今は人見知りを発揮することなどないが、目を覚ましてからしばらくは酷かった。

 自分にとっては周りは全員知らない人で、けれど相手は知っているかもしれないのだ。

 そのことが、過去の自分と比較されるのが怖くて、中々人の目を見ることが出来なかった。……それももうすっかり慣れたのだが。


「ご馳走さま。美味しかったよ。……あ、そうだ。これ、この家の鍵。大希君にも渡しておいて」


 希は早々にいつもよりも豪華な食事を済ませると、デスクボードに置かれた予備の鍵を2本ほど手に取った。

 希がよくカバンの中や家の中で失くすからという理由で上総が作って置いておいてくれたものだ。

 その時は、こんな数を作ったら探す気力がなくなると主張した希であったが、あの時無理にでも合鍵を作って押し付けてくれた親友に感謝した。


「ありがとうございます」

 未希の手のひらに乗せたからにはもう、希は鍵を失くすことはできない。なんと言っても上総が作った合鍵は3本。うち1本は彼自身が持っているのだから。

 希の頭にはふと、たった1本となった自分用の鍵と、昨日哲男からもらった鍵を同じチェーンにはめて仕舞えばいいのではないかと我ながら名案とも思える考えが過った。どちらも大事なことには変わりないのだ。


 早速希は今日の予定に、チェーンの購入を追加して席を立った。



 結局、大希は希が髪の毛をセットするために洗面台へと向かったのと入れ違いになる形でリビングへと入っていった。

 それは単純に希の食事を済ませるのが早く、大希の歯磨きが長かったからなのだが、希は彼の食事中、同じ席にはつこうとしなかった妹と、入れ違いとなった弟と共に食事が出来なかったことがひどく残念だった。


 希は洗面台に映った己の髪がキッチリとまとまっていることを確認した。

 食事の機会ならまだいくらでもあると己を鼓舞し、アイロンがけの済んだパリパリのシャツと、入社祝いだと上総がプレゼントしてくれた物持ちのいいスーツに身を包んだ。

 そして相変わらず中身が散乱しているカバンを手に取るといつもよりもうんと早い時間に家を出た。


「行ってきます」

 玄関のドアを閉めると同時に、ボソッと呟いたその声はリビングの2人には届かなかった。


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