77 異世界偶像崇拝物語 -2
地上にはズタズタに切り裂かれた人形と人間鳥たちが転がっていた。キヤラたちの歌が一曲終わり、それらは動く気配をみせなかった。
現実を歪めるほどの激しい怒りを感じる。
足元に魔法の湖が湧きだす。
それと同時に青海文書の声が雪崩れこんでくる。
昔々ここは偉大な魔法の国。
讃えよ、黄金の獣。
崇めよ銀の王冠。
観客たちは次の展開を待ち望んでいる。
陳腐な歌、陳腐な物語。それでも人々の心を掴み、離さない。何故なら彼女たちは自分たちを救ってくれる希望そのもので、僕らは醜い敵なのだから。
《さあっ会場も温まって参りましたァ~~~! まずは両者互いの出方をうかがっているような攻防が続いておりますです。ここまでの展開いかがですか解説のカリヨン殿!? キヤラ選手は変わった戦法を取り入れているようですが、その真意が気になります!》
「もちろん、私たちもただ歌を歌ってたわけじゃないのよ♪ ……みんな、受け取って!」
キヤラがマイクを客席に向ける。
客席の上にぷかぷか浮いていたバルーンが割れ、キラキラと青や緑やピンク、紫に黄色の小さな何かが客席に降り注ぐ。
こっちにも転がってきたモノを拾い上げる。
「これは……!」
クマ型の宝石がついたピン……魔術通信網に接続するための端子だった。
「安心して♪ このピンで接続できるのは、この試合会場内の人たちだけ。そして接続先も私たち五人の精神世界だけに制限されてるの。女王国の法律でぎりぎり可能な運用方法で、安全で合法と言えるわね」
スピーカーから今度は、パーカッションを取り入れた激しい曲のイントロが流れだす。
「もしも! ここに私たちの考えに賛同してくれる人がいたら、これを使って私たちにその気持ちを直接、伝えてほしいの。それが私たちの力になる!」
殺戮の跡地で天藍が剣についた血潮を振り払う。
モニターにはその血飛沫は表示されていない。
ここは広大な罠の中だ。キヤラたちに都合のいい情報しか外部には伝わらない。
「天藍、上がれ!」
声をかけるより早く、天藍は翼を生やしてもう一度城壁の上に駆けのぼる。
「みんな! 竜は強大で、人間ひとりひとりの力は小さなものよね。――でも、待っているだけでは駄目なの。戦わなければいけないときもある。私たちはみんなの力になるわ! 二曲目、聞いてください♪」
砲撃が開始される。
「《偉大な主の名のもと、森の最も猛き門兵、封じる者、茨たちに命ずる》」
オルドルが黄金の魔力を縒り合わせ、地面に向けてはなつ。銀の茨が城壁を破壊しながら這い上がり、網になって鳥たちを絡め取り地面に叩きつけた。我ながら惨いが、これしかできない。
「――助けられなくてごめん!」
天藍はキヤラに向け右の刃を走らせる。
キヤラは不敵に笑っただけで、視線も寄越さずに名を呼んだ。
「アニス♪ あなたに任せるわ」
「え~~~~しょうがないな~~~」
キヤラの前に大きな黄色いリボンと黒髪が踊る。
天藍の体が、キヤラに対して左方向にズレる。アニスが天藍の腕を払ってバランスを崩したのだ。天藍が止まり、アニスもまた止まった。
アニスの手には武器が握られていた。
不思議な武器だ。固い木材に尖った牙のようなものを並べて挟み込んだ刃が取り付けられている。その牙は右大腿部を内側から引き裂く直前で止まっていた。
逆の手に握った牙折りが辛うじてそれを防いでいたのだ。
不安定な上半身から相手の手の内を読み防御に回した超反応も凄まじいが、竜の魔力を流し込んでいる膂力を受け流すアニスもただものじゃない。
何より、その武器だ。
「あれはレイオマノだ……! アニスはルアの戦士なのか!?」
『うわっ。相変わらず、ムダな知識だけは山のようにあるね~~~』
オルドルがドン引きしているが、今度ばかりはマイナーなのは認めよう。
レイオマノは古代ハワイで使用されていた、サメの歯を用いた武器だ。カプ・クイアルアと呼ばれた職業戦士たちがこれを使い、ルアと呼ばれる格闘・戦闘術を行っていた。
黒曜の資料によれば、キヤラたちはそれぞれ異界人の元で特殊な訓練を積んでいる。キヤラはカバラ。アニスが師事したのはとあるカプ・アナアナだ。同じくポリネシアの特殊な呪術者集団で、暗殺を得意とするおっかない奴だ。
だからまさかルアのほうの訓練も受けていたとは思わなかった。
一旦離れ、天藍が牙折りを地面に向ける。結晶の花が成長する。
「二の竜鱗、その名は《飛旋飛翔》!」
純白の竜鱗が浮き上がり、矢となって放たれる。
そして、信じ難いことが起きた。
アニスは一撃目を、手にしたレイオマノで弾いたのだ。
さらに信じ難いことに二撃目、三撃目を素手で叩き落としながら直進してくる。ルアの戦士は投槍を掴み、強い者は最大で十二本を捌くというが、とても夜会のときのめんどくさがりと同一人物とは思えない。
「キヤラ姉、武器ちょ~だい」
「はいは~い♪」
キヤラが指を鳴らす。するとアニスの手元が輝き、ネワという短いこん棒が現れた。小型ながら重量級のこん棒が顎を狙い、下から跳ね上げ、避けられた次の瞬間、手首を返して頭を横合いから粉砕せんと襲う。レイオマノといいどちらも間合いが凄く短い武器だが、まるで恐れなど知らないみたいに扱ってる。
その技術は互角。
「でも、カガチ先生の《牙折り》が、木でできたレイオマノに防がれるなんて――!」
《さぁ! 両者一進一退の攻防が続いております! 両者ともに変わった武器を使用していますね~。とくにアニス選手の武器に注目です。レイオマノには、使用者の、そして敵の血から吸い上げたマナが籠ると言われているです!》
つまり、あの武器は敵を殺し血を吸い込み、竜の体から作り出された牙折りに匹敵するほどの魔力を得た武器だってことか。厄介すぎる。




