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齋藤一明 小噺集

宿泊型サービスエリア

作者: 齋藤一明

 宿泊型サービスエリア


 今日もどこかで高速道路が延びています。日々成長を続ける高速道路網。世界地図を見る限り、いかにもちっぽけなこの島国ですが、北から南まで蜘蛛の巣のようにはりめぐらされて高速道路でつながっているのです。

 遠い町同士を短時間で行き来できろ高速道路ですが、欠点はあります。それは、自分で運転する車でなければ使えないこと。そして、運転疲れを癒す設備がないことです。

 特に地方路線には給油所すら夜間休業するところもあるのです。そんなサービスエリアでは深夜になると軽食すら食べられなくなるのです。どうしてかというと、利用者がいないから。わずかな利用客では採算がとれないのです。高速道路網が整備されるのか歓迎すべきですが、地方路線ではそれが当たり前の姿なのです。

 利用客不足のためにサービスエリア自体を閉鎖する動きがあり、仰天の発想で挽回した施設があります。今日はそれをご紹介しましょう。


 存続の危機を迎えたサービスエリア。そこは単に利用者の利便でけでなく、周辺住民の数少ない現金収入の手段なのです。かれらの収入を確保するという命題を与えられたのは、町の産業振興課長。

 彼の企画を知った町長は、あまりに破廉恥なことにおそれをなし、町民に諮りました。しかし他に妙案があるわけではなく、半ばやぶれかぶれにゴーサインを出しました。


 それは……。

 宿泊型サービスエリアの経営です。

 もちろん土産物を置き、軽食コーナーも復活させます。そしてレストラン。そこに仕切りを作り、内風呂付きの部屋を設置しました。

 それにより利用者数が激増、高速道路利用者数も激増しました。



 町おこしの視察をすませて帰る途中の役場職員がいました。

 視察を終えたのは夕方近く。すでに五時間運転してようやく半分の道のりです、順調に走っても夜明け前の中途半端な時刻に到着します。疲れていることもあり、どこかで時間調整をしようと考えていました。


 あと二キロ先にサービスエリアの案内表示があります。燃料も心細くなってきたので給油を兼ねて休むことにしました。

 ランプウェイを上りきった先が左に曲がっています。その先が広い駐車場になっている……はずなのに、大きなのれんがかかっていました。

 駐車場にはおじさんが……。駐車車両のナンバーに目隠しの板を立てかけています。


 ???


 同僚と二人して、顔を見合わせても何もわかりません。

 なんか妙な気分のままレストランで食事をしました。すると、食事を終えるのを待っていたかのように仲居風の店員さんが来たのです。


「お客さん、遠くから来られたのですか? そうとうお疲れのようですが、どちらまで?」


 二人とも仕事の関係で人見知りはしません。むしろ積極的に声をかけるほうですので、店員さんに相槌を打っていました。


「そうでしたか、まだ五時間もかかるのですか、大変ですねぇ」


 店員さんの目が少し鋭くなりました。


「奥様もほら、お疲れの様子ですよ。女ってねぇ、いつも運転しないから楽してるって言われるんですけど、トイレだって我慢することが多いのよねぇ」


「あのう、僕たち夫婦じゃないですよ。二人とも独身なんです」


「あら、あらあらあらあら。まだ二人とも……。それでここに……」


「どういうことですか?」


「え? いえいえ、ただねぇ、この先は過労運転撲滅の重点取締り路線なんですよ。あまりに違反者が多いのでね、お前のところにも責任があるって警察がうるさくて。……どうかしらお客さん、二時間ほど休憩されたら。うちは天然温泉ですから肩こりもほぐれますよ。邪魔な人目はありませんし、彼女だって安心できるんじゃないですか?」


 たしかに四時間くらい時間つぶししたほうが都合がよいのですが、どうしたものかと相棒の高橋さんをうかがいました。


「そうしましょうか、田中さん。まだ運転してもらわなきゃいけないし、事故でもおこされたらもっと困るし」


 高橋さんはバッグを手に立ち上がりました。


「そういうことなら……」


 店員さんについて廊下を進みます。レストランからほんの少し奥に入っただけなのに物音が響いてきません。自分の足音さえ床のカーペットに吸い取られてしまいます。


「こちらのお部屋です。お風呂は自動的にお湯張りをしますので……。それと、ウェルカムドリンクをどうぞ。この辺りにしかない特産品で、マムシとスッポンのエキスをアロエ汁と混ぜた、飲みやすいドリンクです。よく効きますよ」


 店員さんは、提げていた篭から小瓶を二本テーブルに置きました。


「あれは枕元に……。どうぞごゆっくり」


 音をたてずにドアが閉まりました。

 ほとんど同時に『お湯張りが完了しました』というアナウンスです。

 部屋はキングサイズのベッド、落花生の殻のような形をしたソファー、そして小机に大画面テレビがあるだけの、ビジネスホテルと同じような広さで、どの壁にも柔らかそうな布がカーテンのようにかかっていました。


「田中さん、天然温泉らしいわよ。お先にどうぞ」


 職場ではあまり親しげな口をきかない高橋さんですが、慎ましやかに先を譲ってくれました。

 先に風呂をつかわせてもらい、テレビでも見ようかとリモコンを探りました。


 ジーーー。

 微かな音とともに一角のカーテンが開きました。

 今まさに高橋さんが湯船に浸かっているのが丸見えになっています。しかも、こっちに顔を向けている高橋さんは見られていることに気付いていないようです。

 慌てて元に戻そうとしてもどこを押せばよいのかわかりません。あたふたしている間に高橋さんがこちら向きにシャワーを使い始めました。

 あっちこっち触った結果、なんとか高梁さんには知られずにすみました。


 風呂で温まったのと慌てたので咽がかわきます。せっかくのドリンクです、ありがたく一本づついただきました。

 高橋さんが手持ち無沙汰なようなので、テレビのリモコンを入れました。すると、大画面いっぱいに男女の交わる姿が映しだされました。


 これは海外からの配信ですので、お客様がご覧になる限り違法ではありません。


 ご丁寧にテロップが流れますが、一切のボカシがありません。チャンネルを変えようとしたら、天井の照明が消え、ピンク色のサブライトに切り替わりました。

 別のチャンネルボタンを押せば、こんどは枕元から棚がせり出してきます。しかも中には大人のおもちゃが……。


 困り果てて内線電話を取りました。


「延長ですか? お泊りになさいますか?」


 のんきな応答です。すぐに部屋を出たいと訴えましたよ。


「公社の規定で、時間内は出られません」


 ドアを開けようとしました。ですが、空回りするだけです。

 そうこうしているうちに、ムクムクと……。

 高橋さんも目を潤ませてため息ばかりついています。



 部屋へ入って二時間後、私は内線電話を取りました。


「お帰りですか? 延長ですか? お泊りになさいますか?」


 笑いを含んだ応答にきっぱり答えました。


「……お泊りにします……」


 その1 終わり。


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― 新着の感想 ―
[一言]  大人の話だから許しましょう。  こういう風に書かなければいけない。  だってアダルト系の攻撃に遭って落ち込んでいる私が読めたのだから。  どうしても人がやらなければいけないことだから…
[一言] ラブホテル化してました。確かに需要はありそうです。
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