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旋律の吸血姫と眠れよ勇者 竜鱗騎士と読書する魔術師2  作者: 実里 晶
誰だって死ぬときゃ死ぬよ。
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11 晴れ後、死

「……うふふん♪」


 僕が人生で出会った三人目の姫君は手を広げ、跪いた人たちの間でくるりと踊るように回転してみせた。

「こうまでうまくいくと気分がいいものね? もちろん、従わない人もいるわね。ここにひとり。はじめまして、騎士団長殿。お噂はかねがね~」

「お初にお目にかかる」と、天藍の態度は恐ろしいまでに素っ気ない。

「ふっふ~~~ん? 話に聞いたとおりすんごい美形だね~、噂通りじゃない。ウヤクが黒曜石なら、新騎士団長は真珠だってさぁ。それも超高級真珠よ」

 彼女は天藍の周囲をくるりと回り、ピンクの髪をなびかせじろじろ眺めながら、再び騎士の前に立った。

 左足をぴん、と伸ばし、右足を少し後ろに下げて。

 そして、無言で左手を差し出した。

 天藍は無表情のまま地面に片膝をつき、美しい手の甲に口づけた。

「あはっ、ちゃんとそういうのもできるのね? なんて躾のいいわんこちゃん♪ ――今日はその方の真の友情に免じて、帰ってあげます♪」

 真の友情? なんのことだろう。

「ごきげんよう、愛しの弟よ!」

 どうするのかと思ってみていると、彼女はモデル歩きで廊下の窓に近づくとそこに腰かけ、船の縁から海にダイブするダイバーのごとく、後ろ向きに落下していった。


「なっ――……!」


 慌てて窓に取り付き、地上にその姿を求めると。

 オレンジ色の瞳が、僕の視線の目の前にふたつ並んでいた。


「心配してくれたの? 優しい子」


 彼女はホウキに跨り、ふわふわ浮いていた。

 まるで古典的な魔女みたいに。あの国民的アニメの魔女みたいに。

 そして投げキッスを送ると、重力を完全無視した不自然な軌道で上昇していく。

 ホウキの柄を翡翠宮に向け、まっすぐに飛んで、やがて見えなくなった。

「…………なんなの?」

 僕は呆然としながら呟いた。

「藍銅共和国公姫――別名、《魔女姫》だ」

 天藍が解説してくれる。

 藍銅共和国は翡翠女王国とは異なり、《魔術を禁止しない国》だ。それによって起きる弊害もあるが、事前に予測し最大限抑制しつつ、魔術による利益を優先する真逆の国。

 その利点として、藍銅には優秀な魔女と魔術師が多く集まる。

 公姫キヤラもまた、幼い頃からあらゆる魔術による英才教育を受けてきた。

 その才能も相まって、いまや近隣諸国の間でも並ぶもののない大魔女としての名声をほしいままにしている。

「もうひとつ、あの女には仇名ががある」

「なんだ? というか、どうして女呼ばわりなんだ?」

「忌々しいからだ。あれのもう一つの呼び名は《大迷惑姫》」

「…………何それ」

 だいめいわくひめ。驚くほどなんのひねりも工夫もないネーミングだ。

「理解できないか?」

 いや。わかる。

 ちらりと後ろを振り返って見るだけで理解できるとも。

 今や、僕を《訳のわからない藍銅から突然やってきた教師もどき》としてしか認識していなかった学院の生徒たちが、羨望の眼差しでこちらを見、話しかけるタイミングをうかがっている。灰簾柘榴でさえ、いつもの闘志を失っている。

 話しかけてこないのは隣に天藍アオイがいるからだ。

 僕も窓から逃げ出したほうがよさそうだ。

「一応聞くけど、お前は信じてないんだろう?」

 ちらりと隣を見ると、天藍が笑いをかみ殺していた。

 戦闘以外で初めてみる、愉快そうな表情だ。

 僕は不愉快だけどな。

「お前が、王太子だと? ……あり得ない。そんなことがあって堪るか」

 さざ波のように、誰もが僕に頭を垂れる中、天藍だけはその波に逆らっていた。

 その姿が頼もしく思えたのも、束の間だ。そこまで言われると腹が立ってくる。

「本当だったらどうするんだよ」

「跪いて靴を舐めてやる」

「……後で泣くなよ」

 昨日いろいろあったこととか、聞こうと思っていたはずなのに、もうなにもかもどうでもよくなりつつあった。

 天藍の手が伸び、僕の首の鎖に触れた。

「席をもらうぞ」

 刃を握りしめ、血を吸わせる。柄の真ん中の石が深い藍に染まった。

「いいのか?」

「マスター・カガチに大迷惑姫もといキヤラ・アガルマトライト。お前のそばにいたほうが、荒れそうだ」

 銀の瞳は夢見る少女のそれから、血を啜り、肉を食いちぎる猛禽のそれに変わっていた。

 女王国のためとか言いながら、何故、混乱を望むんだろう?

 問いかけが言葉にならないうちに、天藍は授業に出席するために踵を返し、僕は脱兎のごとく逃げ出した。



               ~~~~~



 何故藍銅共和国のお姫様は、僕が異母弟だなんて嘘をついたんだろう。

 藍銅共和国出身だ、というのはそもそもが紅華とウヤクが考え出したささやかな嘘だ。

 僕の身分がどうなっているのかは、あいつらを問い詰めなければわからない。

 もう今日は帰ろう。帰って言い訳を考えよう。

 校門を出たところで、タイヤが激しくアスファルトを滑る音が聞こえてきた。

「……んッ!?」

 車が、スリップを起こしてこちらに迫ってくる。

 慌てて門の内側に逃げ込んだ。

 事故……?

 じゃない。入り口を通り過ぎたクルマは、バックでこっちに迫って来る!


「わ、わわッ!!」


 僕はみっともなく逃げ惑い、行き場を失って噴水に飛び込むハメになった。

 遅れて警備員がかけつけてくる。

「警察を呼んでく――」

 僕の声は中途半端なところで切れた。

「れ……」

 どうみてもひき殺すつもりだったに違いない真っ黒なオープンカーの運転席には、長い黒髪をしたサングラス美女が座っていた。

 彼女はやけにきびきびした動作で車を降りると、胸とドレスの間からペンダント式の身分章を取り出し、見せる。

 そこには海市市警のエンブレムが燦然と輝いていた。

 警備員たちは、いったいどうすればいいのかわからず戸惑っている。

 そりゃそうだろう。

 目の前にいるのは、病的なほど白い肌に、赤い唇をして、頭にはヘッドドレス、体にはコルセットと何やらリボンとレースが多重に、そして過剰に巻かれたゴシックドレスを着た不気味な女なのだから。

「クヨウ上級魔術捜査官だ。幼児にも理解できる簡単な理屈だが、海市市警に通報は無用だ」

 病的に分厚い底のブーツをゴツゴツ鳴らしながらこちらに来ると、まるで親猫が子猫にそうするように、僕の上着の首のところをむんずと掴み、ズルズル引きずりながら車に戻っていく。

「えっ、ちょっその――たすけっ」

「助けてほしい? 助けてやろうではないか。この公僕様がな」

「変なところに《様》がついてるんですけど! ついてはいけないところに!」

 クヨウ捜査官は鼻歌をうたいながら、細腕のくせに信じられない腕力で僕を助手席に放り込み、悪質極まりない拉致誘拐を完了させた。


 


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