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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
倒せ! 最強の敵、その名もマスター・カガチ!
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42 闘争の宿命


 イネスは魔術が使えない。だから僕がなんとかしなくちゃいけない。

 でも、どうやって!?

 行く手で飛竜が攻撃的な鳴声を発しながら待っている。

 つまり、あそこには誰かがいる。天藍でも天河でも誰でもいい。後ろから追いかけて来る殺戮兵器をなんとかしてくれるなら――でもそれは、間違いだった。

「先生、ちょっと待った!! そっちは駄目だ!」

 イネスに制止され、恐怖で竦んだ頭にがつんと衝撃が走り、正気に戻る。

 カガチは百体の飛竜を倒して来い、と言った。このまま助けを求めて学生たちのところに突っ込んで行ったら、飛竜を倒すどころの騒ぎじゃなくなる。

 でも――もう引き返せない。

 コースを外れようとした瞬間、サカキの魔法が飛んできて、地面に大穴を開けるからだ。かくして、僕は大きなミスを犯した。



                ~~~~~



「………………」


 黙り込む僕の背中には《大間抜け》と大きく書かれた張り紙が貼られたままだ。

 書いたのは黄水、貼ったのはウファーリ、という連携技だ。

 あの阿鼻叫喚の地獄を覚えている。飛び回る飛竜、あちこちで爆裂魔術が弾け、封じたくてもカガチの剣技が凄まじくて近づけない。

 絶叫と罵声の入りまじる中、カガチの刃が腹を貫いた瞬間までは覚えてる。

 目覚めるとリブラの治療を受けていた。

 マスター・カガチは刃にアルカロイド系の猛毒を乗せていて、すぐに治療をはじめなければ危ない状況だった。

 リブラには余計な魔力を使わせてしまったし、当初の目的ですら達成できていない……。飛竜の討伐数は天河テリハが二十三体で最大値、続いて天藍アオイが二十体、残りは十体に届かなかった。計三十五体が残っている計算だ。

 当然カガチは笑顔で追加トレーニングを命じ、サカキとハイタッチした。それが結末だ。

 でも、声を大にして言いたい。

 こんな合宿、アリか!?


「黙って訊いていたが、大方全部お前のせいじゃないか、大間抜け!」


 海市に出る道をかっ飛ばしながら、クヨウ捜査官が怒鳴る。


「……すみませんでした」


 わざわざ迎えに来てくれるあたりとても親切なのだが、オープンカーで浴びる強風は睡眠を強く欲している体には罰ゲーム並に辛かった。

 全身筋肉痛に苛まれる体を貸してもらったコートに包みながら……理不尽さに怒る気力もない。

「まったく、お前のようなのが母校で教鞭を取っているとは世も末だ! 試合もどうなるかわからんな」

 鋭い舌打ちが琴線に触れてくる。

「僕は戦いには向いてない。こっちに来るまでは未経験なんだよ」

 明日からのことを考えると憂鬱になる。カガチとサカキをどうするのかも思いつかないし、何よりの懸念事項が、治療だ。

 戦う者は多くても、治療者はたったひとりしかいない。

 わかってる。僕が大怪我しなければいいし、それに魔術を使うことにもっと集中しなくちゃいけない。恐怖や脅えといった感情にとらわれたままオルドルの魔術を使うと代償がますます大きくなるからだ。

 クヨウはハンドルを握ったまま怪訝そうな顔をしていた。

「じゃあ何故、銀華竜と戦ったのだ? アホめ。生半可な正義感で身を滅ぼしたいならよその国でやれ」

 自分が投げたブーメランが盛大にこっちに戻ってきて、思いっきり刺さる。

「あのさ……クヨウ上級捜査官」

「なんだ」とクヨウ。

「なんで貴重な睡眠時間を削ってまで、そっちの捜査に僕が協力しなくちゃいけないんですかね」

「じゃ、降りるかね?」

 クヨウがむんずと頭を掴み、車外に押し出される。

 全力で謝罪し、なんとか許してもらえた。



 たった一日も離れていないのに、舞い戻った夜の海市はまるで知らない別の顔になっていた。

 天市との境が騒がしく、煌々と明かりが灯っている。

 そこを避けるような経路で、僕は市警の建物まで運ばれる。前にも来た場所だけど、以前よりもみんな緊張している気がした。

 クヨウ捜査官は現在、キヤラ・アガルマトライトの捜索に当たっている。一応、秘密裏に。

 海市市警の彼女のオフィスで僕を待っていたのは、ある女性だった。


「やあ、マスター・ヒナガ……お久ぶりだねえ」


 黒髪を肩のあたりで切りそろえた妙齢の女性。

 顔立ちは実年齢よりずっと若く見えた。

 彼女はノーマン副団長。いちおう天藍の部下で、騎士団の中で二番目に偉い人物だ。詳しい話は省くが、僕は彼女の顔に泥を塗るような真似をしたことがある。

「その節は、ずいぶん腹の立つ目にもあったけど……姫殿下が《聞かないであげて》と言ったから、わたしのかわいいお姫様に免じて何をしたのかは聞かないであげる」

「うっ……お久ぶりです……百合白さんは元気?」

「一応ね」

 ノーマンは市警の要請により、協力してキヤラを追うために一時帰国してきた。百合白さんは藍銅でも女王国でもない、僕の知らない空の下にいる。なんでも親類が入院中だそうで、見舞に行くという名目だ。

「さて、わざわざ来ておいて申し訳ないんだけど、軽く探ってみてもキヤラの痕跡は見つけられなかったよ。何か彼女に辿りつくヒントがあればいいんだけどね~」

「ヒントって?」

「そうだね。血とか髪の毛とか、爪とか、彼女から剥がれ落ちたものならなんでもいい。最高にいいのは経血だ」

 ヒントというから、推理の材料かと思ったら……とんでもない単語が飛び出してくる。クヨウが溜息を吐いた。

「ありとあらゆる(まじない)に不可欠な素材だ。一滴でもあれば、意中の人物を支配することすら可能だろう」

 そういえば自鳴琴の儀式にも血を使った。

 だからこそ、人形化の呪いは避けがたいものになってしまったのだとも……。

 当然、大魔女がそんなミスをおかすとは思えない。

 ノーマンは難しい顔をしている。

「地道に探してはみるけど……でも、現段階で、彼女を逮捕できるくらいの証拠があるのかい?」

「難しい。有力な証人が証言を翻しはじめた」と、クヨウ。

「それって、まさか、誰かから圧力がかかって、とか?」

 僕が何気なく訊ねると、クヨウは苦々しい顔で、黒い唇に煙草を加える。

「市境のデモを見てないな。世の中では、キヤラの意見を推す者が急激に増えている」

「え?」

「古銅イオリを藍銅に渡し雄黄市を奪還すべきと考える者が武器を取り、暴動に発展するのも時間の問題だ。そして、そういう状況下でキヤラ公姫に対し否定的な証言を述べれば、さてどうなるか?」

 海市の状況は、もっと落ち着いているものだと勝手に考えていたせいで、彼女の言葉に混乱を隠せない。

「なんで……? キヤラは彼女は女王国の人たちを殺しまくってるんだぞ。自分の目的のためだけに、みんなの気持ちを操ってるのに」

「証拠がない。そして、我々は寄る辺がない。竜に囲まれ、奪われ、お前たちが負けた」

 クヨウの言葉は的を射ていた。

 魔法が使えないのは、イネスだけではない。

 魔術を奪われているのはこの国の人すべてで、使えるのは僕たちだけなのだ。

 その僕たちが、公衆の面前で失態を晒した。

 だから、みんなは心の支えを失ってしまった。

 自分たちは、自分たちの力で、自分の国を守ることができない……と。

 そして藍銅に頼るしかなくなった……と、彼女はそう言いたいのだ。

 証拠を探しましょう、とノーマンが言った。

「どのみち揺るがぬ証拠がなければ、あの魔女には手出し無用だ。過去をどれだけ嘆いても時計の針は戻らないよ」

 ノーマンは僕の肩を叩く。

「やるべきことをやろう。たとえどんなに苦しい状況でも……その積み重ねが仲間を守り、引いては自分を活かす。これね、前の団長のモットーなんだ。合宿の様子はカガチから聞いてるよ。ヒッドイありさまらしいからね~」

 ノーマンは意地悪く笑ってみせた。

 深刻にならず、笑ってくれるだけで心が軽くなる。

 どうしてこんな状況で心乱れることなく大らかに、ほぼ見ず知らずの他人を励ます余裕もあるのか、それが不思議でならなかった。

「証拠……証拠かあ」

 僕は考える。心当たりが無いともいえない。

「そういえば、キヤラはオークションに出るって言ってたよ」

「オークション? 素直に出てくるとは思えないな」

 もっともだ。そんな、開催日も開催場所も予めわかってるような催し、捕まえてくれって言ってるようなものだ。

 だとすると、他に名案は……。


「あ」


 名案かどうかはわからないが、ひとつだけ目のありそうな方法が、ある。

 ただ、この方法を使っていいのかどうか……少しだけ不安が過る。


 でも、ミィレイなら。


 病院で眠り続ける彼女なら、キヤラに繋がる何かを目撃していてもおかしくない。

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