第四話:間違い
「堕落した三人を破壊するのは、私一人では到底不可能なのよ。だからあんたに協力してもらおうってわけ」
藍川はそんなことを言って、俺が協力することをせがんできた。
俺も、いくらでも泊まっていいと言った手前、断ることは出来なかったのだが、やはりアンドロイドの破壊というのには、多少なりとも恐怖を覚えざるを得ない。
もちろんアンドロイドは鋼鉄の塊だ。その上、アンドロイドたちは戦闘を考慮して設計されている、と藍川は言っていた。
戦闘能力が与えられているのは、街の治安維持のためらしいが、ただの人間ごときでどうにかなるものではない。
「んなこと言われてもなあ、俺は武器なんて何一つ持ってないぞ……」
俺の中にはスパコンレベルのコンピューターが入っているが、それでは物理的なダメージを与えることは出来ない。そのためにはちょうこがたなんたらみたいな代物が必要なのだ。
風呂場のドアが開いた。藍川が出てきたようだ。
「申し訳ないわね、夕食もごちそうになったし、お風呂まで借りちゃって」
「いいんだよ。俺が泊まっていけって言ったんだから」
「借りができちゃったわね。いつか返さないと」
「ところで、お前アンドロイドを破壊するんだろ。俺にも武器とかくれないと、戦闘できないぞ」
「心配しないで。あんたにはこれを渡すつもりだったの」
藍川はリビングから出ていき、家の外に置いてあったもう一つの段ボールを持ってきた。
「わざわざ段ボールに入れるなんて、カモフラージュに余念がないな」
「それは褒め言葉?」
「かもな」
「それはどーも」
無論、褒め言葉などではない。なんの連絡もなく押し込んできたことに対する皮肉だ。まあ、藍川が俺の連絡先を知っているはずもないのだが。
藍川は段ボールをテーブルに置き、開いてから、金属の箱のようなものを取り出した。ベルトが付いていて、どうやら背負えるようになっているようだ。
「それは? 武器ではなさそうだけど」
「とんでもない。これは最重要と言ってもいい、れっきとした武器よ」
藍川の声は今までのよりもどこか締まりがあった。そこまで破壊力のありそうには見えないのだが。
「これを背負ってみて。そうすればこれの重要性が理解できるから」
藍川が差し出した金属の箱を受け取って、背負ってみる。さして重量はない。
「で、別にミサイルとか出ないけど?」
「そいつをバカにできるのもここでおしまいね」
藍川がそう言うと、金属の箱から四つのアームのようなものが出てきた。俺が驚く間もなく、アームは手首足首と、関節を掴んだ。そして空気が吐き出されるような音がした。
「なっ、何だよこれ!? 勝手に俺の手足掴んで!」
「パワードスーツよ。それを装備すれば、かなりの腕力、脚力を与えてくれる」
「パ、パワードスーツ?」
「しかも、あんたのコンピューター処理能力を合わせれば、どんなスピードのものでも、一瞬で予測、回避が可能よ。逆にそれが無ければ、アンドロイドの動きにはついていけない」
藍川は段ボールから、もう一つ何か取り出したようだが、小さいのか、藍川の手に握られて隠れてしまっている。
「あと、これはオーソドックスなプラズマカッター」
藍川がポイと投げたそれは、握り手だけで、なんとも味気なく見えた。俺はそれを受け取る。
「カッター? これが?」
「そいつはあんたのコンピューターと連携していて、あんたが必要を感じた時に、自動で刃が現れるようになっているわ」
「こんなのから刃が? じゃあ試しに……」
「試すって、正気? 金属をあっさり切断するんだから危険……」
「あ、ヤバい」
藍川が言い終わる頃には、刃はとっくに、家の電球をものの見事に破壊していた。お陰で部屋は真っ暗だ。俺は急いで刃をしまう。
「あ、こ、こりゃあすごい威力だなあ、あはは」
「あんたってバカね」
「天性の、な」
成績が悪いどころか、こんなドジまで働くとはとんだマヌケだと、我ながら思った。
明かりは懐中電灯で代用した。しかし、もう寝るような時間だったため、大した痛手にはならなかった。
明日の朝は陽の光が入ることを期待しよう。もし雨が降れば真っ暗なままだが。
「もう暗いし、寝ようぜ」
「まあ、電球が壊されたのも、寝るにはちょうどよかったわね」
「けど部屋が余ってないな……」
「ああ、そうだったわね」
リビングと、俺の部屋と妹の部屋以外には部屋がない。あまり大した事のないアパートだから、仕方ないのだが。
「ベッドとか布団も余ってないしな……」
「私、このソファーで結構よ。結構フカフカだから寝るにはこれで十分よ」
「いや、お前は俺の部屋使えよ」
「え、そんな、申し訳ないわよ」
「お前がウイルスを除去してくれなかったら、俺ずっと低スペックコンピューター抱えたままだっただろ? お前のお陰だから、これはちょっとしたお礼だよ」
「な……」
ちょっとの間、藍川は硬直していたように見えたが、急にすましたように腕を組んだ。
「べ、別に、お礼される程のことしてないから。っていうかあんた私に協力するのよ? ちゃんと仕事しないとどんな怪我するか分からないんだからね?」
「そ、それは分かってるって」
藍川の態度が急変する様に、俺はたじろいでしまう。藍川は俺を指さして、むすっとしている。
「大体、私はあんたの部屋で寝るつもりなんてさらさらないから。女の子が男の子の部屋で寝るわけないじゃない」
「あ、それは悪かった……」
「とにかく私はソファーで寝るからっ」
「そ、そうか」
「布団はなくても毛布くらいあるでしょ?」
「ああ、あると思う」
「早く持って来なさいよ。私にちょっとしたお礼するんでしょ?」
「また命令口調かよ……」
しばらく普通の口調になっているなと思っていたのだが、また上から目線の藍川に戻ってしまったようだ。
できれば戻って欲しくなかった……。仕方なく毛布を取り出してやる。
「今何か言ったかしら? よく聞こえなかったけれど?」
「あー空耳じゃあないかなあ? 気のせいだと思うなー?」
「よろしい」
おいっ。よろしいってなんだよ。つまり聞こえてたのかよ。しかも発言がムカつく。
イラッとしたので、ちょっと意地悪してやろう。
「っていうかお前もお礼されたかったのか? 『私にちょっとしたお礼するんでしょ?』って」
「よ、余計なお世話だったのよ! わざわざ気を遣われるのは! いいからとっとと寝る!」
藍川は声を荒らげて、怒涛の勢いで毛布にくるまった。
「……俺も寝るか」
藍川に意地悪するのはこれで最後にしよう。どんな反応をするか予想がつかない。
「今日は大変な日だったな……」
身体も疲れきっていたので、ベッドに横になると、すぐに眠りについた。