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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
倒せ! 最強の敵、その名もマスター・カガチ!
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43 闘争の宿命 -2


 無理を言って、市境の様子を見せてもらってから、宿舎に戻った。

 天市市境には想定していたよりもずっと多くの人々が、それも数千人という規模で集まっていた。今は落ち着いているけれど、人々の間に張りつめた緊張と深い怒りがあるのを肌で感じた。彼らは怒っている。それは紅華が古銅を匿って外に出そうとしないこと、誰も彼らが奪われたものを取り返してくれないことに対してだ。

 銃器を携えた市警が万が一のときのために配備されているが、彼らの弾丸が人々に向かったら、それこそ取り返しがつかないことになる。

 例えようもなく暗い気持ちで宿舎に戻った頃には、空は白みかけていた。

「おかえり……なにがあったか聞いてあげよっか?」

 上のベッドから、逆さまの頭が降ってくる。

 もちろん、イチゲだ。

 ピンク色のウサ耳フードのあざとい寝間着が大変良く似合っている。

 彼女は……いや、彼は、梯子をスルスル降りてきて、隣に腰かける。

 ピンクのショートパンツから伸びた足が眩しい。しかもなんかいい匂いがした。

「いまならイチゲには他の人には黙っとく、おくちチャック機能などなど便利な機能を搭載しているけど?」

「……ありがと。優しいんだな」

 イチゲは妙な顔をしていた。

 それは女の子のかわいい顔、というより男の顔に見えた。

 もちろん、真実を知ってしまったから、そう見えるだけだけなんだろうけど。

「先生はさ、私のこと気持ち悪いとか思わないの」

「……思わない。っていうか、あんまり考えてなかった。最近は色々ありすぎだし……」

「じゃ、興味なし?」

 興味はある。好意の対象とかではなく、もっと下世話なやつだけど……。

「えーっと、桃簾は女の子になりたいのか?」

「どうだろ。そんなこと考えたこともないよ。たとえそうだとしても、やることは変わらないじゃん。竜鱗騎士になって竜を殺す、それに男も女もないでしょ」

 だからってそういうかわいい服を着こんで、スカートを履く意味もわからないのだが、本当にあまり深く考えていないのかもしれない。本人が似合う、着たい服を着てるだけなのかも。これは勘だけど。

「君は天河のお嫁さんになりたいんじゃなかったの」

「まあね。先輩と私の出自、知ってるでしょ」

「うん、教えてもらった」

「私はね、先輩の帰るところになりたいの。一緒にいられるなら、お母さんでも、お嫁さんでも、なんでもいいんだ」

「流石にハードルが高過ぎではないかな?」

 もっと他に色々選択肢があるだろうと言いかけた僕を、強烈なブローが襲う。

「ごふっ」

「だって……生きる意味が竜と戦うだけ、なんて悲しすぎるからね」

 凄い矛盾だ。

 彼女は、というか彼は、竜鱗騎士である運命を受け入れて、その上でそれを否定してる。

「ま、でもしばらくは、私も本気モードかな。今回の合宿、結果出せてないしさ」

 僕はベッドに突っ伏したままカガチたちから渡されたデータを表示する。

 桃簾の成績は確かに悪い。

 多大な邪魔が入ったとはいえ、三体という低さだ。

「意外……」

「仕方ないじゃん、私はこーいう野外戦、苦手なんだもん」

 イチゲはむすっとしている。

「じゃ、どんなとこが得意なの?」

「………………開けた原っぱとか」

「限定的過ぎるだろ……」

 ピンときた。桃簾イチゲの武器は銃。しかも、レーザータイプのやつだ。

 確かに、森の中では遮蔽物がありまくりで飛竜のような動きまくる小さな的には当たりにくい。狙撃で狙いたくても直進する光線はやっぱり何かしらに邪魔される。おまけに二人一組という制約がかけられているため、遠距離攻撃に専念することもできないのだ。

「なるほど。うまいこと利点が潰されてるんだな」

「それ、いやみ?」

 がちゃり、と銃口が頭の真横にくっつく音。

「ちがうよ!」

「ならいいけど」

 イチゲは銃をクルクル回して握り潰した。竜鱗で構成された銃は破壊され、光になって崩壊した。それから彼女はベッドに戻って行った。

 暗い顔をしてるのを見てわざわざ気を紛らわせるために降りてきてくれたんだとしたら、優しいやつだ。お母さん、なんて呼ばれてたのも少し納得する。

 桃簾だけじゃない。何もきかずに見逃してくれたノーマンも、市境に集まっていた人たちも、みんな優しくて、それぞれが人間らしい矛盾を抱えている。

 そしてどんな感情も、願いも、最後は戦うことにたどり着く。

 どうやっても逃げられないなら、やれることをやろう。

 それは正しい。……でも、そうやって進んだ先にあるものが間違っていないと、どうして言えるのだろう?

 油断するとマリヤのことを思い出してしまいそうで、眠るのは少しだけ恐ろしいと感じた。

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