80 異世界偶像崇拝物語 -5
道化人形が四体と、石造りのゴーレムが二頭。
道化人形は小技を覚えて、地面に突っ立っていると腕と足を引っ込めて回転攻撃をしかけてくる。質量にものを言わせた単純攻撃だが、効果は高い。何しろ幻術を使って姿を消しても会場中を動き回って何もかもを踏み潰すため、地面に居る限りは死ぬことになる。
僕は天藍の脚に縋りついて、宙に浮いていた。
「何度壊しても復活してくる人形をどうやって倒せって!?」
「それは向こうも同じことを思ってるだろうな」
「こっちは《勇気の盾》制度が適用されてるだろっ」
しかし天空もまた安全圏とは言い難い。
甲高い猛禽の鳴き声を上げて、ゴーレムグリフォン二頭が滑空してくるのだ。
強靱な爪に引っかけられたら、盾が減りかねない。突撃の勢いで落下しても、潰されて死ぬ。凄い、どっちに転んでも死ぬ鉄壁の布陣だ。
「《昔々、ここは偉大な魔法の国。黄金の力を以て、罪人を裁く剣を与えたまえ!》」
空中に黄金の細剣が広がる。
天藍がその剣に牙折りを向け、魔力を放つ。
「十の竜鱗!」
放射状に広がった黄金が、彼を中心に白い結晶と化していく。
本来、天藍の竜鱗魔術は地面に蓮に似た魔術発動の起点をつくり、発動させる。だが現在、地上に安全圏はないための代替措置だ。
「《竜騎装・白鱗天竜》!!」
天藍の全身が竜鱗の結晶で覆われていく。背面にか対竜戦のために竜鱗騎士が用いる全身装甲は、竜種によって形状を変える。天藍のは背面に浮かぶ光臨と自動で動く巨大な腕、そして十枚の花弁型の竜鱗が備わってる。
その間にも、僕は間断なく剣の雨を降らし、もう一体が飛来するのを防ぐ。必要経費とはいえコストが重すぎて、左手の指先の感覚がしない……どうなっているかは見たくもない。
グリフォンの突撃を背面に浮かぶ白い腕が押し止め、次いで天藍自身の両腕と膝が頭部を情熱的に抱きしめる。肘と膝に生えた鋭い刃が顎と頸部を砕き、突き割った。
生命体なら致命傷だが、相手はゴーレムだ。
刃を引き抜き、シンプルな正拳突きが牙を叩き割り、舌ごと呪文の書き込まれた羊皮紙を抜き取った。
グリフォンは泥の塊に戻り、崩れ去る。
「よし、あと一体!」
かっこ悪くて堪らないが、落っこちないよう必死にしがみつきながら、次の敵に視線を据える。そのときだった。
「ツバキ!!」
「――――はっ?」
状況を正確に察知した天藍の叫びと、何もわかってない僕の呟きみたいな声が爆音にかき消される。思わぬ方向から飛来した何かが、天藍が花弁のひとひらを使い急速展開した盾にぶつかって炸裂し、炎を上げたのだ。
「雄黄市の恨み、思い知れぇっ!!」
客席ではなく、会場内に入り込んだ者たちが、近代兵器を抱えている。
対戦車ロケット弾、じゃない。
《おーーーっと、これはトラブル発生かっ。客に紛れこんでいた雄黄市解放同盟の皆様の最新軍用魔導兵器が見事命中してしまったようです~~~~!》
不自然すぎるだろう、それ!
天藍のおかげで負傷はないけど、衝撃で手を滑らせて落下していく。着地と同時に視界が転がる道化人形に激突、跳ね飛ばされる。
二つの衝撃がほぼ同時だったので盾が一枚が減っただけで済んだ、おっ得~♪ なんて言ってられる人類は存在しないはずだ。
「うっそ、だろ……!! ここまでやるのかよ!?」
黒曜と紅華が凛音歌劇場を徹底的に封鎖したのはこれを防ぐためだったのだということに、遅まきながら気がつく。
痛みは無いが、確かに激しい衝撃が残る。全身が緊張し、反応が鈍るがそうも言ってられない。次の道化人形が僕を文字通りぺちゃんこにするべくこちらに向かっているのだ。
「天藍!」
手を差し伸べるが、銀の瞳が迷う。
さっき僕らに魔導兵器とやらをぶちかましてきた連中が、二撃目を放ったのだ。
「いや、いい! 客席をなんとかして!」
オルドルの脚力を借り、逃げ惑う。天藍は二発目を受け止め、同盟の二人組に竜鱗を放った。
客席からは盛大にブーイング。どこに目がついてるんだ、どこに!
『いや――流石におかしい。歌と踊りを介して客にキヤラの魅了がかかってるんだ』
オルドルが客席の様子を伝えてくる。
端子をつけた客たちは、確かに表情がうつろだ。彼らは今までは、色んな情報に思うさま踊らされていたとはいえ、自分の意志で、自発的にここに来ていた。でも今はちがう。端子をつけることによって、文字通り傀儡になってしまっていた。
「先生っ」
そのとき、控室側から声が聞こえた。
驚くべきことに、二人の少女と一人の少年が戦場に立っていた。ひとりは紅華と付き添うの黒曜、もうひとりは学院の制服を着た、誰かだ。
「マスター・ヒナガ! こっちに来てくださいっ!!」
少女は必死に叫んでいる。
だが、先にそちらに向かっているのは僕じゃなく道化だ。
こいつら、同盟は無視してるのに――! 全力で疾走。
「紅華っ!」
それで助かるとも思えないんだけど、二人をまとめて抱きかかえる。黒曜は自己責任でいいだろ。
それと同時に魔術を発動、銀の大樹が一体目の突進を防ぐ。
「《昔々っ!》」
銀の盾を周囲に展開、二体目、三体目。
天藍が間に合い、内側から盾を支える。
「ふたりとも、何してるんだ!」
少女が手を差し出した。紅華ではなく
「普通科二年、ミクリです。私をチームに入れてください!」
「はじめまして!? キミ、海音保持者か何か!?」
「いいえ! 全く戦えません! ――なので、盾を増やした後、私の勇気の盾を五枚、その場で削って退場させてください」
名前も知らない学生が提案してきたことは、ただの無茶ではなかった。
「だけど……もしも負けたら……」
「マスター・ヒナガ、貴方は負けません。竜に襲われたとき、あなたは助けてくれました。今度は私が助けます」
あなたが助けてくれた――その言葉で、思い出す。
僕はミクリに会ったことがある。銀華竜の眷属が空を覆ったあのとき、中庭で飛竜に襲われていた女の子。それがミクリだ。
「閉じ込められた生徒たちを、天律を使って解放したのだ。お前は少しは背負うものがあったほうがいいぞ」
とか言いながら、紅華が左手を差し出してくる。
「ふたりとも……! で、黒曜は何なんだ?」
「王姫殿下を一人で行かせるわけにはいくまい。それに私の魔術があれば、城の内側に入り込める」
そう言って掌を差し出してくる。
黒曜は《黒き月のデナク》という青海魔術の読み手だ。
デナクの弓は必中で、障害物や距離を越える。
「決めるなら、早くしろ……!」
突撃を受け続けている天藍が言う。
僕は決断を下せないでいた。
「マスター・ヒナガ、貴方を信じてるのは私だけじゃありません。客席を見てください」
ミクリが言い、客席を示す。
そこには、見慣れた学院の制服を着た若者たちがいて、こちらを見下ろしていた。
「マスター・ヒナガ!!」
「天藍、ふんばれよ! 気合いみせろ!」
数こそ少数だが、その声は不思議と罵声より強く届いた。
「ミクリの提案で、お前が彼女を助けたときの動画を――悠長に撮ってた奴から送ってもらい、学院内のネットワークに流したのだ」
そうして、紅華に解放された学生たちは修練場に集まってきたのだという。
「偉大な知恵に!」と誰かが叫ぶ。
「我らが師に!」と誰かが繋ぐ。
女王国に光あれ、千年の栄光あれ、と続くはずの文句は別の言葉を紡いだ。
「我らが剣と魔術に! 魔術学院に誇りあれ!」
そう叫ぶ声は必死だった。そこには普通科、魔術科問わず、生徒や教師たちが揃っている。ときどき見かける職員たちはこちらに見えるよう旗を広げた。
青地に金の縁取り、そして知恵の梟を描いた学院の旗だ。
「女王国の未来は、正直言ってわかりません。でも私たちの学院がこけにされたままではいられない、そういうことです。勝ってほしいんです。その上で、正しい道を決めるべきです」
ミクリの言葉を聞きながら、僕は彼らに手を差し伸べた。
応援してくれている学生たちが、それに気がついて左胸に手を置く。
この戦いは、もしかしたら無駄なのかもしれないと思ってた。
でも、違ってた。
そうじゃなかった。
僕には、勝つ義務がある。
助けるべき人たちがいるんだ。




