13 晴れ後、死 -3
自律して動くでかい土人形。
泥のかたまりのくせして、力が強い。
クヨウは能力的に、あの怪力と巨体には役に立ちそうにない。
市警の標準的な装備でも、打つ手無し。弾丸は魔法に歯が立たない。
集中力を手放したら、緊張と混乱の波に意識を持って行かれそうだ。
「ん――なんだアレ?」
土人形の額に、何か文字が描かれている。
僕はあまり女王国の言葉に達者ではない。
転移した際にかけられた何らかの魔術により会話は可能だが、読文は学習中だからだ。
でも、読める。読めるというか、正確に言うと《知ってる》のほうだ。
「あれは……もしかして、ゴーレム?」
土人形はアパートという檻を完全に破壊して、街路に出てくると、突進してきた。
僕が乗っている街灯に体当たりを仕掛けてくる。
街灯は完全に折れ曲がり、くの字を描く。
「うわっとと……!」
僕はさらに跳躍し、辛うじて立ってるアパートの屋根に戻った。
土人形は街灯を引き抜こうと躍起になっている。
武器を手に入れようとする思考力は、土のどのへんから来るものなんだ?
「いけない、集中しないと……」
金杖を構え、目を閉じる。
深く、もっと集中する。
意識を内側へ送り込む。
魔術師の領域に潜り込む。
『昔々、ここは偉大な魔法の国。』
意識を魔法の物語に向ける。
『魔法使いの王が住む都のそばに、銀の森がありました。その森の木々や動物はすべて銀でできていて、最奥には半身が鹿、半身が人の異形の主、オルドルが暮らしていました。彼の住まいのそばには魔法の泉がありました。』
『あるとき、オルドルはそこから赤ん坊を拾い、大事に育てました。』
『時がたち、若者となった赤ん坊は森を去り、竜を倒し、勇者となりました。若者は一度だけ森に帰りました。ですが、そこに銀の森はありませんでした。輝き、きらめいていた枝々には無数の死体が吊り下がっていたのです。オルドルは、本当は人肉を食らう化け物だったのです。勇者は剣によって彼を殺しました。そして、偉大な三冊の魔法の書と、彼の魔法を手に入れたのです……。』
短い魔法の物語は、青海文書の一部であり《師なるオルドル》と名前がついている章だ。
その師なるオルドルこそが、僕の魔法だった。
人を食らう半人半鹿のバケモノ。
人でありながら怪物、鹿でありながら鬼。
たったひとり、愛した家族に殺される――その憎しみと怒りの炎が、僕の魔法そのもの。
そのありかにたどりつき、金杖が震える。
怒りと殺害された憎悪に震えるオルドルのように。
「行くぞ、オルドル」
腰に提げた水筒の中で、オルドルの湖と化した水が、ぼこりと音を立てて反応する。
「《黄金の力を以て、罪人を裁く剣を与えたまえ》」
杖から、金色の波動が放たれる。
空中に細身の黄金の剣が浮かぶ。
土人形はアスファルトとその下の地面ごと街灯を引き抜き、振りかぶる。
屋根の上を転がりながら避けるが、その手前までが深く抉れた。
「現場を破壊させるんじゃない!!」
クヨウの怒声。
無茶を言う。でもとっとと終わらせたほうがいいのは同意する。
「《全ての根源たる水の力でもって、敵に災いを振らせたまえ》!!」
五本に分裂した剣が、足の止まった土人形の額を貫いて落ちる。
串刺しになったゴーレムは、ぎこちなく動きを止めてその場に崩れていき、大量の土砂となった。
外から、控えていた市警の職員たちの歓声が上がる。
口笛を吹く気のいい人たちに、手を振ってこたえる。
「……ふう」
あっさり片づいてよかった。ほっとして、気が抜ける。
戦うのは苦手だ。というか経験があまりにもなさすぎる。
竜と戦えたのは天藍アオイがいたからで……よく考えると、ひとりで戦ったのはこれが初めてじゃないか?
ひとりでもやれた、という、満足感に酔っていたのかもしれない。
ゴーレムに内部を破壊されたアパートが相当脆くなっていることに気がつかなかったのは、本当に自分がバカだったとしか思えない。
「うわッ!!」
天井が崩れ、逃げたが落下に巻き込まれた。
落ちた先に寝台があり、事なきを得たが……。
「ひいい……死体だ……!」
例の207号室に落ちたらしい。
僕の目の前に、椅子に座った住人らしいやせた男が、ぐったりとしていた。
口を半開きにし、恐怖に歪んだ瞳が天井あたりを見据えている。
右腕はなぜか引きちぎれている。
「……あとはクヨウに任せよう」
そっと寝台から降り、出口……というか、破壊された壁の方向に向かう。
死体に背を向けた直後だった。
「あ……?」
どん、という衝撃。
振り返ると、死体が立ち上がり僕にのしかかっていた。
その右手に、料理包丁が握られ、刃は背中から僕の腹部を貫いていた。
「ああっ……あああああっ」
経験がある痛みだ。
律儀に、死体は手を捻って空気まで入れてくる。内臓を掻きまわされる痛み。
絶叫。
口から大量の血を零し、倒れる。
死体はなおも伸しかかり、逃がしてくれない。
地面を何度も刺し、僕の肩を、庇った腕を、そして首を裂いて……。
慣れている、といっても、まあ、そこまでが限界だ。
人間は死ぬものだ。
異世界でも死ぬ。
例外は無くて、そして、それは、呆気ないものなのだ。
それ以上でもなく、それ以下でもなく。
僕は死んだ。
生きる余地も奇跡も起こらず、完璧に心臓の鼓動を止め、知らないアパートの一室で完膚なきまでに、死んだ。




