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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
誰だって死ぬときゃ死ぬよ。
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16 真の変態は身内にあり / 開幕式

 修練場には、二色の旗が飾られていた。

 紅に薔薇の紋章は、王姫紅水紅華を象徴したもの。青地に金の縁取り、校章が染め抜かれた旗は、学院のもの。それらの旗が、ぐるりと取り囲むように並び、風にたなびいている。

 観客席には学生たちの姿。ちらほら、外部の人間の姿も見える。カメラを構えている奴もいる。

 今日は《校内戦》の開会式。そして試合順を決める抽選会当日なのだ。

 僕が会場に飛び込んだとき、そこには既に四つの教室の教官と出場する生徒、そして天藍アオイが集まっていた。

 天藍はこちらを見ることもなく、退屈そうに欠伸を噛みしめている。

 本当に時間ギリギリだ。

 マスター・カガチが苦笑し、つられて後ろに控える竜鱗騎士の卵たちも、僕のほうを見た。見たっていうか、凄まじい圧を感じて僕は走る足を止めた。

 男子生徒が三人、女子生徒が一人。

 男子生徒で一番目立つのは、一番背が高い上級生。背筋がぴんと伸びていて、真面目そう。美形というほど華やかさはないが、鼻筋が整っていてなかなか爽やかな好青年だという羨ましい特徴もある。

 その隣に、ぴったりと寄り添うように女子学生が立っている。薄いミルク色のふわふわした髪に、甘えた表情を浮かべる大きな瞳。制服は大きめのサイズを着ていて、袖口からちょこんと出た指先が、あざとい。でもかわいい。全体的に手作りクッキーとか作ってきそうな女子力の塊だ。

「先輩! ねえねえ、最後の先生が、遅刻気味に入ってきたよ? これって私たちが結婚して子どもを授かり、永遠に結ばれる運命という暗示だよね?」

 あまりにも距離感が近すぎるので、てっきり二人は恋人同士か何かだと思っていたのだが、真面目君のほうが、心底迷惑そうに、けれども紳士的にそっと彼女を引きはがしたのを見て……人間関係に深刻な問題を抱えているようだと理解できた。

 もうひとりは一番背の低い、鮮やかな水色の髪をした美少年。ハーフパンツから伸びる脚がすらりとしていて、ソックスガーターもきちんと着用しておりなかなかマニア心をくすぐる衣装だ。

 彼は隣のふたりから距離を取って離れ、「正直、引く……」とぼそりと呟いた。

 気持ちはわかる。

 最後、派手な金髪をライオンの鬣のように立てた男子生徒が、こっちを見ている。というか睨んでる。いや、ガン飛ばしてる。

 見た目も制服を思いっきり着崩して、ネクタイなんか行方不明という、うん、わかりやすい不良だ。カツアゲされないうちに逃げたい。

「代表に選ばれてもない天藍の間抜けが会場にいるから何かと思ったぜ。ま、そのちっさいセンセーには悪いけどこっちの圧勝で間違いねーな!」

 わかりやすい牽制と、ジャブみたいな悪口。

 本当なら、こんな不良生徒には関わりたくない。でも、今は無視もできない。

「小さいっていうのは事実だから、怒らないよ。ただ、天藍は間抜けじゃない。僕が選んだ代表選手だ」

「あはは、そういう台詞は背中から出てから言ったら?」

 女の子が指摘する。

 僕は天藍の背中にさりげな~く隠れていた。だってまた死にたくない。こいつらが竜鱗魔術の使い手だとしたら、小突かれただけで僕は死ぬ。

「だから間抜けなんだ。あんたは世間じゃ色々言われてるみたいだが、真偽の程は誰もわからない。俺の見立てじゃただ運がいいだけの身の程知らず、そんなお前についた天藍も、身の程知らずの大馬鹿野郎だ。さっさと敗けちまえ」

「口が過ぎるぞ」と、カガチが嗜める。

 あまり本気ではない。一応止めた、という事実を作っただけに見える。

 僕はさらに言い返そうと、言葉を考える。少しだけ怒りを感じた。

 天藍が批難されているという状況が、査問のことを思い出させるからだろう。

 それを、天藍が涼しい顔で止めた。

「ここで言い合っていても仕方がない。試合が進めばいずれやり合う相手だ」

 彼は冷静だった。

「口でいくら応酬を続けても、傷ひとつつかず時間を浪費するだけだが――試合でなら、訂正と謝罪が欲しければ、床に這わせてさせることができる。今まで年長者と思い礼を尽くしてきたつもりだが、泣き喚く様を想像するだけで気分がいい」

 ごめん、違った。全然冷静ではなかった。

 天藍はうっとりとした表情を浮かべていた。少女めいた硝子細工のような美貌で、闘争のと嗜虐の予感に酔い知れている。瞳が熱っぽく、頬は紅潮し、内に秘めた獰猛過ぎる牙が血と戦いをはやくはやくとせがんでいる。

 要するに頭のねじが一本、飛びかけてる。

「銀華竜戦は死に過ぎのバカのせいで最悪だった。口直しさせてもらう」

 こいつの精神構造は、僕には理解できないが、この《校内戦》はお気に召したらしい。

「……変態」

 僕は呆然として、純然たる事実を呟いた。

 魔法学院って、貴族の子弟の通う上品な学校じゃなかったっけ。それって僕の勘違いだったのかな。

「二人とも、そこまででやめておけ」

 口を挟んだのは、真面目君だ。

「校内戦という珍しい行事で舞い上がっているのはわかるが、日常に戻れば学友どうしだ。天藍が竜鱗の影響で少し……その……精神が異常に高ぶっているというか……」

 真面目君は適切な言葉を探し、困っているようだ。

「頭がイカれてる?」と、僕が助け船を出す。

「ヒナガ先生までなんてことを……でも、その通り、普通の状態ではありません。年長者である私たちが気遣ってやらなくてどうする」

 非常に真面目で、常識的な意見だが、次の瞬間、隣の美少女が首筋に飛びついて「さあっすがあたしの先輩! 抱いて!」「離れろ! キミとは同学年のはずだ!」とかイチャつきはじめたので説得力が皆無だ。

 なんでこんな奴らを連れて来たんだ、という顔でカガチを見ておく。

 カガチは慣れっこなのか、余裕の表情だ。

「マスター・ヒナガ」と高飛車な声が聞こえた。「そろそろ始めたいのだけど、いいのかしら? そちらは規定の人数に達していないようだけど」

 灰簾理事が告げる。

 う。

 痛いところを突かれた。

 そうなのだ。クヨウに付き合ってゴーレムに倒し、死体に殺され、何もできないまま二日寝込み……要するに、メンバー探しができていない。面接も、候補者すら現れないままになってしまった。

 校内戦に出るには、最低三名、僕の他に二名、校内から生徒を選出しなければならない。

 このままだと、僕たちは不戦敗。

 万事休す。


「ハイハイは~~~い! あたしが出るッ!」


 元気な声が聞こえて、観客席から赤い髪の女の子が飛び出した。


「ウファーリ!!」


 十メートルほどの落差を軽く飛び越え、柔らかに着地すると、こっちに駆けて来る。

 実に嬉しそうな満面の笑みで。

「どうせこうなると思ってたんだよな! 無駄に足掻かず待ってて正解!!」

「ウファーリ……困るよ……」

「困るも何も、あたしが入らなかったら不戦敗だろ? 時間切れまで三十秒で考えてるヒマとかあるか? おい天藍、腕力貸せ」

 逃げようとした僕の腰を流れるような動作で非情な手が捕まえ、引き戻し地面に倒され、鎖を引きちぎられる。剣を無言で差し出し、ウファーリが無造作に刃を握りこむ。

 抵抗の余地もなく柄の宝石が華やかな赤に染まる。

 最低人数ではあるが、参加者が集まった。

 

 

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