17 初戦の相手
くじ引きにより、対戦相手が決まった。
校内戦はトーナメント戦で、僕たちの初戦の相手は紫水プリムラ教室。ゆったりとした黒いワンピースの上に青い上着を羽織り、大きな三角の魔女の帽子を被ったマスター・プリムラ率いる、メンバー全員が女性というチームだった。
大本命の竜鱗学科は、二チームを出していながら、クジ運の悪さで初戦から同士討ち。
灰簾は唇を噛んで血を流すほど悔しがっていたが、幸いなるかなマスター・カガチが僕たちと当たるのは決勝でのことだ。ただ、それまでに二勝しなければいけないという大問題はあるが。
カガチが選んできたのは、精鋭中の精鋭だった。
まず、僕たちに真っ先に喧嘩を売って来たあのライオンのような髪の不良君、あいつが黄水ヒギリ。五鱗騎士。クール系美少年が菫青ナツメ。五鱗騎士。女子力の塊で真面目君の傍を片時も離れない女の子が、六鱗騎士、桃簾イチゲ。
最後に背の高い真面目君、天河テリハが脅威の八鱗騎士。
全員、竜鱗狂瀾を使えば竜騎装が使え、テリハに至っては現役騎士と比べても何ら遜色のない資質を備えている。
いずれも卒業すれば騎士団入りが間違いないと目されている生徒たちだ。
「くっそ~、初戦から天藍の澄ました顔をボッコボコにできると思ったのによォ」
ヒギリは不満そう。ナツメはノーコメントで俯いている。
残る、適合率の高い二人組は……。
「テリハ先輩、校内戦で活躍したら両親に挨拶してくれるって約束、ちゃんと果たしてくださいよう? とっても楽しみにしてますからね?」
「約束そのものにまったく身に覚えがない!!」
「昨夜、お星さまがそっと耳元で囁いて私たちの運命を教えてくれたのです☆」
凶悪な電波を受信しているイチゲを全身全霊全力で振り払おうとするテリハ。しかし桃簾イチゲは腕を組んだままどれだけ振り回しても離れない。お互いさまとはいえ本気の竜鱗騎士の腕力に縋りつくとは凄い執念だ。
「う、うらやましい……」
僕が呟くと、天藍が微妙な表情を浮かべた。
「どこがだ?」
「多少強引だけど、かわいい後輩に慕われてみたいっていうのは全世界共通の男の夢じゃないか」
「ふむ……それはもしかしなくても桃簾イチゲのことか?」
「見りゃわかるだろ」
「あいつのどこが可愛いのか理解不能だ」
天藍は本気で不思議そうだ。
目玉がおかしいんじゃないかと訝ったが、別の可能性を発見する。
騎士が真顔で首を傾げると、白水晶を切り出したのかと思うほど繊細な髪がはらりと揺れ、きらきらと星を放つ錯覚を生む。薄い唇も、顎に添えられた細い指先も、とくに物憂げじゃなくても物憂げに見えてしまう銀色の瞳も、昔読んだ神話の物語から抜け出してきた女神か何かかと思うほど現実感が無く……たぶんこいつ自分自身の顔面偏差値が高すぎて、世間一般の基準がわからなくなってるんだろう。
かわいそうに、死ねばいいのに。
初戦の開始時刻が告げられ、今日は解散だ。
メンバーが決定すると、例の怪しげなオルゴールの仕掛けがギチギチと音を立てて動き、灰簾理事に小さな羊皮紙を渡す。
そこに、対戦のスケジュールが自動的に表示される、という仕掛けだった。
初戦は僕の教室と、マスター・プリムラの教室の対戦。
時刻は正午ピッタリ。
まずいな、思ったより早い。
「場所は……いえ、開始地点は修練場」
「開始地点?」
「そう書いてあるんです。校内戦の日程やらは全てこの装置で決めるのよ」
決して、自分の読み間違いではないと灰簾理事が協調する。オルゴールの上の、お城の上に太鼓やラッパを手にした楽隊が現れ、調子っぱずれの不協和音でファンファーレを吹き鳴らす。
前に並んだ四人のからくり人形の騎士たちは、ギチギチガチャガチャと歯車の軋む音を立てながら剣をかわし、突然、バタンと倒れてフタがしまった。
『……前のときも思ってたんだけどサ。あのオルゴール、めちゃくちゃ嫌な感じがするヨ』
オルドルがぼそりと呟く。
奇遇だな、僕もそう感じてたところだ。
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「こうしてメンバーが揃ったとはいえ、三人だと心もと無いな。明日までに作戦会議と親交を深めるために一緒に晩ご飯でもどうかな?」
「せんせ~、どの角度から見ても一分の隙もなく社交性を欠いた天藍アオイ君が既にいませ~ん」
僕が突然はじめた茶番劇に、ウファーリが律儀に付き合ってくれる。溜息を吐く。
開会式が終わった直後に、天藍は翼を生やしてまたどこかに消えてしまった。
しかもウファーリを一睨みして「足手まといだと思ったら切り捨てる」という最悪のケンカを売ったまま、だ。
「危ないところを助けてもらったのに、悪い、ウファーリ……」
最初は彼女を仲間にするつもりはなかったが、こうなってしまっては運命共同体だ。
「いいっていいって。あいつがそういう奴だっていうのは、見てりゃなんとなくわかる。それでも先生の役に立ちたくて立候補したんだから。……それにさ、竜鱗騎士に比べればあたしの海音は確かに弱っちいし、あいつの言うことはもっともだ」
ウファーリは快活に笑うが、その笑みにはいつもの元気さが無い。天藍に言われたことが、それほどショックだったのかなとも思ったが、何だかそれも少し違うような気がする。
僕たちは賑やかな通りを歩いていた。
翡翠内海や瑪瑙島、繁華街が近く、人通りは多く、街並みも古い。
クヨウに連れて行かれた学生街とは違う古さだ。
こっちのほうが、歴史の積み重なり方が厚い、というのだろうか。
建物は煉瓦や石積みで、重厚で、年老いた老人が自分の書店の前に椅子を出して、近所の人と話しているような風景がある。街も古いが、人と人の繋がりが古いんだ。
一筋向こうに聴通りというのがあり、そこに魔術師御用達の専門店街がある、という話を訊いたことがある。現在は許可された店舗、そして許可された人物しか売買ができないが、かつてはもっと大規模だった、とも。
両脇は食事処が並んでる。店舗もあるが、屋台のほうが人気らしい。仕事帰りの人たちがたくさん立ち寄るような、明るい店の並びだ。ただ、ちょっと、僕の服装かそれとも年齢のどちらかが目立つらしく、視線がジロジロ追ってくる。
我慢して、目的の屋台を探す。
しばらくして、緑色の……見間違いでなければ、ブタのランプが煌々と明かりを放ち、《ウレシイ、オイシイ、トッテモオヤスーイ♪》という子どもたちの声の録音の後に、白々しい陽気な音楽が聞こえて来る……というのを延々繰り返す、世界で二番目くらいに趣味の悪い食堂を見つけた。
「……あれか」
扉と壁がわりの、屋台をぐるりと覆う布を勢いよく開け、中に入る。
若い女性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ~♪ 嬉しい、美味しい、とっても美味しいリョクトン食堂……」
陽気に簡単な節をつけながら呼びかける声が凍る。
炎と油にまみれながら鍋をゆすっているのは、薄紫色の髪の毛をポニーテールにした小柄な少女だった。
「今、ミドリブタって言わなかった?」
「マ、マスター・ヒナガ!! ここには来るなって言ったのになんで!?」
突然の来訪にサービス精神より驚愕が勝ったらしく、僕の疑問は無視された。
「あ、イブキじゃん」
あとから入って来たウファーリが、名前を呼ぶ。
「なんでふたりとも制服着て着てるんですかっ、バカですかっ!」
真珠イブキは、れっきとした魔法学院の生徒。しかも竜鱗学科で、三鱗だがちゃんとした竜鱗魔術師だ。
身分を隠してアルバイトしていたのか。そんな気はしていたが、悪いことしたな。
「学食の残り物を弁当にしてきたんだけど、いらない?」
僕は弁当箱というより重箱の大きさの箱を差し出した。
中身は冷凍してあり、保存は問題ない。
少々腐ってても、彼女は食べるだろう。
「いりますぅ!」
彼女は涙目になりながら、大きな皿に麺料理を盛りつけ、無駄に無駄のない動きで客に提供した。




