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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
藍銅の美しき魔性
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76 異世界偶像崇拝物語

 激しいドラムの音、かき鳴らされるギター。ピアノにオーケストラ。

 贅沢な旋律があふれ出す。


「それじゃ、聞いてね♪ 一曲目は楽園☆ディストーション!」


 不意にBGMが不意に静かになり、合わせてあたりがふっと暗くなる。

 スポットライトが当たり、シウリが振り返った。

 彼女は手にマイクを手にしっとりと旋律を歌い出す。


 わたしたち、ずっとひとりぼっちだったね……。

 暗闇と孤独、声なんかだれにも聞こえないって思ってた。

 またもとに戻るのが怖いね、弱虫な自分。


「――なんで突然、歌い出したんだ!? っていうか、暗くなってるのどーやってんだ!?」


 修練場には屋根なんかない。

 しかし空は星ひとつなく真っ暗に塗りつぶされている。

 これが青海文書の魔法なのか、それとも別の魔術なのか……。そんでもって、歌うことになんか意味があるのか!? 何が起きてるのか微塵もわからない。

 次に出てきたのはガレガだ。シウリと交代して、愛らしい可憐な声でフレーズを歌い出す。


 そんなとききみがくれた言葉、思い出すの。

 それだけでほら、世界、色づくから。


 戸惑う僕らを置き去りにして、メロディが勝手に盛り上がっていく。

 突然、暗闇の中に光が差し込む。

 城壁に取りつけられた門が開いて行き、その奥から突如、虹色の光の奔流とバルーンが飛び出してきた。闇に慣れかけてきた目が光にやられ、一瞬、現実の光景を見失う。

 すばやく誰かが僕の腰を乱暴に掴んで引き寄せる。

「天藍!?」

「ただの歌と踊りじゃない!」

「お、踊り――!?」

 先程までとは一転、場内は明るくなっていた。

 城門の内側から高さ三メートル幅二メートルほどの恰幅のいい道化師姿のクマの人形、という正体不明のマスコットキャラクターじみた何かがひょこひょこと隊列をなして現れた。彼らは城の上で踊る五人と同じダンスを踊っている。

 

 光ともすよ。

 きみがくれた思い出、勇気たぐり寄せる。

 優しさは希望、きっと飛べる

 探しにいくから待ってて。

 一緒に行こう、理想郷はすぐそこ。


 曲調はポップで明るい感じのアイドルソングってところか。

 空にはいくつもの虹がかかり、地上には幼児がクレヨンで描いたみたいな巨大な花が咲き乱れる。演出に、それまで僕と同じように戸惑っていたはずの観客席から明るい歓声を上があがった。


 戦いなんてないの、平和な世界。

 光に満ちてる。心、溢れてる。

 理想郷にいこう、みんな一緒……。


 だが僕らはあんまり喜べない。愉快な巨人じみた道化師たちが包囲網を作り、こちらを取り囲んでラインダンスを踊っているからだ。

 ひとりがジャンプして突撃してくる。

 天藍が避け、振り下ろされる腕を掴み、逆の手が腹のあたりを切り裂いた。

 熊が《痛いクマ~~~~!!》と悲鳴を上げた。

 その様子はモニターにも流れている。

 けれど――。

『うわっ。悪趣味ぃ~~~~!』

 半人半鹿の化け物と一体化した瞳は、別の情報を脳に送り込んでくる。

 天藍が切り裂いた道化師の体が裂けて、露わになった中身。そこには血塗れの子供の体が入っていた。

「…………は?」

 少年、だと思う。青ざめた顔をして、太った人形の綿の中に埋め込まれている。

 だが、モニターにはそんなモノはうつっていない。青海文書の力か、観客たちの誰も、僕らの見ているモノに気が付いていないみたいだ。

 しかも、最悪なことに僕は彼の顔を知っている。

「テリハの……家族……っ」

 誘拐された孤児院の子供たち、そのひとりだ。

 なんでここに。なんで。

 道化師の体は自動修復される。半泣きになったクマが下がっていき、道具箱を取り出して自分の体を縫い付けていくのだ。

「…………たすけて!」

 傷が全て閉じられてしまう前に、子どもが必死に叫ぶ声が聞こえた。

 音楽によってかき消されてしまうが、確かに聞こえた。

「…………まさか、この人形たち、全部に?」

「戦場での悪い予感は得てして当たるものだ」

 天藍も流石に苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 こいつが戦場認定したんだから、ここは戦場なんだろう。竜もいない、周囲はメルヘンでファンシー、だけど一皮剥けば竜を越える残虐さがいとも簡単に姿を現す。

 迫ってくるクマピエロ人形を突き飛ばし、天藍が僕の襟首をつかみ、翼を生やして空に舞い上がる。

「た、助けなきゃ!」

「あれでは助ける前に殺してしまう。本命を狙ったほうが速い!」

 分厚い着ぐるみを着込んでいるだけで、魔術にも竜鱗騎士の怪力にも、彼らは無力だった。

 天藍が城壁を越え、歌と踊りを続ける五人に向かう。

 突然、曲が転調し、悲し気なフレーズを奏ではじめた。


 だけど、どうしてなの?

 遠ざかる蜃気楼。

 いつも望み通りにはいかないの。

 楽園、壊れてしまうね……。


 城壁に取りつけられた砲台が動きはじめる。

 ぼふん、と灰色の煙とリボンやカラーテープを吐き出しながら、軍帽を被った鳥のマスコットが射出される。それはモニター内ではパタパタ羽を動かしながら必死に突撃してくるムクドリなのだが、僕たちが見てるものは違う。

 それは人間の頭部と鳥の体が合体された奇妙な合成生物だった。


「たすけてっ、わたしは何も、何もしてないのにっ。体が勝手にうご、うごくっ」


 中年男が喚きながら必死に翼を動かす姿は、悪夢を越えてる。人間の頭に鳥の体はアンバランスすぎて、上手く飛べていない。

「――――そういうことか」

 天藍がひとり、何かを納得したように頷く。

 剣を動かそうとした腕を必死に掴む。刃は狙いを外し、翼を切り裂いた。

「やめろ、何考えてんだ!」

「あいつはもう助からない――厳密には、生きてなどいない!」

 人間と鳥の融合体は飛行状態を維持できなくなり、人間を悲鳴の尾を引きながら地面に落ちて行った。

 何かが折れる音がしたが、そちらは見れそうもない。

 続けてあと四発、砲の音が聞こえて次々に鳥人間が射出され、白鳥人間が編隊を組んでやってくる。

 銀色の刃を無惨に切り刻み、三羽を落とす。それは飛竜なんかより簡単な作業だった。絶叫が耳をつんざき、命が消えていく音さえしなければ……!

「やめろ、天藍!」

 それは制止というより、懇願だった。

「お前は《見るな》」

 しかし白い天の御使いはすぐさま地面に取って返すと、僕を放り出して二剣を抜いた。僕は止めなかった。薄々、何が起きているのかを理解していたからだ。喉が渇く。やめてくれと叫びたいが、理性がそれを押し留める。

 これはヴードゥーだ。

 黒曜が寄越したレポートによると、シウリはアフリカで生まれたヴードゥー教の司祭としての教えを受けている。彼らは優秀な宗教者、呪術者、そして薬草と毒物のエキスパートだ。

 彼らの技の中で最も有名なのがゾンビパウダーだ。ゾンビパウダーに使われるのは強力な神経毒で、触れるだけで全身が麻痺し、人間の意識を奪って呪術師の命令だけを聞く生ける屍に変えてしまう……それはヴードゥーの魔術としての力ではないが、それくらい薬物に秀でた人々だということの証左でもある。

 この毒の対抗薬はそれもまた人体に極めて有害な毒であるため、治療方法は存在しない。女王国の医療魔術ですら不可能なのだ。

 つまり、毒を盛られた時点で救命は不可能。そのまま命果てるまで、呪術師の言いなりの動く死体になり続けるしかない。

 ……そう、サカキから事前に教え込まれたのに、どうするべきかはわかってるはずなのに、体が動かない。

 だが、騎士は違う。

 一体に駆け寄ると、その腹を大きく切り裂く。

 幼い少女の姿が露出する。

 天藍はひと息に心臓に刃を突き入れ、捩じった。

 血しぶきを浴びる前に退避。人形は再生することなく、その場に崩れ落ちる。

 体が大きいだけで愚鈍な人形など、竜鱗騎士の敵ではない。人形たちはまるで生きているかのように悲鳴を上げ、散り散りに逃げようとする。

 なんのために、こんなひどいことをするんだ。

 城を見上げると、キヤラがこちらを見つめ、微笑んでいた。唇に指を置き、キスを送ってくる。

 その瞬間、客席が歓声に沸く。

 彼らはこれがただのショウにしか見えていないんだ……。

 この残酷さ、この非道を、ただ楽しいものだと錯覚させられている。


 なんて愚かな。


 その瞬間、オルドルと僕の心がひとつに重なる。

 許さない、絶対に。

 あの日、海辺で日差しに目を細めていた彼女はもうどこにもいない。

 彼女は魔女だった。その本性を誰にも悟らせないために、美しい女の仮面をかぶっていただけなんだ。

 胸に燃えるような感情がともる。

 僕は上着に隠していた麻酔薬を取り出し、服の上から射つ。


「……《昔々、ここは偉大な魔法の国》……!」

 

 地面から銀の茨が生い茂る。それは人形たちの手足に巻き付き、動きを封じる。

 動きの止まった的を、天藍が次々に仕留めていく。

 痛みがあるかのように叫んでも、それはシウリにそう仕向けられているだけだ。

 天藍の剣ならば、一瞬で死ねる。

 さよなら……。

 テリハ……君に謝る言葉がみつからない。

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