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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
決着、戦友よ永遠に
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69 隠れ家

 雄黄市解放同盟の登場で海市は予想以上に混乱しているらしかった。

 デモは規模が大きくなり、武力による衝突こそないものの市境での抗議活動は少々品の無いものになっている。天市から離れた街路に立つ海市市警でさえ大っぴらに銃器を携行していて、みるからに物々しい。

 銀華竜の出現からそう間もないうちにこれでは、市民は落ち着かないだろうな。

 海市に戻った僕と天藍は、学院にも図書館にも戻れないのだと知った。

 何しろ、どこに行っても《同盟》と思しき連中がたむろしているのだ。

 どうやら彼らは、構成員や行動方針が明確な組織ではないらしい。《雄黄市解放》という大目的に共感した有志の一般市民が、とくに示し合わすことなく自由に活動している。武器を調達して合宿所まで襲ってきた例のグループもあれば、街にたむろしているだけの奴らもいる、ということだ。

 リブラがいない以上、魔法を使うのも少々犠牲が大きい。

 仕方が無いので天藍が知ってる《隠れ家》とやらに一時避難することになった。

 夜明け間際の(ユルシ)通りだ。高級商店街だけあって、好奇心の勝ち過ぎた輩の姿もいない。

 書店の入った古びたビルの二階に上がっていく。秘密のコードと生態認証を使い、入ったそこは簡素な……セーフハウスと聞いていたので、もっと簡素なアパートのようなものを想像していたのだが、違う。

 いきなり毛足の長い絨毯に出迎えられた。

 色あせた大理石の外観に似合うよう、現代的で、ところどころにクラシックな調度品が添えられている。キッチンがあり、冷蔵庫の中には洒落た食料と酒。間接照明がすてきなリビングにはソファと古めかしい音楽の再生機器とコレクション、寝室に天蓋つき寝台がひとつ置いてあった。

 寝台もちろん大きいサイズのやつで、透明なガラスで仕切られただけのシャワールームが丸見え。明るい中庭に面していてプールもある。

「ひとつ確認したいことがあるんだけど、これって凄く……なんていうか……とりあえず、結論をだす前にこの部屋を竜鱗騎士団団長が確保している経緯を聞いてからでも遅くはないかなって思うんだけど……」

 この部屋に一度も足を踏み入れたことがない、というのは、天藍の呆気にとられた顔つきをみればわかる。

「この部屋は前の団長のものだ。緊急時に使うようにと念を入れて、鍵を渡された」

「もう少しディテールがあったはずだよね」

「施設が手狭なため、収容人数は二人までだと念押しされた」

「それを額面通りに受け取ったんだな……」

 絶対、これ、女性を連れ込む用だ。竜鱗騎士団の前団長といえば、銀麗竜の雄黄市

侵攻の際、罷免されてそのまま姿を消したとかいう人物だ。

 当時、相当幼かったはずの天藍アオイを数年越しでからかうなんていい趣味してる。元団長、ちょっと会ってみたいぞ。

 天藍はふと何かに目を留め、寝室のキャビネットに手をかける。それはそのまま横にスライドし、金庫が姿を現した。

 開けると、そこには武装や救急医療セットが山のように積み込まれていた。

「セーフハウスとしても機能してるんだね。流石……」

「そうでなければ困る」

 これでテリハに斬られた負傷も治療できる。

 天藍はこっちに服を投げて来た。

 何の変哲もない地味な衣装だが、杖を収納するホルスターに偽装して、サカキがくれた戦闘服のものと似たような装置が取りつけられている。至れり尽くせりってやつだな。

 通信機が置いてあったので、まずは黒曜に連絡を取ってみた。

 彼は事情を黙って聞いた後、「人質の件は私とクヨウ捜査官で引き受けよう。君たちは定刻通り会場に入ってくれ」と抑揚のない口調で応じた。

「黒曜、信じていいんだよな……」

「薔薇の騎士よ」と彼は聞き慣れない名前で僕を呼んだ。「君の始めたことだ。どういう結末に落とし込むかは、君の決断だ」

「それってどういう――」

 意味だ、と訊く前に「切るぞ」と言って通信が途切れる。

 掛け直すかどうか考えているとひやりとした感触が頬を濡らす。

 水の入ったボトルを手に、天藍が立っていた。

「休め。食えるうちに食い眠れるうちに眠れ。万国共通の重要な教訓だ」

「そんなわけにはいかないよ。天河たちの家族を、孤児院の子たちを取り戻さないと」

 試合まであとおよそ六時間のタイムリミットが既に切られる。

 その時間を使い潰すわけにはいかない。

「生きてると思っているのか? キヤラはそういう女ではない。邪魔者はすべて消す。一人残らず」

 その一言で、急に現実が迫ってくる。息苦しくて堪らない。

 彼らはもう死んでいる可能性が高い。

 だとしたら、それが正しいとしたら……テリハは現実が受け入れられず、わずかな可能性に縋って意味の無い戦いをカガチに挑んだことになる。

 彼は医療トランクを開け、半裸になると傷口に治療用のジェルパッドを当ててその上から止血帯を巻き付けた。とんでもなく乱暴な治療を終えると、冷蔵庫を漁って賞味期限の切れていなさそうな冷凍食品のトレイを取り出し、解凍機に放り込んだ。

 どんな状況でもコイツのやることは機械みたいに変わらないらしい。まるで戦うための機械だ。

「そして振り出しに戻る……か。そういえば、前も君とこんなことをしていた気がするよ」

「そのあと楽しい戦いになった。今回もそうなるだろう。血みどろで、希望が無い」

 天藍はそう言って携帯注射器を腕に押し付ける。竜鱗の拒否反応を抑え込むために必要な薬だ。一回暴走しかけたため、以前よりも強いものになってるらしい。

 彼の体には銀華竜の爪痕が天藍の体に巻き付いた蛇みたいに、竜鱗として残っている。投薬を続けなければ維持できない肉体と人としての自我、その代償に与えられる莫大な魔力と人とは思えないほどの身体能力と回復力……。まるで砂上の楼閣だ。

 桃簾イチゲは竜鱗騎士というものに悲観的だったが、本当はそれも仕方のないことなのだ。

「今回は違う戦いにしたかった。もっと……正しいことのために戦いたかった」

「馬鹿馬鹿しい。正しさなど誰が決める? ――私は姫殿下が命じるなら、人にも竜にもなる。破壊せよと命じられたなら、神でも滅ぼす。戦いに意味などない。なにも求めないほうが賢明だ」

「それはそうなんだけど…………悪い、何食ってるんだ」

「見てわからないか。脳機能障害の診断が必要か?」

 どうみても真面目な顔をして、冷凍庫から取り出したバケツみたいな容器からピンク色のアイスを掬って食べている。黙っていれば美少女キャラも尻尾巻いて逃げる程度に端正な顔立ちなので違和感がなくてすごくむかつく。

「……そういえばパンケーキの奪い合いとかしてたもんな」

「魔術行使には栄養が不可欠だ」

「それは糖分の塊だろ、どっちかというと」

 くらだない言い合いをしていると、呼び鈴が鳴った。

 少し警戒……正直にいうと驚いて飛び上り、ソファの影に隠れた。

 天藍が剣とアイスを手に――それは置いていけよ――外を確認して、何故か僕を手招きで呼ぶ。ものすごく面倒くさそうな顔だ。

 覗き窓から外を覗くと、そこには黄色と赤の縞々、という目立つ服に帽子をつけた少女が立っていた。


「ちわーっす、宅配でーす! ……いいからはやく開けなさいよ、班長!」


 最後の方はキレ気味の小声で、イブキが呼んだ。

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