残念乙女と哀れなニート
ある種幕間のようなもの
冤罪、俺が元いた世界の言葉。そしてそれは、この世に生きる全ての人間が等しく背負う可能性のあるリスク。
悪人と善人、両者における罪を背負うという概念における価値観は、明確に異なる。
悪い奴が何度悪事を働こうが、それは民衆にとって、『いつも通り』のことであって、そこに残る、『悪人が悪事を働いた』という事実には何の違和感も残らない。
比べて、『善人が悪事を働いた』という事実に生まれる違和感は、民衆に多大な負の感情を抱かせる。
だからこそ、人は事実を捻じ曲げる。
『善人』を『悪人』に。事実に違和感が無くなるように。『悪人』となった、『善人』の感情も知らないで。
ようするに世界は、善人でいるほど損をする。どれだけ徳を積んでいようが、たった一つの過ちがその全てを瓦解させる。
だから、世界の仕組みを知ってしまった悪人になれない善人は、民衆のいない世界を求めて、ありもしない妄想の砦に立てこもる。
そんなふうにして、世界にまた1人、引きこもりが出来上がる。人畜無害な善人もどきの完成だ。
だから俺はきっと、善人でも、悪人でもないのだろう。なりきれなかった、出来損ないなのかもしれない。
そんな他愛もないことを考えながら、何も起こらず、何も起こさず、今日も1日は平穏に過ぎていく。
…はずだった。
「それがどうしたらこんなわけわかんねぇトラブルに巻き込まれるんだ…」
なんでだ。どこで間違った。いや正直幼女に下僕認定された時点でだいぶ間違ってはいるが。
だがしかし、見ず知らずの人間に罪を着せられるいわれもなければ、初対面の美少女に蔑まれるような視線を送られるいわれもない。ここは全力で自己保身に回るのが吉だろう。
「おいちょっと待て、アンタ今拘束するとか言ったか?」
「その通りです」
「いやいやいやいや、天下の国家人ともあろう奴らが、死にかけの怪我人相手にその対応ってどうよ?人民守る連中が人民に止め刺しにきてたら世話ねぇぜ?」
相手の発言の揚げ足をとって、ただひたすらに挑発する。
もっとも原始的で、もっとも効果的な、2ちゃん仕込みの完成された煽り。さぁ、どうでる…?
「問題ありません、最悪私が全員目的地までお運びいたします。投げるか蹴るか、どっちがいいですか?」
「それ問題しかなくない?」
予想外すぎる2択に用意していた返答を全部忘れて問いかける。
「大丈夫です、1㎞は飛ばせます」
「飛ばすってどこへ?天国?」
「出来ないんですか?着地」
「出来るか!」
それ多分原型留めてないだろ。こいつ人間の柔軟性をゴムまりか何かと勘違いしてないか?
「冗談です」
そう言う彼女の表情は眉一つすら動いていなかった。
「冗談で人は死ぬんだぞ…」
半ば呆れながら言葉を返す。すると突然、真剣な表情になったマロンが、会話の中に割って入ってきた。
「それには僕も承諾しかねます」
「貴方は…?」
「マロンと申します。治療師です」
そう自己紹介をして、言葉を続ける。
「ここにいる人たちの大半は、まだ歩くことはおろか、まともに動くこともできません。そんな状況におかれた患者を問答無用で拘束するなんて、そんなの1人の治療師として許可することはできません」
「そっ、そうそれ!私もそう思ってました!」
マロンの言葉に、部屋の隅に隠れていたフィオナがしどろもどろに相槌を打つ。
ていうかお前冷や汗だっくだくじゃねぇか。どんだけ人生で後ろめたいことしてきたんだよ。初対面の男に肩車させたりとかか?
「なるほど、確かに一理あります」
納得した様子の彼女を見て、俺は思わず胸をなでおろす。
「では今動ける人間だけを拘束すればいいということですね?」
「おいこいつ何一つ理解してねぇぞ」
何故かグッとガッツポーズをしながら、やはり表情を変えない彼女の言動にツッコミを入れて、俺は口元に引きつった笑みを浮かべる。やっぱりこいつ馬鹿なんじゃなかろうか?なんだか自分の身すら案じた自分が愚かに思えてくる。
「いや、待てよ…」
彼女の言動から考えるに、ようは、『動けない』人間なら拘束はされないということになる。ならばーー
「あ、あのさーアエラちゃん?」
「なんでしょうか?」
「いや、実は俺今みんなに新鮮な血液を届けるために採血されてる真っ最中なんだわ。今から動けって言われても貧血でフラフラだし、とりあえず俺はちょっとついて行けないかもしれな…」
言い終わるより先に、フィオナが機械と俺の接続部をぶち抜いて全力で回復魔法をかける。
「ワー、元気ニナッテヨカッタデスー。コレデアマミヤサンモ一緒ニイケマスネー」
「フィオナてめぇ後でしばく」
「死なば諸共です諦めて下さい」
俺は、心の中のこいつだけはいつか絶対殺すリストに史上初めての名前を刻んで、怨嗟の言葉を吐きながら体の自由を奪われた。
アマミヤ、お持ち帰り。




