第三話:決意
妹はよほど疲れていたのか、風呂を出た後十分もしないうちにベッドに潜った。なんとかバレずに済んでいるが、これから先が不安でもある。
適当にテレビを点けると、大手コンピューター企業のコマーシャルが流れてきた。
「AVBは、これからの人類の発展を牽引する存在であり続けるでしょう。テクノロジー社会の進歩と人類の更なる繁栄を、我々は約束します」
こんな大口をたたくことができるのも当然だろうと俺は思う。いや、ほとんどの人がそう思っているだろう。横にいた藍川が足を組み直した。
「AVBって何の略称か覚えてる?」
「俺がバカかどうか試してるのか? けどそれくらいなら俺でも覚えてるぞ」
「じゃあ答えてよ」
「Assembly Virtual Brainだろ?」
「そう。集合的仮想脳」
「小学生でも知ってるよ。最早常識レベルだ」
藍川はタッチパネルの端末を取り出して、テーブルに置いた。そしてホログラムが起動して、画像が投影された。AVBの写真だった。
巨大過ぎるほどの黒塊は宙吊りになり、いくつものLEDが鋭い光を放っている。藍川はその写真を見つめながら語り始めた。
「私達に埋め込まれたコンピューターから、思考パターンを収集しているのがAVB」
藍川はホログラム投影を止め、端末の画面を落とす。
「人間の思考パターンと演算を合わせることで、処理能力が飛躍的に向上した」
「それくらい分かってるって。俺が聞きたいのはその堕落したなんたらの話だよ」
「ああ、そうね。ごめんなさい」
藍川はすすっていたオレンジジュースを置いて、指を組んだ。
「AVBは自身の意志を代行させるアンドロイドを多数従えているけれど」
そこで言葉を切って、こちらに向き直った。
「そのなかで反逆を企てたアンドロイドがいるの。それが堕落した三人のアンドロイド」
「で、そいつらが俺にウイルスを仕込んだと」
「そう。あんたの行動を抑止するためにね」
「しかし、そんな危なっかしい奴らを破壊せずに放おっておいていいのかよ」
「最近までは国も血眼になって追っていたけれど、堕落した三人はすでにAVBとのリンクを断絶させられているから、もう探してないみたい。普段アンドロイドたちは演算処理をAVBに任せているから、リンクしていないアンドロイドなんて大した性能を持ってないわ」
テレビのチャンネルがニュース番組に変わった。荒廃地の実態についての特集だった。藍川はそれをつまらないといった具合で、頬杖をして眺めていた。
「私も昔はこの先進国に住んでたの。電脳化の進んだこの国にね。けれど、ある日両親はAVBにハッキングしようとした疑いで、私もろとも荒廃地に追放されたってわけ」
「ハッキングって……AVBに? 冗談だろ?」
AVBは現在の生活には欠かせなくなっている。天気、経済などの予測は全てAVBが行っているし、国民の脳内コンピューターのサーバーも兼ねている。
もしそれが破壊されれば、一瞬の内に社会は崩壊する。
「そう。そんなのは嘘よ。私の両親はAVBの管理における最高責任者だったから、そんなことはありえない」
「最高責任者って、とんでもない重役じゃないか……」
「だからこそ、狙われたのだろうけど」
「狙われた?」
「堕落した三人にとって、セキュリティの要である最高責任者ほど邪魔なものはないわ。だからデマを流して、追放させたってわけ」
「お前の目的って……」
「堕落した三人を破壊すること。これに尽きるわ」