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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
突然のハーレムは生贄の香り
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26 救世への煩悶

 コース料理が終わった後の僕はまるで屍人だった。

 晩餐会ならではの華やかな雰囲気とか、料理にこれでもかと凝らされた趣向を楽しむ暇もなかった。

 口の中がヒリヒリしたり酸っぱかったり過剰な甘さで吐き気がしたり、口中が七つの異なる味で満たされ、味覚がパンクして完全に麻痺していた。

 これは、新感覚だ。新手の拷問といっていいと思う。

 あと、両頬がパンパンに腫れ上がってヒリヒリする。

「ツバキぃ、また遊ぼうねぇ」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「よく耐えれたのでご褒美あげるね~、ちゅっ☆」

「はあぁ……理解し難い。なんで奴隷に謝るかな~」

 可笑しそうに爆笑しているレンブと、ひたすら謝り続けるガレガ……シウリは投げキスを送り、アニスは最高に酷い台詞を残してきらびやかなダンスホールへと、ダンスをしに去って行く。

 あの四姉妹、キヤラと合わせても個性が強すぎる。

 ガレガはまだまともそうだが、何度も両頬をビンタされて、心証が最悪だ。

 しかし、この努力と犠牲が功を奏し、キヤラの来訪について紅華とリブラはなんてことの無い世間話を装って彼女たちの来訪の理由について聞きだした。

 女王国へ来た表向きの理由は、ユルシ通りの魔術専門店が主催する競売に参加するためだ。狙いはそこに出品される魔術書を競り落とすこと。

 魔術書、と聞いて、もしかしてそれは青海文書のことでは、とも勘繰ったりしたが、よく考えればあれは読み手に無条件に魔法を与える危険なもので、そんなものの売買を紅華や黒曜や市警が許すとは思えない。それに、魔術に造詣が深いキヤラにとって来訪の目的自体は特に怪しいものではなかった。

「さて……そろそろ、ゆっくりお話しましょうよ♪ 紅華ちん、それに先生も……私に聞きたいこと、あるんでしょう?」

 朱色の瞳が、耳元で揺れる大きな宝石と同じように妖しく輝く。

 晩餐会という行事を装っていても、その真意は筒抜けのようだった。

 これは彼女がしかけて来たコミュニケーションという名の先制攻撃だったが、紅華は動揺のかけらも見せずに黒手袋に包まれた掌を二階に差し向けて微笑んでいた。

「こちらへ。お飲み物の用意をさせましょう」

 あらかじめ決まっていたことだ、とでも言いたげで、背筋が寒くなった。

 オルドルじゃないが、友好的とはいえない間柄の女ふたりに挟まれているのは、落ちつかない。

 地雷原のど真ん中でお茶を飲もう、と誘いあっている女性たちを前に、落ちついていられる男がいるなら見てみたいものだ。


                ~~~~~


 迎賓館の二階にある個室で、食後のお茶を間に挟みながら紅華とキヤラが向かい合う。

 僕はリブラから氷を受け取り、交互に頬を冷やしていた。間抜けな姿だ。

「単刀直入に言うわね♪」

 ソファに深く腰掛け、キヤラは長い肢を組み替えた。

 スリットからはみ出した白い肢が無駄に視線を誘う。

「《古銅イオリ》に興味を持ちました。アレを私と藍銅共和国に預けてみる気はないかしら?」

 やっぱりそれか。

 彼女はそれを知ったのは偶然だ、というふりをしている。

 たまたま競売に参加するために女王国にやって来たら、たまたま古銅イオリの騒動に出くわし、たまたま晩餐会に招かれ、たまたまそういった交渉を持ちかけた……なんて確かにタイミングが良すぎる。

「仰ることの意味が理解できません」

「知らないふり、してもムダよ? 藍銅の魔術研究者たちも、古銅イオリには大変興味を抱いてるの。いい話だと思うわ♪」

 もしもキヤラが全ての段取りを整え、この時点で二件の殺人をおかし、そしてこういう話を持ちかけているのだとしたら面の皮が厚いどころの話じゃない申し出だった。

「それでね? あの才能を世に出すつもりなのかしら、紅華ちんは」

「竜族との均衡状態を保つため、あれは決して世に出てはならない呪いのようなものです」

「そうでしょう。雄黄市の崩壊、滅亡で、国内には難民状態の民が溢れかえり、景気も回復していない。奪還を待ち望む声は多くとも、女王国にその余力は――おおっと失礼、言葉が過ぎたみたい♪」

「いいえ、その通りです。竜族との全面戦争を戦い抜くことはできません」

「で、あれば。古銅を一旦、国外に出してしまえばいいわ」

 ちくちくと、言葉の剣で相手を刺すかのような会話を黙って聞いているのは胃が痛む。無理やり飲み干した茶が、胃袋と消化器官をさらに苛む。

「藍銅は全力を持って彼の才能を引き出し、最強の戦士として、最優の竜鱗魔術師として十年……いえ、五年以内には完成させる、と約束しましょう♪」

 藍銅共和国にも、竜鱗魔術があるのだろうか? 小声でリブラに訊ねる。

「移植技術は女王国に一日の長がありますが、足かせが無い分、追いつくのも早いはずです。その上、古銅イオリを手に入れたなら――」

 女王国で実現している魔術に、魔術利用に積極的な藍銅が目をつけていないはずがない。

 僕にもキヤラや藍銅が何を求めているのか、うっすら理解できた。

 竜鱗魔術が適合率という難題を抱えている以上、多数の竜種への適合を持つ奇跡の人類、古銅イオリは貴重なサンプルになる。

 その秘密を解き明かせば、藍銅は女王国よりも優れた竜鱗魔術を手に入れることも夢じゃない。

「もちろん、お得情報もあるわよ♪ その代わりと言っては何だけど、五年後に戦士として成長した古銅イオリの力で雄黄市に巣食う銀麗の一派を壊滅させる、と約束しとくわね」

 藍銅は竜鱗の秘密を手に入れ、そして女王国は古銅を一旦国外へ出すことによって竜族の目を逸らし、雄黄市を奪還する。

 それは藍銅にも女王国にも、お互いにとって利益のある話、のように思える。

 それが二人の人間の犠牲を支払って描かれたシナリオなのだとしても。

 紅華は目を閉じ、どうするのか考えているようだった。

 この件に関しては、僕には口を挟むことができない。リブラも焦燥を浮かべたまま、紅華の返事を待っている。

 彼女の紅の瞳が再び開かれたとき、そこには彼女の意志と決断が宿っていた。

「断る、と言いたげね♪」

「その通り。古銅イオリは、目覚め次第、故郷に帰します」

「目覚めたら、ね……。紅華ちん、あなたには土地を奪われ、貧しさと竜への憎悪で悲嘆にくれる民の声が聞こえないのかしら?」

「あなたは藍銅共和国の益のために動いているだけだ。古銅を得たい、という欲望は私の哀れな民のためでは無い。この件について、譲歩するつもりは無いとお考えください。キヤラ公姫、本日は晩餐を共にできて光栄でした。残りの滞在をお楽しみください」

 無礼ともとれる断固とした拒絶に、こちらの息が詰まった。

 キヤラは怒るでもなく、ただ形通りの笑みを顔に貼りつけたまま立ち上がった。

 二人の間にはそれ以上の言葉も、敵意を表現する表情や仕種もない。

 けれど、視線と視線の交わるところで火花が散っている。

 政治には関わらない、という立場ながらも藍銅の利益のためという名目でここまでやるキヤラも凄い。けれど大国の姫君と真向から対峙して一歩も引かない紅華も凄い。

 間には絶対に挟まれたくない。

 キヤラの妹たちの相手でもしていたほうがマシだ。

 彼女が去って行って、足音が見えなくなっても、紅華は閉じたドアを睨んでいた。

「……なあ、紅華。あんなふうに話を蹴ってもいいのか?」

 ピリピリした雰囲気だが、勇気を出して声をかえけてみた。

 古銅イオリを国外に出して、そっちの研究機関だのに任せる、という案は悪くないように思えた。

 何より五年後という明確な時期設定ができれば、女王国の民は……天市の境目で必死に回復を祈っていた人たちや、救世主を心から祝福していたリョクトンやその仲間は、きっと希望を持つことができる。

「それを本気で言っているのか、ツバキ」

 こちらを振り返った紅華は明らかに怒っていた。

 いつになく厳しい声音に、口を噤む。

「一旦国外に流出した技術は二度と戻らない。それに藍銅の技術によって騎士となった古銅は、それは藍銅の兵であり力だ。その力を用いて雄黄市を奪還すれば、女王国への干渉はより強くなっていくだろう。次は軍、その次は政治……絡め取られるように身動きがとれなくなり、いずれ傀儡となってしまう」

 それが他国の武力を受け入れた国の末路だ、と結ぶ。

 十四歳の女の子が口にする決断としては重すぎるし、異邦人に過ぎない僕にはそれ以上の口出しができない。何を言っても無責任で、何よりもあまりにも無知だった。

「……勝手なこと言って悪かったよ」

 自分の手が届く、見える範囲のことしか知らないし未来を見通す力もない。無力さを感じる。

「しかし、キヤラ公姫が本当に古銅を手に入れたいと思っているのなら、手段は選ばないかもしれません」

 リブラが言う。

「つまり、古銅を元の世界に帰しても彼女の手が伸びる恐れがあり、そうなれば私たちは彼を守ることはできません」

 石扉を開き、異世界を行き来することができるのは女王の魔法である《天律》だけだ。

 それは女王国が藍銅などの他国に対して持っている強いアドバンテージのひとつにもなっている。

 けれど、ありとあらゆる魔術に精通するキヤラが、その術を見出さないとは限らない。或いは……脳裏に別の可能性が浮かぶ。

 天律は女王の魔法だが、それを使うことのできる者は他にもいる。

 たとえば紅華の姉である星条百合白がそうだ。

 もしも両者の利害が一致すれば、リブラの言うことはたちまち杞憂でなくなるだろう。

 古銅イオリは、もしかしたら女王国で眠ったままでいるのが一番いいのかも、と思えてきた。もちろん本人にしたら堪ったものではないだろうけど。

「それに、彼女はまだ何か隠している気がするのだ」

 紅華の表情は辛そうに歪んでいる。キヤラが見えない刃で紅華を切り刻んだかのようだった。

「………………あっ」

 難しい局面ながら、唐突にあることに気がつき、思わず声を上げた。


 キヤラに、どうして弟だって嘘をついたのか、聞くのを忘れてた。


 


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