夜はまだこれから
まだ終わらない不思議。
ちなみにここまで来てもまだ一章の半分もいってるか怪しいくらいです。
十秒くらいだろうか。しばらくして炎の柱は静まった。一瞬にして辺りを悲惨な光景にした上で、風十はその中心、二人を飲み込んだであろう場所まで棍棒を腰へと引っ掛けながら歩き出す。
そこには、真っ黒な焦げ跡。
確かめるまでもなく、跡形もなく燃え尽きてしまったのだろう、風十が判断しかけたところで、別の場所にも跡を見つけた。
「・・・・・・足跡?・・・・・・逃げたのか!?」
その中心の焦げ跡から、ポツポツと後ろに、足跡のように一定間隔でさらに焦げ跡を作り出していた。
間違いない。これは足跡だ。恐らくあの大炎の中から、逃げ切ったのだろう。ローブに耐性でもあったのか、それとも別の方法か。人を殺すような事をする人間だ。もしかしたら自前の肉体に既に耐性があったのかもしれない。
焦げ跡はそのまま森へと続いている。魔法で作った炎なので延焼したりはしていない。つまり森は森のままだ。
「・・・・・・やられた。仕方ない、逃げた方を追うか。今更意味があるのかも知らんが」
三人に逃げられてしまったのだ。一人も逃がさないのには意味があるが、二、三人に逃げられるのならば追いかけても無駄だろう。
森に入るのは危険だ。そもそも風十は地形を知らないし、風十の魔法で明かりを作ろうにも、それでは猛獣たちすら呼び寄せてしまう。
仕方ないので、先に逃げっていった方を追うしかない。もしかしたら二人の方は大火傷をしていて、じきに死ぬかもしれないからだ。
「・・・・・・?」
その前に、風十は足元に何か落ちていることに気がついた。同じように真っ黒に焦げた小さなそれは、どうやらポーチのようなものだ。
風十がそれを拾い上げると、焦げた皮が剥がれ落ち、中身がこぼれ出てきた。
何なら純白の紙に包まれた物品だ。あれだけ入れ物が焼けていたにも関わらず、中身に一切焼け跡がないことから、よほど貴重な何かだったに違いない。少なくとも証拠にはなるだろう。
「ーーーふ、フウト!!」
そう思っていたところで、不意に風十は名前を呼ばれた。
もうこの場には生きている人なんてほとんどいないのだから、誰が呼んだのかはすぐにわかった。
「ああ、アンタは大丈夫だったか?そういや馬車は?御者はもう無理だとしても、そっちが無事なら嬉しいんだが・・・・・・」
ようやく動けるようになったエルが近くまで走ってくる。
風十も振り返って応えた。肝心の敵には逃げられてしまったが、敵襲自体はなんとか防げた。結果的には充分だろう。
「ふぅ・・・・・・あなた、本当にフウトなのかしら?なんていうか・・・・・・ハンサム?」
誰もいなくなったことに安堵してから、エルは、ようやく調子を多少なりとも取り戻した。
「オレぁいつだってハンサム、とは言えんな。あっちはどうにも・・・・・・まあとにかく、今から逃げてったヤツを追いかけーーーいや、アンタがいるならそれも止めといた方が良さそうだな」
この場でエルを一人にさせるわけにはいかないだろう。
止む無く追いかけるのは諦めることにした。ここでエルをほったらかしてどっかに行ってしまうのは、ハンサムとまで言われた男にしてはずいぶんと情けない。
「あ、そういやコレ。あいつらの忘れ物だ。アンタが持っといた方がいいだろう」
風十はさっき拾った包み紙を渡す。自称貴族の当主様なら、これから情報を抜き取ることもできるだろうと思っての判断だ。
エルはそれを両手で受け取ると、なぜか何の迷いもなく開け広げた。
「何かしら、これ?」
「警戒したらどうだ?よくそんな気負い無く開けられるな」
「・・・・・・え?あなたが包んだんじゃなかったの?」
どうやら勘違いしていたらしい。風十が拾ったものを、エルに渡すためにわざわざ紙に包んでくれたと思っていたようだ。
まあ確かに、これだけ真新しければそう思っても不思議ではない。
「薬か何かかしら?・・・・・・毒薬なんじゃ?」
中にあったのは丸くて白っぽい物体だ。触り心地と匂いからして、どうやら丸薬らしい。
「だとしたら飲まなきゃいいだけだ。とにかくアンタが持っててくれ」
「それは・・・・・・別にいいけど」
エルがしぶしぶ了承する。興味もあるのだろう。目の高さまで持って観察したりもしている。
「一体なんなのかしら・・・・・・?私の知るものではないみたいだけど・・・・・・」
そうやってエルが丸薬を持った手を空に掲げる。いつの間にか既に闇が広がっているので、少しでも星明かりや月明かりに照らそうと思ってのことだろう。
そうやってエルが上を向きながら口を開けて観察していると、何かが森の方から飛んできた。
「危ねぇ!」
風十も、頭上を通り過ぎてようやく気づく。とっさにエルに向かって叫び声をあげたが、遅れてそれが凶器のようなものではないと気付いて行動へは移行しなかった。
しかし油断していた。確かにまだあの二人が逃げたと決まった訳ではない。それに口ではよく言っていたはずだ。風十を殺すと。
それに見合うだけの実力がなかったからこそ、先の言葉は口先だけで、実際は逃げたと判断したが、安心するのはまだ速かったようだ。
「おい、念のため下がってろ。もう少し警戒しとく」
風十がエルを連れて森から離れようと決意した時、突然エルが悲鳴をあげた。
「____んーーー!!」
続けて、ごくんと何かを嚥下する音。
猛烈に、風十の脳裏を嫌な予感が駆け巡った。
「は、って!!あーー!!アレ飲んじゃったですけどーーー!!!」
見れば、エルの手にはもうあの丸薬が握られていなかった。
そして足元には、先ほど飛んできた物体であろう真黒い何かが転がっていた。
風十は一度落ち着いて、ゆっくりと考えてみた。
「___アンタが上を向いている。見上げた先に手のひらとあの薬がある。物が飛んでくる。手にぶつかる。つい握力が緩む。薬が投下される。驚いて開いた口に落ちる。思わず飲み込む・・・・・・」
不思議と腑に落ちた。
「どどどどどうし、どうすれば、どうなるのだ!!!」
「いや落ち着け!」
エル自身何を言ってるか分かっていないだろう。ここは風十が導いてやらねばならない。
「アンタカバンにいっぱい詰め込んであったろう?そん中に解毒薬は?」
「それよ!!」
エルが全速力で馬車の方へと駆けていく。だがまだ混乱しているのだろう。風十は慌てず助言する。
「その腰に下げてるやつじゃないのか」
「そうだった!」
なぜか年齢でも下がったように慌ただしい。いやまあ、毒かもしれないものを飲んでしまったのだ、どれだけ慌てても不思議ではないが。
エルがガサゴソと思いっきりカバンを漁る。荷物が零れるのも気にせず、目的のものを探しだす。
ようやく見つけた赤色の液体の詰まった小瓶を取り出すと、栓を空け、時間が惜しいとばかりに瞬時に飲み干した。
恐らく苦いのだろう。エルが顔をしかめるが、続いて落ち着いたように息を吹き出した。
「ま、間に合ったわよね?」
「多分な」
ほっと息をつくエル。とりあえず無事でよかった。ここでエルが死んでしまっては風十も困る。
「ホント、アンタが魔法使いでよかったな。てか一体何が飛んできやがったんだよ」
風十はもう一度エルの足元に目をやって、黒い何かをつまみあげる。
ひどい悪臭だ。どうやら黒いものは布が焦げたもののようで、その中にはもっと別の物が入っていた。
「・・・・・・これ、は・・・・・・さっきのヤツらの、肉片・・・・・・か?」
そう、その中にあったのは腕だ。人間の。滴る血が、今の今まで生きていたことを教えてくれる。
・・・・・・ということは焼けていたのは服か。風十が焦がしたあの二人の。
しかしなぜ?どうして?
今更人間の身体の一部にいちいち怖がることもないが、疑問が頭を駆け巡る。風十の魔法は遅れて効果が発動するなんてことは無い。
さらに確認してみれば、腕は何かに噛みちぎられたように歪なちぎれ方をしている。風十はそんなことをしていない。
つまりこれは、風十ではない誰かの仕業!
そう思い至った時に、今度はエルが再び声を上げた。
「____フウト・・・・・・」
呆然と、唖然と、我を忘れたような呟き。
少なくとも、通常時に出すような声色ではない。
やはりさっきの薬は毒で、今頃効果が出てきたのかと慌ててエルの姿を見やる。
「おい?どうした」
しかしそこにいたエルは、とても自分の心配をしている様子ではなかった。
「う・・・・・・しろ・・・・・・」
また、エルがガクガクと震え出す。いや先以上だ。怯え方が尋常じゃない。汗が流れ落ち、唇は震え、顔面はふたたび蒼白になる。
エルはうまく口が動いていないようだった。必死に動かそうとして、しかし声が出ない。出せない。そんな様子だった。
彼女の怯えた視線は、風十に向けられている。
いや違う。その先の、風十の後ろを指し示していた。
「___!!」
慌てて風十が振り向いた。
これはただ事じゃない。エルを見ればわかる。
彼女は本気で茫然自失となっている。今にも気を失いそうだ。立っていられるのが奇跡だったかのように、どさりとその場にエルが座り込んだ。
「・・・・・・」
風十は振り返った。
腰に仕舞っていた炎の棍棒を取り出しながら、即座に対応できるようにと。
果たして、そこには____
「・・・・・・・・・・・・」
全身を闇で包んだかのような、のっぺりとした化け物がいた。
「・・・・・・獣・・・・・・王」
もはや誰の呼吸音すら聞こえくなった中、エルの言葉が、嫌に耳の奥に響いた。
夜はまだ、始まってすらいなかったのだ。
自分で言うのもなんだけど、長ぇぇぇぇ・・・・・・
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