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3話 『無差別失血殺人事件』1

空では月が輝き、地では人が血を流す。

手首からドクドクと血が流れる。

‐殺し屋と殺人鬼。それは似て非なるもの。殺し屋は仕事で人を殺す。だが殺人鬼は……

血は生命だ。つまり私の目の前の人物は生命を垂れ流していることになる。

‐殺人鬼は欲望で人を殺す。殺したいから人を殺すのだ。結果は同じでも原因が違う。これは大きな違いだ。

それを私は助けない。傷は深いが致命傷ではない。傷口を塞いで病院に運べば目の前の人物は助かるだろう。しかしこのまま出血が続けば、出血多量で死に至る。

‐殺し屋、殺人鬼……さて私はどっちだっただろう?

ドクドクと血が流れる。

目の前の人物の顔から血の気が引く。

あはは、文字通り血の気が引いて顔が青く染まっていく。

‐どちらかは絶対に駄目だ。社会がそれを認めてくれない。世界がその存在を許さない。それを私はよく知っているはずなのに。

楽しい。人の生をゆっくりと死に変える作業は楽しい。

その過程を見るのが非常に楽しい。

これで何人目だっけ?

そこまで多くないと思うのだが、どうしてか思い出せない。

思い出す気もしない。だって……

‐どちらでもいいか。だって……

だって私は今最高に楽しいのだから!

「あは、…………あはは。           ああああはははっはははっはああはははははあははあはは!!」

狂ったように私は笑う。

実際狂っていた。

あぁ、あと何人殺したいの?

あなたはあと何人殺したいの?

問いかけるが応えてくれない。

それならそれでいい。

あなたが応えてくれるまで私は殺し続けるから!


‐私に理性は欠片しか残っていない。だからどうか殺してください。理性がない私を殺してください。今の私は私であって私ではないのです。だから殺してください。


私の理性が何かを訴えたが、気にはしなかった。

さて次はどんな獲物にしようかな?



どたどたどたどた。

『だ、駄目だよ!郁さん!そんな格好で、陸君驚くよ!』

『それが狙いだよん、立夏ちゃん。この格好で陸に朝からモエモエさせるのだ』

『も、モエモエ?それって何ですか?』

『簡単に言うとね、陸を誘惑するってことさ』

『だ、駄目ー!!』

……朝からやけにうるさい。

この声は……郁さんと立夏か。

そうか、郁さん帰ってきたのか。

仕事はうまくいったのかな?

まあいい。僕には関係ないことだ。今はただ眠りたい。

朝といってもまだ早朝のようだ。

僕の身体がまだ起きる時間ではないと告げている。

だから僕は寝る。御休み全人類。

バタン。

「おっはよーん!陸、元気にしてた!?私は超元気だよ!」

超元気だった。

「駄目!郁さん駄目だからね!」

お前もうるさいんだよ。

何だこれは?新手の嫌がらせか?

僕はそれらの音が聞こえないように布団を深く被った。

「陸ぅ。起きてよ。起きて一緒にモエモエしようよぉ」

「ダメ!絶対ダメ!」

ドラッグを禁止するポスターのようなことをいう立夏。

何がダメなんだ。

というかモエモエするって何をするんですか?郁さん?

「起きなさい、陸。これは命令ですよ!」

「……そんな命令は聞けません」

更に深く潜る僕。

二日連続で朝早くなんて起きれるか。

今日は普通に起きて、普通に学校に行くんだ。そう今決めた。

はい、これ決定事項。

もう覆らないからね。

「ぶー、起きてよ陸。あなたの為に用意したんだからね。陸が好きだって言うからわざわざこんな格好しているんだよ」

「……こんな格好?」

ちょっと興味が湧いた。

僕は布団の隙間から、郁さんには気づかれないように、ちらりと様子を見た。

……ひらひらの黒のレースのようなモノが見えた。

僕はそれを見なかったことにして、更に深く布団を被った。

僕は何も見ていない、僕は何も見ていない。

僕は寝ていたんだ。僕は何も見ていない。

「いやん!今ちょっと見たでしょ?」

勘付かれた?

いや、そんなことはきっとない。郁さんは僕に鎌をかけてみただけだ。

きっとそうだ。

「どう?お姉さんのゴシックロリータ?萌えた?」

「萌えてない」

あ、見てないことにしたのに、応えてしまった。

「ちら見なんて犯罪チックな見方をするからだよ。ちゃんとまじまじと見て。私をその眼で犯して」

「十八禁だよ。その台詞」

これ以上郁さんに卑猥な言葉を言われても困るので僕は仕方なく起きることにした。

身体を起こす。

郁さんを見るとインパクトで全て、何もかも意識がそっちに行ってしまうだろうと推測し、僕は先に目覚まし時計を見ることにした。

04:08

「……」

昨日よりも一時間も早い。

早い。早すぎる。

もう人生が嫌になるぐらい早い。

あー、これだけで鬱なのに、更にその上にあの衝撃を受けないといけないのか?

僕は郁さんの方を見た。

「いやん」

黒いひらひらのドレスのような格好。

よくは知らないが郁さんがゴシックロリータというのなら、その格好なのだろう。

いや、可愛いけどね。

でも二十過ぎてからする格好ではない。

いや、似合うけどね。

漆黒の髪に漆黒のドレス。

それに端正な顔立ち。

それは綺麗で非常に魅惑的だが、性格が郁さんだとわかると何でか全てが霞むんだ。

「萌えたでしょ?」

「萌えません」

「うん?おかしいな?陸がこういうの好きだって聞いたんだけど?」

「玖浪だね?それを言ったのは玖浪だね。よし我慢の限界だ。殺してくる」

僕は近くに置いてあったドローイングナイフを手に取った。

投擲用のものだが構わない。

原因は違っても結果は一緒だ。

「落ち着きなさい、陸。今玖浪を刺しても私がすぐに戻すよ」

「あう」

「それに陸じゃ、いや誰であってもだけど、返り討ち間違いなしだしね」

「あう」

ぐうの音も出ない。

就寝中の玖浪なら一太刀いれることは出来るかもしれないが、その後ボコボコ間違いないだ。

うん。冷静になった。

「僕は昨日から何回この弁解をしているかわからないけど、あえて言おう。僕はロリコンじゃありません!」

「えー、違うの!折角知り合いのつてで急いで取り寄せてもらったのにぃ」

「無駄な努力ご苦労様。じゃあ、用件は終わりでいい?こんな時間だから僕もまだ眠いんで」

「陸。私がそれだけの用件で陸を起こすような馬鹿だと思う」

「思う」

「しょっく!私しょっくだよぉ!私はお調子者だけどそんな馬鹿じゃないもん!」

それは初耳だ。

そしてとてもじゃないが信用なら無い言葉だった。

「あー、わかったっす。もうさっさと用件済ましてください」

朝からこのハイテンションにはついていけない。

さっさと用件を聞いて去ってもらうのが得策だ。

「あーん、そんな冷たい陸もすてきよん」

くねくねするな。

ほら、立夏がもう少し……いやかなり引いているぞ。

僕も結構引いているしね。

「じゃあ、用件を言うよ……と言いたいところだけどね。やばめな話なんで立夏ちゃんは席を外してほしいんだよん」

「え?」

「やばめな話かよ」

郁さんがやばい話というなんて、きっとろくな話ではないことがわかった。

よし、断ろう。

「あのね、郁さん。僕だって恐怖とか感じる人間なわけで、そういうやばい話は出来るだけ受けたくないんだよ」

確かにちょっとした刺激は欲しいが、行き過ぎた刺激は要らない。

僕は今の世界に割りと満足しているしね。

「あ、そういう意地悪なことを言うんだ」

「意地悪なことって、僕に断る権利があってもいいと思うけど」

「うん。陸に断る権利はあるね。そういえば陸。この部屋、どういうわけか暑くないかなぁ?」

「暑くないだろう」

今は十月だ。お世辞にも暖かいと言える陽気ではない。

「この服のせいかな。陸も気に入らないって言うし……脱いじゃおっかな?お姉さんここで脱いじゃおっかな?」

「話を聞きましょう」

郁さんは本当に扱いにくい。にくいではなく、扱えないか。

逆に僕は非常に扱いやすいんだろうな。

僕の主観からそう思うんだから、客観的に見るともうこんなに扱いやすいやつはいないんじゃないか?っていうぐらいだろうな。

「だから秘密の話なんだよぉ。うーん。ここじゃなんだし、ファミレスでも行って話そう。私まだ夕飯食べてないしぃ。デート気分で行こうよぉ」

デート気分は勘弁してもらいたかったが、逆らうことは出来そうになかったし、立夏を巻き込まないことは僕も賛成だったので従うことにした。

とりあえず、郁さんと立夏には僕の部屋から出て行ってもらって、ものの数分で着替えを終える。

いつまでその話に時間がかかるか不明なため、私服ではなく制服で臨むことにする。勿論ナイフ一式も忘れずに。

着替え終わり廊下に出ると、そこには立夏が立っていた。

不安そうな表情を浮かべながら。

「うん?どうした?」

「あの陸君……危ない話みたいだけど」

……あー、心配しているのか。

僕の周りに真剣に僕のことを心配してくれる人間なんて今までいなかったため、その回答に至るまでに数秒かかった。

「まあ、大丈夫だろ。郁さんもそんなに無茶な話を持ってこないだろうし」

「そう?ならいいんだけど」

「それより、能力のほうはどうなの?今日もこの様子だと徹夜?」

「あ、うん。えへへ、今日は郁さんがずっと見ていてくれたの」

「あー、そりゃ大変だったね」

「そうでもないよ。郁さん、割とまともに付き合ってくれたし」

今の会話は『割と』というところがポイントだ。

うん、まあ。立夏が迷惑に思っていないのならいいか。

「それじゃあ、僕は行くね」

「うん。気をつけてね」

僕は立夏との別れの挨拶を交わし、階段を降りて一階へ。

玄関では郁さんがまだかと首を長くして待っていた。

さっきのゴシックロリータとかいう格好で。

「着替える気なしかい!」

「うん、結構気に入っちゃった。じゃあ用意も出来たんで、レッツゴぉー」

「着替えろよ!」

「え?ここで脱いでいいの?」

「このまま行きましょう!」

ここで脱がれるぐらいならこのままの格好で出掛けたほうがマシだ。

……マシか?

でもこのまま脱がせたら着替えないでそのまま行くとかも言い出しそうだから、しょうがなく妥協した。

「あれ?制服着ていくのん?」

「そうだけど、何か問題でも?」

「折角のお姉さんとの外食なんだから学校ぐらい休んでよぉ」

「外食ぐらいで学校休めないでしょ?」

僕は普通の学生を装って生活しているのだ。

皆勤賞を狙っているとかそういうわけではないが、出来るだけ真面目に学校は行きたいと思っている。

「でも、今日の話はちょっと長めになるかも。だから学校には間に合わないかもぉ」

「それって……今が四時だから、四時間以上の時間がかかるっていうこと?長すぎじゃないか?それ?」

「私の食事の時間も数えるとそれ以上じゃないかな?」

「それを外せ」

と喋っている時間ももったいないので、さっさと出掛けることにした。

果たして僕は学校に遅刻せずに行くことが出来るのだろうか?

その確率は……まったく計算が出来なかった。


僕が急かしたので、ファミレスまでは走っていくことになった。

飛ぶように走る僕ら。

行きつけのファミレスまでは結構な距離があるのだが、走っていったので三分で目的地に到着。

昨日と同じで僕も郁さんも息は上がっていない。

汗もかいていない。

「あーん、この格好走りにくかったぁ」

「なら着替えればよかったでしょ」

「だって陸、萌えるでしょ?」

「萌えません」

「走ったときにひらひらっとスカートがめくれて萌えたでしょ?」

「萌えません」

無視してファミレスに入る僕。

うしろで、「あーん、待ってよぉ」とか言う声も無視する。

「いらっしゃいませ。何名さ……まですか?」

郁さんの姿を拝見して一瞬絶句する店員。しかし彼もプロだから、すぐに営業スマイルに戻った。

「二人」

「喫煙席、禁煙席とございますが?」

「禁煙」

制服姿で喫煙席に案内するのはどうかと思うが。

ともかく僕と郁さんはタバコを吸わない健全な人なので禁煙席をセレクト。

「こちらでございます」

ちらちらっと横目で郁さんを確認しながら店員は僕らを席へと案内した。

うん。それは気になるよね。

見た目は超綺麗で、超可愛いからね。

でも性格はハイテンションでついていけないから、あまり幻想は持たないほうがいいよ。

「ご注文がお決まりになりましたらお手元のボタンを押してください」

席に案内され、お決まりの台詞を言って店員は去っていった。

さて、話が先か食べるのが先か。

僕の学校のことを気にしてくれるなら、前者なのだが。

「もう私おなかぺこぺこ。陸も好きなの頼んで良いよ。今日は私の奢りなのだぁ」

そんなもの微塵も気にしていなかった。

いや少しも期待してないけどね。

「僕はソフトドリンクだけ。朝早くからそんなに重いものを食べれないし……あ、サンドイッチぐらい頼もうかな?じゃあ僕サンドイッチとソフトドリンク」

「はいはい。じゃあボタン押すね」


ハンバーグ定食、カツ丼、スパゲティ、ラーメン、サンドイッチ、フライドポテト……etc

まだまだ続くのだが一部省略させてもらって、以上郁さんが頼んだメニューである。

いつも思うんだが、その細い体のどこにこれだけの量の食料を入れることが出来るのだろうか?

謎だ。そして謎は謎のままにしておこう。

郁さんは大食いだが早食いではないので、全てのメニューを食べ終わるには一時間以上の時間がかかった。

つまり今の時間は五時半。

その時間になってようやく郁さんは僕への用件を話し始めた。

「陸、最近は暇してるの?」

「暇じゃなかったらそこで話は終わりにしてくれるの?」

「いやしないけど。私なりに気遣いしてみたの」

「余計な気遣いは結構。さっさと用件に入りましょう」

「そう?じゃあ、はい資料」

テーブルに十枚ほどの紙の束を置く郁さん。

「資料って何の資料?」

「何って仕事のだよ」

「仕事って参乃川のだよね」

「そうだよん」

つまりは殺し屋の仕事。

「何で僕のところにそれを持ってくるんだよ?郁さんが頼まれたんだから郁さんがやるのが筋って言うものだろう?」

「それは正論だね。でも、この仕事はそう単純じゃなくてね」

郁さんは紙の束をさらに僕の方へと押し付けた。

見ろということか。

「簡単に言うと手を貸して欲しいんだよぉ」

手を合わせて、首を傾げて、『お願い』と懇願してくる。

そんな頼まれ方をしたら僕だって手を貸してあげたいのだが……

「まあ、仕事の内容にもよるね」

僕はその資料を手に取った。

ペラペラ。ペラペラ。

一通り目を通す。

「で、どう?受けてくれる?」

「資料の説明よろしく」

「えー!何で!?今読んでたじゃない!」

「僕はモノを読んで理解するのが得意じゃないんだよ。いいじゃないか。手を貸せと頼むんだから内容の説明ぐらいしてくれても」

そう、目を通したがほとんど頭に入っていなかったりする。

資料の内容は何かの事件の被害者の情報だった。

被害者の名前、年齢、性別、そして殺され方。それらの情報が三件資料には書かれていた。

というのはわかったが、それでそれがなに?

「資料に書かれているのは被害者の情報ね。第一の被害者。明野清隆アケノキヨタカ。年齢23。性別男。職業フリーター。一週間前、路地裏で死んでいるのが発見される。死因は失血死。傷は手首にしかなかったからそこが死んだ直接の原因になる傷っぽいね。で何か質問は?」

「他に傷跡は?」

「全くなし。頭を殴られた後も、首を絞められたあとも、気絶させられたような痕跡は全くないよ。ついでに縛られた後っていうのもない」

郁さんも着眼点は一緒か。

僕が聞きたいことを郁さんはよくわかっている。

「それを踏まえて質問はある?」

「被害者が助けを呼ばなかった理由は?」

手首からの出血が原因の失血死。

足を切られたのではなく手を切られたのなら、移動は出来る。わざわざ人が見つかりにくい路地裏で死んでいた理由がわからない。

路地裏で切られたなら、逃げ出して助けを呼べばいい。しかし話を聞く限り、その痕跡がない。

外傷が他にないのだ。

逃げ出そうとしたなら加害者は他の傷もつけただろうし、大声で助けを呼ぼうものなら口を塞ぐぐらいはしただろう。

そういう痕跡が全くない。

被害者はただそこで静かに死んでいた。

他に外傷もなく、ただ静かに……

「自殺じゃないの?」

そう考えれば、しっくり来る。

「被害者の周りに切れそうな刃物はなし。もち被害者も刃物を所有していなかったんだよ」

「それでもさ、どこか別のところで手首を切って、路地裏で死亡。これならどう?」

「無理。血痕が残ってない。言ってなかったけど、被害者はどうやらそこで手首を切られ、そこで死んでいったの。何も動かず、ただ静かに、ね」

何?そのミステリーな事件。

え?もしかして?そのミステリーな事件を解決しろとかそういうこと?

おかしくない?

僕ら殺し屋だよ。

「二番目、三番目の被害者もだいたいそんな感じ。人気のないところで殺されている。そして失血死。もち、傷は一箇所手首のみ。そして加害者は不明と。あ、被害者に共通点は全く無しだから。通り魔的犯行と見ていいと思う」

「加害者は一緒かな?」

「一緒だと依頼者は思っているわね。模倣犯という線はないし。報道規制しているから。どう見てもこれは異常な力を持っているものの仕業。だから私のところまでこの話が来たっていうわけ」

「……報道規制。異常者。今回の依頼は一般人じゃなくて国かよ」

たまにそういう話が来る。

普通の人間では対応しきれない事件、凶悪犯罪や異常な犯罪者などを僕らのような異常な殺し屋に始末してもらうのだ。

うわ、本当に厄介な仕事だな。

「……まあそれでいいや。わかっていると思うけど、加害者の情報は無し。こんな面倒な事件私じゃ解けないと思うから、お願いだよ。陸。手伝って頂戴よぉ」

「加害者の候補は?」

候補もなく加害者を探すのは不可能だ。

僕は殺し屋であって探偵じゃない。

そういうスキルは持っていないのだ。

「……全くないね。加害者、痕跡を全く残していないんだもん。完璧だよ。プロの仕事じゃないかな?」

「あー、じゃあ無理っす」

至極もっともな意見である。

人には得て不得手がある。

自分で言うといやらしいのだが、僕は戦うことに関しては天才的だ。しかし、そういう頭を使って犯人を追い詰めるとか、また犯人を探し出すとか、そういうのは苦手だ。僕のキャラではない。

そういうキャラは僕の知り合いの中では玖静かな?

「そう言わないで。適当にそれっぽい人を見つけたら、私に連絡するだけでもいいからさ。出来れば、その殺人鬼を捕まえてね。あ、あと捕まえるの限定だから。殺しは無し。だから私のところまで依頼が来たんだしね」

「いや、この仕事受けないし!無理でしょ?どう考えても、犯人までたどり着けないって!情報が少なすぎるよ!」

「というか犯人の情報に関しては何にもないからね」

そしてコロコロと笑い始める郁さん。

いや笑い事じゃないし。

あんた自分じゃ全く犯人捕まえる気がないだろう?

「依頼料はちゃんと払うよ。折半でどうかな?私百、陸百でどうかな?」

「それは、やけに奮発したな」

依頼料は二百万もとったのかよ。

後払いだろうけど、こんな高額な依頼、確かに解決しないことには参乃川の名が廃る。

とは言うものの、見つかるかなぁ。犯人。

もう少し情報が欲しい。

新たな被害者が出れば、もしかしたら加害者の情報がわかるかもしれないが、そんなことを望むのは人間としては最低だ。

まあ僕は殺し屋という人間として最低の職業に就いているので、その最低の行為を望んでもいいのである。

新たな被害者出ないかな?

「とりあえず、この『無差別失血殺人事件』。受けてくれないかな?」

「うーん」

達成したときの依頼料は魅力だが、解決不可能だからな。

「ねぇ、頼むよぉ。陸が何の情報も得られなくて、私が解決しちゃった場合でもお金払うからさぁ。手伝ってよぉ」

「え、本当にそれでいいの?」

「いいよぉ」

ラッキー。

それならいつもどおりに生活して、後は適当に郁さんが事件を解決してくれるのを待っていれば、それで百万円が僕の手に。

こんなにおいしい話はない。

「それでいいなら受けるよ」

「え?本当?やったぁ!じゃあ怪しそうなやつを見つけたら、連絡。または捕まえてね?」

「了解」

そんなのする気さらさらなかったけど。

僕は郁さんが引き受けた『無差別失血殺人事件』を名目上手伝うことにした。


受けようが受けまいが、結果は同じだっただろうけどね。


遅刻はしないで済んだ。

一応真面目で、優等生とは言わないが、まあそういう生徒を演じているので遅刻せずに済んだことは嬉しい。

朝は昨日と同じように玖静と話す。

昨日は散々いじられたので、今日は逆に僕がいじってやった。

へん。燐那の姉の蘭といちゃいちゃしているからだ。

普通に授業を受けて、普通に昼飯を食べて、また普通に授業を受ける。

そうやってすぐに放課後になった。

さて、今日も燐那と稽古だ。

刃物はまだ調達できなかったんで、また体術だけしか教えることが出来ないが、まあそんなに急ぐことじゃないしね。

のんびりいこうじゃないか。

屋上へ向かう。いつもの屋上へ。

扉のノブに手をかけ、思いっきり回そうとしたところで、扉の向こうから声が聞こえた。

先客がいたのだ。

珍しいな。この屋上に僕ら以外で使用している者がいたなんて。

何をしているんだろうか?

僕は先客に気づかれないようにこっそりと、「ぎー」という音が鳴らないように慎重に扉を少し開け、屋上の様子を伺った。

男子生徒が一名、女子生徒が一名、そこにはいた。両方とも僕の知らない人物だった。

男子生徒は、普通の生徒だな。多少顔はいいが、如何せん特徴がない。

僕は男子生徒を更に詳しく観察した。

ふむ、あの筋肉のつき方だと運動系のクラブには入っていないな。文科系か、もしくは帰宅部だろう。と、服の上からそこまでわかる僕は流石に人間離れした観察力だと思う。

男子生徒は何故そういう状態なのかはわからないが、ともかくがちがちに緊張していた。

顔がほのかに赤いのは夕日のせいじゃないだろう。

さて、女子生徒だが、驚いた。彼女はかなりの美人だった。

端正な顔立ちに栗色の長い髪の毛はよく似合っていて、お世辞抜きで綺麗だ。

スタイルも良く、肉のつきもいい。

かなり強い。

うん?強い?

何で僕はそんなことを思ったんだ?確かにいいプロポーションをしているが、いや強いって何だよ?

僕の観察力もおかしくなったか?

まあ服の上からだし、ある程度誤差があっても仕方がないか。

男子生徒に比べると、女子生徒の落ち着き具合は異常だった。

どういう理由で二人がここにいるかまだわからないが、二人の態度は明らかに違いすぎる。

がちがちに緊張している男子生徒に、冷たい視線を送る女子生徒。

まるで住んでいる世界が違う。ように見える。

僕にはそう見えた。

住んでいる世界が違う二人。そんな二人がこんなところで何のようだ?

早く終わる用事なら早く終わらせて欲しい。

後が詰まっているのだ。

長引くなら長引くで燐那に今日の稽古は中止だと伝えなきゃいけないし……というかいつまで見つめ合ってるんだ?この二人?いい加減にして欲しい。

「あ、あの!」

先に声をあげたのは男子生徒。

それはそうだろう。

状況から推測するに用事があるのは男子生徒のほうで、女子生徒に用事はないのである。

そして女子生徒の態度を見る限り、彼女は自分から絶対に何も言わない。何も訊かない。そういう雰囲気を醸しだしている。

「ご、ごめんね。こ、こんなところに、よ、呼び出して」

緊張しているのはわかるが、ドモリすぎだ。

おかしくて笑いそうになるのを必死になってこらえる僕。

「じ、時間とか大丈夫?い、急いでない?」

「……」

時間を気にするならさっさと終わらせてくれ。燐那が来ちゃうだろ。

「あ、あの……その……」

「用件は何?」

あ、イラついている。

用件を一向に言わない男子生徒に、女子生徒はいささかご立腹のご様子である。

「あ、ご、ごめん。急いでた?」

「用件は何?」

前言撤回。いささかどころではない。

かなりご立腹だった。

女子生徒の周りだけ温度が低いような、静かな怒り。

うぅ、男子生徒にちょっとだけ同情した。

こんな怖い女に何の用があるっていうんだよ?

「あ……あの、その、……す、す、す」

す、す、す、するめ?

とアホな連想をしてしまった僕。いかん馬鹿だ。

「好きです!付き合ってください!」

ドモルことなく、大声で男子生徒は言った。

隙です。突き合ってください?

それはまたアクティブな会話だな。

……また馬鹿な連想をしてしまった。本当にアホだ。

さて、どうやら男子生徒が女子生徒に告白したらしい。

マジでカ?

この男子生徒なよなよしていて頼りないと思っていたのだが、実は勇者だったらしい。

こんな恐ろしい女に告白するなんて普通じゃない。

確かに女子生徒は綺麗だ。だが、性格はどう見てもSサド

僕は遠慮したい。若干マゾっ気があるのだが遠慮したい。

「……」

「あの……七海さん?」

いつまで経っても女子生徒は答えない。

それどころかさっきから眉毛一つ動いていない。

まさか今の大声の告白を聞き逃していたわけではあるまいな?

女子生徒は動かない。たまに瞬きをするだけ。ただそれだけ。

何も言わない。

何も答えない。

動揺している素振りもなく、考えている素振りも全くなく、ただ動かない。

瞬きを繰り返すだけ。

何を、やっているんだ?

「ななう……」

それは突然だった。

男子生徒がトスンと膝を地に着けたのだ。

あまりの緊張で膝が抜けてしまったのかと思ったが、様子がおかしい。

男子生徒の目は虚ろで、緊張状態というよりは呆けているようだったからだ。

何だ?何が起こった?

僕の状況判断が終わるよりも先に、女子生徒が動いた。

自分の上着のポケットに手を突っ込み、取り出したのは……ナイフだった。

刀身が鞘で収まっているので見えないが、見間違えるはずがない。

ナイフ使いの僕が見間違えるはずがない。

何をするつもりだ?と考えるのはもう無粋な話だ。

決まっている。殺すのだ。目の前の男子生徒を。

何のために?そんなことは知らない。そんなことは今考えることじゃない。

問題は僕がどうするかだ。

目の前でこれから起ころうとする惨劇を止めるか否か。

数秒考えて僕は、止めることにした。

理由は惨劇が起こった場所でこれから稽古するのは嫌だったからだ。

全く告白もそうだが、やるのなら他の場所でやって欲しい。

僕は扉を豪快に開け、自分の存在をアピールした。

必然女子生徒は僕の方を向く。

「誰?」

ナイフを持ったまま、しかしその刀身はまだ見せていない状態で彼女は僕に訊ねた。

「誰、か。そうだな、僕は通りすがりの正義の味方だ」

「嘘」

「嘘じゃない。現に君に殺されそうな彼を助けようと、わざわざ出てきたんだから」

「……ふん。こんなに血の匂いが強い正義の味方がいるわけがないでしょ」

ほう。どうやら彼女は同業者のようだ。

僕の異常性が彼女にはわかるらしい。

「もう一度訊くわ。誰?」

「参乃川陸。わかっているかもしれないけど、殺し屋だ」

「参乃川……『十死』の三番目。惨劇屋。数の参乃川ね」

そこまでポンポンと単語が出てくるなんて、やっぱり彼女もこちらの人間だった。

「それで?君のほうの自己紹介はないの?」

「……そちらが参乃川で名乗るのなら、私も本名で名乗ったほうがよさそうね。私は七夕織音タナバタオリネ。七夕の名前を聞けばわかるかもしれないけど、一応言っておくわ。私も『十死』よ」


日本で認められている十の殺し屋組織。

壱慈玖から始まって弐解ニホドキ、参乃川、屍祈シキ、五番目は僕は知らなくて、ついで六番目、六道、七八九もやはり知らなくて、十輪で終わる『十死』。

僕の知らない七番目の十死。

七夕と彼女は言ったか?

……変な名前だな。

七番目だからって七夕はないだろう。小学校の時とか絶対それでからかわれたと思う。

あぁ、だから彼女は本名を隠していたんだ。

納得納得。

「……その目、私を馬鹿にしているの?」

「生まれつきこんな目だよ。別に馬鹿にしているわけじゃない」

実際はしていたかもしれない。

馬鹿にしていたわけではないが、七夕なんて名前かわいそうだと、憐憫の目を向けていたかもしれない。必死に隠してはいたが、しかし僕は隠し事が苦手であった。

「確かに私は七夕であなたは参乃川。順位的にはあなたのほうが上でしょうね」

「順位だなんてそんなもの、十死にはない」

それは本音でもありたわ言でもあった。

十死には順位など存在しない。名前に番号が振ってあるがそれはただ単に記号であり、それが順位を示しているわけではない。

というのが表向きの話で。

実際には壱に近いほど脅威があると思われている。

だから僕も、参乃川から下の順位にいる組織の名前をいちいち覚えていなかった。

屍祈と六道は別だ。この二つは特に呪われた血筋。

十死の中でも特別異常な血筋。だから覚えている。

「十死に順位なんてものはない。それは正しいようで正しくない。実際には優劣は存在するわ。どんなものにも優れているものと劣っているものがあるのよ。ただし」

彼女は一呼吸置いて、

「七夕が参乃川に劣っているとは思わないわ」

と自信たっぷりに言ってのけた。

「おぉ、今の台詞なかなか格好いいね」

「……やっぱり馬鹿にしているの?」

「そんなことないって。君の言うとおり今の参乃川は数が多いだけで、正直殺し屋としてのレベルは確実に下がっているからね。ただし」

格好良かったので僕も真似してみた。

「君が僕よりも優れているとは思わないね」

「……言うじゃないの」

「まあ実際は手合わせしてみないことには真の実力なんてものはわからないんだけどね」

僕は昨日燐那に見せたお気に入りのナイフを取り出した。

「あら?やりあうつもり?」

「君がそのつもりがないなら遠慮したいけどね」

「じゃあやめましょう。戦う理由がないわ」

「……僕が見逃したらその男子生徒はどうなる?」

「私が殺すでしょうね」

「どうして殺す?仕事?」

「仕事じゃないわ。だけどあなたに教える道理はない」

「ここで殺人が起こるのは困るんだよ。惨劇は他のところでやってくれ」

「惨劇屋だけに自分が起こしてはいない惨劇に関しては敏感なのかしら?」

「そういうわけじゃないんだけどね」

ただ単に人が死んだ場所で稽古をしたくないだけだ。

「私を止めたいのなら力づくで止めればいいでしょ。それが十死らしい解決方法だわ」

「全くその通りだね」

お互い殺し屋同士、意見が分かれたなら殺し合いで正しさを示せばいい。

戦闘狂の僕にとっては願ってもない話である。

「参乃川、陸だったかしら?あなたはナイフ使いなわけ?」

「正確には刃物使い、かな?刃物ならば投擲ナイフから妖刀までありとあらゆるものを使ってみせるよ。もっとも制服に隠せるぐらいの刃物しか今は持っていないけどね」

「ふうん。私は使う武器にこだわりはないの。だから……」

彼女は手に持っていた刃物を胸にしまい、そして同じところからそれを取り出した。

「銃を使わせてもらうわよ」

「いや、それはちょっと」

折角わくわくしていたのに一気に興が冷めてしまった。

「あら?やっぱり参乃川であるあなたでも銃は怖いかしら?」

「……逆だよ。僕に銃は効かない。それがどんなタイプの銃であってもだ」

これは決して驕りではなかった。

僕に銃は効かない。

と言っても実際に弾丸を喰らったら痛いし、当たり所が悪ければ死んでしまう。そういうのは普通の人間と一緒だ。

では何故効かないのか?

理由は避けるのが容易いからだ。

銃というのは指先一つで人が殺せる、とても楽な凶器である。しかし、その攻撃を行うにはあまりにもアクションが多すぎる。撃鉄を引き、照準を合わせ、トリガーを引く。最低でもその3アクションが必要である。その間に避ければいいし、また僕ぐらいになると攻撃を加えることも可能だ。

また弾が銃口から直線的にしか飛ばないというのも難点だ。

銃口とトリガーを引く指に注意していれば、弾丸などに当たるわけがないのだ。

だから僕は断言する。

僕に銃は効かないと。

「そんな無粋なものなんて使わないでさ。さっきの刃物でやりあおうぜ」

「生憎だけど、私は刃物使いじゃないわ。こっちを使ったほうが断然強い」

「だいたいそんなものをつかったら銃痕がいたるところに残ってしまうだろう?それはどうする気なんだ?」

「私は十死よ。そんなものいくらでも誤魔化しが効くわ」

「そういうものか?」

「そういうものよ」

「……なあ本当にやめてくれないか?予測可能な攻撃とその戦いほどつまないものはないんだよ。僕がこんなに頼んでもダメか?」

「ダメね。私には銃が怖くてあなたが懇願しているようにしか見えないしね。変えるつもりはないわ」

「そうか」

仕方がないな。

十死と聞いて期待したが、彼女はそこまで戦闘能力に長けていないらしい。

十死は必ずしも皆戦闘能力が高いわけではない。

戦闘能力以外の特殊性がある十死もいるし、血筋だけで十死になったものもいる。

彼女もそうなのであろう。

殺すまでもない。

「それじゃあ、殺し合いましょうか?」

「……あぁ、ちょっと待って」

彼女はやる気満々であったが、僕のやる気はすでにない。

適当に切り上げて、男子生徒を殺させるのを止めて、帰ろう。

ただそれをやっている間に燐那が来るのは非常によろしくない。

だから僕は燐那に電話を掛けてここに来ないように命じることにした。

ポケットから携帯電話を取り出す。

「?何のつもり?」

「先約がいたんだよ。この場所で用事があった。このまま君とやりあったらその最中にここに来ちゃいそうだから、キャンセルの電話を入れるんだよ」

「電話している間に私が発砲したら?」

「避けるだけだ」

電話かメールかどちらで伝えようか迷ったが、メールにして「メールに気づかないで来ちゃいました」なんて結果になったら大変なので、電話で連絡することにした。

履歴から燐那の番号を探し、そして電話をかける。

「あなたはどうか知らないけど、私には十死のプライドというものはないわ」

「ん?ああそう」

ワンコール、まだでない。

「殺し屋は所詮殺し屋」

ツーコール。まだでない

「手はずなんてどうでもいい。ただ殺せばいい」

スリーコール、フォーコール。でない。

「だから……」

ファイブコール……

彼女は撃鉄を引いて照準を僕に合わせた。

「死になさい」

彼女が発砲すると同時に、電話が相手方と繋がった。

全く間が悪い。

果たして燐那に今の発砲音は聞こえただろうか?

『……何ですか?今の音は?』

聞こえていた。まずいな、どう誤魔化すか。

……くそ、面倒事を一つ増やして。

「音?何のことだい?こっちでは特に何の異常も出てないけど?」

『そうですか。電波の調子でも悪いのですかね?』

「そうなんじゃない?」

『時に陸さん。私に電話とはいったい何の用事ですか?』

「あぁ、それはだね」

パン。

会話の途中で彼女が二度目の発砲を試みた。

勘弁してくれ。誤魔化す僕の身にもなってみろって。

『……何の音ですか?』

「うん?何のこと?こっちは特に異常は出ていないけど」

『そうですか。電波の調子でも悪いのですかね?』

「そうなんじゃない?」

『時に陸さん。私に何の用事で電話をしてきたんですか?』

「あぁ、それはだね今日の稽古はとりあえず中止にしようかと思って」

『中止、ですか?何かあったんですか?』

「そういうわけじゃない。昨日話ただろ?燐那に合った刃物を探すって。今日その宛てのところに訊ねようと思っているんだ。だから今日の稽古は無しだ」

『……そうですか』

僕の嘘に燐那は素直に納得してくれた。

本当は刃物の宛ての灯狐には昨日訊ねているし、灯狐からは燐那を連れてきてほしいとまで言われている。

『わかりました。気をつけてくださいね』

「うん?何を気をつけるのかわからないが、そういうことだ。それじゃあ」

そして電話を切った。

彼女からの三発目の弾丸は発射されなかった。

「電話中に発砲とは、マナーがなっていないんじゃないかい?」

「どういうこと?」

「どういうこととはどういうことだ?」

「何で弾丸が当たらないのよ?」

彼女の口調は冷静だが、しかし焦りは隠せない。

「だから言っただろう?銃は効かないって。銃口とトリガーを引く指に注意していれば、避けるのは容易いんだよ」

「……そうは言うけど、あなたこちらを見てもいなかったじゃない」

そういえばそうだ。僕は電話に夢中になっていて、彼女の方を見ることを忘れていた。

それでも弾丸を避けれたのはやはり……

「まあ、慣れれば見なくても感覚で避けることが可能だ」

対銃撃戦に慣れすぎた僕の異常だ。

「すごい……私は参乃川を馬鹿にしていたのかもしれないわね」

「いや、こんな芸当が出来るのは僕の他に五人ぐらいじゃないかな?他の参乃川は君の思っている通りダメな殺し屋ばかりだよ」

「あなたは参乃川でもかなりの上位に位置する殺し屋だったようね。これは選択を間違えたかしら?」

「そんなことはどうでもいいさ。それじゃあ、やろうか」

そして僕は動いた。

その駆ける様は疾風の如く(言い過ぎ)、そしてそこから繰り出される攻撃は烈火の如く(言い過ぎ)。

彼女は慌てて僕に照準を合わせ発砲をするが、当たらない。

彼女の構えは様になっている。その様を見ればかなりの訓練を積んだことが窺えるが、関係ない。

前述したとおり、弾丸を避けるのは僕にとっては朝飯前だ。

難なく彼女との距離はつまり、僕の攻撃が当たる距離。

「くっ」

彼女が僕に照準を合わせるが、遅い。

その前に僕は彼女が持っていた銃を蹴り飛ばし、そしてナイフを振るった。

シュン。

銃が地面に落ちる前に、彼女の首筋にはナイフが突きつけられた。

「これで君は一回死んだわけだ」

「……」

宙に投げ出された銃はくるくると回転し、そして僕のナイフを持っていないほうの手に収まった。

「更に、君の武器も僕の手中にある」

「……」

「まだ、やるかい?」

「……殺しなさいよ」

出会ったときと全く変わらぬ表情で彼女は言った。

そう言えば彼女はどこか感情の変化が乏しい。

殺し屋、七夕……そう言えば七夕はどういう種類の殺し屋なんだ?

参乃川は惨劇屋。弐解は解体屋。壱慈玖は殺し屋じゃない。屍祈は暗殺屋。

十死にはそれぞれ殺し方に特徴があるのだ。

僕はそのことに興味が湧いたのだが、しかし彼女と目が合ったらどうでもよくなった。

彼女はそう、美人だった。

こんな美人とこんなに接近したことに、今更ながら恥ずかしくなってきた。

そもそもどうして僕はこんなことをしていたんだっけ?

「どうしたの?殺さないの?」

「あ、いや」

見惚れている場合か。

僕と彼女は殺し合いをしているんだ。でもどうしてだっけ?

えっとそれは彼女が、彼を、男子生徒を、殺そうと、したからで……

「……殺す前に一つ質問なんだが」

本当は殺す気なんてないのだけど……

「どうして彼を殺そうとした?」

「……教えられないと言ったら?」

「理由なく人を殺すやつは殺人鬼だ。悪いが殺させてもらう」

殺す気なんてないけれど。

-どうして僕は、彼女を殺す気が、無いんだろう?

「理由は、あるわ」

「あるのか?」

その言葉に僕は、何故か嬉しくなった。

嬉しくなった?どうしてだ?彼女が殺人鬼じゃないことの何が嬉しいというんだ?

わからない。僕の心がわからない。

「理由無く人を殺すのは殺人鬼でしょ?私は殺人鬼じゃないもの」

「そうなのか?それじゃあその理由というのはなんなんだ?」

「質問は一つのはずだけど?」

「いいだろ、別に」

「教えられないわ。と言いたいところだけど、私の命はあなたに握られていて、そして私のその理由は命を賭してまでも言えないものじゃないから、教えてあげるわ」

「あ、本当に?」

「私は今一つの殺人事件を追っているの」

ドクン。

殺人事件……それはもしかして、いやそんな偶然は無いか。

そもそもあれは郁さんが請け負った事件だ。

彼女が仕事で殺人事件を追っているのなら、おそらくは違う事件だろう。殺し屋が同じ事件を追うことは手違いでもない限りありえない。

「『無差別失血殺人事件』、って知ってる?」

「ぐわ」

「ぐわ?」

同じ事件を追っていた。どうやら何かの手違いがあったらしい。

「なんでもない。続けて」

「『無差別失血殺人事件』……それが今私が追っている事件なの。その仕事を請けたのが昨日。そして今日彼から接触があった」

「それで?」

「おかしいと思うのが普通でしょ?昨日の今日で接触を謀ってきた男子生徒。そして私が至った結論が、この彼が犯人だと言う結論」

「それは早計過ぎると思うのだが」

「そうろう?」

「その聞き間違えは二度とするな」

「何を赤くなっているのかしら?私の言ったのは早く老いると書いて早老。それこそあなたは早計じゃないかしら?」

「聞き間違えてないじゃないか!わかってるじゃないか!わざとじゃないか!」

「冗談よ。ちょっとからかってみただけ。見た目どおりからかいがいのある人ね」

「殺すぞ」

「殺せば」

「うぐ」

「うぐ?」

「もういいから、先に進めてくれ」

「そういう結論に至ったから彼を殺そうと思ったの。それはあなたの言うとおり早計かもしれないけど、疑わしき者は殺しとくに限るわ」

「正論だけど人間らしくないよ」

「そうね。でも十死とはそうあるべきだわ」

「……」

彼女のその言葉に僕は、肯定も否定も出来なかった。

十死は日本で殺しが許されている組織だ。

それは例え間違いで人を殺しても許されるということ。

だから十死は殺すことにためらいが無い。人を殺すことにためらいが無いのだ。

だが、僕はそれが間違っていると考える。

殺されるべき人間は確かに存在する。しかしそれは人間全てではなく、一部の人間だ。

「彼は事件の犯人かもしれないわ。どこかで私が仕事を請け負ったのを聞いて、それで接触をかけてきた。私はそう考えた。どう?殺すには充分な理由でしょ?」

「どう見ても彼は犯人じゃないだろう?」

「本当にそう思う?あなたが見逃すことによって新たな犠牲者が出るかもしれないのよ」

「そんなわけがないだろう」

「言い切れるの?この世に絶対なんて無いのよ」

「言い切れるよ」

僕は彼を観察したのだ。観察の結果、彼は一般人。しかも文系タイプの体つき。

とてもじゃないが、殺人鬼とは思えない。

「彼は殺人鬼じゃない。君が追っている『無差別失血殺人事件』の犯人じゃない」

「そう?本当にそう思う?」

「なら確認してみればいい」

あれ?そういえば彼はどういう状態だったんだっけ?

気絶状態?だっけか?確認するのを忘れてたな。彼を助けるというのがこの場に飛び出してきた理由だったのに、彼の状態確認を忘れるなんて……

やっぱりどこか抜けているんだよな僕って。

僕は彼女から離れて彼の状態を確認することにした。

「……あら?私を自由にしていいのかしら?」

「銃なら効かないって。背後から撃たれても勿論避けてみせる」

「本当に?試していいかしら?」

「出来るなら止めてくれ」

……どうして僕の周りにはサディストが集まるんだ?

僕がソフトマゾヒストだからか?それが原因なのか?

「さて、状態は……」

彼に近づく。

ふむ、どうやら気絶しているようだな。

どうやって気絶させたかは、まあとりあえず置いておいて、彼を目覚めさせるのが先決だな。

「おーい、大丈夫かぁー」

古典的に頬をぺしぺしと叩いた。

そろそろ力を強くして叩こうかと考えたとき、彼は起きた。

「うー、うん?……あれ?ここは?」

気絶していたからだろう。意識が混濁しているようだ。

それはちょうどいい。いろいろ聞き出すすにはちょうどいい。

「えっと?君は?」

「そんなことはどうでもいい。さて訊ねたいことがあるんだが」

「訊ねたいこと?」

「君は『無差別失血殺人事件』という事件を知っているか?」

意識がはっきりしていないからこそ、嘘偽り無い答えを聞き出すことが出来る。

「知らない?新しい推理小説か何か?」

「いや、知らないならいいんだ」

ほらみろ。やっぱり彼は犯人じゃなかった。

僕はしてやったりという顔をしながら彼女のほうに目をやった。

彼女の表情はほとんど変化していなかったが、どこか不満そうな雰囲気を醸し出していた。この結果に納得がいっていないのだろう。

しかし納得はいっていなかろうが事実は事実である。彼女はこの結果を真摯に受け止めて、二度と間違った行動をしないよう気をつけてもらおう。

彼女が一歩、二歩と僕らに近づく。

そして僕の横に並ぶと、彼を見下しながら言った。

安田ヤスダシュウさん、でしたっけ?」

「七海さん」

どうやら彼女に告白した男子生徒の名前は安田修というらしい。

そして彼女が七海という偽名を使っていたことを彼の発言で思い出した。

うんうん。七夕じゃ皆馬鹿にされるからね。

「あなた私のことが好きなんでしたっけ?」

「は、はい。そうです!」

「刺客じゃないと?」

「し、しかく?」

直接的に質問をするなぁ。もっとさこう、間接的に、訊くとか出来ないものか?

「刺客じゃないのね。宛てが外れてしまったのね」

「?????」

「わからないならいいのよ。さて安田さん。私のこと、好きなんだっけ?」

「は、はい!」

「残念だけど。私彼氏がいるの」

「え?」

へぇー。彼氏がいるのか。

確かに彼女は綺麗だからなー。彼氏がいないほうがおかしいか。

「だ、誰ですか?そんな話聞いたことないですけど!」

「彼です」

ぽん、と僕の肩に手が置かれる。

……はい?

状況判断に二秒。

はぁぁああぁあぁああぁっぁぁぁっぁあああ!?

「ちょっ、待」

「彼と付き合い始めたのは一ヶ月前。つまり九月、二学期が始まってすぐのことでした。彼から猛烈なアタックを受けて、その熱い思いに私はノックアウトされてしまいました」

アタックとかノックアウトとか、表現方法が古いように思われる。

……そんなことはどうでもいい。ひどくどうでもいい。

「そうだよね……陸?」

「……!」

背中に銃が当てられる。

しまった。いつ彼女の手に渡ったんだ?完全に油断していた。

銃が効かないといったけど、それは距離があるときの話で、もちろん避けるから効かないのであって、弾丸を喰らってまで効かないというわけではなく、零距離でその攻撃が避けれるかというと避けれないわけで、つまり……

非常にピンチだった。

「そうだよね?陸?」

もう一度彼女が囁く。

これは、脅迫だ。話を合わせろという無言の脅迫。

どうする?

彼女がトリガーを引く前に、ナイフを取り出して、彼女の腕を切断。

さて彼女がトリガーを引くのと、僕が彼女の腕を切断をするの、どちらが早いだろうか?

……そんなことを考えたが、素直にここは彼女に従っておくのが一番だと判断した。

「……うん。まあ、そんなところだ」

「……よくできました」

彼女が僕の耳元で蠱惑的に囁いた。

いったい彼女が何を考えているのか?わからなかったが、とりあえず僕は彼女の演技に付き合うしかなかった。


安田修はがっかりしながら屋上を後にした。

残ったのは僕と七夕の彼女。

「……どういうことだよ?」

「どういうこととはどういうこと?」

「はぐらかすな」

「冗談よ。冗談。本当にあなたはからかいがいがあるわね」

「からかわないでくれ。それよりも、答えてくれよ」

「どうして私と君が付き合っていると、そう言ったのか?それが知りたのよね?」

「そうだよ」

あそこであの発言をする意味がわからない。

僕と彼女が付き合っている?

どうしてあそこでその嘘をつく?嘘をつくことによって彼女が得る利点とは何だ。

「ねえ陸?あなた、『無差別失血殺人事件』の犯人を追っているでしょう?」

「……」

「黙っていてもわかるわ。『無差別失血殺人事件』の話が出たときのあなたの態度、おかしすぎるもの」

うーん、うまくはぐらかせたと思ったけど、無理だったか。

だが、僕としてはその『無差別失血殺人事件』は全く興味も何もなく、勿論犯人を捕まえる気なんてなく、ただ郁さんが事件を解いてくれれば百万円が手に入るなぁ、程度しか思っていないのだが。

しかしながら僕が事件に関わっているというのは事実である。

「……まあ僕が事件に関わっているというのは合ってるよ」

「事件に関わっている?もしかして陸、犯人?」

「違う!お前は早とちりしすぎだ!それは身を滅ぼすぞ」

「冗談よ。それで事件を追っているんでしょ?関わっているという遠まわしの表現はしないでそう言いなさいよ」

「……はあ。僕の知り合いがこの事件を取り扱っていてね。それで事件のことを知ったんだ」

「ふうん。あなたがこの事件の犯人を追っているわけじゃないんだ。ますます好都合ね」

「好都合?」

「ねえ、陸?私と一緒にこの『無差別失血殺人事件』解いてみない?」

あんな発言をしたのはどうやらそれが原因だったらしい。

「あなたはこの事件、どの程度までご存知かしら?」

「知り合いが担当している事件だからね。ほとんど知らないというのが正しいかな?」

嘘だ。郁さんが知っていることはほとんど知っている。

叩き込まれたというのが正しいが。

それなのに何故知らないと言ったのか、それは彼女がこの事件についてどれだけ知っているか確かめたかったからだ。

「『無差別失血殺人事件』……被害者は全て手首からの失血によって死んでいる。犯人は不明。そしてどういうわけか被害者は襲われたと思われる場所から一歩も動かずに、失血した箇所を押さえようとせず、ただそれが運命であるかのように死んでいた。そういう謎の事件」

「へぇー」

郁さんの情報以上の情報は見込めなかった。

しかしこれ以上の情報となると犯人に繋がる情報しかないか。

「犯人はプロだと思うわ。現場に何の証拠も残していない」

「通り魔的に行っているんだから殺人鬼だろ?殺人鬼にプロとかあるの?」

「知らないわよ。私は殺し屋であって殺人鬼じゃないんだから」

そうだった。

殺し屋は殺人鬼じゃないから、殺人鬼のことなんて全くわからない。

しかしプロの仕業か。郁さんもそう言っていたな。

普通の人間が証拠もなく殺しを行うなんて不可能だ。

六道みたいに、殺し屋が殺人鬼になったというパターンか?

「ともかくこの事件……かなりの難事件のようなの。こっちの探偵を雇いたいぐらいの難事件。とてもじゃないけど私は犯人を捕まえられる気がしないの」

僕も犯人を捕まえられる気がしません。

「だからね、陸。手伝って欲しいのよ。一緒に犯人を探して欲しいの」

「……見つからなくても怒らないでくれよ」

何故か断る気がしなかった。

こうして僕は彼女と『無差別失血殺人事件』に取り組むことになった。

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