番外編5 マスター・カガチと駒遊び
イブキは一仕事終え、食堂は人気がない。
休日を告げはしたが、それで言われるままに休むような生徒たちではなかった。
各自、自主練習に励んでいるようで宿舎の中までも剣戟の音が入り込んでくる。
「サカキ先生、文字通りの最終戦の出場選手、目星はつきましたかな」
カガチはボードゲームの盤を挟んで、自鳴琴の解析と遊びを同時に行っているサカキ人形に声をかける。
「おそらく私の読み筋はカガチ先生と同じです。あとはマスター・ヒナガに任せてみるしかないでしょう。……少し心配ですね」
サカキは杖で、竜騎士の駒を二つ進め、カガチの魔術師の駒を取り払う。
カガチは眉を顰めた。
「サカキ先生が竜鱗騎士に転向してもう何年になりますかな」
「おや、会話で気を逸らそうとか? 貴方とこの遊戯に興じるのも何度目でしょうねぇ……。カガチ先生は難敵ですよ、卑怯な手段を平気で使いますからね。目を離すとすぐコマの位置を動かすので、元から良かった記憶力がさらに鍛えられました」
しかも、わかりやすく有効な位置に駒を配置するのではなく、後からじわじわ有効になっていく微妙なところに置くいやらしい手だ、と付け加えるのも忘れない。
もしもここに椿がいれば、ふたりがやっているのはチェスに将棋のルールを混ぜて囲碁の要素を加えたトンデモゲームで、駒の種類が竜騎士や呪術師や魔術師や治癒術師など女王国にかつて存在していた魔術職になぞらえていることを指摘したかもしれない。
「しかし、鉱石魔術を教えていた頃はこうして竜鱗騎士に関わることも無かった。お辛くは無いですかな」
「その曖昧な表現に具体性を加味すると、教え子の訃報が毎年のように届くことが、ですかね。これは竜鱗を移植する前から常々思っていたことですが……」
カガチと違いサカキが教えるのは竜鱗の稀少性と移植枚数が共に低い生徒たちだった。その分、戦場で命を落とす危険度も高い。
「たとえ未来がどうしようもなく間違っていても、我々教師は過去に戻れなどとは言えない。何故なら不可能だからです」
サカキは溜息を吐いた。
「我々は常に《先に行け、未来に進め》としか言えないのです。……ですから、カガチ先生、私は迷うことはありません。大体、貴方の教え子なんかより、私が考案した魔術式が組み込まれた魔導兵器によって死んだ人間の数のほうが圧倒的に多い」
サカキは溜息を吐いた。彼が人間になる前、カガチはこの自信過剰な青年がときどき浮かべていた諦念に満ちた表情を思い出す。
「それに《貴方がこれからすることについても》、とくべつ冷酷非道な人間だとも思いませんね」
「やはりお気づきですか」
「ええ、気がつくなというほうが無理です。これでも十年以上、教師生活を続けてますのでね」
「どうにもならんでしょうな、こればっかりは」
「ならないでしょうねえ。……あ、こら。呪術師をズラすのはおやめなさい」
サカキは杖を伸ばし、カガチの手の甲を叩く。
「……そろそろウファーリの様子を見てきてやらないといけませんな」
「ちょっと、逃げるのはやめなさい。どうみても詰みですよ」
「はっはっは」
「行くなら連れてってくださいよ、自分じゃ動けないんですから」
「はっはっは」
「カガチ先生っ! まったく……遊び相手が少ないのも困りものですねぇ」
カガチがいなくなった食堂で、もぞもぞと物が動く気配がした。
サカキは振り返る。
「……? 気のせいでしたか……」
視線の先には、自分と同じように人形になってしまったプリムラとオガルが静かに虫干しされていた。




