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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
突然のハーレムは生贄の香り
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25 突然のハーレムは生贄の香り


 迎賓館は、まるで田舎の屋敷のような外観をしていた。

 壁面もバルコニーも瀟洒で洗練されてはいるのだが地味で、人工の池も静かに波が立つだけだ。扉の両脇にドアマンと厳重な警備が敷かれているが、特別に守らなければならない場所とは思えない。

 けれど、一歩入れば世界は変わった。

 そこは荘厳華麗な大演舞場だった。磨き抜かれた鏡のような床に映りこむきらびやかなシャンデリア、黄金の巨大なパイプを備えた鍵盤楽器、宝石とドレスで着飾った多くの人々、未知の音楽が鳴り、歌が重なる。着飾った男女の笑い声、光、きらきら……不覚だ、こんな華やかなところに来てしまうなんて。


「作戦を伝えておこう」

「作戦?」


 紅華は頷いた。

「私とリブラは極力、姉妹たちでも重要な人物であるキヤラと交流を持ち、情報を引き出す。その間、他の姉妹の相手を、君に頼む」

「他の姉妹って……」

 そういえば、藍銅共和国の公姫は、ひとりではなかった。

 飛行機から降りて来る映像には、五人の女性が映っていたはずだ。

「彼女たちは五人姉妹、五つ子だ」

「へ~」

 五人もいると、大変だろうな、という漠然とした、のんきな感想を思い浮かべる。

 迎賓館に入ってすぐ、リブラと紅華の周囲には人が集まった。

 きらびやかな光から少し離れ、窓際に逃げる。

 給仕が飲み物を運んでくる。酒は飲めないと断ろうとすると、入っていないものもございます、とグラスを手渡された。

 用意がいいことだ。

「何か異常を感じる?」

 グラスの中身の炭酸が、プクプクと小さな泡を立てて、オルドルの音声を運ぶ。

『強いて言うならば、この状態がだいぶ危険で異常だし、逃げたほうがいいんじゃない? キミには白い竜野郎みたいに危険を直前に察して回避するような俊敏さはないんだしサ』

 僕もそう思う。

 だけど招待客たちと歓談する紅華とリブラのふたりを見ながら、あのふたりを見捨てて逃げるのもいやだ、と漠然と感じている自分を発見。

 リブラはあれで天河と張り合うほど生真面目なやつだし、僕は一応、紅華の騎士なわけだし。

 天藍アオイのように上手くやれるとは思えないが、僕も自分を試してみたい。

「……ま、姉弟の件は僕も気になるし、晩御飯食べるだけだ」

『ま~た死体に後ろから突かれるハメにならないといいけどネ』

 そうこうしていると、複数の女性たちに接近されていることに気がついた。

 明るい色のドレスを着た女性たちだった。

 学院の生徒たちよりかなり年上だ。

「あなた、マスター・ヒナガでしょう?」

 いきなり名前を呼ばれて戸惑っていると、それより年上の女性が彼女を肘で小突く。

「抜け駆けはよして。銀華竜を倒してくださり、感謝しますわ。竜との戦いは大変だったのでしょう?」

「この晩餐会に呼ばれるのも当然ね。今夜は公姫様がいらっしゃるんだから」

 友人と思しき女性たち、その連れである男たちが次々に集まりだす。

 僕は苦笑いを浮かべた。学院の生徒たちと同じような興味の対象として見られていることに気がついたからだ。

 どうしよう、と迷っているところで、新しい客人の到着に救われた。


「藍銅共和国公姫様のご到着!」


 声と共に、まずは四人の女性が現れる。

 あれが、僕が相手をするキヤラの姉妹、か。せめて名前くらいは憶えておこう。

 失礼がないよう必死に特徴を掴もうとしたが、その必要はなさそうだった。

「ガレガ公姫殿下!」

 呼ばれて最初に挨拶をしたのは、頭頂部から毛先にかけて白から薄い紫に変化する不思議な色の髪をボブにまとめた女性が、末妹のガレガ・アガルマトライト。

 注目されて恥ずかしそうに俯くうなじに、花の刺青が入っているのが見えた。

 ドレスの色は薄紫で、ミニスカート。

 彼女の肩に、黒茶の髪を長く垂らした女性が勢いよく飛びついた。

「きゃっ、お、お姉様……」

「ダメよ、堂々としてなきゃ」

 顎に手をかけ、顔をむりやり上げさせて笑っている。

 指先が宝石のようにキラキラ輝く。爪に何か塗っているみたいだ。

 ガレガの隣を歩く彼女が、その上の姉の――。

「シウリ公姫殿下! 続いてアニス公姫殿下!」

 明るい黄のドレスを着たアニスは頭頂部でお揃いの黄色のリボンによって結び、垂らしていた。黒髪が逆向きの扇のように広がって、先のほうはやはり黄に染め分けられていた。

「レンブ公姫殿下!」

 レンブは両肩のあたりで巻き毛となった髪が赤と白に塗り分けられている、非常に目立つ髪型をしている。面倒くさそうにしなだれかかってくるアニスをエスコート、というかむしろ引きずり、とうとうお姫様抱っこして連れて来られる。

 彼女のドレスの色は、赤と白。

 キヤラの姉妹たちだけあって、みんなアニメや漫画から抜け出してきたかのような、個性的な美少女揃いでスタイルも抜群なのだ。

 色違いのドレス姿で並んでいると、まるでアイドルグループみたいだった。

 彼女たちの間を縫って、最後の――長女であるキヤラ・アガルマトライトが歩いて来る。

 てっきり、彼女の衣装はピンクなんだろうと思っていたが、違う。

 彼女だけ、タイトなブラックのロングドレスだった。

 ピンクの髪をサイドに流し、堂々とした立ち姿だった。学院で見かけたときよりも、ぐっと大人びている。

 招待客らは彼女たちに最大の敬意を払う。

 キヤラは紅華のところまで来て挨拶した。

「はぁ~い、お待たせしました、キヤラですよ♪ 紅華ちん、会うのは久々だよネっ? 今日はゆっくりお話したいな~♪」

「ええ、どうぞごゆるりとおくつろぎ下さい」

 王族とは思えない陽気さだ。

 あの陽気さと大胆さ、何とも言えなさは、人間よりカリヨンやオルドルたちの雰囲気に似てる。

 キヤラは僕を見つけると、表情を輝かせた。


 来るなよ、こっちに来るなよ!


 咄嗟にカーテンの影に隠れて必死に念じたが、ムダだった。

「あらあら、先生とこんなところで会えるとは光栄ね♪」

 布地の切れ目から魔女の魔手が伸びてきて、僕を捉え、引っ張り出す。

 肘のところにするりと腕を絡めてくる。

「んふふ♪ 私たち、なんだかお似合いじゃないかしら」

「え?」

 鏡に写る僕たちの姿を確認する。

 気がついた。彼女のドレスの表面には金糸で刺繍があり、僕のコートのデザインによく似てる……。

「いや、これはさっき調達したやつで……」

「もしかしてもしかして、私の好みに合わせてくれたのかなっ? うっれし~♪」

 そういう訳でもないけれど、確かに、その言い方ではそういう解釈もできる。

 リブラと紅華は、キヤラには見えない角度で、真剣なまなざしをこっちに向けていた。

 たぶん、黒曜あたりに教わったんだろう。親指を立てて合図してくる。

 まさか……店で、服が似合わないなら別のものにすればよかったのにそうしなかったのは、これがキヤラの好みに合致する服装だったからか?

 戸惑う僕に対して、キヤラと四人の姉妹たちは、今や獲物を見つけた鷲や鷹の瞳となっていた。


 いわゆる晩餐会、というものを、僕は知らない。

 日本人の大半は知らないんじゃないかな。

 実は凄く緊張していたんだ。マナーなんて、マナー本で読み漁った知識しかない。

 それでも何とかするしかないと覚悟を決めて来たのだが、すぐに役には立たない、と悟った。

「ねえツバキ、こういうところはじめて? 小動物みたい」

 シウリが僕のほうに身体を寄せ、大腿部を人差し指で円を描くように触って来る。

「動物なら食器使えないんじゃな~い? 食べさせてあげるよ。はい、アーン」

 続いてレンブが僕に、自分の皿から切り分けた料理をフォークの上に乗せて差し出してきた。

 手元にたくさん並んでいた銀食器は全部取り上げられ、どこかに消えている。

 僕はガレガ、シウリ、そしてアニスとレンブの四名に挟まれて席に座っていた。

 ただ、突然のハーレム展開に素直に鼻の下を伸ばしていられるほど、お気楽にはなれない。

 食事の前にあれだけ陰惨な写真をみせられたんだ。もしも一連の事件の犯人がキヤラなら、彼女たちが何にも知らない、なんてことはないだろう。

「あの……ちゃんと席に座って、食べない? おいしそうな料理だしさ?」

「こんな高級なだけの料理、私たちは慣れっこ。だからシウリはどっちかっていうと、弟くんと交流を深めたいな~」

 その設定、生きていたのか。

「それとも。お兄ちゃんって呼んであげてもいいよ?」

 上目遣いに見上げてくる。

 相手をしろとは言われたが、いったいどうしたらいいのか……。よく考えれば同じ年頃の女性と長時間過ごしたことって、あんまり経験がない。

 リブラと紅華、キヤラの三人は少し離れたところで上品に、まるでこっちの席のことは異世界のことだ、とでもいいたげに順調に食事を楽しんでいる。

「女所帯だと喧しくってゴメンなさいね♪」

「いいえ、心行くまで楽しんで下さい。いずれきちんとご紹介せねばと思っていたところです」

 紅華がキヤラに答えるが、その瞳が、全然笑っていない。

 ちゃんとしろ、と命令されているようで、ぞっとした。

「ねえ、どうして食べないの。お腹すいてないの」

 レンブが閉じた唇にぎゅうぎゅうと食事を押し付けてくる。

「い、いらないよ……! 自分で食べれるから!」

「へ~、そ~お? 藍銅共和国公姫様にそういうこと言っちゃうんだ」

 レンブが突然真面目な表情に戻る。

 チラ見すると、紅華がこっちを睨んでいた。

「仕方ない……一回だけだよ……」

「ハイ、あ~ん!」

 老人または赤ん坊が介護されるかのように、スプーンを口に運んでもらう。

 食物を口に運んだ瞬間、顔から火が噴きそうになった。

「なにこれ、辛っ……!」

 唐辛子のようなものを混ぜられたみたいだ。

 苦痛に顔を歪める僕を見て、レンブとシウリ、アニスはけらけら笑っている。

 なるほど、《相手》っていうのは、こういうことか。

 彼女たちは、甘えた声ですり寄りながらも、完全に、《都合のいい玩具をみつけたのであそんでやろう》という体だった。

 色仕掛けで篭絡してやろう、という考えなんかはカケラも持っていない。

 助けてくれ、オルドル。

 念じると、酒の入ったグラスの中から声がする。

『魔女はふしだらで享楽的で、それでもって若い男を翻弄し破滅に導くものと相場が決まっているからネ~。ボクはこの超高級美酒を楽しむことにするぅ~。ウフフフ』

 だめだ、酔っぱらってやがる。

 給仕が次の料理を運んで来る。僕は椅子ごとのけぞり、小声で質問を飛ばす。

「そこの人、あと何品あるの!?」

「え? ええと、デザートを含めて8品です」

 そんなに。絶望的な時間配分を知った直後、レンブに胸倉を掴まれ、現実に引き戻される。

 戻ったほぼ正面で、シウリが待ち構えていた。彼女は柔らかそうな胸元で両手を組み、同じく柔らかそうな唇で付け合わせの野菜を咥えている。

 まさか――食えということか!? それを! 口から直接!?

「《わ・た・し・を・食・べ・て☆》」

 さらにレンブが邪悪な意志でもって適当かつ凶悪な台詞を当ててくる。

 僕を全力でおちょくるためだけに。

「はしたないですよう、姉様たち!」

 真っ赤になって止めようとする、姉妹の中ではお淑やかで控え目なガレガ。

「ガレガも、やりたいならやれば?」

 面倒くさそうなアニスが、ドレスの胸のところに空いた隙間に野菜を差し込み、彼女の体を僕のほうに差し出させた。

「――――い、いやぁっ!」

 恥ずかしさの限界を突破し、恐慌状態を来したガレガが、嫋やかな掌で僕の頬を思いっきり張った。

 何もしてないのに。痛い!


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