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彼の意思、芽吹く時

よろしくお願いします

肉を貫くはずの刃が、宙を裂いた。

風を切る音が鳴る。


いつの間にか、風十は後ろに飛び退っていた。一秒二秒の動きではない。もっと短い、須臾の動きだ。


「ーーーまさか・・・・・・っ!!」


男からは思わず声が漏れていた。意図しない、予想に反した出来事に遭遇したがための反応だ。


飛び退いた風十は、ゆらゆらと立ち尽くす。前髪に隠れて、瞳は伺いしれない。

しかし、明らかに先ほどとは異なる雰囲気の少年がそこにいた。


「・・・・・・フウ・・・ト・・・?」


後ろで少女、エルが呆然と呟いた。当たり前だ、変動する事態に、頭が追いついていないのだろう。

しかし、それを気にする余裕もなかった。


「ハ・・・・・・」


風十が、いや、謎の男がゆっくりと顔を上げる。

覗くのは、先程から異様に真紅の瞳だ。


「ハハハ・・・・・・ハ、ハハハハハハ!!!」


風十の皮を被った誰かの哄笑が響く。

エルからしたらもはや別人にしか見えなかった。あの優しそうな眼はどこへやら。今は釣り上がり、凶悪そうになった瞳が、エルに得体の知れない恐怖を感じさせる。


「ーーーお前は、お前はホントに・・・・・・」


黒ずくめの男の一人から声がこぼれた。

それに応える、という訳では無いようだが、次いで風十が口を開いた。


「よぉバカども。お祈りは済ませたかァ?」


今までにない口調で、荒々しく、邪気に満ちた表情で言葉を紡いだ。


「逃げようったってもう遅い、ここから遠く離れたいなら、今すぐ地獄に連れてってやるよッ!!」


風十が腰に手を当てる。

そこにはいつの間にか、真っ赤な棒のようなものが佩かれていた。

まるで炎そのものを圧縮して固めたような、未だゆらゆらと燃える棍棒にも似た代物だ。

いや、どちらかと言うと、剣を入れる鞘に近い形状かもしれない。その棒の先端を掴むと、風十は剣を引き抜くように、そのまま振り抜いた。


「・・・・・・一度距離を取れ!散開しろ!」


誰かが叫ぶ。それに従うようの、五人が一斉にこの場を離れた。

ーーーその程度の距離、意味の無いことだが。


「そぉらよッ!!」


その場から、風十が消える。

いつの間にか、風十はその棍棒を黒い男の一人に打ち込んでいた。

腹を強かに打ち据えて、唾液を飛ばしながら男が吹き飛んでいく。草原を抜け、森の隙間にそのまま吹き抜けていった。

エルのところに、遅れて爆風が届いた。肌を焼くような熱波だ。

そしてこの熱に含まれたものには見覚えがあった。


「魔力・・・・・・!いえ、その前に、あの変化は一体・・・・・・!?」


だんだんと思考が回り始めたエルは、慌てて目で風十を追う。

見つめた先で、また一人木々の向こうへと殴り飛ばしていた。




嬉嬉として風十は炎で出来た棍棒を振り回す。

えも言われぬ爽快感があった。何年も監獄に閉じ込められて、ようやく外に出てきた時に感じる気分のようなそれは、今の風十には心地良いものだった。


「くそっ・・・!お前は撤退しろ!我らで時間を稼ぐ。報告を任せた!」


「はっ!」


数メートル離れたところで声が聞こえた。

見れば残る三人が一同に集っているところだ。

風を置き去りにするように、風十はその三人目掛けて駆け出す。草が邪魔だ。棒を一振すると、道を作るかのように炎が燃え広がり、草が焼け落ちた。

一人は後方へと走り去ろうとしている。残り二人が風十からその男までの進路を塞ぐように立ちはだかる。

風十の前に立つ二人は、覚悟を決めた瞳を覗かせる。

ローブの影であまり良く見えないが、その頬を冷や汗がこぼれたのが何となくわかった。

遠く駆け抜けていこうとする男を無視して、風十はピタリと立ち止まる。先程までの速度を考えると、とても生身の人間にできる芸当ではない。

風十はゆっくりと口を開く。逃げられることをよしとするのか、はたまた、追いつくと考えているのか。

どちらにせよ、もう眼前に迫った男二人は逃げられはしないだろう。


「・・・・・・聞こう。なぜ、オレを狙った?この命、どこに価値があった?」


突如として、先の荒々しさが嘘のように、落ち着いた調子で風十が問いかけた。安定しない感情。これは、未だ時間があることを示しているのだろうか。

風が吹き抜ける。遠くでは、誰かが草を踏み倒して走る音が聞こえる。陽は沈んで、闇は近い。


「・・・・・・」


男は沈黙する。

それにイラついたように、風十が手に持つ炎を突きつけた。


「なぜ答えねぇ。それとも無意味だと悟ったのか、ここで何かを教えても、自分は死ぬと?」


「いやまさか、覚醒の条件は『死にかける』ことだったか・・・・・となると我々は、敵に塩を送った訳だ。触らぬ神に祟りなし、か。これもまた然り。覆水盆に返らず、真理とは常に残酷であるか……」


「は?」


次いで返ってきたのは、全く質問の答えにならないものだった。

風十は訝しむ。会話の成立しない輩だったのかと。

どうにも清々しい声色だ。それが一層、風十には疑問を抱かせる。


「ここで殺してしまう他あるまい・・・・・・失敗だ成功だ以前に、まさか裏切ったなどと言われるわけにはいかぬ」


「了解しました。全霊を以て必ずや」


謎の男たち二人だけで、会話が続く。死を厭わない、強い言葉の応酬だ。

しかしやはり、風十には伝わるものではなかった。苛立ちとともに、荒々しく言葉を投げ放つ。


「何をブツブツ言ってやがる!死にたいんならかかってこい!オレの言葉が分からないその腐った脳みそに免じて、逃げてった奴共々ここでくたばれ間抜け共ッ!!」


「ーーー粋がるなよ!餓鬼が!」


耐えきれなくなったかのように、黒い男のうちの一人が叫び上げた。

それを合図に、二人が同時に左右に駆ける。風十を挟み込むようにして挟撃するつもりだろう。

風十は慌てず、右から迫る男のみを捉えた。こちらからも近づき、挟撃のタイミングをズラした上で炎の棍棒でその頭目掛けて殴り掛かる。

風十の棍棒の扱いは、まさに剣のそれだ。両刃の剣を振り回すように、斜め下から切り上げる。

常人の出せる速さではない。

先程吹き飛んでいった仲間からして、あれが物理的な武器なのは間違いない。炎のような揺らめきは特殊な武器である証拠であろうが、殴るというのであれば、躱すのが正解だろう。

攻撃を受けた二人は既にやられているだろう。あれほど人間を遠くにぶっ飛ばす攻撃をされて、ぴょんぴょん動ける方が異常というものだ。既に死んでいるか、死んではいなくとも瀕死か。ともかく援軍は期待出来ない。

そう男が考えているの間に、風十は棍棒を振り上げた。

それをなんとか、ギリギリのところで背を仰け反らせて回避する。もちろん、走っている途中にいきなりそんな行動を取れば、次の行動へと移行はできない。これは隙に他ならない。

ここぞとばかりに風十がにやりと笑う。相手を嘲笑う表情だ。いつものあの間の抜けた表情はどこにもない。

風十が足を振り上げる。何の防御の構えもしていない、相手の腹を力任せに撃ち抜こうとする。

しかしそれは阻止された。もう一人の、背後から風十を狙う切っ先に対応しようとした故だ。

首筋を貫こうと迫る刃を、振り向きざまに頭ごと首を傾げて躱し、お返しとばかりにその腕を掴み取る。いつの間にか装備していたもう片方の腕から振り下ろされたナイフを、掴んだ腕を引っ張ることで阻止し、すれ違いざまに膝を叩き込む。

とても人間の出した打撃とは思えない音とともに吹き飛ぼうとする身体は、しかし風十が未だに腕を離さずに無理矢理引き付けられた。

だが体勢は変わらない。腹を打たれた故に、頭が前方に突き出ている。

それでも風十も腕を伸ばしきっているために、このままでは届かない位置にあるが、今風十の腕にはリーチのある凶器、原始的な棍棒がある。

迷わず横っ面を叩こうと風十が腕を振る。体勢的にも防ぎようがないし、本来なら頭ごと引きちぎれて殺されていただろう。

だがまたしても風十の行動が阻止された。先ほど風十が倒し損ねた黒い男の片方が、今度は風十の脇腹近くを狙ってそのナイフを振るって来ていたからだ。


「・・・・・・ち」


流石に面倒になってきた。

両腕を使っている以上、このままではガードもできないし、前方に向かって棍棒を振っているので、慣性にやられて回避もしづらい。

止む無く足に魔力を流して、その爆発と共に横方向へと飛び退いた。

相手からしたら瞬間移動にも等しい速度だ。遅れて、爆風が届く。

目測七メートルは離れたところで止まり、ゆっくりと振り返る。

これで再び振り出しに戻った。いや、片方は一撃食らわせたには食らわせたが、まだ動けそうなのであまり期待しないことにした。


「生き汚いヤツらだな」


思わず不満が漏れた。しかしこれは自嘲ものだ。未だに相手が生きているのは、自分の力不足に他ならない。


「ーーーなるほど。武の心得がある訳では無いと見た。単純な身体能力、炎を扱う魔法。そして何より、その動体視力が凄まじい」


片方が一歩一歩慎重に下がりながらポツリと呟く。恐らくこっちが一番偉いのだろうが、見た目が完全に全員同じだったので見分けがつかない。


「・・・・・・どうしましょうか?」


前を見ながらそれに応えたもう片方は、声からして随分と若いようだ。それに敬語なので、下っ端だろう。こちらもゆっくりと後ろへ下がっていく。


「どうしょうもない。才能だけであそこまでされては、玄人の立場がないな・・・・・・」


しばし黙考する。その間、風十は意外にも手は出さなかった。単に、風十にも考えることがあっただけではあるが。


「あれは魔法か。身体能力の向上。とてつもない魔力制御能力だ。それにあの移動はその身体能力に炎の魔法を組み合わせたものか?でなければ熱風などありえない」


「なるほど、火属性魔法で爆発を起こし、その威力を利用しての動き、ですか・・・・・・いえ、でしたらなぜあいつは怪我を負っていないのでしょうか?」


爆発は爆発だ。それを足元で発動すれば、大怪我は免れない。


「・・・・・・耐性、だろうな。魔道士ではないので詳しくは知らないが、魔道士は自身の扱う魔法に関して、ある程度の耐性を得ると聞く。要は、右手の爪で右手の指が傷つけられないように、自分の歯で歯茎が傷つけられないように、魔法を扱うものはその対処手段も自然と手に入れるものなのだろう」


「それもやはりおかしいのでは?でしたら普通、耐性を得るのは本人であって、本人ではないあいつの靴は破けるはずでしょう」


下っ端が示すのは風十の足元だ。確かにそこにある靴には、多少の汚れはあれど焼けあとは見られない。


「・・・・・・詮無きことだな。あるいは我らが主ならば、答えを知っているかもしれないが」


そうこう話しているうちに、風十からかなり距離をとっていた。まだ風十は動きそうにないのでいいが、安心はできない。


「ともかく、あれに対応することが重要だ。あの速さはとてもではないが目では追えない」


「・・・・・・いっそ交渉に出ますか?隙を見て時戻丸でも飲ませれば・・・・・・」


「出来ると思うのか?」


「・・・・・・」


「その秘薬の使用は、無理矢理相手の口に押し込めと言われている。料理や飲み物に混ぜても効果は出ないからだ。ここで交渉にでてもヤツは必ず油断はしない。そんな相手に無理矢理飲ませるのは無理な話だ」


そこまで考えていたところで、いつの間にか後ろには木が迫っていた。どうやら随分と下がって来ていたらしい。

彼らはこのまま森の中に飛び込むつもりだ。なにせ森は障害物に溢れる場所。枝葉に隠されてほぼ闇に支配されているせいで視界は悪いが、逃げるのには適しているし、少なくとも時間は稼げる。唯一風十の炎を恐れていたが、流石に森を一瞬で焼き尽くすことはできないはずだ。

互いに頷く。そして一斉に振り返り森の中に走り出そうとした時に、突然真後ろから風十の声が聞こえた。


「テメェらが好き勝手に話してる間に、オレも考えることがあった」


慌ててバックステップを踏みながら振り返る。その声の主を知る以上、背中を見せるわけには行かない。あの速さは背を見せていては対応できないからだ。

二人はその存在に大いに驚き、頬を冷や汗が伝った。

いつの間にか、目の前には風十が立ち尽くしていた。遅れて、やはり熱波が届く。その熱にやられて一層汗が滴るが、それを拭う余裕もなかった。

風十は二人を気にせず言葉を発する。


「オレは、本当にこの身体だったか?」


普通なら、誰もが何言ってんだと首を傾げる質問だ。だが風十の目前にいる男たちからは、これっぽっちもそんな気配は漂ってこない。


「・・・・・・どうにも違和感がある。これがオレの全力とは思えない。しかし根拠がない」


黒ずくめの二人は恐怖した。そして同時に心の隅では安堵した。

彼は違和感に追われている。だがそれはつまり、今はまだ知らないということだ。

風十はローブに隠れた瞳から、何か感情を読み取ったが、特に食いついたりはしなかった。


「まあそれは今どうでもいい。オレには記憶がある。フウトとかいうオレの名前も、ここまで一緒にいたあの女の名前も、オレがなぜここにいるのかも、テメェらが突然襲いかかってきたことも、全部知っている」


いつの間にか、風十の心は安定していた。今はもう既に苛立ちはなく、ただ猜疑心と敵意のみが彼の思考の中を渦巻いていた。


「だが、オレはテメェらにあった記憶はねぇ。ここで恨みを買った覚えもねぇ。なら尚更おかしいだろう。なぜ、オレはテメェらに狙われる?」


「・・・・・・知りたいか、無理だがな」


風十はつい昨日、迷い込んだばかりだ。そもそもこの星(仮定)の住民ですらないわけだ。

彼らは此度、確実に風十の命を狙って襲いかかってきた。それは間違いないだろう。だから余計に不思議なのだ。どんな理由であっても納得できない。

しかしそう都合よく答えてもくれなかった。

偉い(多分)方が即座に拒否する。


「答えてくれるってんなら、逃げてった奴くらい見逃してやるぜ?オレの足を見たろう?どれだけ時間が経っているとしても追いつけねぇなんてことはねぇ」


「却下だ。追いつく追いつかない以前に、お前はここで死ぬのだからな」


まさに取り付く島もない。どうやら会話すらまともにする気はないらしく、キチンとした受け答えはなかなかしてくれないようだ。


「はっ、テメェ本人も思ってねぇことをよく言ったな。いいのか、本当に?手加減なんてしねぇぜ?」


風十の瞳に、あからさまな戦意が宿る。呼応するようにメラメラと棍棒の炎が大きく揺らめいた。

ここでの返答が、彼らの命を左右するだろう。だが、元より答えは決まっている。


「何度聞かれても同じこと。否、だ!」


「なら死ねッ!!」


質問の答えと同時に、男二人が風十目掛けて走り出す。いや、走り出そうとした。

だがその足元から、物凄い魔力が駆け巡った。可視化できるほどの濃密な魔力はすぐに炎へと変換され、その勢いのままに天空を侵さんと駆け昇る。

灰も残さないとばかりの大炎上。半径5メートルにも及ぶ超級の大魔法。

火柱の中に取り残された黒い二つの影が、見る見るうちに小さくなっていく。

風十は真っ赤に照らされた草原の端、森の片隅でポツリと一人呟いた。


「・・・・・・頭の悪いヤツらだな」



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