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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
やっぱり鹿はろくでもない動物だ
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58 明らかに嘘

「ちょいと面貸せや」


 朝恒例の打ち合わせの直前、カツアゲする不良高校生みたいに凶悪な表情でヒギリがこっちを睨みつけてくる。

 教師に対する態度じゃないな、全然。

 でもこうなることは予測できていた。自分の出自が疑惑に満ちてるってことは知れ渡ってるらしいし、こんな状況でそういう怪しいやつとは一緒に戦えないっていうのも理解できる。

「……わかった」

 覚悟を決めて、ヒギリの視線を受け止めた。

 何もかも告白するつもりだった。僕がどこから来て、何をするつもりなのか。

 それを防いだのは、いつもより早く食堂に入ってくるカガチの足音だった。

「ハイちゅうもーく。その件については、我々から話がありますよォ!」

 肩に乗ったサカキ人形が声を張り上げる。



******



 打ち合わせに、珍しい顔が並んだ。

 ホログラム映像に浮かんだ黒曜ウヤクだ。

《一部でマスター・ヒナガの経歴を疑う声があるようだが――あれは嘘だ》

 彼は明らかに嘘をついていた。

 あまりにも堂々としすぎていて、みんな呆然としている。

《暴動を納めるための詭弁に過ぎない。仮に彼が異世界人だとして、どうやって証明する? 藍銅出身であることを証明するほうが遥かに容易い。関係書類を届ける。確認されたし》

「――というワケで、我々はこの立場を支持します。書類は今朝方確認しました。藍銅共和国真朱シンシュ市出身、父君は国立大学の教員をされている。経歴ともに疑わしいところはありません」

 杖をクルクル回しながら、サカキが言う。

 続いてカガチが机上に公的機関が発行したであろう、僕の身分証明書を並べた。

 ありもしない経歴はともかく、ありもしない家族関係が飛び出してきて開いた口が塞がらない。両親なんて実在の人物だ。どれだけの金を掴ませたか知らないが、この短期間でよく用意したものだ。

 僕は勢いよくリブラの方を振り返った。

 若い青年医師は難しい顔で押し黙っている。相変わらず腹芸の苦手なやつだ。それだけ苦しい顔をしていれば嘘を押し通そうとしていることくらい簡単に伝わってしまう。

 紅華は僕の犠牲など求めていない。

 どれほどバカバカしい嘘でもつき通し、僕が古銅の身代わりになることを防ごうとしているんだ。

 それはありがたいことなのかもしれない。でも……。

「それじゃ、何か? コイツはありもしない嘘で騙したってワケか? 古銅イオリの代わりに戦うと言ったことも、竜を倒すってのも、みんなウソなのかよ!」

 ヒギリの言葉には嫌悪感が混じっている。それは正当な怒りだった。

 彼と一緒に、僕も怒っていた。

 嘘なんかじゃない。僕が異世界から来たということも、みんなのために戦いたいという気持ちも。

 すべてを吐き出してしまいそうになる直前、僕の肩を広い両手が掴んだ。

「いけません、マスター・ヒナガ」

 静かで低い声が、逸る気持ちにブレーキをかける。

 振り返らなくてもわかる。カガチだ。

「ヒギリも、もう少し物事を考えてから言葉を口にしろ。そういう直線的な生き方は戦場の外で足下を掬われるぞ」

「……なんでだよマスター・カガチ。なんであんたがソイツの肩を持つんだよ」

「すまんな。最近、どうもこのくらいの年頃の若者を見るとみんな教え子のような気しかしなくてな!」

 カガチはいつものように陽気に笑っている。

「――だが、無条件に庇ったわけではない。ヒギリ、お前は言葉の正しさを問うたな。もしも大宰相の発言が全て嘘だとしたら、お前はマスター・ヒナガを信じるのか? 命を賭けられるか?」

 ヒギリが言葉を呑む。黄水は最初から僕を信用などしていなかった。

 それに……。

 仮に異世界人だったからといって、古銅と同じ才能を持っているわけでもない。

 僕にとっては勇気と覚悟が必要な誓いでも、他人からみたらなんて薄っぺらなんだろう。

「前に言いましたね。己の誇りも、努力も全て戦場に持って上がるのです。大局を見なさい」

 カガチは僕の肩を軽く叩き、離れた。

 大局、それはつまり、キヤラと戦うということだ。

 それだけは避けようがない。ここでヒギリに見限られても、どんな嘘をついても戦わなければいけないんだ。

「ありがとう、マスター・カガチ」

 食堂に集まった全員を改めて見回した。視線は窓辺でひとり素知らぬ顔をしている天藍のところで止まった。

 銀色の瞳だけがこちらを盗み見ている。

 もしも彼だったら、こんなときどう言うだろう。

「――言い訳はしない。そのかわり戦いで証明する」

 深く、深呼吸。

「僕に何ができるのか見定めてくれ。そのあとでマスター・ヒナガが本当は何者なのか、君たちが決めればいい。……こんなことしか言えなくてごめん」

 もしもキヤラに選ばれたのがマスター・カガチだったら、ここにいるみんなが迷うことは無かったはずだ。

 でももう、僕は普通の高校生だから、なんて言い訳ができるところは通り過ぎてしまった。しかも、馬鹿なことにそれを選んだのは自分だった。

 オルドルの力を手に入れて、知らず知らずのうちに舞い上がってたのかもしれないな。

 でも、戦うって決めたから。

 ここに留まると決めたから。

 それがどうしようもないことでも、今度は逃げない。

 ついでに、黒曜に向かって、通信機越しに中指を立てておいた。

 いっぺん死ね。

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