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愛妹弁当  作者: 斯波 志羽
11/12

11.

 2人をリビングへと残して、スゴスゴと寝室へと戻った希は勢いよくベッドへとダイブした。

 

「はぁ」

 リビングでは早々に2人は寝てしまったのか、隣の部屋からは光が一切漏れてこない。一方で希の部屋は今も、そして夜中も電気を点けっぱなしなのだ。

 そんな部屋とは対照的に希の心にはずんと曇っていた。

 それを吹き飛ばすために試しに頭を軽く左右に振ってみたが、何も変わらず希とは一人寝室で反省会を開くことにした。

 

 兄であるとはいえ自分のベッドを貸すだなんて年頃の女の子にするべきではなかったのではないか――と。

 

 広いベッドで寝れば疲れも取れるだろうと、希は我ながら気の利いた提案であったとその時は思っていたのだ。

 このベッドを使い始めてもう10年以上が経つ今もなお左端だけしか使われた跡のない、希には不釣り合いのキングサイズのベッド。

 なぜかベッドの真ん中では熟睡できない希のために上総が退院祝いだの何だと理由をつけてプレゼントしたもので、寝心地は最高だ。

 


 雨宿りする時に使う部屋だからきっちり管理しておけよと言って貸してくれている部屋なのだから、そんな日くらいベッドは譲ると希は言ったのだが、上総は「お前はベッドで寝るんだ!」と言っては頑として聞かず、ならばこんなに広いベッドなのだから二人で寝ようと提案してみると「男と同じベッドで寝るのは趣味じゃない」とそう言って拒んではソファで寝てしまう。


 1人で寝るには広いベッド。

 ましてや希は端しか使わないのだから、上総は真ん中で大の字で寝ることも、希とのいる場所の真逆まで行って寝ることも可能だ。

 だからそんなに気にすることはないのにと希はいつも思ってしまう。


 それはただ単に自分が細かいことは気にしない大雑把なタイプだからそんなことを思えるのかもしれないが……とも思い、だったらベッドを二つにすると提案してみたこともある。だがその時だって上総はろくに希の意見を聞きはしなかったのだ。

 折角キングサイズを買ったのだから使わないと勿体無いだの、俺はソファで十分だの、そればかりだった。


 そして何度もベッドで眠るように勧める希からの逃げ道を見つけたとばかりに、上総は夜のお供のブランケットを早々と購入し、泊まる際にはブランケットを頭から被せて寝ている。


 そしてつい2年ほど前にはリビングのソファをリクライニングのものへと買い換えた。

 

「これで文句は言えないな」

 勝ち誇ったように笑っていた上総だったが、その日はちょうど希の誕生日で、彼なりの誕生日プレゼントだとわかるとくすりと笑ってしまったものだ。

 

 他にもこの家には上総からもらったものがたくさんある。

 希は一体上総に何を与えられているのかわからないが、彼はいつだって希に気遣って隣に居てくれた。

 

 上総が記憶をなくした俺にいろんなものを与えてくれたように、今度は自分があの子達に与えていく番だ――希はベッドで熱い使命感にも似た何かを掲げる。

 

 覚えていない分、思い出を作ろう。

 

 一緒にいられなかった分、これからは一緒に過ごそう。

 

 上総がそうしてくれたように。


 なんてこんなことは自己満足なのかもしれない。

 だが万が一でもあの子達もそうでありたいと望んでくれるようになればと願うのは自由ではないか。


 希は誰かに言い訳をするように、ご丁寧にも自分の頭の中で『未希が高校を卒業するまで』とタイムリミットまで決めた。

 

 彼女の叔父が何としても高校は卒業してくれと泣きついたらしく、彼女にとって高校を卒業するということは優先事項の上から数えた方が早いところに位置しているのだ。

 だからなるべくそれを守ろうとするはずだと希は踏んでいる。

 そしてそのために彼女は自分の元に来ることを選んだのだ、とも。

 多少居ずらかろうがここから宛てもなくどこかに行くような突飛なことは余程のことでもなければしないだろう。

 それこそ亡き叔父との約束よりも大切なもの、おそらくというより疑いようのないほどに確実であろう。

 彼女にとって叔父と同じかそれ以上に大事な存在であるだろう、弟の大希が傷つきでもしない限りは。

 

 彼女にとって大希君はずっと一緒の、いまやもう唯一となった家族なのだ。

 希はまだ警戒されていて、家族としては認められていない。彼自身もその自覚はある。かといって、あの優しかったみどりと哲男に対しても完全に打ち解けてはおらず、どこか遠慮しているようなだった。

 

 今の未希が心を許せるのは大希だけで、未希ほどに顔や態度に現れてはいない大希も心から信用しているのは未希だけなのだろう。


 大希はたまに空虚な目をする。

 たった1日と少ししか共にいない希もそのことが気にかかった。

 笑っているはずなのに目線の先には何もとらえていない目だ。けれどそこに未希が映り込むと途端に目には光が、正気が宿る。

 そんな目をする彼とは何度か目があって、小さな身体に大きな何かを感じたような気さえした。


 二人は希よりも幼い。

 けれど身近な人をすでに3人も亡くしているのだ。希は哲男に聞いたことを思い出した。

 

 初めは父親。

 希が失踪した3年後、子供を助けて事故に遭い、その後還らぬ人となったらしい。

 

 次は母親。

 そして、父親の死後すぐに心を病んでまだ幼い子どもを残して先立ったらしい。

 母親の姿がぱたりと見えなくなったことを不審に思ったアパートの大家が警察に相談したことによって発見されたらしい。

 

 父親と母親が亡くなったのは未希が小学4年生で、大希君が小学校に上がってすぐのことだった。

 精神的な消耗が2人とも激しかったらしく、2人を心配して叔父である文彦が暗いアパートの中に入った時には手負いのケモノのようだったらしい。

 2人で抱き合って、腕の中で動かない大希に未希はずっとぶつぶつと繰り返していたらしい。


「私が守るから」――と。

 そんな姿を見て、叔父が2人とも引き取ると言ったのだという。

 引き離すことなんて出来ないと。


 こうした経緯で2人は叔父に引き取られたのだと、車の中で2人の過去を語ってくれた。

 

 全てが終わった後に出来事を知った哲男とみどりは、3人の間に何があったのか、詳しくは知らないらしい。

 だが顔を出すたびに2人の顔は穏やかなものへと変わって言ったのだと話していた。

 

 2人の心を溶かしていった、育て親である文彦は1年ほど前から身体を病み、つい先日息を引き取った。

 哲男の話によるともう手遅れだとわかった文彦は自らの手で生前にできる手続きを終わらせ、また自分の死後必要となる書類すらも作成していたそうだ。

 そして最後に、自分が亡くなった時はこの番号に連絡するようにと未希に、哲男とみどりの家の電話番号が書かれた紙を渡していたらしい。


 そうして2人から連絡を受けた哲男とみどりは久々に日本の地を踏むことになったのだ。

 

 あの子達はきっとその時から今度こそ全てを自分たちでどうにかしようと決めていて、互い以外の相手には心を許すまいと重い錠前を何重にもつけて守っているのだろう。

 

 その重たい鍵を少しずつでも外してくれれば。

 

 希は未希の責任感を利用する形になってしまうことに申し訳なさを感じつつ、それまでに家族になれなかったらすっぱり諦めようと心に決めた。

 

 自分のワガママを押し付けるわけにはいかないのだから。

 

 いつになるかわからない夢を見て、希はいつも通り、明るく照らされた部屋で瞼を閉じた。


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