間違いだらけの物語(前編)
間違いながら、けれど始まる物語
主従関係において、その『従』にあたる生き物というのは、得てして奇妙な生き物である。
その人、その定義に差異はなくども、『それ』が『それ』であらんとする理由というものは実に様々に存在している。
ある者は生まれながらの血縁に従い、ある者は主から受けた恩に報い、そしてまたある者は…半分脅迫されて仕方なく。
何をまかり間違ったら異世界に来て最初のイベントが幼女の下僕化となってしまうのだろうか、異世界に来て豹変する主人公にも限度ってものがある。俺数時間前までニートやってただろ、いい加減にしろ。
それにしても、いい歳してカッコつけようとしたニートの末路がこれとは何とも救えない。
ただでさえ思い出すのも憚られるクソ恥ずかしい黒歴史を我が生涯に重ね塗りしたばかりだというのにこの幼女、なんと恩を盾にして俺を小間使いにする算段を立てていたのである。
まさに踏んだり蹴ったり、泣きっ面にフィオナちゃん。
「なーにボーっとしてるんですか?ア、マ、ミ、ヤ、さん」
唐突に頭上から声が降ってきて、俺は現実に引き戻される。
直後、首が柔らかい何かに挟まれている感触を感じて、思わず顔を赤らめた。
前を見れば、逆さに見えるフィオナの顔、そして俺の両肩には、彼女の小さな太ももがやんわりと佇んでいる。
俺は今、フィオナを肩車する形で街道を歩いていた。
「いや、ちょっと今世界平和について考えていた」
「1時間すら直立二足歩行することが出来ない生き物が平和を語るなんて片腹痛いです」
「はい、すいません」
それは予定調和のごとく、ついて来いと促す彼女の後を追って数十分、出来上がったのは幼女の前で大量の汗を垂れ流すヤバめの不審者約1名。
俺の中の人として大切な何かが変な音を立てて崩れた。
それを現在、フィオナが魔法で俺の身体機能を活性化させることでなんとか繋いでいる状況である。
「しかし、なんで肩車なんだ?」
「説明したでしょう?身体活性系の魔法は対象に直接触れていないと発動できないんです」
「いや、それは理解した。でも、身体接触なら別に手を繋ぐとかでもよかっただろ?だから、どうして肩車なのか気になったんだよ」
「ご存知ありませんか?こういう魔法は結構体力とか気力とか集中力とか使わなきゃなんですよ?それともアレですか?アマミヤさんはフィオナに逆立ちしながらマラソンしろとでも言うつもりですか?Sですか?さでぃすとですか?あ、そこ左で〜」
「幼女肩車しながら街中歩くよりかは簡単だろ…」
「そうですか、それじゃもう少し難易度を上げてみましょう」
「イタイイタイ首もげるダメ取れちゃうあだだだだだ」
ようするに、施術しながら歩くのは体力の消費が激しいから無理、というわけか。
しかし、俺が納得できたところで大衆からみた絵面は幼女の前で汗だくになっていた不審者が幼女を肩車している光景であることに変わりはない。
そんなもん誰だって警察呼ぶ。
なんなら俺だって呼ぶ。
だからこそ、一刻も早くこの場を離れまいとする歩速は速まり、ついに俺たちは目的の場所へ到着した。
「あ、ここです」
そう言って、フィオナがスルスルと俺の肩から背中を伝い降りていく。
視線を地面から浮上させると、そこには木造の巨大な家屋が立っていた。
「で、ここは一体なんなのさ?」
「ホスピタリア、街で出た負傷者を治療するための療養施設です。私の仕事は、先日この周辺で起きた爆発事故の被害者さん達の治療、というわけです」
「爆発事故?」
「先日、この近辺に建てられていた住宅の1つが突如として爆発炎上する不可解な騒ぎが起きたんです。まぁ、私個人がそれについて詮索する意味なんてありませんし、国は国でその一件は不幸な事故として片付けようとしているみたいですけどね」
「えぇ何それ…俺の知ってる異世界と違うんだけど」
「へ?」
「いや、こっちの話」
異世界で爆発炎上騒ぎとか笑えねぇんだけど、どうしてこの世界は毎回毎回予想の斜め上を的確に貫いてくるの?俺をショック死させたいの?
「ってことは、俺のやることはお前のアシスタントって訳だな?うーしまかせろ、自慢じゃないが人を慰めるのは得意だ。なにせ毎日愚かな自分を慰めてる」
気持ちを切り替えようとして、何故か着地点を誤り盛大に起爆した地雷に心を抉られながら、俺はフィオナに話しかける。
すると、何故かフィオナが怪訝そうな顔をして口を開いた。
「アシスタント?なんのことですか?アマミヤさんの仕事は、その見るからに無駄遣いしてそうな新鮮な血液を被害者の方々へと輸血する血液袋になることですよ?」
「………………はい?」
「あぁ、血族系とか、健康な血液じゃないとかの心配は入りませんよ、どうせ変異魔法で作り変えますので!」
ズルズルと、フィオナに腕を掴まれて建物の中へと引きずられていく。
理解を諦めた脳内は、“へぇー、血液型ってこの世界ではそういう風に言うんだぁー”なんてことを思いながら、いつしか考えることをやめた。
後編に続く




