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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
突然のハーレムは生贄の香り
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24 晩餐会への招待

『た~まや~!』


 背後で光と爆発が起きる度、オルドルは楽しげにケラケラ笑っていた。

「……晩餐会? なんで僕がそんなモノに出席しなくちゃならないんだ」

「貴方は一応、紅華様の騎士でしょう。騎士らしく、とは言いませんが、最低限、それらしくしてください」

 校内戦を途中で抜け出したのは、今夜翡翠宮で開かれる晩餐会とやらに出席するためだった、らしい。噂でしかきいたことのない宮中晩餐会、というやつか。昼餐会には出席したことがあるが、それの豪華版で夕飯の後にはダンスもあるらしく、心の底からぞっとした。

 僕はリブラの車に乗せられ、青い顔で運ばれて行く。

 何も舞踏会が怖いのではなく、クヨウとこいつは翡翠女王国運転が荒いドライバー代表選手の座をゆずらない二名なのだ。

 地方出身者は運転が荒いと聞いたことがある。

 リブラも昔は地方にいたらしいから、それかもしれない。

 少し離れても稲光のような閃光が、見え、僕は背後を振り返った。やっぱり、気になる。

 サカキはマスター・カガチの添え物のようにしか見ていなかった教師だが、あの魔術は凄かった。そんな内心を読んでか、リブラが言う。

「マスター・サカキのもともとの所属は現代魔術学科、研究分野は鉱石魔術です」

「鉱石魔術って?」

『発想は黄金の魔法と大して変わらないものと推測する。彼が持っていたのは変色効果を持つ柘榴石……に似てるけど、魔力を込めやすいよう細工した人工石ではないかな』

 オルドルの口出し。知識をひけらかす、というより、嬉々として難問を解こうとする子どものように無邪気だった。

 翡翠女王国では、鉱石の採掘と利用が盛んだ。

 女王国の土地に眠る石たちには多量の魔力が含有されていて、様々な工業製品に用いられている。

 魔術は禁止されているのだが、この力を利用することだけは規制が緩い。

「初期の論文は鉱石魔術を工業的に、より効率的に取り入れる技術革新に関するものでしたが、次第に軍事転用を視野に入れ始め、竜鱗学科に転身してからは魔力含有量の低い人工鉱石を扱うようになりました」

『魔力がなくても関係ない……魔力は竜鱗が供給してくれる。あとは膨大な力の流れを整えてくれる、石たちが持つ指向性さえあればいい。実にわっかりやすい方針と理屈だね~』

 オルドルの言葉は、リブラのものとほぼぴったりと重なった。彼は鉱石魔術を強めるために、自分の命を、理論を実践するための実験台にした。

 己の命をかけらも惜しまずに。まさしく狂気の沙汰だ。それとも、病がちだったからこそ後のことを考えずにいられたのか。

 サカキには、マスター・カガチとはまた別の恐ろしさ、強さが病弱な体に備わっている。

 リブラは翡翠宮には向かわず、黄櫨(ハジ)通りにある高級商店街に僕を連れていった。

 白鳥のマークが目印になった洋装店の入り口を入ると、黒いワンピースを着た女性が出迎える。

 店内には一目で高価なものだと理解できる衣類や靴やバッグが、エントランスを入って右側の部屋に女性のもの、左側に男性用のもの、と並んでいるのが見えた。

「……何故こんなところに?」

「必要があるからです」

 女性の先導で二階に上がる。案内されたそこは鏡が部屋をぐるりと取り囲んでいる部屋で、応接セットが置かれていた。僕は規格外の大きさの試着室に放り込まれ、そこに次々と服、靴、時計、ハンカチやタイなどが運び込まれてくる。

 それらのひとつひとつを精査しながら、リブラは僕には理解不能な服飾言語を用い、さっきの女性と何事かを相談していた。

「な、なに? いったい、なにが始まろうとしているんだ……?」

 これまで様々な理不尽な目にいろいろ遭ってきたけれど、いつもとは毛色が違っている。

 相談が終わったのか、リブラは上着を二着ほど手に取ったまま、こちらを睨んだ。

 睨んだ、というか、真剣すぎて怖く見えるのだ。

 たぶん、手術のときは大抵こんな感じなんじゃないかと思う。

「とりあえず、脱いで」

 拒否を絶対に許さない命令口調だった。

 ごめん、毛色違ってない。



              ~~~~~



「ぐぬぬぬぬぬ……!!!!」

 僕は自分が人であることも忘れ、獣のように吠えていた。

「あっ、あはっ……もうだめ、ふははははは!」

 紅華はノースリーブの紅色のドレスで、腹を抱えて爆笑していた。

 時代錯誤な馬車の中だ。リブラは紅華の隣で目頭を押さえている。

 吐息が香るのでは、というくらいの至近距離であられもない笑い声を上げているのは、翡翠女王国王姫・紅水紅華。女王国の姫君にして、王位継承者にして、異世界に来た僕をとある意図でもって迎え入れた張本人だ。

 彼女はひとしきり笑ってしまうと、ぐいっと顔をこちらに近づけてきた。

 小さな顔、短い黒髪、目尻に涙が浮かんでいる。

 そして薔薇の濃い香りがした。

「びっくりするほど似合わない。その服どうしたの?」

「君がリブラに指示したんだろう!」

 泣きそうだった。

 僕はいつもの蒼い制服ではなく、先程立ち寄ったレドグレイ洋品店で押し付けられた一式を身にまとっていた。

 黒の長外套に揃いの上着、真っ赤な立ち襟のシャツ。それから手袋。コートには繊細な金の刺繍があしらわれている。

 驚くほど柔らかで滑らかで、こんな服が世の中にあるのかとびっくりするほどだが、いかんせん派手だ。それに、異世界人としては、捨て去ったはずの中二病の再来かというカラーコーディネートとデザインセンスがいかんともしがたい。

「まあ、仕方ないか。時間がなかったのだから」

 紅華はうっすらと肌にのせた化粧が落ちないよう丁寧に涙を拭い、眠たげな猫のような瞳を瞬かせる。

「だから……なんで僕が晩餐会なんかに出ないといけないんだよ」

 馬車は順調に天市市内にある迎賓館に向かっている。

「君とは少し話をしておかなければいけない、と思ったのだ」

 まあ、僕もそろそろ頃合いだとは思っていた……けれど。

 僕は改めて紅華の姿を視界に入れる。

 僕と、彼女の間には、いろいろ複雑な経緯がある。

 彼女をどう考えたらいいのか、僕にとって何なのかが、つかめない。

「古銅イオリは、まだ目覚めないの?」

 紅華は頷き、リブラが答える。

「現在の眠りは意図的なものです。肉体は回復しきっていますが、重篤な状態だと偽らせています」

 どうして、とは言わなかった。

 僕はここに来るまでに見た光景を思い出す。

 天市と海市の境には、現在、たくさんの人たちが集まっている。

 記者のように仕事で来ている者たちもいるが、大半はそうではない。ただの一般市民……図書館で、学院で、ふと窓の外に目をやれば、そこを散歩していそうな男であり女であり、子を連れた母親であり、父親であり、老人たちだったりした。

 彼らは何をするでもなく境界のそばに居座ったり、佇んだり……。

 あるいは、ろうそくに火を灯したり、音楽を奏でたり、中には何かしらの信仰のシンボルのようなものを握りしめて翡翠宮の方角に祈りを捧げる人もいた。

 彼らは古銅イオリの一日も早い回復を切実に願い集まっている人たちだった。

 その数は、多いときで百名を軽々と越え、桁がひとつ増えつつあるという。

 彼らが《救世主》を求める気持ちは、竜に脅え、平穏を取り戻したいという願いは、それだけ真剣で必死なものなのだ。

 もう戻れない、という天藍の言葉は、嘘じゃない。

「……デマだって、単なる噂話だってことはできないのか?」

 リブラはひどく難しい顔をしただけだった。

「情報の出どころが、確かなのだ」と紅華が言う。「リブラが使っていた若い看護師が、殺された」

 夜に溶けこめそうなくらい、静かな言葉だった。彼女が語るにつれ、青年医師の眉間に刻まれた皺はより深く、悲壮なものとなる。

 殺された看護師は自宅で、奇妙な土くれとともに発見された。遺体は腐敗が進んでおり、二週間は経過していたが、その間の勤務は通常通り行われていた。

 つまり、その期間、何者かが彼女に成り代わっていたことになる。

 そして医府から情報を持ち出し、石扉の映像とともにバラ撒いた。

「クヨウ捜査官の話では、カバラ秘術、ラビの技だということだ。それも凄まじく高度であり、現代魔術の技術を取り入れている」

 古銅が異世界入りをした映像が流された原因であるアパートの住人も、死体となり、その現場にはゴーレムが潜んでいた。

 だが、アパートの住人がラビであったと示す証拠は何もなく別人の仕業だという話だ。

 なんとなく、だけど僕もそう思う。

「申し訳ありませんでした」とリブラが苦痛に顔を歪めて謝罪する。

「厳重な警備も、魔術による探査も越えて来る高度な技だ。防ぎようがない。お前に直接、危害が及ばずに済んでよかった。……けれど、古銅の行く末については選択肢が狭まった」

「薬や何かで眠らせ続けるくらいなら、もう何も聞かずにこっそり元の世界に戻してやればいいじゃないか」

「それも選択肢のうち一つだ。だが、ここに来て、そうもいかない理由ができた」

「理由って?」

「キヤラ・アガルマトライトだ。彼女が女王国に来た」

 僕の視界に、ピンク色のつややかな髪が翻った、そんな気がした。

「《大迷惑姫》がそのことにどう関係するんだ?」

「君は、彼女に会ったそうだな」

 学院でのことを、彼女は知っているらしかった。

「そうだ、僕が彼女の弟だなんてどういうこと?」

「それを知るための晩餐会だ」

 なるほど。今日の主賓は、キヤラなのだ。

「それに、ゴーレムを作り出したラビは彼女だと私は考える」

 何を言われているのか、にわかには信じ難い。

「キヤラは藍銅共和国の公姫だろう」

 それなのにゴーレムを作り出し、僕やクヨウの妨害をして……あまつさえリブラの部下を、あとあの気の毒な大学生を殺した、というのか。

 紅華は何でもないことのように「そうだ」と答えた。

 それから、コンパクトの形をした端末を取り出し、画像を表示してみせた。

 そこには、女王国の言葉や、それ以外の言語による事件記事が並んでいる。

 言葉だけでなく、陰惨な事件現場の写真もある。写っているのは遺体や、遺体や、遺体。あるいは危うく難を逃れた重傷者の写真だ。

 背景は爆発したホテルの一室、警察官と思しき人物らが取り囲むコンサートホール、崩れたショッピングモールから子を抱いて必死に走り逃げる、頭から血を流した女性……。

「すべて、キヤラ公姫が訪れた国々で起きた出来事だ。事件発生直後、彼女は常に実行可能な範囲内にて目撃されている」

 喫茶店で、学校で、駅で、空港で。今度は彼女の見事なピンク色の髪と蠱惑的な表情が次々に踊る。

「これが《大迷惑姫》というあだ名の由来だ」

「……全部彼女がやった、とでもいうのか?」

「証拠はない。でも、キヤラはこのうちの何件かで実際に国際法廷にて起訴されているが無罪放免となった。偶然とは考え難い」

 魔術による犯罪は、証拠が残りにくい。証拠を消すのもまた魔術だからだ。

 そしてキヤラの厄介な点は、問題がある人物だとしても、証拠が無ければやって来るのを止められないことにある。

 彼女はあくまでも藍銅共和国公姫。

 藍銅は魔術に強い大国で、誰もが敵に回したくない。それゆえに、多少の人死には目をつぶるしかない。

 暴れん坊のミュージシャンみたいだな、と少しだけ思った。

「……つーか、そういう危険人物と、これから晩餐しろってわけね」

 僕は呆れながら言う。どうか最後の晩餐になりませんように。

「死んでも蘇ってくるくせに」

 紅華がやはり何でもないことのように言う。

 むっとしたが、その通りである。

「そりゃそうだけど、今は校内戦の優勝がかかっているしさ……」

「君は、疑似的ではあるが不老不死だ。どうやったら死ぬのかな」

 紅華が不思議そうに言い、僕は首を傾げる。生命を維持できなくなるほど損傷した時点で、肉体はオルドルにより、自動的に再生されてしまう。

『失礼だなあ、ボクの魔法は完璧だよ。カンペキ。欠点などないのだ~!』

 ……そう言い切られると、不安しかない。

 鹿の声に気をとられ、リブラが僕に向けて両手を伸ばしているのに気がつかなかった。

 彼は整髪料を手にとり僕の髪をセットしていく。

 具体的には、前髪を全部上げられた。

 顔面を露わにするのは好きじゃない。

 見られるのも嫌だし、自分で鏡を見るのも嫌いなくらいだ。

「そうしているほうが、服と合っていていい」

 けれど、紅華は微笑んでいた。

「キヤラが君との関係を姉弟と偽ったことにも、何か意味があると思う。それが何のためであっても、どうか……君を守ってくれますように」

 そう言って、僕の首元に赤い薔薇の小さなブローチをつけた。

 ……守られなくてはいけないのは、王姫である彼女のほうだ。

 でも、紅華はいつも、僕に対しては正反対だった。命を投げ出し竜が飛ぶ空の下を走り、助けにきてくれたことさえある。どうしようもなく傷つけられもしたけれど、それと同時に救われもしたのだ。

 馬車が止まり、降りる。

 規則的に植えられた木立の向こうに、オレンジ色の明かりが灯っている。

 人工の池が作られた広大な庭に、二階建ての瀟洒な建物が見えた。


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