8 もしも誰にも望まれないのなら
こういうとき、助けに来た、とか言えないところが僕のかっこ悪いところだ。
「別に、様子見っていうか……ちょっと気になっただけというか……いや、お前のことが心配だから来てやったわけじゃないからな!」
……あれっ、なんか聞き覚えのある文脈になってるぞ。
これじゃ僕がツンデレキャラみたいじゃないか。
「いいから、少し説明してくれよ。今どーなってんの?」
天藍は無表情のまま、指で示す。
「粗方説明は終わった。結果として、あのあたりの連中は薬物投与で半覚醒状態……まあ、半分覚醒してないということだが……で監禁、または軟禁する案を推してる。あっちは物理的に拘束する案、さらに手前は端的にいうと人体実験の材料になれと言っていて、あいつとあいつは過激派で要約すると問題を起こして手がつけられなくなる前に死ね、と言いたいらしい。こちらの一角は人権に訴え、残りは意見を表明していない」
淡々と告げているからわかりにくいが、内容はものすごい。要するに……この場に天藍の味方はひとりもいない。
内心がどうだかは知らないが、表面的にはそうだ。
俺だけは味方だと声を上げる者はいない。
「僕の件が終わったと思ったら、今度はお前かよ……」
あまりにも常識に外れた状況に、僕はつい、声が大きくなるのを感じた。
「監禁とか、殺すとか、いったいどーなってんだ? この国の連中は極論ばっかりだな!」
詳細は省くが、僕もこの国に来てからは竜に殺されそうになるより、他者の悪意のほうが恐ろしいと何度も思い知らされた。
「制御のきかない力が恐ろしいんだろう。気持ちはよくわかる」
「わかるって……じゃあ、こいつらに何がわかるんだよ!」
僕はヒラヒラした服を着たオッサンども……女王府のお偉いさんどもを見回しながら、言う。言葉がたくさん溢れ出てきて止まらない。
「僕らが戦ってるとき、こいつらが加勢してくれたか!? 誰かひとりでも助けようとしたのか!?」
「他人がどうしたかを責めても仕方ないだろう。現実として、俺は人と竜の境界にある。その処遇を考えるのは当然のなり行きだ」
「そういうことじゃねえよ!!」
「じゃあなんだ」
そう冷静に返されると、なんなのかわからない。
どうして僕だけが声を荒げているのか、まったく意味不明だ。
「……悔しくないのかよ」
天藍は幼い頃から騎士になることが決められていた。竜鱗に適性があったからだ。拒否権などあってないようなもの。
訓練を積み、竜を倒し、その結果がこれだ。
大勢が寄ってたかって、死ねとまで言われるのだ。
ここに、こいつの味方はいない。
少なくとも誰も、表だってはこいつを望んでない。
大勢の人間に、お前はいらないと言われたら……どうしたらいい?
それは自分の生きている価値と意味を否定されるってことだ。
僕なら、息を吸うのも嫌だ。
暴れてやりたいって思うだろう。
それができないなら、死んでしまいたくなる。
「……悔しいか、だと? 私は私の在り方に、見返りは求めない」
潔いようでいて、その言葉には拒絶が満ちていた。
見返りを求めないということは、誰にも何も期待していないことだ。
自分を取り巻く世界にも、当然、僕にもだ。
「それに、私が戦えなくなったとしても、代わりがいる。……今は」
天藍が声を潜めた。
三海七天のひとつ、白鱗天竜の適合者である天藍アオイの、代わり――。
すぐに思いついた。
古銅イオリ――だ。
女王国が所有するすべての竜種に適合し、その適合率は最高値を叩きだす異世界の少年。
「知ってたのか……?」
「私はまだ竜鱗騎士団の団長だ。王姫殿下から直接聞いた」
この査問によって、天藍アオイがどうなっても、女王国は痛くもかゆくもない。
その事実があるからこそ……。
僕は玉座に腰かける少女を見上げた。
僕の視線を紅の両の瞳で受け止め、紅の王姫は泰然自若としている。
天藍が暴走状態になり、制御不可能な兵器と化しても。
拘束されて剣を取らなくなっても。
翡翠女王国は痛まない、と知っているから。
「あいつは意識を取り戻したらすぐ、異世界に戻す……そういう話だろう」
「私の意見は真逆だ。古銅イオリ、あいつは女王国に残ってもらう。どんな手段を使っても」
「待て。今、なんて言った……?」
異世界の少年を、女王国に留める。――《どんな手段を使ってでも》。
「マスター・カガチが去り、元騎士団長が行方不明の今……騎士団には揺るがぬ才能が必要だ。私のような、己を制御することもできない、壊れかけの騎士ではなく」
「お前……わざとかよ……!!」
天藍の考えが、手に取るようにわかった。
紅華と黒曜大宰相は、古銅イオリの存在と才能を誰にも知らせないまま、異世界に送り返そうとしている。
それを防ぐにはどうすればいいか?
今、女王国に存在する才能を――自分自身を、葬り去ればいい。
現存する騎士団は天藍アオイという適合者を失い、稀少な竜鱗が使い手もないまま宙に浮き、戦力不足は目に余るものとなる。
自然に、古銅イオリの意志がどうであれ、彼は《必要な存在》になる。
だから……天藍はこの場に集まっている連中を焚きつけた。
どうやったのかは知らない。
でも重要な関係者である僕が締め出されていたのもうなずける。僕は天藍から拒絶されていたんだ。
僕の証言は、邪魔だからだ。
「百合白さんのことは、どうするんだ」
痛みと苦みで胸が締め付けられそうになりながら、その名を口にする。
彼が忠誠を誓う、元王位継承者。女王国の姫の名を。
「……無論、私がお守りする。死ね、というのはまずいな」
「まずいどころじゃないだろ……」
わかってはいたけど、行動がめちゃくちゃなんだ。こいつ。
「しかし、私がいたのでは、女王国を守護することも敵わない――せめて、騎士団を辞めるという提案が、紅華によってはねのけられなければ……こういう手も使わずにすんだ」
一応、紅華と黒曜あたりは、こいつを騎士団長として残すつもりがある、ということだな。
しかし、それで頑固な天藍が納得することはない。
「部外者は出ていってくれないか」
会場の誰かが言う。その声は聞こえているけど、聞こえない。
僕は目の前の純白の騎士だけをまっすぐに睨んでいる。
「……天藍、僕と一緒に《校内戦》に出ろ」
そう言った。
もう、出てくれたらいいなあ、とか、ラッキーだ、とかいう話じゃない。
「何故だ」
「何故でもだ。僕と出ろ、そしてマスター・カガチと戦え!」
「いやだ、と言ったら?」
「戦えって言ったのはお前だろ!!」
声は怒鳴り声になっていた。
感情が、全然、抑えられない。
僕は怒っている。
とんでもなく、怒っている。
普段はもっと落ち着いていて、ありきたりな十代の少年たちと同じく、何でも、どうだっていいと思っている僕だけど――許せないと感じる。
絶対に引けないという一線があって、それを越えてしまったのを感じる。
「お前が戦う意味をくれると言ったから、命を賭けたんだ!!」
息を大きく吸いこむ。
吐息は喉を焼いて、肺に入って、さらに燃え上がる気がする。
久しく忘れていたはずの怒りと、憎悪が戻って来るのを感じる。
「それとも――怖いのか?」
いつもの無表情。
でも知ってる。
こいつは見た目通りじゃない。
涼しい顔して、でも、その下にはべつの顔がある。
銀の虹彩が、かすかに揺れる。
「お前のかわりがいて――お前を誰も望んでなくて、戦う理由が無いんなら、僕がくれてやる!」
だから、その辛気臭い面をやめろ。
僕はもう、誰にもいらないなんて言われたくない。
竜とあれだけ必死に戦って、それなのに酷い目に遭うなんていやだ。
ここにいる全ての人間に、僕たちを認めさせたい――。
ぱち、ぱち。
乾いた拍手の音が聞こえた。
見ると、紅華が立ち上がっている。
「――君の意見に賛成だ。マスター・ヒナガ。校内戦、大いに結構」
会場の視線が、彼女に惹きつけられる。
「王姫殿下、何をお考えです?」
「いいではないか。殺すにしろ、監禁するにしろ、首に縄をつけるにしろ、最後の思い出くらい。それとも何か? 親しい友人や恋人、家族に別れを告げる暇もなく、問答無用で、今すぐ、王姫であるわたくしの意見を聞く間もなく――そうするつもりだったのか?」
紅華の言葉は、十四歳の女の子のものとは思えないほど冷徹で、侮蔑が含まれていた。
「この場は解散、査問はお開きだ。騎士団長の処遇に関しては――追って沙汰を申し渡す。校内戦の後にな」
彼女はドレスの長い裾を引きずっているとは思えないほどの身軽さで、段差を降りて来る。
意味深な流し目をこちらに送り、ウヤクの影武者と共に出て行った。