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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
誰だって死ぬときゃ死ぬよ。
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15 醜悪な罠

 アパートの住人の死因は失血死、何が起きたのかは捜査中だとクヨウは告げた。

 そのあたりの事情にはあまり興味がない。もともと、あのゴーレムを倒せばいいという話だったはずだ。

 クヨウは最初に言った通りの額を支払った。それで終わりだ。めでたしめでたし。

 なのだが、彼女は僕を睨んだまま、煙草の吸殻を灰皿の上に積んでいく。

「良い手際だった。あの土人形の正体に気がついていたのか?」

「ゴーレムだろ。カバラの秘術だ」

 もちろん、実際に見たのは初めてだ。

 ゴーレムはユダヤ神秘主義が生んだ、ファンタジーを題材にした小説映画アニメ漫画その他で大人気のモンスター。全身が土でできた召使い。額には「emeth」の文字が刻まれ、「e」を消されると元の土くれに戻る。もちろん、本来はヘブライ語で扱う。

 ちなみに文字を額に書き込むだけでなく、口の中に呪文を書いた紙を入れておく、という手法もある。

 この手の知識は、適当なオカルト本を二、三冊手に取れば入手できる程度の知識でしかない。日本ならば、だが。

「あ……カバラ、ってこっちで言って通じるのか?」

「私には通じる。古い魔術ゆえに、純粋な使い手、ラビはほとんど女王国でも残っていない骨董品だが」

 なるほど、そういう扱いか。

 本来の翡翠女王国は魔女と魔法使いの王国だ。

 過去、僕の世界で迫害された魔法の使い手が《扉》からこちらに召喚され、彼らによって作られた国が女王国……そして後の藍銅共和国だ。

 クヨウは僕に、何かを言いたげな視線をよこした。

 彼女はありとあらゆる魔術の狩人だ。魔法学院の教官と、魔術捜査官と、王姫殿下、それから竜鱗騎士以外が魔術や魔術の知識に手を出そうものなら、死神となってやって来る。

 僕が失職したら、きっと捕まえに来るのだろう。

「もう少し話そう。この事件は私の管轄になった。死者が、魔術通信網を使用し良からぬことをしていてな」

「魔術通信網って?」

 そういえば、イネスがちらりと口に出していた単語だ。

 クヨウは妙な顔をする。

「……本来、私の職務的に、君がそれを知らないことは喜ばしいことではあるのだが、少々無知過ぎないか」

「違法なモノだっていうことは、理解した」

 クヨウは僕を睨みつけた。

「意識、無意識、集合的無意識の違いについては知っているか?」

「なぜ魔術から心理学に移行したのか意味不明だけど、何となく」

 そもそも心理学という分野があるのかどうかは知らないが、似たようなことを考えている学者は、どの世界でもどこかにはいるだろう。

 人間の思考は似る。頭がひとつで目がふたつ、手足が二本ずつあって腹の中に消化器官が詰まり、脳味噌が思考を維持しているのなら、まったく同じ人間が二人といないというのは真実だが嘘でもあるというのがここ最近、異世界に来て僕が学んだことだ。

「意識はつまるところ、僕がここにいて、意識があるって思っている状態のこと。無意識は意識の外側だ。集合的無意識というのは僕という個人、というより僕が所属する集団、社会とか文化がうみだす、多数の人たちに共通した無意識、という感じ?」

「よろしい。いったい、そういう知識はどこで仕入れてくるのかね?」

 古本屋に足を運べば無数の、使い古された自己啓発本やスピリチュアルに関する書籍が二束三文で売られている。

 とは言えないので「常識だ」と答えておく。

 クヨウ捜査官は僕を試そうとしているのであって、世間話をしているわけじゃない。

 だから、少しだけかっこつけておく必要がある。つま先立ちの背伸びでも、あまりに無知だと、交渉相手になれなくて、情報がもらえない。苦渋の選択だ。

「では、集合的無意識に関する解釈がねじれて、人は深層意識で他者と繋がっている……という眉唾モノの噂を耳にしたことは?」

「ある」

 話がまた、オカルト本の系統に戻っていく。

 個別であるはずの人間の意識と意識が、人間が関知できない無意識のどこかの領域で繋がっている。集合的無意識の本来の解釈とは全く違っているのだが、そういう空想を抱く人々が存在するのも確かだ。

 実際の人間心理というよりテレパシーとかそういったものを説明する妄想だった。

「その状態を魔術的につくりだしたのが魔術通信網だ。無意識と無意識を繋ぐことで、無理やりエセ集合的無意識を作り出す。それを通信網として利用する」

「……そんなのって、アリなの?」

「電子通信網が整備される前に、技術が生み出されて蔓延した。現在は禁止されているが、使用者は未だに多い。意識を直接繋げるため非常に危険が伴うというのに、アホな魔術師連中と、無知で向こう見ずな若者世代の格好の遊び場となっている」

「ふうん……」

 犯罪の温床だ、というような口ぶりだ。

 それがどういったものなのか、想像することしかできないが。電子通信網の世界だって似たようなもののはずだ。ただ、そっちはやっているからといって逮捕されたりはしない。だが魔術通信網は魔術を利用している、それだけでクヨウの捜査対象になれる。

「本日の哀れな被害者は、魔術通信網を通じてある《動画》を手に入れ、そしてバラ撒いた」

 彼女は自分の携帯端末で、その動画を見せてくれた。

 手帳サイズの、女王国の標準と比べると古臭い端末だった。ホログラム表示はないし、筐体は過剰にゴツい。衝撃や野外活動での耐久性を重視しているか、それとも市警の予算の問題だろう。

 映し出された動画を見て、僕は思わず「あっ」と声を上げそうになった。

 そこには、映っていた。

 はっきりと。

 異世界人を招き入れる神秘の石扉と、跪いて血を流す《古銅イオリ》の姿が。

 一瞬で、それが何なのかが僕には理解できた。これは、古銅イオリが翡翠女王国に来た瞬間の映像なのだ。

「市警が室内に踏み込んだ瞬間、流失する仕掛けになっていた。調査したところ、被害者には盗撮趣味があったようだ。盗撮と盗聴を愛好するクソ変態どものグループが魔術通信網上で集会を開いており、そこに参加していた」

 盗撮と魔術通信網の利用という二重の違法性から、本来は外部の者を入れず、動画もメンバー内でしかやりとりしない閉鎖的なグループだったが、市警が死体を発見した直後、映像は魔術通信網に接続する全ての人間が閲覧できる状態になった。

 市警の取り締まりを見越した上での罠だ。

 電子通信網での鉄則と同じく、一度拡散した映像は全て回収、削除することは困難だ。一定の時間が経過した後、映像は加工されながら電子通信網上にも現れた。

 さらに、最悪なことが起きている。

「ほぼ同時にこの異世界人が何者なのかについても、情報が漏えいしだした。竜鱗適性の異常な高さが、衆目に晒されたんだ。……全く、自分の目玉がおかしくなったんじゃないか、と本気で悩んだ。あれは、新手の冗談か何かか?」

 そこまで情報が漏れているなんて、驚き過ぎて叫んで飛び上りたいくらいだが、僕は黙っていた。いったい、誰が漏らした? 僕ではない。マスター・カガチは情報を漏らす意味がわからない、紅華でもない。紅華でなければ、リブラでもない。やっぱり大宰相か? しかし、大宰相が何故、いったん封じるとしたこの情報を外部に漏らす?

 考えながらも、僕はこの映像が何を示すものなのか全く知らないし、彼女が何を言っているのか今一つぴんとこないという演技を続けていた。

 映像の原本には紅華の姿が映っていたはずだ。

 彼女は紅華に近い僕が、そのことを知っているかもしれないと考えてる。

 クヨウはしばらく煙草の煙を燻らせていたが、僕が白を切り通すつもりだということが伝わったらしく、世間話を切り上げた。

「それは、盗撮野郎どもとは関係が無いらしいがな。今、市警が取り調べているところだ」

「僕が意識を失って、いったいどれくらい経ったんだ?」

 こんなことが数時間で起きたとは思えない。

「二日だ」

 クヨウは短く伝えた。

 ネットに流された情報が拡散するには、十分過ぎるほどの時間だ。

 急いで紅華に伝えなければ、と思ったが、これだけ時間が経っていれば、向こうも気が付いて対策を立てているはずだ。とっくの昔に。


「そうか、あれから二日も経ってたんだ。…………って、二日っ!?」


 蘇生が遅くなっていることは、オルドルから聞かされて知っていたけれど。

 あることに気がつき、僕は悲鳴を上げた。


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