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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
誰だって死ぬときゃ死ぬよ。
23/107

20 あなたの力になりたい

 天藍はモロクが繰り出す鉄球を、上体をねじって避ける。

 彼は違和感に首をひねった。幾多の人間の赤子の血と、焼け爛れる絶叫と煙を浴びてきたにしては、牛頭の巨人がはなつ雰囲気は、どこかおぞましさに欠ける。

 見た目はモロクそのものだ。

 だが、あまりにも中身がない。攻撃も力任せの単調なもので、何かが足りない。

 だんだんつまらなくなって、天藍は無造作に剣を地面に突き立てた。

 そこらじゅうを覆っている竜鱗に魔力が伝播して、結晶が膨らみ、成長する。その勢いは凄まじく、地面に落ち、抉った巨大な鉄球を飲み込み、鎖を伝わって腕に達するほどだった。

 棒立ちになったまま、腕を突き出している愚鈍な牛頭の下で、剣を腰の鞘にしまい、体勢を低く保つ。

 それを次に抜いたとき、毛深い巨腕に血の筋が走った。

 血のにおいに呼び起されたかのように、彼と刃は一体となり、一陣の残酷な風となって駆ける。

 間合いに飛び込んで回転、脇の下を切り裂き、再び地面に降り立った背には白い翼が生えていた。

 踵の上を切りつけ、腰の下から左肩までを切り上げながら舞い上がり、肩の上で一回転。首筋に血の軌跡を描き、背中から無造作に切り裂きながら落ち、地面に降り立った。

 瞬きの間の出来事であった。

 体に巻き付いたすべての赤い線から、体液が噴出する。牛頭は苦しみ、かつて己に捧げられた贄のとごく呻き声を上げ、地面にもんどりうつ。

 倒れた巨体は黒い靄になって崩れていった。

 凄まじい剣技を披露した天藍は不満そうにふん、と鼻を鳴らす。

 ろくに抵抗もできない相手を屠ることなど、遊戯にもならない、そう言いたげだ。

 修練場に背を向けたとき、轟音が響いた。

 振り返ると、もう一体のモロクがあらわれ、今度は巨大な鉈を両手に突進してくるところだった。それも、二体。

 ひらりと身を躱して避けながら、天藍は気がついた。

 地面を叩き割ったような音がしたが、展開されたこちらの魔術による、竜鱗は、傷ひとつついていない。

「これは……」

 茫洋とした声で呟き、翼を生やして修練場から飛び去った。


               ~~~~~


 僕とウファーリは後ろ髪を焼かれながら時計塔のある建物に向かってひた走る。

 ウファーリは海音の力で体を軽くし、時折振り返っては鋼の刃を投擲し、獣たちを遠ざける。

 追いつかれそうになったら、痛みに耐え、もっと強い魔法を使うしかない。

「先生、先に行って!」

 玄関に滑り込み、ウファーリが扉を閉じ、家具を浮かせて塞いだ。

 その場をまかせ、階段を駆け上がる。

 一階、二階、三階……に差し掛かったあたりで、上の方から足音が降りて来ることに気がついた。プリムラ教室の誰かか……!?

 三階の踊り場に、茶色い髪をハーフアップにした女の子が、カードを片手に立っていた。

「しまった……!」

 金杖を構えると、女の子が脅えたように肩を震わせる。

 させません、と耳元で、プリムラの声がした。

 一瞬、目の前が紫色のプリズムで満たされる。

『ああ……』と、オルドルの困惑するような声音が聞こえた。『なるほど、こういう魔法か……完璧だ、これは防げない……』

「……どういう意味?」

『つまり、ボクが完璧でも、キミはそうではない。その落差につけこまれてる、ということサ』

 なんのことだ、と聞く暇もなかった。

 破壊音とともに踊り場の壁が叩き割られ、コンクリートのがれきを吹き飛ばしながら、毛むくじゃらの牛頭がぬっと頭を突き入れてきたのだ。

 やばい。

 慌てて距離をとった僕の頭上に、ヒラヒラと白いものが落ちて来る。

 見上げると、先程の女子生徒が、青い顔でこちらを見下ろしていた。手を滑らせて落としてしまったのだろう。彼女は諦めて去って行った。

 それを掴み、僕も階段を駆け下りていく。

 牛頭のモロクが、階段を一足飛びに降りていく。

 その度に鉄製の手すりが歪み、階段が砕けて罅割れ、巨大な斧が壁に突き刺さり亀裂を割って、そして大量の瓦礫と共に振ってくる!

「ウファーリ、逃げるぞ!」

 ウファーリが振り返り、状況を察したらしい。一足飛びに廊下の奥へと逃げ込む。

 大量の瓦礫と、玄関から溢れ出て来る炎、落下の勢いのまま武器を手に突っ込んでくるモロク。刃が廊下を叩き割り、割れたタイルが弾丸のように襲ってくる。

「死ぬ! あんなの、死んでしまう!」

《だ~~~いじょうぶ!》ポン、というかわいらしい効果音と共に、カリヨンが現れる。《一応、ご説明しておきますと、この校内戦では最大五回まで、致命傷を無効にする措置が取られています。これが、別名、勇気の盾》

 僕の両の手、そして心臓に、逆様の五角形が現れる。

 色はそれぞれ違う。青、赤、そして心臓を守る日長石の朱。

《参加者に呼応しておりまして、それぞれのメンバーがリタイアしない限り、有効です》

「致命傷以外の傷はどうなる!?」

《それは……まあ……》

 カリヨンは、王冠の両端を、それが頬であるかのように赤く染め、てへへ、と言いながら後頭部……王冠の後ろを掻いた。

 致命傷は守ってくれるが、それ以外には有効じゃないなんて……死なないだけまし、というしろものだ。しかも、僕たちの場合は参加者の数の問題で、三回しか使えない。

「先生、挟撃だ!」

 炎の津波に追われながら、ウファーリが叫ぶ。前方に回り込んだ黒犬が、炎を吐こうと待ち構えていた。急ブレーキ、間に合わない。前方の黒犬が炎を吐く。後ろからもだ。

 逃げ場のないところを退路にしてしまった、僕のミスだ。

 ウファーリの体を抱きかかえ、地面に伏せた。

「先生っ、やめろ! 庇われたいわけじゃない!」

 彼女は暴れ、僕の髪を掴んで本気で殴った。

「い、いてて! じっとして――」

 勢いを増した炎を割り、白い影が飛びこんで来る。

 白い美貌が、何をやっているんだ、と床に伏せた僕たちを見下ろしている。


「天藍、どうやって……!?」


 頑丈さが売りの竜鱗騎士でも、猛火をくぐって火傷もなし、ということはない。

 服や髪くらいは燃える。

「気がつかなかったか? これは、幻覚だ。極めて精巧で触れれば脳が錯覚し重さや熱を感じるほどだが、そうとわかっていれば人の身体ですら傷つけるほどの能力はない」

「な……なんだ、そういうことか」

 ウファーリがおそるおそる炎に触れるが、火傷をしたりはしなかった。

「効果を高めるために、あらかじめ菓子や飲み物に幻覚剤を仕込んでいたのだろう。幻をみせる魔術はそれほど難しいものだ。本来はな」

 天藍が何かを感じ、竜の虹彩を細く尖らせた。

 炎の壁を縦割にして、斧の刃が振り下ろされたのだ、それも、幻覚ではないのかと言いかけたが、天藍が素手の両手で挟み止めたのが圧倒的に先だった。

 勢いに押され、靴底が床を割る。

 美しい額が圧によって切り裂かれ、血の紅を垂らす。

「幻じゃ、無い……!」

「あるいは、先程のものよりも精度の高い幻術かどちらかだ!」

 力ずくで押し込んで来る刃を膂力で押さえつけながら、天藍が唸る。

「行け!」

 僕とウファーリは炎に飛び込み、犬の追撃を振り払いながら屋外に出た。

 校舎の中では、天藍が力任せに斧を振り払い、モロクを横薙ぎに引きずり倒していた。


《さらに四分が経過いたしました! ――次のカードは、二枚の出現です! おやおやあ?》


 アナウンスの声が不吉な音となる。


《次の二枚は、どちらも、マスター・プリムラ教室が獲得した模様です!》


 さっきの女子生徒、ではないだろう。魔法を発動して調べると、東と、西の校舎に動く人影があった。

 少なくとも、三人の女子生徒が儀式を行わずにカードを回収していることになる。

「先生、そのカードの内容は!?」

 僕は、先程偶然手にしたカードに書かれたものの名前を確認する。


『不死鳥の生血』


 そう書かれていた。

「こんなの、どこで手に入れてくればいいんだよ!」

《品物はランダムに選ばれます。ですから、なるべく多くカードを手に入れる必要があるのでございますよ》

 カリヨン、言うのが遅すぎる。

 僕は考え、ウファーリに修練場に行ってもらうことにした。もしも先に手に入れた二枚が、彼女たちに入手可能なものだとしたら修練場に入られた瞬間にアウトだ。

 次に出現したカードを効率よく回収するためにも、全員が散らばっていたほうがいい。

「妨害すればいいんだな、わかった!」

「無理はしないでくれ。また、幻覚じゃないモロクが襲ってきたら――」

「そういうのは、無し無し!」

 ウファーリはすぐに背中をみせて、駆けていく。

 心配だが、しょうがない。マルコシアスが襲ってくる気配もない。

 なるべく天藍たちから離れた。修練場、本部棟から離れ、どこにカードが現れても駆けつけられる位置。即ち、それは僕の教室がある棟だった。

 慣れた場所なら、それなりに立ち回れるはずだ。

 もしかしたら、モロクはもう襲ってこないかもしれないし。

『ま~、それには異論があるケド、悪くない選択だ』

 オルドルが言ったのと、カリヨンがガラガラ声を震わせたのは、ほぼ同時だった。

《さらに四分経過! 次のカードは八枚出現します!》

 修練場に誰も行かなかったということは、さっき出現した品物を、プリムラたちも用意できなかった、ということか。

 次のカードの位置で、僕の位置から最短距離で行けるのは……正門前の噴水だ。

 カフス型の通信装置で全員にカードの位置を連絡、僕は噴水に走る。

『ひとり、並走してるよ!』

 見上げると、黒髪メガネの女子学生が空飛ぶ犬に乗って走っていた。あれはどうやら幻じゃないらしい。

「当てないように妨害……うっ」

 金杖を握る手が疼く。見ると、小指の爪が、剥がされている。

「いつの間に。まさか……オルドル、食べた?」

『まあ、ボクも驚くべきことに、今食べているところだネ。もぐもぐ』

「爪が必要になるほどの魔法は、使ってないよな!?」

 僕の魔法は、オルドルに肉体を食わせることで発動する。食べさせる部位と魔法に相関関係はないが、だいたい、効果の大きな魔法は代償も大きくなる傾向にある。

 でも、オルドルが勝手に食べる、というのは初めての経験だ。

『……それについては、原因がハッキリしているんだけど、この状況で説明してもあまりイミないと思う』

「なんだよそれ! 妙な言い方だな!」

『ほら、あいつが先に行っちゃうよ!』

 空飛ぶ魔女に向けて、杖を差し出す。

 この魔法は、僕の借金返済のために。

「《黄金の力で以て、罪人を裁く剣を与えたまえ》」

 僕とオルドルの声が重なる。

 女生徒の進行方向に、無数の細剣の影ができる。

 回避されないよう、数は増やさなければならず、直撃を避けるためコントロールに気を使う。

「《全ての根源たる水の力でもって、敵に災いを振らせたまえ》!!」

 無数の剣が降り注ぐ。

 女生徒は既に攻撃に気がついて回避体勢に入っていたが、大きくUターンせずにはいられない。剣が建物を砕いていき、少しだけ爽快だ。

 噴水に辿りついた。

 カードを探すと、噴水の上のほうで微笑みかける天使っぽい彫像に引っかかっている。

「よし、取れる!」

 噴水の縁を蹴り、大きく跳ねる。

 指先が白いカードに触れようとした瞬間。

「うっ……!」

 僕の視界が紫色の瞳で染まる。

 カードははらりと落ち、僕は背中から噴水に落下した。

 それで命が救われた。

 轟音とともに、また、モロクが突っ込んできたのだ。

 今度は地獄の獄卒――鬼が持ってそうな、トゲトゲしい金棒を振り回して。

 噴水の支柱が叩き割られ、落ちてくる。

 逃げようとした僕の背中を、モロクの突進が襲った。

 角が背中を裂き、振り回された金棒が僕の体を天高く吹き飛ばす。クリーンヒットだ。


《おおーっと、ここでマスター・ヒナガ! モロクの猛攻により、一枚目の勇気の盾を喪失です!!》


 衝撃だけしか感じなかったが、吹き飛ばされ、建物に叩きつけられ、左腕が嫌な音を立てた。折れた。絶対。

「うっ……」

 立ち上がろうとするが、体中に激痛が走る。

 モロクは僕を叩き潰そうと、近づいてくる。

「――ああっ!! くそっ、どうなってんだ!!」

 さらに、爪が二枚よけいに剥がされていった。

 カードを探すと、五メートルほどの植え込みに落ちていた。

 激痛を堪え、立ち上がる。あれを回収し、逃げるしかない。

 モロクの金棒が振り下ろされ、僕は跳躍して回避。

 着地できずに、転がる。

 空を見上げると、先程の羽つき犬が戻ってきている。まずい。


 そのとき、声が聞こえた。


「聞こえますか、マスター・ヒナガ」


 穏やかで、聞いている者を問答無用で安心させてしまう声。


「裁定者カリヨン、いるのでしょう。どうか私を結界に入れてください」

《どなた様も、参加者以外は入れない掟でございますれば》


 くすり、と、葉擦れの音のような、笑う音がした。


「遅刻は認められていますよね。試合直前に失踪者が続出するのは当たり前、だから飛び入り参加は大歓迎……そういうルールを聞いたことがありますよ」

《ええ、まあ、認められていますとも。試合中でも、規定の人数までであれば可能ですとも》

「マスター・ヒナガ、私を補欠要員に入れると約束してください。はやく」


 僕がうなずくのを確認して、カリヨンが何もない空間を剣で切り開く。

 そこから、革靴の足が一歩踏み込み、こちらに駆け寄ってくる。

 首に提げた剣を引き抜くと、刃を握りこんだ。

 刃の透明な石が……色はそのままに、細かな不純物が入り込むのが見てとれた。


《補欠参加者の登録を認めましょう! お名前は――これはこれは、どこかで聞いた声と思ったら、そういうことでしたか》


 カリヨンが高らかに宣言する。


《玻璃・ブラン・リブラ様!》


 僕は、地面に這いながら、ぼんやりと医者の姿を見上げた。

 白い長外套を羽織り、診察鞄を片手に提げ、反対の手で硝子の天秤を模した長杖を掴んでいる。亜麻色の柔らかな髪の下、ふたつの優し気な青い瞳に血塗れの僕がうつっていた。

 そこにいたのは王姫紅水紅華の腹心であり、幼馴染であり、侍医であるはずの青年医師だった。今は医府にいるはずだ。


「リブラ……どうして……」

「治療はいくらでもしてさしあげます。なので、まずはあれをなんとかしてくださいますか」


 僕は金杖を構えた。

 遠慮はいらないとわかったからだ。


「本気でいくぞ、オルドル! ――《昔々、ここは偉大な魔法の国》!」


 噴水から漏れ出た大量の水が一瞬で蒸発し、消え、魔力に変換される。

 その全てを使い、全身が銀でできた巨人を創造する。

 ねじくれた枝を絡み合わせた銀の巨人が、モロクを捕まえて地面に引き倒す。その腕を伸ばして空飛ぶ犬を拘束。檻となって両者を絡め取った。

 乗り手であった少女も、全身を絡まれて動けない。

 代償として、残りの指の爪をオルドルが持っていく。


「上等です。では私も。《麻酔(アネステシア)》《治療(クラル)》!」


 僕の体を引き寄せ、天秤の杖を傾ける。

 手のひらで患部を撫でると、白い燐光が広がり、痛みがあっという間に引いて行く。さらに呪文を唱え、折れていた腕もあっという間に繋げてくれた。翡翠女王国が誇る医療魔術の力だ。


「なんで、ここにいるの……?」

「その魔術を使って校内戦を勝ち抜くなら、治療師が必須だと思って来ました」


 僕は彼の大事な人を殺したのに。そう言いたいのが伝わったのかもしれない。


「あなたがたとえ何者であったとしても、私はあなたの力になりたいのです」


 リブラはそう言ってカードを差し出した。

 僕が何者であったとしても……その言葉を胸に刻みながら、それを受け取った。



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