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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
藍銅の美しき魔性
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78 異世界偶像崇拝物語 -3


「みんな、力を貸してっ♪」


 再び、歌が始まる。リードを取るのは、キヤラだ。

 マイクに声が流れこんだ瞬間、はっとする声が会場を震わせる。

 美しい、という形容ではなにかが足りない。のびやかで、人の心の隙間に音もなくしみこんでいくような声。あの殺人鬼のどこから出ているのかわからないほど、人をはげまし、魅了してやまない声だ。


「――――――――――――♪」


 先程とは打ってかわって独特のパーカッションでリズムが打ち鳴らされ、笛や鉦の音が聞こえてくる。メロディは抑揚が激しく、民族音楽をごちゃまぜにした奴に歌詞がのっている。

 大音量が体と鼓膜を震わせる。

 それ自体が攻撃なんじゃないかと思うほどだ。


「いったい何が目的なんだ、この歌っ――!」

『いやいや~、なんとなくボクは読めてきたぞ~!』


 アニスと天藍は互角の攻防を繰り広げている。いや、アニスのほうがわずかに速い。彼女は魔術によって自在に武器を取り変えながら天藍を翻弄し、攻撃に回った右腕をねじり取った。そして武器を放棄。掌底がひじ関節を狙う。

 ルアの技はたくみな武器術と恐ろしいほど合理的な体術だ。ただし、その関節技は極めるだけでは済まず、破壊に至る。

 天藍は一瞬、翼を生やして地面を蹴り、前転。無理やり拘束を解いた。

 離れた顔面に涙型の鈍器が飛んでくる。紐に重たく巨大な重しを据え付けた投擲武器だ。アニスは紐を手繰り寄せ、一瞬で接近、殴りつけてくる。

 武器が頭部を掠め、血の赤が舞う――直前、現れた純白の盾が一枚、破壊されて消えた。

《あっけない! 天藍選手、最初の勇気の盾を喪失しました! ――とはいえ、魔術学院チームは出場選手が二人しかいませんので、あと一枚喪失した時点で退場となりますな》


 まずい――。そういやそんなルールもあったな!

 会場の一部からは歓声が沸く。


「竜鱗騎士団長に一撃入れたぞ!」

「公姫殿下!」

「かっこいい!」


 歓声が上がる度、彼らがつけた端末が輝き、客席に赤や緑の光が振りまかれる。ライブで振り回されるペンライトみたいだ。

 キヤラが手を振り上げる。すると光は蝶や紙飛行機の形になって、キヤラの元に集まっていく……愛らしい演出に、さらに観客が湧く。

『わかるだろ、ツバキくん。彼女たちは微量な魔力を、端子を介して回収してる!』

 ただのライブの演出、みたいな顔をして。

『というわけで、こっちもやばいヨ~~~!』

 みると、天藍が倒したはずのクマ型道化人形がむくりと起き上がっていた。

 核に乗ってる子どもたちは、みんな生命活動を終わらせているはずなのに。

 オルドルの瞳が、それらの人形を縛る術式をうつしだす。

 絡め取る鎖が伸びる先は、シウリだ。

「わたしのしもべたちよ、起き上がりなさい。泣き虫さん、本の虫、秀才さん、お針子、絵描き、歌い手さん……」

 それが孤児院の子供たちのことを示しているのだと気がつき、戦慄する。シウリは死者の霊魂を呼び戻し、彼女の手招きに従って道化人形は再び立ち上がる。

 しかも、さっきより一回り大きく尖った爪が生えている。

『歌詞やコーラスの中に祭文や呪文が、そしてメロディにトランス状態をうながすリズムが仕込まれてる……この演奏自体が儀式のヒトツ、そしてその中には青海文書も含まれてル!』

 青海文書は読む者の共感に反応し、魔法を生み出す。

 歌詞に織り込むように文書を使い、それを聞いた観客が《共感》すれば、青海文書は応える。

「それって、危険なんじゃないのか!?」

『キミはもっと自分の才能に自覚的になったほうがいいネ、それくらいで青海の魔術師にはなれるなら苦労はナイ。だが共感が高まれば高まるほど、登場人物の力が高まるのは事実ダ!』

 理想郷のルレオリ……能力はオルドルが喋ってくれないし、内容を確認している暇はないけど、音楽をなんとかしなければまずいことになるっていうのは確かだろう。

 千人を超えてどんどん増えてく客に反して、オルドルに共感するのは僕ひとり。

 それでもって、音楽を介して、そしてキヤラという偶像を介して、ルレオリの力はどんどん高まっていく。

《なお、最初の会場整理が遅れたお詫びといっては何ですが、端末をご利用くださった皆様には試合のルール解説およびこれまでの展開、選手の経歴表、ここでしか見られない選手のブロマイドが取得でき、さらに過去の試合のアーカイヴを無料で御覧になることができますので、ふるってご利用くださいませ!》

「いや、ズルイだろそれは!!」

《何がですかぁ!? 確かにこれはキヤラ選手の魔術の一環ですが、パワーバランスを崩すようなことはしてませんよ? ただただ観客の皆様の利便性を向上させたいその一心ですので!》

 とかいって、端子を介して接続さえさせたら、あとはキヤラが優位だ。試合というかあのライブが盛り上がれば盛り上がるほど、自動的に共感は深まる。

 カリヨンは最悪の敵だ。ルールを味方に着けたやつのほうが圧倒的に強いのは、当たり前すぎる。

「断固、抗議するからな!!」

 僕を取り囲んだ道化人形たちが勢いよくダッシュする。凄まじい質量に、挟まれただけで簡単に死ねる。

「《木々よ!!》」

 略した詠唱で、銀色の木立ちが出現し、細長く急成長。その枝に捕まって上空へと退避する。節約のために、か細い木しかつくり出せないが、僕と同じ飛べない生物は地上で味方同士ぶつかりあって後ろにひっくり返っていた。

「――流れを変えるぞ!」

 天藍はアニスの攻撃を防いでいるが、さっきのダメージ、負傷は残ってないが衝撃は残ってるらしい。どこか精彩を欠いた動きをしてる。

「《黄金の力を以て、罪人を裁く剣を与えたまえ。全ての根源たる水の力でもって、敵に災いを振らせたまえ》!」

 杖の先から、金色の波動が放たれる。それは空中で無数の剣の形をつくりあげる。

 天藍が退避したのを確認し、剣を空中に留めていた魔力を手放す。

 剣の雨は戦闘中だったふたりのいた場所――城壁の一部を突き崩しながら落下する。アニスの盾は砕けなかった。

『発動が遅いんじゃなイ?』

「いいんだ。天藍、逃げたがってた」

 何故だろう。離れていても、あいつの呼吸がわかる。

 これが命を賭けた戦いで、すごく集中しているせいかもしれない。

『それはイイんですけド~、こっちはどうするのサ』

「ん?」

 足場にしてる木が、ワサワサと揺れる。

 下を見ると、道化人形たちが体当たりをしているところだった。それくらいならいいのだが、問題は。

 一匹の爪が変形し、ギザギザの刃がついた回転鋸と化している。


「げっ。それはまずい!」


 魔術で出したモノは、何もしなければ基本的には物理法則にしたがう。物理法則を越えるのもまた魔術だからだ。

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