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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
誰だって死ぬときゃ死ぬよ。
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19 孤独の魔法

《とうとうはじまりました一回戦! ご注目はマスター・ヒナガ率いる……ううむむ。こいつはとくに脈絡のない混合チームですかな? 戦いの口火を切るのはさあ~っどっちだ~っ!?》


 裁定者カリヨンのけたたましい割れ鐘のような声による実況が耳をつんざく。

 異様な状況下でも、なんの気負いもなく、刃を手にした天藍が一歩進んだ。

 舞台役者がステージに最初の一歩を刻むのと同じく、見とれ、目が離せなくなるのは騎士の美貌ゆえか、それともあふれ出す目には見えない魔力のせいか。ただ、誰にも割り込むことができないのは、何気ない所作すら隙がまったく無いからだ。

 片足が薄氷を踏むような音を立てた。

 刃の触れた地面が次々に結晶化していく。

 純白の花弁が花開く。

 それは果てしなく広がり、修練場の床全体を覆っていく。やりすぎだ。

 僕は退避、ウファーリを連れて修練場の端まで駆け、彼女の海音の力で観覧席に上がった。

 ウファーリはいきなり逃げ出したのに驚いていたようだが、うまく合わせてくれた。

「あいつ、こっちまで巻き込むつもりだったのかよ!」

 彼女の舌打ちと共に放たれた苦言が、見抜いていた。

 その通りだ。天藍は僕たちが術に巻き込まれてもいい、と思っていたはずだ。

 あれは天藍の……何が起きてもひとりで戦うという意志表示だから。


「二の竜鱗、その名は《飛旋飛翔》」


 うたうような声音とともに、二つの刃が足元の竜鱗結晶をすくい上げるように浮かび上がらせ、千の暴風を放つ。

 結晶の刃が紫水プリムラに殺到する。

「おいおい、問答無用の校内戦でも、殺人が許容されるわけじゃないんだぞ!」

 しかし、紫水プリムラの体は、結晶の刃に八つ裂きにされる前に消えた。

 文字通り、消えてなくなったのだ。

 音もたてず、なんの気配も残さずに。

 刃は対象を裂くことは無く、白く波打つ地面に突き立った。そして。

「マスター・ヒナガ。微妙なお立場を理解はしますが、ああいう加減のしらない、手綱もつけられないような子竜を採用する、というのは、少し危険じゃありませんこと?」

 海音の力でぷかぷか浮いているものの、自分の意志では身動きがとれない僕の耳元でたおやかなマスター・プリムラの声がする。

 紫の瞳を思い出し、体の芯がぞくりと震えた。

『ンー……? ちょっと遅かったみたい』

 という、オルドルの呟きが聞こえる。

「離れろ!」

 ウファーリが二つ、鋼を投擲する。それは声のしたあたりを八の字に切り裂き、手元にもどってくる。しかし目標に触れた気配はなく、プリムラは別のところに逃げたような気がする。

 ばさり、と羽音が聞こえたのだ。魔女のほかに、何かがいる。

「まあ、怖い。さて、ああいうのを放逐するとかわいい教え子たちがケガをしかねません。竜鱗騎士の力は封じさせていただきますよ、よろしいわね?」

 何をする気だ、と問う暇もなかった。

「《顕現せよ、暴虐の主よ》」

 魔女の声音が、呪いとなる。

 見ている間に、白い花弁の大地が叩き割られ、地面の下から毛むくじゃらの腕が這い出した。

 身の丈三メートルほど、巨大な体躯に牛の頭、巨大な二本角。

 頭の上に王権を示す冠を頂き、体躯に合わせた巨大なモーニングスターを構えていた。

「あれは……モロク!」と僕は呟き、ほう、とため息を吐いた。

 イブキの資料によると、マスター・プリムラは古式魔術学科に所属する教師だ。

 専門は、ずばり《悪魔学》。儀式によって《悪魔》を呼び出し、その力を借りる――ずばり、魔術といってイメージされるものの代表選手であり、初戦では会いたくなかった相手だ。

「……なんで嬉しそうなんだよ」

 ウファーリが文句を言う。

 不謹慎だとわかっていてなお、僕は本物の悪魔を目にした内心のわくわくと喜びを隠せない。

「だって、ほら、悪魔だよ? あれはモロクといって、生贄を要求するすごく獰猛な悪魔なんだ。悪魔というより、神、といったほうがいいかもしれないけど」

「あら、先生も召喚魔術にご興味があるのかしら?」

「子供の頃にその手の魔術書、といっても翻訳ものですが夢中になって読みました」

 真実である。僕の中二病の最盛期は、小学生の頃だった。子供の純真さと相まって、とんでもないことになっていた自負がある。

「プリムラ先生は、やはり聖守護天使の召喚などは試みられたのですか?」

「もちろん。この道を志すなら当然ですわね」

「流っ石~!」

「勝負の相手と話を弾ませるんじゃねえよ!」

 ウファーリの拳が僕の顔面にめり込み、鼻血が出た。

 痛みが僕を現実に引き戻す。赤い血が口元を伝わり通りぬけていく。

「いけない、つい、試合中だってことを忘れてた」

 どちらかというと、これはピンチなのだった。

「私は一足先に、目的のものを探しに参ります」

 ばさり、と再び羽音がして声と気配が遠ざかる。

 それと同時に、地上のモロクが大きく武器を振り回しはじめた。

 天藍が吹かれる木の葉のように、棘がついた鉄球を避けた。さらに、モロクは腕を振り下ろして叩き潰そうとする。それを天藍は軽く片手で受け止める。

「天藍、そっちは任せる! ウファーリ、僕らも探そう」

 力まかせの妨害ばかりをしていてもしょうがない。これは勝負は勝負でも、《借り物狂騒》なのだ。

「裁定者カリヨン! ……さん」

《なんでございましょう?》

 呼ぶと、ピンクのふわふわが、シャボン玉に乗ってやってくる。無意味な視覚効果だ……減点が怖くて言えないが。

「ええと、ルールについてもう少し聞いてもいいかな? とりあえず、借り物競争に勝てば、勝負は終わるんだよな」

《然様でございます。修練場まで品物をお持ちいただければ勝利が確定します》

「借りてくるモノはどうやったらわかるの?」

 カリヨンはちょうどトランプと同じ大きさのカードを示した。

《まずは開始から四分後に一枚、こういったものが学院の敷地のどこかに現れますな》

 僕は足下を見下ろした。

「学院の――敷地の、どこか……?」

 呆然として呟く。海市の一角を占める、広大な教育機関の敷地、無数の教室や研究室がそこにあった。さすがに女王国で一番の学院だ。こんなところから、たった一枚の紙きれを探し出すなんて。大海原に投げ込まれた針を探すようなものだ。

《それを探し出すのも、勝負のうちでございますれば……》

 カリヨンが重々しく首肯する。

「僕が探すしかないか……」

『オッケーオッケー、しまってこ~。いやあ、魔術師どうしの戦いなんて、実に腕が鳴るよネ』

 杖を構える。魔法を使うためには、精神の集中と、僕の場合には怒りが必要だ。

 瞳は地上の、純白の騎士の背中を見つめている。

 査問のときと同じで、孤独な背中だった。それどころか自ら望んで、一人になろうとしている。自分を認めない者たち、自分に危害を加えようとする者たちが、みんな弱くて群れることしか知らない者だと思っているから、強さで排除しようとしているんだ。

 そうしていつまでも頑なでいる天藍自身へのもどかしさと、何も知らないで糾弾するばかりの大人たちへの感情がない交ぜになり、火種となる。

「《昔々、ここは偉大な魔法の国》」

 呪文とともに、心が燃えあがる。オルドルの怒りが燃えているのだ。

「《清き水の流れよ、万物を浄化し流転する力よ、その源にいざないたまえ、その力を知らしめたまえ、我が名オルドルのもとに下りたまえ》」

 呪文とともに、オルドルの鋭敏な感覚が研ぎ澄まされ、僕の視覚や聴覚と繋がるのを感じる。彼の瞳は建物の見えない部分、壁や鍵に遮られ閉ざされた場所にまで入り込み、異物を見つけようとする。でも広い、あまりにも広い。

『ツバキ、そうじゃない。魔法を見るんだ。自鳴琴はこの空間を魔法で作っている。どんなに小さい異物でも、入りこめば空間が動く。魔法に継ぎ目ができる。それが決められた仕組みだとしても、だ』

 目の前が暗くなり、音が絶える。

 オルドルが僕の五感を鷲掴みにして、どこか――《外》としか呼べない場所に引きずりだすのを感じる。僕は小さな金色のオルゴールを抱えている。

 そうか……これは精緻な、ひとつの完成された自鳴琴(オルゴール)なのだ。誰かがねじを回し、鳴り続ける限り、この空間は維持される。だから音色を変えようとすれば、音は軋む。――どこが軋む?


《四分経過にございます!》


 カリヨンが宣言する。

 音が変わる。変わったところから距離がわかり、オルドルの感覚に、白いカードがはらりと落ちる。捕えた。

「本部棟三階、西階段、踊り場!」

 もらっていくよ、と声がして、髪の毛の先をオルドルが連れていくのを感じる。

 魔法を使った代価、僕にとっては代償を、奪って行ったのだ。

 僕とウファーリは近くの建物の屋上に降り立った。

「先生っ」

 何かを感じ取ったウファーリが僕を抱え、地面を転がる。その脇を火炎が走り抜けていった。

 予期しない行動に僕は転がって目を白黒させるだけだが、彼女はすぐに体勢を整え、クナイに似た短い刃を両手に握って、金色の炎が燃える瞳を急襲した敵に向けた。

 それを認識したウファーリは獰猛な獣のように吠えた。

「近寄るな! 殺されたいのかっ!!」

 赤い髪が踊り、近頃は行儀のよい顔の奥にしまっていた覇気が漏れ出る。

 周囲を取り囲んだ四体の黒狼は、その場で低く唸り声を上げ、獣の瞳で値踏みするかのように僕たちを睨みつけ、飛びかかってはこなかった。

 異様な姿をした狼だった。背には鳥の翼、口元からは、チロチロと地獄の炎が見え隠れしていた。

「マルコシアス!」

 僕は飛び上りそうになった。嬉しさ半分、状況のまずさ半分といったところか。

 こいつはイスラエルの偉大な王、ソロモンが使役したとかいう魔神72柱の魔神のひとつだ。召喚者に忠実な悪魔で、炎を吐き、戦いの知恵を与える。

 似たような姿をしたのにグラシャ=ラボラスというやつがいて、そっちは狼ではなく犬で、炎は吐かない。本の挿絵に、なんだか半笑いの愉快なイラストが掲載されていて、どっちがどうちがうのか見てみたい、と思った――そんな、どうでもいい記憶までが引き出されていく。――何かがおかしい。

 なんだろう。考えようとすると、頭にもやがかかる。

 紫色の瞳が、僕を見つめている気がする……うっとりするような視線で……。

『ツバキ、考えるな!』

 ウファーリが僕の体を抱え、屋上の端から跳躍する。向かいの建物の窓を手裏剣で割り、そこに飛び込む。

 後から、獣の口から吐かれた炎が追いすがり、窓の外を真っ赤に燃やした。

 あの悪魔が四体、というのは、つまり……向こうのメンバーがプリムラを外して四人、だからだろうか。

 開始地点である修練場にいなかった生徒たちがどこかに隠れて、召喚の儀式を行っているのか?

「場所がわかるか? オルドル」

『やめたほうがいい。もうキミは術中にハマってる。プリムラが瞳に魔術をかけていた。魔女がよくやる手なんだ。瞳や、髪、肌や声、涙や香りに魔術を乗せる……魅了されたらおしまいだ』

 ときどきあの瞳を思い出して調子が狂うのは、そのせいか。

「わかってたなら、どうして教えてくれなかったんだ?」

『教えたとしても魅了の魔術に対する防御は何もできていないし、そもそもキミは女の色香に弱すぎる。いずれ、絶対に、落ちていたと思う』

「……」

『だから、相手の位置はいまは特定できない。かならず邪魔される』

「……あのさ、今後のために聞きたいんだけど。僕って、そんなに女性に弱いかな?」

 弱い、と言ったのは、事情を知らないはずのウファーリだった。校内にまで入り込み、追ってくる猟犬どもから全力疾走で逃げながら、「めちゃくちゃ、弱い」と強く念を押した。

 



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