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93 運命が貴方を選んだのなら

 キヤラたち五人姉妹は――というべきか、シロネは、というべきか。

 彼らは試合の直後から再び消えてしまったままだ。

 キヤラの正体が何者であるかがはっきりとしたのにも関わらず、消息を掴めないノーマン副団長が翡翠宮で半狂乱になっているそうで、かわいそうだ。

 その辺のからくりは最早僕にも理解不能で、結局、彼らが何をしたかったのかの一部は闇に消えたままになっている。

 予想では、古銅が元団長にさらわれるところまでキヤラは読んでたのではないかと思う。

 シロネは《僕は僕の仕事を果たした》とか言っていたし、あの結末こそが彼らが導きだしたかった解なのではないだろうか。

 ただそれが藍銅やあるいは彼ら自身の利益になるかどうかというと、全面否定するしかない。

 以前シウリが言っていたように、これは彼らの望みなんかではないのだ。

 勇者を求めることも、勇者が誘拐されることも、すべてだ。

 それなのに、この結末のために多大な労力をはらった。

 市民に呼びかけ、興奮をあおり、混乱を招いて……そして魔術学院に喧嘩を売った。その裏側で、ミィレイの精神を崩壊させ、テリハの家族を殺し、結果としてカガチとノーマンはテリハに釘付けになり、混乱した状況が完成した。

 その謎めいた行動に較べると、突然現れた元団長が古銅を攫おうとした理由は戦力増強といかにも単純明快だった。世界中のみんながそうであってほしい、と思うくらいには。

 学院では、校内戦の終了に伴う祝勝会が開かれていた。

 テリハたちの処分やら亡くなった生徒のことなど問題はまだまだ山積しており、派手にはやれないがひと息つくために関係者だけで、という体らしい。

 馬鹿馬鹿しいと思いながら会議室に入った僕は、そこにある光景につい見入ってしまう。

 そこにいたのは《鍵》の力で人間の姿を取り戻した教師たちと、その教え子らが揃っていた。

 再会を喜びあうプリムラと教え子たち、クラスメイトを失ったことを悲しむ生徒を慰めているのはマスター・オガルだ。自分も苦しいだろうに……。病弱な体にもどったマスター・サカキは、碧姉妹に両脇を支えられながら「わたしたちもいないのに無茶しすぎです!」とか怒られて、困り顔だ。

 そして僕と一緒に戦ってくれた人たちも勢ぞろいしている。

 ウファーリ……彼女はもうひとりじゃない。普通科のミクリとぎこちなくではあるけど、会話をかわしていた。

 警備員のイネスがこちらに軽く手を上げてくる。無事でよかった。

 そして奥で待ち構えている、灰簾理事と紅華。

 紅華のそばにはリブラが寄り添っていた。

 何もかもいつも通りだ。

 あと黒曜もいる。

 黒曜は今回の校内戦に参加するために、わざわざ偽名を用意して学院への編入手続きを取っていた。よって今は季節外れの転校生を気取ってる。とうとうやりたがったな、という感じだ。

 ぼうっとしている僕の背を天藍が軽く押した。

 理事のところへ行け、という意味らしい。

 理事は青いマントを広げてみせた。金刺繍と抜けるような青というカラーリング以外は、生徒代表が着ているものに似てる。

「これは校内戦の前回勝者から貴方へと贈られるものです」

 勝者の証として、次の校内戦が開催されるまで、いつもの上着の代わりに身に着けていなければいけないものらしい。校内戦の勝者が得る名誉と金、その名誉のほうだ。

「……う、受け取れないよ、こんなの」

 後ずさった体を、大きな掌が受け止める。

 振り返ると、マスター・カガチだった。

「受け取っていいのですよ、マスター・ヒナガ。いいですか、あなたは逃げ出さず、最後まで戦い抜いた……それは誇りと呼んで良いものです。そして、こここにいる者たちは皆、貴方が抱えているものを分かち合いたいと望んでいる者たちなのです」

 カガチが僕の肩にマントをかける。

「これは貴方に相応しい」

 大きな掌が僕の体を操り、強制的に後ろに向きを変える。

 僕の目の前でプリムラやオガル、そしてサカキが静かに杖を掲げていた。

「貴方が戦わなければ、彼らは帰って来られなかった」

 カガチの大きな手が両肩を叩く。

 後悔も、悲しみも、言葉になって口から出て来ることはなかった。

 泣きたいような気持ちなのに、呼吸が楽になる。目の前の風景が鮮やかに色づき、激闘によって凍っていた時間が流れ出すのを感じる。

 それは新しい発見でもあった。誰かの言葉や行動で、自分の抱えている苦しみが楽になることがあるのだ。

 僕は、初めて彼らを尊敬すべき人として見ていた。

「…………ありがとう」

 小声でそれだけ言うと、カガチは破顔する。

「それから副賞、と言っては何ですが……」

 灰簾理事はうなずき、紅華に向き合う。

「王姫殿下、先の銀華竜との戦闘の件についてです。我が校の首席生徒である天藍アオイが不名誉な査問を受けているようですね。彼のただでさえ優秀な成績に《血と勇気の祭典》の勝者という実績を添えて、正式に抗議いたします」

 これは魔術学院の決定であり、全教官の統一された意志である、と申し添える。

 学生を守るためなら、学院は労を惜しまない。その表明である。

 理事はもともと百合白派だったけれど、いまの彼女は偏った思想のためではなく、学院の意志を伝えているだけのような気がする。意外な一面だ。

「重く受け止めましょう」と紅華はうなずいた。「彼が女王国にとって欠くべからざる存在であるということは、明白です」

 肝心の天藍本人はというと、何も言わずにこちらに背を向けるのが見えた。

 どうでもよさそうな、つまらなさそうな顔で。

 瞬時に、僕は走っていた。

 査問がどうのこうのなんて関係ない。天藍がこうやって頑なな態度を取り続ける限り、きっと同じことの繰り返しになってしまう。

 孤独に耐える強さが、天藍の強みだ。

 だけど、ひとりでは戦えないのは僕と同じの癖に。

 どうしたら、あの騎士を助けられるんだろう。国がどうとか、市民のみんながとか、誇りとか世界じゃなくて、たったひとりの人間の支えになることが、こんなにも難しいなんて考えたこともなかった。

 議場を出たところで白い腕を掴み、止める。

「このまま黙っていなくなるなんて、無しだぞ。誰が何を言ったとしても、君をこの世界から消させたりなんかしない。君がそう望んだとしても、何がなんでも妨害してやる」

 それが日長椿とはちがう僕だとしても。

 天藍も紅華も、僕がちがう人間だと思っていても、それでも生きろと言ってくれた。

 二度と死ぬなと、言ってくれた。

 だからこそこの不器用で優しくてどうしようもないやつに、違う景色をみせてやりたい。

「俺がいなければまともに戦えもしないくせに」

 不意に、天藍が応えた。

 銀の瞳が僕をみてる。

 そうだ。君がいなければ、僕はここにいない。

 でもその言葉はしまっておいた。僕がどうあれ、こいつは自分の道を歩む。その力がある。もしも本気で、自分をこの世界から消すと決めたなら、僕には止められない。

 だからこそ、僕は溜息で続きを消して、肩を竦めて塗り替える。

「……なんだよ。でもさ……ここのところ、作戦立案は全部僕の担当じゃないか」

「それ以外に何か役に立てることがあるのか?」

「あるさ、料理に配膳に後片付けにと大活躍だったじゃないか」

 会話は続く。

 死ぬほど大変だった合宿やら、校内戦のあれこれやら、思い出の引き出しから零れていく。

 こうしてくだらない会話をしている間、僕らは消えたりしない。

 それはあたりまえすぎる事実だけど、どこかで諦めていたら、僕たちは二度とくだらない会話を交わすことはなかっただろう。誰かの流した血が、ふりしぼった勇気が、そしてここで言葉を紡ぎ出す僕らが、僕らを今に繋ぎ止めている。


 なあ、天藍。

 憎まれ口に答える声がある、この世界はどんなふうに見える?


 この世界は悲しいことや痛くて苦しいことに満ちてる。

 でもそれが無限に続くわけじゃなくて、たまには差し出した手を握り返す掌を見つけることもあるのだ。

 僕は夢や感傷の世界に逃げ込むよりも、まるで夢のような今が、なるべく長く続くように言葉を交わし続けていたい。

 必死に繰り返される言葉は弾むように響くだろう。

 すぐにまた、誰かが足りない風景が胸をしめつけて、そして不安な未来が立てる足音に慄く日がやってくるかもしれない。

 でも、いつか。

 きっと、世界は輝く。

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