第六話:狂宴に踊る
堕落した三人のアンドロイド。
藍川が破壊対象としているそいつらが今、目の前のモニターに映し出されている。三人のうち中央に立っている男が口を開いた。
「俺達としてはAVBを今すぐにでも破壊したいところだが、その前に、この地区に配備されているアンドロイドを破壊したいと思っている」
藍川が鞄を開け始めた。
「そうなるのは当然よね。この地区に配備されているのはカイルなのだから」
「そのカイルって、強いのか?」
「アンドロイドの中でトップよ。なにせAVBの保護を任せられているもの」
「つまり、カイルがAVBを守る最後の砦というわけか」
都市を分割した区画の治安維持のために、地区ごとにアンドロイドは一体配備されている。このAVBが存在する街も同様だ。
藍川が武器を装備する。装備と言っても、武器は上手く隠れるように設計されているようで、パワードスーツのアームも今は収納されている。必要に応じてアームが展開するようだ。
なので武器を全て身につけても、なんら不自然に見えない。強いて言うなら背中のリュックサックのようなもの(パワードスーツ)が目につくくらいだろうか。
「あんたも早く装備して。あいつらにバレるわよ」
「わ、分かった」
俺も急いで準備する。その間、藍川が武器の説明をしてくれる。
「その腕輪のようなものは反重力フィールド発生装置。厳密に言えば、その腕輪は発生のみを行うのだけれど、ある程度の弾丸やレーザーなら、完全自動で弾丸の軌道をそらしてくれる」
「盾のようなもんか?」
「そんな具合。あと、その拳銃は超小型レールガン。けど、基本的にはそのプラズマカッターが主力ね」
「接近戦ってわけか……」
「コンピューターの予測に従えば問題ないから、大丈夫よ」
「そんな簡単にいくものなのか?」
相手はアンドロイドだ。もしかすると、俺のコンピューターのスペックを上回るものを積んでいるかもしれない。もしそうならば、勝機は無い。
「心配いらないわ。アンドロイドは演算処理の一部をAVBに任せている。あの三人は既にリンクが断絶させられているから、スペックではカイルのほうが有利よ」
「そうか。なら少し安心だな」
男のアナウンスが続ける。
「今お前の位置を割り出したぞカイル。……では、迎えにいってやるとするか」
男が膝をついたかと思うと、画面から消えた。画面に残った二人の服がなびいている。強風が吹いているようだ。
それを見たとたん、藍川の顔が一気に青ざめた。
「ありえない……。あれは跳躍だわ、とんでもない距離を跳んでる。一体どんな脚力をしてるっていうの!?」
近くの大通りの交差点に、何かが落下した。いや、落下ではない。着地だ。
「……久しぶりだなぁ、カイル」
男は微笑を浮かべた。刹那、コンクリートの破片が舞った。
その男はもうすでに、交差点に立っていた長身の男と剣を合わせていた。彼がカイルのようだ。プラズマの放電でぶつかった剣が発光する。
「楽しませてくれよぉ、カイル」
「死を覚悟しろ、リファイラ」
会話が終わった。
と同時に、疾風の如き連撃と、剣の衝突。そのスピードは、見るものに残像を認識させることすら許さない。
「なんだあの速さ、全然目が追いつかねえ……」
斬撃が繰り返され、放電の火花が散る。
最早追いつくとかいうレベルではない。目の前での戦闘は物理的限界を超えんとしている。
「こんなに速いなんて……。あいつらはリンクしてないはずでしょ。あんなスピードが出せるはずがない」
「お、おい。それじゃ話が違うじゃねえか」
「改造したとしか考えられないわ。処理はあいつの中で完結してる」
「それじゃあ……」
まだ斬撃は続いている。が、突然、リファイラがカイルを蹴飛ばした。そのまま、カイルの身体は宙に浮いた。
「遅い」
光の筋が走る。金属が溶ける音がして、煙が立つ。
「私に一撃食らわせるとはな……」
ゴロン、と物が落ちる音。カイルは右腕を欠損していた。電流の漏れる右腕をぶら下げ、立ち上がる。
「あーあ、最強が聞いて呆れるぜ。わざわざ街を隔離することもなかったかもなぁ」
これみよがしにリファイラはため息をついた。しかも剣を回して遊ばせている。
「けど、空中で姿勢をイジるってのはなかなかだな。そうでないと胴体をヤラれてたからなぁ」
「やはり見えていたか」
藍川が、歯をきしみそうなくらいに噛み締めていた。
「……このままじゃカイルが負ける」
「なっ、そんな……!」
「火を見るより明らかよ。かなり差がある」
「じゃあどうすんだよ!」
「あいつがカイルを倒したら、部品を取っていくはずよ。特にコンピューターをね。そこを二人でやるしかない」
リファイラが左手の拳銃をしまった。
「もう良いんじゃねーのカイル? お前も悟ってるハズだぜ。スペックが追いつかねぇって」
「一つ質問をさせてもらおう」
「聞いてやるよ」
「どうやってそのスペックを手に入れた?」
「だーれが敵に手の内明かすかバカ」
「私はおおよそ、アンドロイド三人分のスペックだと判断したが」
わずかな舌打ち。そしてリファイラはカイルを睨み付けた。その目つきには一種の獰猛さすら感じさせる。
「……まあいいさ教えてやる。俺達は三人で情報をやり取りしているんだよ。擬似的にスペックを共有しているのさ」
「やはり、か」
「ま、いくらサイキョーのカイルさんでも、三人分のスペックになられたらお手上げってわけだろぉ?」
ニヤリとリファイラの口が裂ける。
「例えそうであったとしても、私に引き下がるという選択肢はない」
「ほう?」
「人類と社会の発展の為に」
「……うぜぇ」
銃声。カイルは右目を押さえ、よろけた。
すかさず、プラズマの剣が軌跡を走らせる。
その一瞬で、カイルはいくつもの空洞を開けられ、なす術もなく仰向けに倒れた。
「あの瞬間に十以上の攻撃だって!?」
カイルの胴体はもはや蜂の巣になっている。あれ程の攻撃を一秒足らずで終わらせるなど、考えられない。
「オーバークロックしてるわ……。本気を出せば、もう化物よね」
「オーバークロック?」
「一時的に定格以上の周波数でコンピューターを動かすの。無論、温度の上昇などがあるから、長くは持たないけど」
横たわるカイルにリファイラが近づいてくる。リファイラは唸る猛獣のような形相を見せ、レールガンを乱射する。
「あーあームカつくんだよなぁ、俺の大っ嫌いなセリフ! こいつを聞くくらいなら、お前とおしゃべりするんじゃなかったなぁ!」
銃声。カイルのうめき声。また銃声。また……。
「テメェらはいっつもさぁ、戦うときに、人類が社会が言ってるけどよ、そんなのちゃちなプログラムだろうが! 誰かさんに命令されてるってことだろうが!」
リファイラはカイルの腹部を嫌というほど踏みつける。
「テメェはじっくり殺してやる」
頭部を鷲掴みにし、握りしめる。
「ぐあああ!」
「ハハハァ! サイコーだなぁ、えぇ!? どーせなら他のお仲間も連れて行ってやろうかぁ!?」
俺は、震えていた。はち切れんばかりに拳を握っていた。
今まで、分からないこともたくさんあった。用語がいっぱい出てきて、アンドロイドとか、AVBとか、正直に言うと完全には分かってないと思う。けどこれだけは分かる。
こいつのやり方は、見ていて絶えられなくなるってことだけは。
「ちょっとあんた!?」
藍川の声も耳に届かないまま、俺はプラズマの剣を光らせた。