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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
突然のハーレムは生贄の香り
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23 狂気のテリハ

《今のお気持ちはいかがですかな? マスター・サカキ?》

「は、はあ……えと、緊張してます……」

 何故かカリヨンからもインタビューを受けているマスター・サカキは生徒に抱えられるようにして立っていた。激しい咳もしているようだ。

《お風邪、召されているようですが大丈夫ですかな?》

「ええと……はい、体が弱いのは生まれつきですので……」

 今にも(命の灯が)消え入りそうな声が、マイクに乗って会場全体に反響する。

 全然大丈夫ではなさそうだ。

 そもそも竜鱗騎士になった段階で、彼らは最強の魔法生物である竜と同じ頑強な肉体を手に入れる……はずだ。

 そうなると、死神はよほど熱心に彼のことを連れて行きたいのだろう。


「……行ったか?」


 テリハが去った後、天藍アオイはひょっこり姿を現した。

「そこまで目立つ容姿で隠れ切ったのも驚きだけど、さすがに失礼じゃない? つまらないこと言う人だけど、心配してくれてたんだしさ」

「お前は、あの人に目をつけられていないからそういう気楽なことを言えるんだ……」

 天藍はほとほと困り果てている、といった顔をしている。

 彼ほど礼儀正しい生徒は見たこともない、と言うと、実に恨めしげに、こちらを上目遣いに睨んできた。言葉を探している素振りもあったが、うまく形にはできなかったらしい。

 ウファーリといい、天藍といい、不器用すぎて仕方のないやつらだな……と、考えているとなんだかおかしい。

 困らせるのはやめにして、僕は話題をかえた。

「ところで、マスター・サカキはどういう魔術を使う竜鱗騎士なのかな?」

 天藍はカリヨンに絡まれているサカキを睨む。

「……あの人は、正確には竜鱗騎士ではない」

「え、そうなの?」

「従軍経験もなければ、騎士として任じられたこともない。彼は、もともと魔法学院の教師で、生来の病弱さを鑑みて竜鱗の移植を免除されていた。ツバキ、お前が来るまでは最年少教官の称号は彼のものだった」

 幼い頃から天才少年として誉れ高く、師事したあらゆる魔術師をうならせ、重要な論文をいくつも発表。体の弱さは生来のもので、医療魔術でさえ受け付けないほどであったが、輝かしい業績とともに若干、二十歳で学院の教官として選抜された。

 しかし突然、サカキは竜鱗の移植を決断・断行する。

 残りの体力を考えれば移植したがゆえに死ぬ恐れもある。

 だから命ながらえるため、というよりそれはむしろ……。

「……見ればわかる」

 天藍は話の最後を投げっぱなしで結んだ。

 見ればわかるって言われてもな。

 でも、マスター・サカキ側の学生は、確かに特徴がある。

 最上級生が碧チドリと碧アカザの二名。

 後輩にあたる灰硼エンレイ、灰硼オクナ、いずれも五鱗騎士で、名前からわかるように兄弟姉妹。そして双子だ。チドリとアカザは二卵双生児で、アカザが兄で男、チドリが妹で女。エンレイとオクナは一卵性で、どちらも女性だった。

「……このチームも女の子が多くていいなあ、ってこと?」

 チドリはすらりとした体躯に黒髪が美しく、むせるサカキの背中を優しく撫で支えている。それを「仕方ないなあ」というふうに見守るエンレイたちは小柄だが、体が引き締まっていて実に健康的。カガチとはタイプが違うものの、サカキはみんなから信頼されている教師のようだ。実にいい光景だ。

 カガチ側では、マスター・カガチと天河テリハが最後の打ち合わせ中だった。

 ただし、いるのは菫青ナツメと桃簾イチゲだけで、ヒギリの姿が見えない。

《さて、それでは、試合の形式を発表いたします!》

 カリヨンが巻物を取り出した。

《第二回戦は――影踏み大鬼!》

 あれ、あまり改変されてない気がする。

 それでは説明を――と、カリヨンが言い出したとき、修練場に遅れて入ってくる金色の鬣がみえた。マスター・カガチ教室のライオン……ではなく、黄水ヒギリだ。いつも通り着崩した制服のまま、腰に銀色の鞘に入った剣を携えている。

「わり、遅れちった」

 黄水は面倒くさそうに言い、欠伸をかみ殺している。自由過ぎるだろ、あいつ。

《遅刻の理由をお教えくださいますか、ヒギリ殿》

「あ? 理由なんてねえよ、寝坊だよ、寝坊」

《おやおや? 今回は修練場が競技の場であるとお伝えしていたはずですよ? 作戦上必要の認められない遅刻は進行を故意に遅らせる行為としてマイナス五カリヨンポイントとなりますが……》

「なんだァ? うっぜぇ魔法生物だな」

 僕の肉眼では、黄水の右手が動いたようには見えなかった。

 しかし、次の瞬間には彼の右手には剣の柄が握られ、カリヨンが真っ二つになっていた。

「俺はそ~いう偉そうな態度が大っ嫌いなんだよ!」

 哄笑を上げるヒギリ。

 しかし見事に縦断されたはずのカリヨンは、両手を動かし、左右に割れていく頭部をぎゅっと押さえつけ、元通りに戻って行く。

《裁定者カリヨンに向かって、許し難い態度です! ヒギリ選手にマイナス十カリヨンポイント! マスター・カガチ教室にペナルティとして後攻を命じます!》

「……へいへい」

 面倒くさそうに言い、仲間達のところに戻っていく。

 菫青ナツメは鋭く舌打ちし、目も合わさない。桃簾はテリハに抱き付いて、口づけを求めている真っ最中で全然周囲が眼に入っていない。天河だけが、イチゲの頭を掌で鷲掴みにして唇の純潔を守りつつ、ヒギリを見つめていた。

 ……これらの映像は、自鳴琴が勝手にホログラム映像にして表示してくれるため、観覧席の端にいても音声まで届くという便利さだ。今回は特殊なステージではなく、修練場で行われるため間近で見物できる。対戦相手の実力を知るいい機会だった。

 カガチは黙って腕組みをしていたが、早速奇抜な仲間がやらかしてしまい隣で青い顔をしているテリハに目をやる。

「この試合、お前に預ける」

「わ、私ですか……?」

 戸惑っているが、他に誰がいる、と穏やかに諭されている。

「今回の試合の指揮は先生がとるものと思っていたのですが」

「校内戦も学院の行事のひとつであることに違いはない。主役はお前たちだ。お前たちの好むように望むようにやってみなさい」

「そうですか……それなら先生のご期待に応えられるよう、努力します」

 そこにおっとり刀で黄水が合流する。

「悪い悪い、なんか不利になっちまったらしいけど、俺らなら全然余裕っしょ」

 テリハは瞳を閉じ、細く息を吐いた。

 再び瞼を開いたとき、そこには礼儀正しく、教師に対して従順な天河テリハは存在していなかった。何故だろう、一回り彼が大きく見える。

「……ヒギリ、謝罪しろ」

「――あ? てめぇ、なんつったよ」

「……いいか、ヒギリ。私たちは今、チームで行動している。個人的な余暇を楽しんでいるわけではない。それなのにお前は何をした? 目の前の魔法生物を叩き斬ったな、相手に知性があるかどうかも確かめず。それがチームにどう影響するのかも考えずに、だ。私はリーダーとして、お前を処罰しなければいけないぞ。そうだな?」

 立てかけていた武器を手に取る。

 周囲に緊張が走る。

「残念だ……私はお前のことを級友であり親友であると信じていた。口は荒っぽくとも、中身は真実、王家の剣であり民の盾であると、心の底から信頼していたのだ」

 彼は精悍な顔を苦し気に歪め、目尻から涙を零した。

 涙の理由がまったく以て理解不能だ。

「お、おいおい、ちょっと、何を言ってるのかな天河君!? 正気に戻れ!」

「だから私は――私を斬る!!」

 目の前で起きた超展開に、僕は口をあんぐりと開けてしまう。

 テリハはカガチに介錯を頼み、その場に座して鞘から白刃を抜く――片刃で、騎士たちが持つ武器の中では細身。けれど何層にも重ねられた鋼は鋭く頑丈で、日の下に晒され、妖しく輝きをはなつ。

 それは、僕の目には日本刀に見えた。

「私が死んでも己を責めてくれるな。こうなったのも全ては私が指揮官として実力不足だったせいだ! 許せ!」

 蒼白な顔をしたイチゲとナツメがほぼ同時に刀を持つ手に飛びかかり、羽交い絞めにする。

「やば……! 二人がかりでも……八鱗騎士は止められな……い!」

 ナツメが苦しそうに言う。

「謝れ、ヒギリ! こういうときの先輩は本気だよ!!」

 凄い。

 何が凄いって、どこからどこまでも理屈が通らない異常さなのに、天河本人が自分の正気を疑っていないところだ。

 真面目さが極まると異常になるのだという新事実を発見し、感動すら覚える。

 黄水は必死の形相で地べたに這いつくばり、三つ指をついてカリヨンに頭を下げていた。額で地面を抉る勢いで「カリヨンさんごめんなさい!」と声を張り上げている。

 何だこれ。

 僕は、ちらりと隣を見た。

「あれは……茶番で敵の心を砕く戦略なのか、それとも竜鱗魔術師って、みんな心の病か何かなの?」

「知らん。だが、俺はまともなほうだ」

 天藍が天河テリハから逃げた理由が少しだけ、わかった。

「あの、そろそろ体力の限界なので、はじめてもらえませんか……」

 事態を鎮静化したのは、マスター・サカキの疲弊しきった声だった。


 個性の坩堝と化した修練場で第二試合が始まった。

 マスター・サカキも、マスター・カガチも、修練場の両端、最奥に構えているところは同じだ。ただしカガチは動く気配が全く無く、サカキはごそごそとポケットを探り青く輝くものを取り出した。

 掌大の大きさの……宝石。美しい宝石だった。青く、十二条の筋が輝いている。

《さあ~まずはルールをご紹介っ! むかあ~しむかし、あるところに大きな鬼がおりました……》

「見つけましたよ、日長君」

 カリヨンの実況と、恨みのこもった男の声が重なる。

 同時に、僕の肩をがっつりと掴む手があった。

 リブラが人混みから抜け出てきたらしい。

 なんだかひどい有様で、きちんと手入れされていた頭髪はぐしゃぐしゃ、何故だか服のボタンが千切れていた。

「あれ……強盗にでも遭った?」

「《医聖》にあやかりたいとかなんとか……あんな仇名、周りが勝手に吹聴しているだけなのに……!」

 優秀な人間には優秀さゆえの苦悩があるらしい。

 しかし、すぐに気を取り直した。

「それはともかく、のんびり試合を観戦している場合ではないんです。行きますよ」

「へ……!? いや、これから一番いいところなんだけど……」

「申し訳ありませんが、絶対に貴方を連れてくるよう紅華様から命じられているんです」

「君ももううちのメンバーだろ? 敵の様子は見といてくれよ」

「それとこれとは話が別です」

 そうこうしている内に、試合ははじまっていた。

 サカキが向ける杖の先から、光芒が走る。

 青い、輝く光の線だ。

 その数十二条。サカキの宝石を中心にして膨れるように広がり、光の矢が急速に曲がって、マスター・カガチ教室の先頭――黄水ヒギリに殺到。

 庇うようにイチゲとナツメが動くが、その前に光芒はひとつに収束。

 閃光が観覧席を貫いて、後に、赤い炎を噴き上げて爆発、炎上した。

 何が起きたのかわからない。

 炎が引くと、ヒギリが床に転がり、駆け寄ろうとしていた二名も、勇気の盾を一枚ずつ喪失していた。

 これをやったマスター・サカキは平然として、立っている。

 その手の中の青い宝石は、燃える真紅へと変貌していた。

 僕は正直、この人に注目していなかった。

 優勝候補はマスター・カガチ教室だって思ってたからだ。

 いったい、何が起きたんだ……?

「さ、行きますよ」

「えっ、ちょっと、待って……! っていうか腕力強いなお前!?」

「医者ですから」

 爆風と轟音を物ともせず、リブラは僕を引きずって修練場を後にした。

 クヨウといい、こいつといい、僕を何だと思っているのだろう。



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