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愛妹弁当  作者: 斯波 志羽
10/12

10.

「あの、すみません。押しかける形になってしまって……」

 3往復目で弟妹を乗せ、途中、お弁当屋さんで適当に買って来た夕食をつついていると未希はすまなそうに希に頭を下げた。


「いや、誘ったのはこっちだから気にしないで。あ、そうだ。とりあえず今日寝る場所なんだけど……」


 そこで希はやっと2人に部屋を与えられるほどの部屋数がないことに気がついた。

 一人暮らしには広すぎるほどのリビングと寝室の2部屋しかないのだ。

 男1人が暮らすには広すぎるほどではあるが、いや住人が3人に増えたところで広いことには変わりはないのだが、年頃の少年少女をリビングで寝かせるというのは、誘った者として、そして何より彼らの兄として、これは致命的だと希には思えてならないのだ。


 その中で救いがあるとすれば、希の綺麗好きではない性格を反映している部屋が、お世辞にも再開したばかりの弟妹に胸を張って紹介できるとは言い難い状態のリビングが、いつもよりも大分綺麗であることだ。

 というのも希が掃除をしたわけではなく、数日前にこの部屋を訪れた上総がいつものように呆れて片付けてくれたのである。


「少し待ってて。ちょっと掃除してくるから」

 希は2人よりも一足早く食べ終わったのをいいことに、一人立ち上がった。

 よく見ればリビングのそこかしこに埃が溜まってしまっていて、先日上総に勧められた自動で稼働してくれる掃除機具を買おうかと本気で検討しながら目指すのは己の寝室である。

 毎日使っているとはいえ、同じ道筋を通る習慣が付いているため、それ以外の場所は埃が薄く積もっている……なんてこともあり得る。


 さすがの上総も希の寝室までは掃除はしてくれない。

 時間が時間なだけに、掃除機を物置から出して……とはいかなくとも、使い捨てのウェットシートの付いた上総お気に入りの掃除道具なら何とか短時間で表面上の埃だけでも取れると思ったのだ。


 早速寝室の掃除を!と思い、希が隣室のドアに手をかけると小さく「あの」と声をかけられる。

「アパートから持ってきたダンボールには布団が入っていますので、廊下に引かせていただければ……」

「廊下なんてそんな……風邪を引くだろう」


 何をいっているのだろう?

 未希の言葉に驚きを見せたのは希だけで、大希の方は相変わらず弁当を突いている。


「私も大希も、もう長らく風邪なんて引いていませんよ」

「いや、そういう問題ではなくて……だな」

 不思議そうにしてはすぐに興味が失せたような顔でドアの隣に積んであるダンボールへと目を向ける、そんな妹に希は何と説得すべきなのかわからなくなる。

 けれどこのまま何も言わなければこの2人は廊下で布団を敷いて眠ることだろう。

 

「あ! なら俺のベッドで寝ればいい!」

「お断りします」

 

 希の中で生まれたばかりの名案は未希によって露道の雑草のごとく踏みつけられた。

 タンポポみたいにいつでも次に咲く花がスタンバイしているわけでもなく、希の傷ついた心は瞬時には治ってくれない。

 これも歳を取ったからかといじけながら、鮭の身をぐちゃぐちゃとほぐす。

 そしてそれを白米に混ぜながら「ならせめてリビングで寝てくれ」と伝えた。

 

「まぁ……リビングなら……」

 2人はいくつもの項目を見送ったらしく、最大の譲歩を見せた。

 

 希は頷く2人には気づかれないようにほっと溜息をつき、空っぽになった3人分のプラスチックケースを重ねて、キッチンにあるゴミ箱に入れる。


「……すぐに引っ越し先見つけるから」

 掃除場所を寝室からリビングへと変え、手を動かしながら希は自宅近くの不動産屋を頭の中でいくつかリストアップした。

 記憶をなくした後、ずっと上総の好意に甘え続け、月1万円だけを支払っていた希には近くのマンションの相場が分からないが、近々生活費の換算をし直さなければいけなくなることだけは理解していた。



 希にしては上出来なほどにリビングの掃除を終えると、運んできた段ボールの1つ、布団と書かれた箱を開けた。

 そこから出てきたのは2人分の布団、ではなく、ダブルサイズの布団が1つと同じくらいの大きさの掛け布団が薄いものと厚いもの、それぞれ1枚ずつだった。

 未希と大希は同じ布団で寝ているのだ。

 当然2人は部屋を分けるのだろうと、まだ見ぬ新居に2人別々の部屋を想像していた希にはその事実が衝撃的だった。

 当たり前のように2人は協力しながら手際よく布団を引き、シーツを被せ、そして頭の辺りに2人分の枕と、可愛らしいウサギとネコの小さなぬいぐるみを置いた。



「いつも何時に起きていますか?」

 寝る準備も全て整い、大希が一足先に洋服の入った段ボールから2人分のパジャマを取り出すと、未希はこてんと首を傾げた。

 まだ希が寝るには早い時間ではあるが、2人はすでにあの家で最後の入浴を済ませていたし、2人の生活のリズムを希はまだ知らないのだ。

 だがそれはおいおい知っていくことになるのだろう。


「えっと、6時半……」

 本当は希の起床時間は早くとも7時。時には二度寝をしてしまい、7時半と出社ギリギリになることもある。

 だがさすがに共同生活を始めたばかりに慌てて用意していく姿は見せられないと早めの時間を告げたのだった。


「わかりました。朝ご飯はどうしましょう?」

「あ、えっと……食パンと牛乳なら用意できるんだけど……」

 今朝方の立派な朝食が2人のスタンダードな朝食なのかもしれないと思うと、自然と希の声は尻すぼみになっていく。

 だがあれだけの料理を毎朝作れるかと聞かれればノーだ。希は力強く言い放つことができる。

 なんといってもパンにバターを塗るのも、上総お気に入りのシリアルに牛乳を注ぐのも希にとっては立派な『料理』なのだから。


「あの、もしよければ明日のお夕飯の支度からは私にご飯、作らせてもらえませんか?」

「え?」

「ここにしばらくの間、置いてもらうわけですし……。明日の朝は無理でも夜からなら足りない材料も揃えられますし。もちろん私と大希の分の食費と少しではありますが家賃も払わせてもらいます」

「……君達は学生だろう? そんなお金のことなんて」

「バイト、していますので少しだけですが決まった額が入ってきます」

  「でも……」

「とりあえずこれは今月の分です」


 希はこの家のオーナーである上総にほとんどお金を支払っていないのだから、未希からもらう資格はないとどうにか突き出した手を引っ込めてもらいたかった。だがその手は一向に引こうとはせず、受け取りたくない希と受け取ってほしい未希との我慢比べがしばらく続いた。


「……うん、じゃあとりあえずは預かっときます」

 結局、希はそのお金を2人から預かったお金として、今後何かあった時用に貯めておくことで折れることとなった。

 未希はそれに納得がいかない様子ではあったが、とりあえずは受け取ってもらえたということを重視したようで、何も言ってくることはなかった。


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