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幽かに漂う現の城

よろしくお願いします。

「まさか・・・・・・これ、貸切?」


「貴族を舐めるな、当たり前じゃない、って言いたいとこなんだけど・・・・・・まあ、気にしちゃダメよ」


何か後ろめたいものがありそうなエル。

実際、ない訳では無い。これから通る道はそれなりに危険である。それを風十に言ってはいないが。


今二人の目の前にあるのが、二頭の馬が引く馬車だ。豪華というほどのものではないが、安っぽいものでもない。大きくもないが狭くもない。そんな普通の馬車だった。


御者席には帽子をかぶったおじさん。手綱を握る、御者である。

その彼はなんとも浮かない顔でいる。


「なあ、あんたら。本当にあそこを通るつもりなのか?今からでも遅くはねぇ。そりゃ多少遠くなるが、値段も安くなるぞ?」


もう何度目ともつかぬ言葉だ。そして、それに対するエルの答えもまた同じ。


「大丈夫よ。猛獣の目撃報告だって、そう毎日聞くものでもないでしょう?皆怯えすぎなのよ。現に、私ここに来る時も通ってきたんだから」


「う、む・・・・・・いや、でもなぁ」


「ギルドにも伺ったわ。この時期は日差しを避けて森から出てこないから、街道付近は、比較的危険は少ないって」


「いやだが、出てこないと断定したわけじゃあないだろう?あのあたりは特にーーー」


「どの道を通ったって怪物が現れないなんて断定は有り得ないでしょう?それでよく御者をやってこれたわね。ここは意地を見せて欲しいところよ」


「意地、というがなぁ・・・・・・命を捨てる覚悟なんか持ち合わせてなくてな」


「覚悟も何も、それが仕事でしょう。安心しなさいな。道中の怪我なら私が治してあげる。仮に、仮によ?不運な事故があったって、一撃死でもない限り癒してすぐに逃げればどうにかなるわよ」


「一撃死だったら?」


「・・・・・・運が悪いだけね。恨まないでよ・・・・・・?」


「嫌だね!」


「・・・・・・最悪馬を一頭置いて自分だけ逃げてくれればいいわ。誰も責めたりしないもの」


「馬を扱えるなら最初から馬車だけ借りれば」


「得意じゃなくて悪かったわね!」


「・・・・・・」


「もう、そもそも!あなただって一度了承したじゃない!なんのための大金よ。例え目が眩んだだけだとしても、一度言った言葉は責任を持ちなさい!」


遂にエルが声を荒らげた。いつまでも駄々をこねる子供を叱る母のように。


「ああもう、何日も遅れたら絶対アイツがうるさいのだわ」


ぼそりと何事かをこぼすが、誰も聞き入れてはいない。風十は馬車を間近で眺め、触り、馬に顔を寄せ、蹴られそうになっている。

うんうん唸って未だ躊躇っていた御者も、とうとう観念したように覚悟を決めて、悲壮な顔つきで頷いた。


「・・・・・・やってやらぁ。死んだらもっと金もらうぞ」


「はいはい。好きなだけ我が家に請求して頂戴」


「ーーーぶへやぁっ!!」


ようやく話が終わったと思ったら、風十が馬に思いっきり蹴り上げられていた。

思わずエルはため息を吐いて、やむなく治癒の魔法をかけるために脱力した肩のまま風十に向かって歩いていった。









 先ほどまでの激しい揺れが消え去った。風十は安堵したが、同時に不思議に思う。車窓から道を覗いてみると、地面が土へと変わっていた。

 街を出てすぐの時は街道すら石畳で舗装されており、がたがたがたがたとひどい衝撃だったのだが、どうやらそれもここまでらしい。


「ここから、一応危険地帯だから気をつけなさい。といっても、私たちにできることもないけれど」


 エルいわく、どうやら本来の街道とやらは大体すべて石で舗装されているらしい。しかしこの道はその例外。石畳なんて車輪に悪そうな道で、なおかつ途中から舗装されてすらいない。

 これは単に使われなくなったということもあるが、その危険度ゆえのものでもあるらしい。

 この街道は本来、イレ・サムハイルから帝国への回路として最短のものだ。しかし誰も通らない。通りたがらない。もちろん道が悪いのもある。草だってそこら中に生えまくっている。

 だがそれらは、使わないからではなく使われなくなったからだ。誰も通らないから、舗装を中止し、手入れを止め、中途半端にとどまっている。


 何よりの理由は、猛獣、怪物の出現頻度およびその強さにある。


 この街道は、『幽幻の足元』

 

「.......見えてきた。ホント、気味の悪い城が」


 ふと、エルが呟いた。振り返れば、反対の窓からエルが遠くの空を眺めている。

 どれどれと風十も近づき、エルの正面の席に移動して、窓から顔をのぞかせる。


「ふむふむ。......あれ、あんなところにお城なんて建てて意味あるの?」


 遠く遠方に見えたのは純白の城。はるか天を衝かんばかりの山の上にそびえる巨大な建築物。

 山は木々にて生い茂り、ふもとまで何も見えないが、その城の威容だけははっきりと視認できる。

 無数の針のような塔、その上空を旋回する大型の翼をもつ鳥たち。ここからでは静かなものだが、近づけば奇怪な鳴き声に満ちているに違いない。

 そんな不気味な空間だった。


「あそこはカルタナ。人なんて住んでないわ。だから人間からしてみれば意味なんてないのね」


 ぽつりと、エルの説明が入る。しかし何とも聞き捨てならないことがあった。


「え?人、住んでないの?」


 だったら誰がアレを建てたのだろうか。獣も案外手先が器用だなあ、なんて思いながらも、エルに問い詰める。


「正確には住んでいるか分からない、ね。なにせ誰も入ったことないんだから」


 そこで馬車の速度が少し上がった。どうやら、少しでも早くこの景観を抜けたいらしい。

 その衝撃で風十は思わず舌を噛み、エルの言葉に疑問を挟めなかった。しかしそんなもの必要なかったらしく、エルは勝手に続きをしゃべる。


「一体いつからあったのか。何があるのか。誰だって知りたいけど、調べようとはしない場所」


 エルの視線は変わらず城へと向けられる。その顔はどこか見下すようで、馬鹿らしいとでも今にも言いそうな表情だ。


「何せあの下にある森には、獣王すら住み着くと言われてる。何百年か前には目撃報告も多くあった」


 百年単位で昔である。それがどれほど信用できるのだろうか。


「まあ、今は大丈夫なんて言えないわ。あそこに踏み入った人間は、今の今まで一度たりとも、何人たりとも帰ってきてないもの。獣王とまでは言わなくても、よほど恐ろしい何かがあるのでしょうね」


 舌の痛みで涙を流しながら、それでも風十は黙って聞いている。人間だれしも、未知には興味が湧くものだ。


「一説には、あれが本当にあるのかどうかさえ怪しいとすら言われてる。当然ね。だれも触ったことなんてないんだから。あれは視界に映るだけの、まさに幻の城。そういいたいのでしょう」


 今はまだまだ日中だ。日差しもあるし、辺りは明るい。では錯覚か。あの城だけはいつまでも、どこまでも暗く見える。


「あれ、ホントに何なのかしらね?昔どこかの大魔導士が、極大の魔法を打ち込んで、それをまるまる反射されて死んでしまった、なんて意味不明な逸話があるけど」


 風十は、もう一度城を見る。かなり視力のいい風十でも、ここからでは遠すぎる。木々の隙間は覗けないし、カルタナの城壁も細かく見ることはできない。

 一見すれば、ただの人工の建築物だ。かなり立地条件がおかしい物件ではあるが、あんなもの見たことない風十は普通に欲しい。でも入れないなら意味はないけど。


「あとは......何だっけ?望遠鏡で、窓から城の内部を見ようとすると失明するみたいな都市伝説もあった気がする」


「おい嬢ちゃん!後ろから猛獣だ!体格からして強い個体じゃあなさそうだが、いかんせん足が速い!このままじゃ追いつかれるぞ、魔法でも打ち込んでくれ!」


 と、突然御者の叫び声。そのまま窓から後方をみやると、確かに一匹の小さめの獣が追いかけてきていた。小さいといっても風十からすれば十分な大きさだ。飼い犬や猫なんかの三、四倍くらいはある。

 もしあの猛獣に追いつかれ、車輪を壊されでもしたら交換に時間がかかる。その間にまた新たに猛獣が現れたら一向に進めなくなるだろう。それは困る。

 風十が「やっちゃってくだせえ」とエルを仰ぐ。


「___攻撃系の魔法、あんまり得意じゃないのよね......」


「ふざけんな!だから傭兵くらい雇っとけっていったのに!」


「それはあの街の腰抜け傭兵に言いなさい!......一日前に打診したのは悪かったとは思うけど......」


「それ多分九十パーセントくらいエルのせい」


「黙りなさい!人間はね、やろうやろうと思っていても忘れてしまうことがあるのよ!」


「下手したら命に関わること忘れないでー!」


 ああもう、といいながらエルがカバンを漁る。覗いた限りではよくわからない物ばかりで埋め尽くされたカバンだが、あの鉄くずしか入っていなかった風十のリュックに比べると、なんと心強いことか。

そして出てくる、淡い青色の液体の入った小瓶、黄色い粉末の入った小瓶、先端に白い宝石の埋め込まれた短杖、メスのような小さなナイフ、純白の手袋。

どれも風十にはなんの用途なのか推測すらできない代物ばかりだ。一応杖だけはわかりそうだが。


「・・・・・・魔法はね、才能がものを言うの」


唐突に、この状況にも関わらず語り出したエル。馬鹿なのかと風十は思ったけど、魔法には興味があるので聞くことにする。つまるところどちらも馬鹿だ。


「血縁も大事。親が魔法を使えるなら、子も魔法を使える可能性が高くなる。あくまで可能性、何の変哲もない親から魔法使いの子供が生まれてくることもある」


ドンドンドンと馬車の前方の壁が叩かれる。早くなんとかしろということだろう。見れば獣は既に近くまで迫ってきていた、

エルは手早く手袋を付けて、杖を持つ。そしめ小瓶をいくつか検める。


「その点、私は幸運だったのね。まあ、攻撃魔法はてんでダメだけど・・・・・・治癒なら誰にも劣らないだけの才があったーーーあ、これただの回復薬だわ」


そう言って小瓶と、その他の道具をカバンに戻す。発言からして、うっかりだろうか。

というか本当に大丈夫なのか。なんかかっこいいものを取り出したと思ったら仕舞った。ポンコツ。


「治癒術士とはすなわち、医者みたいなものよ。他のどの魔法よりも知識を必要とし、他のどの魔道士よりも有意義な存在」


どこか誇らしげにして顔をあげる。そんなことより早くしろと壁が叩かれる。

慌ててエルは窓に顔を突っ込んだ。杖をもった片手を猛獣へ向かって突き出す。


「私は、誰よりも生き物の身体を知っている。だから誰よりも、知っている急所の数も多いってね。動物医じゃないけど、まあ人も獣も似たようなものよ!」


どうやら呪文はないらしい。エルの持つ杖の先端が光ると、そのまま効果が現れた。


「治癒魔法は術式に魔力を流すだけじゃ起動しない特殊な魔法。ある程度方向を決めなきゃいけない。でもそれは逆に、方向性を変えれば危険でもある証!」


突如、追いかけてきていた獣の足が明後日の方向へと捻じ曲がる。ゴキっという豪快な音とともに、犬の悲鳴にも似た声が響いた。

走れなくなった獣が転ぶ。あの速度からの転倒だ。無傷では済むまい。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えげつねぇ・・・・・・」


戦慄である。

そんな風十は置いておいて、エルはどこか満足そうに何度も頷く。


「私強くない?強くない?才能って怖いわぁ」


落ち着いたように上がっていた馬車の速度が落ちる。緊急事態で気づかなかったが、どうやら相当な速度で走っていたらしい。


「魔力抵抗力が低くて助かったわ。治癒魔法って基本的に直接じゃないと効果出ないから、少しでも抵抗に押し負けると何も起きないのよね」


エルがほっと息を吐き出すが、風十の方が恐怖状態だ。その魔力なんちゃらがなければ、こいつは風十をいたぶるように殺せる!


「僕にはその杖向けないでね」


「杖なくても撃てるわよ」


「おめぇさっきから馬鹿にしてんのかっ!?」


ここで衝撃の告白。あの準備時間は一体・・・・・・でも確かに初めてあった時、杖を使わずに傷を治してくれた気もする。

ともあれこれで危険は去った。一安心である。変わらずあの城は見え続けているが、何も知らない風十にとってはいい眺めの一部でしかない。まだ一日かかるらしいので、また危険はあるかもしれないが、しばらくはゆっくり過ごすことにした。


怪物モンスター

猛獣ビースト

こう読むと多少はかっこいいでしょうか?

ってことでそう読んでいただけると幸いです。

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