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2話 日常2

放課後になった。

帰宅部に所属している僕は一刻も早く家に帰宅するのが筋というものなのだが、しかし今日は予定があったので教室に残った。

グランドで行われている部活動の様子を眺めながら時間を潰す。

しばらくして教室に誰もいなくなったころ、僕は約束の場所に向かった。

約束の場所……それは屋上であった。

この学校の屋上は一般に開放されていない。

高いところは人にとって危険なのだ。落ちればすぐ死ぬ。落ちるだけで死ぬことが出来る。

たいした覚悟もなく勢いだけで自殺が出来る。

そういうことがないようにフェンスが取り付けられているのだが、いったいそれに何の意味があるというのか?

フェンスがあろうがなかろうが関係ない。

簡単に死ねるという意味では何ら変わりない。

恐ろしい場所なのだ、屋上は。

と屋上の恐怖を語ったが、今までこの学校で自殺という事件は発生していなかった。

事故や殺人は起きても自殺はない。

とても正常な学校だ。

立ち入り禁止と書かれた看板を無視して、僕は屋上の扉のノブに手をかけた。

この扉は壊れていて、普通にノブを回しても開かないのだが、思いっきり回すと開くという欠陥製品であった。

この学校の生徒なら誰でも知っている。

教師は知っているのだろうか?

知っていて黙認しているのだろうか?

それは問題だな。うん問題だ。

でもここが封鎖されてしまったら僕と燐那が稽古する場所がなくなってしまうので、そのまま黙認を続けていてほしい。

ノブを思いっきり回し扉を開ける。

屋上には誰もいなかった。

まあ気配でわかっていたけど。

先にも言ったがこれから燐那と稽古をするために僕はこの屋上に来ていた。

佐倉燐那……中学二年生。

名前から察することが出来るように、燐那は蘭の妹である。

殺し屋佐倉家の末っ子。

当然殺人技術を幼い頃から叩き込まれているのだが、やっぱり僕にとってそれは児戯である。

佐倉家全てを敵にまわしても、僕一人の力で惨劇を起こすことも可能だろう。

それほどの差。

十死と普通の殺し屋の差。

その差を感じたからであろう。

燐那は僕に稽古をつけてほしいと頼んできたのだ。

断る理由なんてなかった。

僕は殺し屋だが仕事をするのは三ヶ月に一回ぐらいのペースでだいたい暇であるし、それに燐那は可愛いし……

いや、本当、ロリコンじゃないからね。

そもそも玖浪ぐらいの年齢なら確かにまずいが、僕ならまずくないはずだ。

年だって二つしか離れていないし。

でもあの顔と体躯をみるとどうしてこうやましい気持ちになるんだろう?

不思議だ、人間って不思議だ。

……って落ち着けよ、僕。

燐那と僕はそんな関係じゃない。

ただの稽古相手。師匠と弟子。

好きだ嫌いだの感情はない。

うんないはずだ。

しばらく葛藤していると「ぎー」と屋上の扉が開く音が聞こえた。

「来たか」

「来ました」

佐倉燐那が現れた。

身長……僕よりも二回り、いやそれ以上か?ともかく小さい。百三十センチ台だろう、この小ささは。お子様、お子様。

「失礼なことを考えていますね?」

体重……いや僕は目視で人の体重がわかるスキルを持っていないのだが。そもそも女の子の体重ってよくわからないからなあ。胸があるし、男よりも脂肪が多いって言うし。あ、でも燐那に限ってはそれはないな。胸はないし、この身体のどこに凹凸があるというのか?B・W・H、全て同じ数値ではないのか?

「いやらしいことを考えていますね?」

「いや、燐那の身体のどこにいやらしさを感じるんだ?」

「……」

しゅっ。

「うわっと!」

その小さな身体をバネのように弾ませて、僕に目突きをかましてきた。

不意打ちだったから結構ぎりぎりでその攻撃を回避する。

「何をするか!いきなり!」

僕のもっともな言い分をまるっきり無視して燐那は攻撃を続ける。

身体をくるっと素早く回転させ、そこから拳を繰り出す。

身体が小さく力がない燐那は遠心力によって非力をカバーしているのだ。

くるくる回っているくせにその攻撃は正確に僕の急所を狙ってくる。

正確に。

うーん。今日はその辺のことを燐那に教えなければならないな。

僕はその攻撃を今度は難なく避ける

不意打ちではない燐那の攻撃など怖くもなんともない。たとえ遠心力によって大きな力になっていようと、急所を狙ってこようと、だ。

燐那は攻撃の手をやめようとしない。

くるくると回りながら……っていうか目が回らないのか?こいつは?

しゅっ、しゅっ、しゅっ。

回転しながらの三連撃。拳だけでなく蹴りも混じった攻撃だったが、やはり難なく避ける。

攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。

……凄え。

もう三分ぐらい回転しているのに燐那の攻撃は正確無比であった。

本当に目が回らないようだ。

そういえば一流のアイススケーターはずっと回転してても目を回さないとかTV番組でやっていた。

それと同じなのか?

僕なら一分も回っていられないなあ。

でも僕はこのやり取りに飽きてきたため燐那を止めることにした。

「おい、燐那」

「……」

「そろそろ止めにしないか?」

「……」

僕の言葉が届いていないのか、それとも届いているのだが無視しているのかはわからないが、燐那は一向に攻撃を止めようとはしない。

むしろ攻撃は時間とともに強力に、さらに素早くなっていく。

……この野郎(女の子だけど)。なんかむかついてきた。

実力で止めることにした。

僕は燐那の攻撃を避けることを止め受けることにした。

しかしその作業は決して簡単なものではない。

遠心力によって力が増している燐那はいまや小さな台風である。

下手に手を突っ込めば大惨事だ。

……一般の殺し屋ならそう考えるだろうな。

そして僕は一般の殺し屋ではない。異常な殺し屋である。

この台風を力技で止めることは可能だ。

可能なのだが……果たしてそれは燐那のためになるだろうか?

力技で止めるということ。力がない燐那にとってはそれが絶対に適わないものと認識されてしまうのではないか?

その認識はまずい。

力というのは確かに戦闘において大きな位置を占めてはいるのだが、しかし絶対的に必要なものでもない。

女の子の場合は特にそうだし、特に燐那のような体躯をしているならばむしろ力を使わずに戦う方法を叩き込むべきだ。

うん。そうだ。

じゃあ力技で止めることはやめて、ぶん投げることにしよう。

燐那が攻撃を繰り出す。

僕はそれに合わせて身体を動かした。これは世間一般で言う合気道の動き(少し改良しているけど)。つまり燐那の激しい攻撃を利用して、遙か彼方までぶん投げようと考えた。

こうすれば、力でなくても相手を制することができるとわかるし、それに合気道もどきの動きを体験することもできる。正に一石二鳥。

「……せい!」

攻撃してきた燐那の腕をとり、そして回転している燐那の力を利用して、僕は燐那をぶん投げた。

「……!!」

おぉ。凄い飛んだ。

燐那の激しい攻撃に比例したのかかなり上空に飛んでいった。

僕の目視で六メーターは縦に飛んだかな?

人間をここまで縦に飛ばせるなんて、合気道もどきって凄いね。うん、予想以上に凄い。

さて、はしゃぐのはこれくらいにして冷静になろうか。

……飛ばしすぎた!

縦に六メーター飛ばしたということは、つまりその後六メーターの高さから落下するということである。

人間がその高さからコンクリートの地面に打ちつけられて無事でいられるか?

結構きわどい。死ななくても怪我はするだろう。

しかも大怪我だ。

落ち着け。とにかく落ち着け。

何だ?何がいけなかったんだ?縦に飛ばしたことか?

しかし横に飛ばしたとしても屋上から放り出される結果になっただろう。

縦に飛ばしても駄目。横に飛ばしても駄目。

ならどうすればよかったのか?

攻撃を受け止めとけば万事解決だった。

うわぁ、失敗した。

まあやっちゃったことは仕方がないね。

大切なのは次回どうするか……じゃなくて、これからどうするかだ。

僕の腕であの小さな体躯を受け止めてやるか?

あの距離からの落下。いくら小さいからといってかなりの衝撃があるだろう。

普通なら無理だ。骨折してしまう。

だけど僕は異常だから全く難なく受け止めることが出来る。

出来るのだが……この場で小さな子を抱きかかえるのは、何か変態チックじゃないか?

むしろ傍から見れば確実に変態だ。

誰かに見られたら嫌だなあ。

そんな葛藤をしていると、燐那が空中でくるくると回転し始めた。

……くるくるくると回転を続ける。

そしてコンクリートの地面まで二メートルほどのころ、回転を止めて……

シュタ。

まるで何事もなかったかのように地面に着地した。

あぁ、そういえば忘れていたけどこいつも殺し屋だった。

空中で体勢を変え、そして何事もなく着地することぐらい朝飯前だったのだ。

何だ、いらない心配をしてしまった。

「……」

……フラフラ。

しかし燐那の様子はどこかおかしい。

幽鬼のように足取りがおぼつかないのである。

もしかして落下の衝撃で足がやられたか?

「……」

がく。

ついに燐那の膝が地に着いた。

「燐那!」

「……うっ、気持ち悪い。世界が回る」

「やっぱりあの回転攻撃は無理してたんだ!」

おかしいと思ったのだ。

一流のアイススケーターでない燐那があんなに回転して平気なわけがない。三半規管が揺らがないわけがない。

うん、僕はおかしいと思っていたぞ。本当だぞ。

「何とか陸さんに一矢報いようと、あわよくば殺そうと思っていたのですが、無茶してしまいましたね」

「稽古なのに殺意を持って臨むな!」

「だって『ロリック』むかつきますし、いやらしい目で私を見ますし」

「『ロリック』って何!?もしかして僕のこと!?」

「『ロリコン』と『陸』と『カトリック』を混ぜて『ロリック』です」

「僕ロリコンじゃないしね!あとカトリックを混ぜる意味がわからないよ!そもそも自分のことをロリータと思っているなんてなんか悲しいよ!」

「それはさておき……流石ですね、陸さん。私の殺意がこもった攻撃が一撃も当たらないなんて」

「初撃は結構まずかったけどね。それ以外の攻撃は避けるのは難しくなかったよ」

「初撃が、ですか?初撃というのはあの目を狙った攻撃のことですよね。それはおかしいと思うのですが……」

「うん?どうしてだい?」

「初撃の私の攻撃は回転に入っていない攻撃、遠心力が無く一番威力が小さかった攻撃です。その攻撃が危なかったのですか?」

「やっぱり燐那は勘違いしているな」

威力が高いこと。確かにそれは脅威の一つであるが、それ以上の脅威はある。

「どういうことですか?」

「なあ、例えばだが約百メートル先に車があったとする。そしてそれが燐那に向かってまっすぐに突進してくる。さて避けることは難しいか?」

「どのぐらいのスピードで突進してくるかわかりませんけど、難しくないです」

「どうして?」

「まっすぐに突進してきているのですから横にちょっと避ければいいだけです。それの何が難しいというのですか?」

「そうか。じゃあ同じように百メートル先でライフルを構えている男がいたとする。そしてライフルを燐那に向かって発砲。さて先程とどちらが避けるのが難しい?」

「どう考えても後者じゃないですか」

「どうして?」

「ライフルの弾は車よりも速いでしょうし……」

「じゃあ速度は同じでもいいよ。車もライフル並みのスピードが出たとしよう。どちらが避けづらい?」

「それでも後者です。車は大きいから一見避けるのが難しそうに思えますが、ライフルの弾の方が難しいですね。その体積が小さい分確認が遅れます。その遅れの分ライフルの弾の方が避けにくい。どうですか?」

「その通りだね。そしてそれが答えだ」

それが燐那の攻撃を避け続けることが出来た理由なのだ。

至って単純明快。

わかっていたから避けられる。

「まだ陸さんが言いたいことが理解出来ません。私は馬鹿なのでしょうか?」

「いや僕の例え話が悪かったのかな?まあいい。つまりはね、何処に来るかわかっている攻撃を避けるのはそんなに難しいことじゃないってことさ」

「何処に来るかわかっている、ですか?私の攻撃を見切ったということですか?それは格闘家が相手の筋肉の動きを見て攻撃を察知するというアレですか?」

「違う。それも出来るけど、そんな神経を使うことはしていない」

「ではどうやって?」

「燐那は気づいているか?自分が何処を攻撃していたのか」

「……」

燐那はあの時執拗に急所ばかり狙ってきた。

それが殺し屋の戦い方。一般人を殺すための方法。

的確で素早く一切の無駄が無い。

だからこそ、僕らのようなものが相手だとそれが弱点になる。

「確かに正中線を中心に狙って攻撃はしました。でもそれでも狙う位置はいつも変えて……」

「いつも違う急所を狙っていたって、意図がわかれば避けるのは容易いんだよ」

「……」

「僕らのような殺し屋は決して相手に意図を読まれてはいけない。それは戦闘でもそうだし、依頼者と対峙するときだってそうだ。また一般生活でも同じことが言える」

常に殺し屋という自分を隠していなければ、とてもじゃないが学生生活など送れない。

意図を見せないこと。それを僕は玖浪に教わった。

結局、どんな世界であったとしても、正直者が、貧乏くじを引く、それが世の理なのだ。

「おそらく燐那はそういう殺しの技術を叩き込まれてきたんだろうけど、もしも僕らのような異常者が相手ならそれは通用しない。無駄な攻撃を組み込まなきゃ勝てない。格闘ゲームでも大攻撃だけでは勝利できないだろ?」

「ゲームはやりません」

「それは人生の半分以上損をしているな。今度貸すからやりたまえ」

これで燐那がゲームを覚えてくれれば対戦相手が増えて助かる。

何せ僕は知り合いが滅法少ないからなあ。

ゲームを一緒に遊んでくれるのは知り合いの中でも、郁さんぐらいか。

でも郁さん物凄い下手だし。

「ゲームはともかくとしてわかりました。今度からそれを考慮して攻撃します」

「まあすぐにでもやれとは言わないさ。叩き込まれた技術はそう簡単に抜けるものじゃないし」

と玖浪が言っていた。

「のんびりやっていこう」

「はい」

なんだかんだ言っても、僕と燐那は師匠と弟子の関係だった。

本気で命を狙ってくる燐那だったけど、僕は結構彼女のことが好きだ。

恋愛の感情は無いけど、なんだろう?

妹がいたらこんな感じだろうか?

「そう言えば陸さん。陸さんは刃物を使って殺しをするんですよね?」

「うん。大抵は」

「でも私との稽古のときはそれを見せてくれないですよね?」

「そう言えばそうだね?」

「何故見せてくれないのですか?」

「何故と言われても……」

まだまだ、燐那の相手は素手で充分だからです。

とは言えない。

燐那はプライドが高い子だから、そういうことで刺激を与えてはならないのだ。

「いえ、刃物を使った技術が見たいのではないです」

「また読心術使われた!?何?流行ってるの?」

「そんなことはどうでもいいです。技術ではなく私は単純に刃物に興味があるんです」

「刃物に興味があるのか?」

「あるのです」

だから見せてくださいと燐那は続けて言った。

刃物に興味があるなんて男子中学生みたいだな。

実際は殺し屋家系の女子中学生なのだが。

「見せてもいいんだが、一つだけ約束してくれ」

「何ですか?」

「刃物ってやつは頑丈そうに見えて案外繊細なやつなんだ。つまりは……」

「取り扱いに注意しろ、と?」

僕が言う前に燐那は言った。その通りだった。

どうやら燐那は一刻も早く僕の持っている刃物が見たいらしい。

「そういうことだ。見てもいいし触ってもいいけど、間違っても使おうとは思わないでくれ」

「使うといわれても相手がいないじゃないですか?」

「やれやれ。僕がいるじゃないか」

「……試し切りしてもいいですか?」

「そこで乗ってこられても、僕は非常に恐怖を覚えるだけなんですけど!」

「冗談ですよ。さあ、さっさと出してください」

カツアゲされているようだった。

怖いよ、この子。

言われたとおりに僕は従った。

左胸からお気に入りの刃物を出す。

刃渡りは約十センチ。柄の部分の材質は木でボコボコと窪みがある。この窪みがないと滑ってしまって使い勝手が悪いのだ。

柄の部分を木で作らなければいいのにと灯狐に言ったのだが、「こういうのが粋でいい」と押し切られて現在に至る。

確かに今ではお気に入りの刃物の一つだ。

使い慣れれば愛着が湧くというもの。

「これが陸さんの刃物、ですか」

「刃物の一つだよ。僕は刃物使いだからね」

実は右胸にも同じような(というか対の)刃物が隠してある。

他にもドローイングナイフが二本、制服の上着に隠されており、それぞれの靴裏と靴の中、そしてベルトに総計十五本の暗器のような小さな投擲用のナイフが仕込まれている。

これで日常生活に支障がないのが僕の凄いところだ。

「……思っていた以上に薄い刃ですね」

燐那が鞘を取って刃を見た第一感想はそれだった。

ちなみに鞘はただの布を巻いてあるだけで、それが鞘として機能しているかと問われれば微妙なところだ。

「上着に入れておいてもばれないぐらいの薄さじゃないとね、いけないから。薄いから切れ味は凄いけど、その分扱うのが難しいんだ」

「そうですね。これだと肉は切れそうですが、骨に当たった場合刃が折れてしまいそうです」

「その通り。それを使いこなすにはそれなりの年月が必要なんだよ」

もっとも僕はそれを十日ほどで使いこなしたけど。

何でも僕にはそれらをうまく扱う才能があるらしい。

『剣に……いや刃に愛される才能だ』

と灯狐が言っていたな。

自分ではよくわからないけどね。

「試し切りしてみてもいいですか?」

「駄目ってさっき言ったじゃん!」

「この刃物には人を切ってみたくなる魔力のようなものがあると思います」

「無いよ!全然無いよ!」

燐那が持っている刃物はただの刃物だ。

灯狐から無理矢理買わされたものだが、この刃物に歴史は無く、魔力や妖力の類は一切無いと聞いている。

『龍尾』ならそんな力を有していてもおかしくは無いのだが、この刃物についてはそんな力は無いのだ。

「冗談ですよ、陸さん」

「燐那が言うと冗談に聞こえないんだよ」

本当にやめてほしい。僕は燐那とは、知り合いとは殺し合いはしたくないんだ。

本当に……したくないんだ。

「でもいいですね、この刃物」

「そうか?燐那は刃物は使わないのか?」

「佐倉家の技術で刃物を使った殺し方はないですね。全て素手で行う方法だけです」

「ふうん」

「素手で戦うなんて限界があるのに……どうして方針を変えないんでしょうか?」

「いや僕に訊かれてもね」

それは佐倉家の問題だ。

参乃川である僕には一切の関係が無い。

「私はもっと強くなりたい」

「……」

「今の自分よりも、そして他の誰よりも……」

「本当に、格闘ゲームのキャラみたいだ」

「陸さんは違うんですか?」

「うん?」

「陸さんが強くなった理由はそうじゃないんですか?」

「違うよ。僕はただ単に玖浪に鍛えられただけだ。それに僕は……そこまで強くなりたくない」

「強いのに強くなりたくないんですか?」

「だって強くなりすぎたら相手がいなくなっちゃじゃないか。僕はね自分よりも強いやつと戦うのが好きなんだ」

「……」

「戦闘狂なんだよ。でも最近は相手になるやつもそうはいないからね。ちょっと後悔している」

「強くなりすぎたことに、ですか?何だかむかつく意見ですね」

「そうかもね」

そう僕は自分よりも強いやつと戦うのが好きだ。

自分が限界以上の力で相手に臨む。

その瞬間こそ僕は生きていることを実感するのだ。

だが、燐那の言うとおり僕はちょっとばかし強くなりすぎた。

玖浪が悪い。あいつはこの世界でもかなり有名な殺し屋なのだ。参乃川で五指に入る実力だと本人は言うが、五指どころか一番強いと僕は思う。

そんな玖浪に稽古をつけてもらっていればいやいやでも強くなってしまう。

あぁ、もう。本当に最近は退屈なんだよね。

灯狐も最近平和のようだし、もうすこしスリリングな仕事が入ってこないものだろうか?

……所詮は無いものねだりか。

「まあ、いいです。ともかく私は強くなりたいんです。そのためには何でもしておきたい」

「つまり刃物を使った技術も習得したいと?」

コクリと燐那は頷いた。

「でも僕の刃物の技術は我流だぜ?」

玖浪からは基本的に体術しか教わっていない。

刃物の使い方は完全に我流であった。

「それでも私が知っている人物では一番の刃物使いです」

「僕が刃物を使っているところを見たこと無いのに?」

「見たこと無いですけど……物腰でわかります」

物腰でわかるのか?

そいつは驚いた。肌で感じる強さというやつか?そういうのが僕から感じられるというのか?ふーん、まあどうでもいいか。

「もう一度言っておく。僕の刃物の技術は我流だ」

「それはわかっています。でも……」

「確かに、燐那が知っている人物で僕が一番の刃物使いかもしれない」

燐那が言うことを先回りして言ってやった。

嫌なやつだ、僕は。

「だが我流だ。我流っていうのは自分で作り上げたということ。誰からも指示を受けず、自らの力でこの技術を得たということだ」

「……つまりそんなに大変な思いをしてまで得た技術を簡単に口外したくないと?その技術と同じだけの価値があるものを差し出せと言うのですね」

「いや誰もそんなことは言っていない」

そういうつもりで説明しているわけではない。ただ僕は我流だからうまく教えることが出来るか、不安だったのだ。

現在稽古をしている体術は玖浪仕込みだ。教えていることも玖浪に言われていることをそのまま言っているだけ。

しかし刃物を使った技術は違う。完全に独学で我流。そして誰にもその技術を教授したことがない。

果たしてうまく教えることが出来るのか?不安であり自信が無い。

故に断りたい。出来ることならその話、断りたい。

そういうふうに話しているつもりだったのだが、伝わってはくれなかったようだ。

「わかりました。陸さんの言い分はもっともです。何かを得ようというならば何かを犠牲にしなければならない」

「そんなこと言ってないから。というか勝手に話を進めるなよ」

「では私の乙女を陸さんに捧げます」

「勝手に話を進めるな!そしてそういう台詞は出来るだけ言うな!」

僕の印象が変態みたいになるだろう。

くそ、皆こぞって僕を変態にしようとしているのか?

「あのね……僕は我流なんだ。自分の力で技術を得た。だからさ、正直どう教えていいかわからないんだよ」

「そんなことですか?体術のように教えてくれればいいですよ」

「あれは玖浪……僕の兄さんのようなやつから教わったことだから。教わったことなら人にうまく説明できるけど、自分で作り上げたものをうまく説明できるのか……自信ないんだよ」

「そんなことですか。別にいいですよ。教え方が下手でも」

「いいわけないだろ?」

「そもそも、体術だってそんなに教え方がうまいとは思っていませんし」

「……あ、今地味に傷ついたわ」

僕は結構うまく教えているつもりだったのに。

あ、何だろう。涙が出そうだ。

「今と同じように稽古をしてくれればいいです。体術の稽古と同じように刃物を使った稽古を。それでなんとなく骨を掴みますから」

「そんなことでいいのか?」

「どんなに教え方がうまかろうと、どんなに教え方が下手だろうと、出来る者は出来るし出来ない者は出来ないんです。私は教え方が下手でも出来る人間です」

「凄い自信だな。自信過剰なんじゃないか?」

「事実、陸さんの教え方が下手だった体術も以前に比べれば向上しました」

確かに向上しているが、何だろうこの悲しい気持ちは。

さっきから鼻の辺りが微妙に痛くて、泣きそうだ。

「私に刃物を使う才能が無いかもしれませんが、それでもやってみたい。今よりも強くなるために、やれることは何でもやっておきたいんです」

「わかったよ、そこまで言うのなら……」

渋々了承する僕。

燐那の熱意がそこまでというのならというのは建前で、本音はこれ以上僕は悲しい気持ちになりたくなかったのだ。

僕って教え方下手だったんだ。

「わかったけど、燐那。刃物を調達する宛てはあるのか?」

「無いです」

「即答かよ」

「さっきも言ったとおり私は陸さん以外の刃物使いを知りませんから」

「え?さっきは僕以上の刃物使いはいないっていうことではなかったっけ?」

「あれは陸さんをおだてて刃物の技術を教えてもらおうと、まあオベッカを使ったわけです。でも嘘は言ってません。私が知っている人物では陸さんは一番の刃物使いです。ただし、刃物使いは陸さんしか知りませんが」

「あぁ、何かいじめられている気分だ」

人間の関係はサドとマゾによって形成されることはよくあることだ。

今回の場合は、サド=燐那、マゾ=僕らしい。

「私は刃物に詳しくないですし宛ても勿論無いです。なので陸さん。あなたが私に合う刃物を探してきてください」

「散々僕をいじめておいてそれか」

はぁ、と僕はため息一つついた。

ため息をつくと幸せが逃げるとかいうが、今はため息をつかなければやっていられない。

さて、気も落ち着いた。

「まあ、僕は確かに宛てがあるから……わかったよ。燐那に合う刃物を探してくるよ」

「ありがとうございます」

燐那は頭を深々と下げた。

そして、

「そういう優しい陸さんは結構好きですよ」

とはにかみながら言った。

……可愛いやつめ。


その後、燐那と稽古をしてまた他愛のない話もして、陽が暮れる頃解散した。

十八時……帰宅してもいい時間帯ではあるが、僕はまだ向かうところがあった。

夢現堂ユメウツツドウ……名前だけではいまひとつ何をやっているかわからないが、ともかく僕はそこに用事があったのだ。

学校の最寄の駅から電車に乗り二つ目の駅で降りる。

そこから徒歩で三十分……民家も他になくなってきたところにその建物があった。

夢現堂……見た目普通のボロイ一階建ての民家である。ただそれに看板で大きく『夢現堂』と書いてあるだけだ。

普通の人ならば絶対に立ち寄らない。

しかも引き戸だ。時代を感じさせる。

そういえば僕が幼い頃よく行っていた駄菓子やの雰囲気にそっくりだった。

どうでもいいことだけど。

「灯狐、いる?」

僕は引き戸を開けながら家主の名前を呼んだ。

引き戸を開けると、中の壁には武器が所狭しと飾られていた。

西洋の剣、刀、槍、斧……その他もろもろ。

見当たらないのは銃や弓矢。弾がなければ武器にならないもの。自身が武器にならないものはここには置いていないのだ。

なぜなら魂が宿らないから。

銃の場合、殺すのは銃ではなく弾、弓の場合は矢。そういうふうに分かれているモノは魂が宿らないと灯狐は言う。

そして魂が宿らないものにここの家主は興味がないのである。

「灯狐……いないのか?」

中に入り再度家主の名前を呼ぶが……出てこない。

おかしいな。この時間なら研ぎ師の仕事をしている時間だと思ったんだが……

そしてここに客としてくる者なんて僕しかいないのだから、呼んでこないのはおかしい。

「灯狐……留守か?」

「いや、いるぞ」

「うぉ!」

突然背後から声をかけられたのでかなり驚いた。

心臓バクバクだ。

振り向くとそこにはこの『夢現堂』の家主、夢現灯狐が立っていた。

夢現灯狐……僕と同じ十六才ながら高校には通わず、この『夢現堂』で研ぎ師として働いている女の子である。若いが研ぎ師としての技術は一級……なのだが刀などが流通していない現代においてはその技術がいくら一級だろうがそれだけで飯が食えるわけがない。

事実ここに研ぎを頼んでいるのは僕ぐらいだ。

それでは何で生計を立てているというと、裏のもう一つの仕事で生計を立てている。

裏の顔……妖刀ハンターの夢現。

この世には不思議なことなんて何もない。

僕のような異常な能力を有している人間もいれば、妖刀だって存在する。

妖刀とは、呼んで字の如く妖しい刀。

人を惑わすような力を持つ妖刀もあれば、自ら動き人を殺しまわる妖刀も存在する。

それらを狩るのが、この夢現灯狐なのだ。

昼はここで研ぎ師をして(客は来ないけど)、夜は妖刀ハンターとして活躍する。

僕の知り合いの中でも取って置きの異端が彼女だ。

「驚くのはいいが、早くそこをどいてくれ。私が中に入れない」

「何処かに出掛けていたのか?」

僕はまだ中に一歩しか踏み入っていないので、背後から声をかけてきたということは、灯狐は外に出ていたことになる。

振り返ってみると、夢現灯狐は……着物だった。

いや、見慣れてはいるが、外に出歩くときまで着物とは……そんなに好きなのか?

狐色の髪の毛に狐色の着物。そして異彩を放つ真っ赤な瞳。

美人ではあるがその人間離れしている容姿に大抵の人は驚く。

ただ、どうしてだろう。僕は彼女と初対面の時からそれが美しいと思った。

そして今でも変わらない。

皆が驚き奇異の目を向ける彼女の容姿を、僕は美しいと思う。

「うん?どうした?また私に見惚れているのか?」

「ぷは!僕がいつあなたに見惚れましたか!?」

見惚れていたけど……それを認めたくは無い若い僕であった。

「隠さなくてもいいぞ。私も結構陸のことが好きだからな」

「はぁ、さいですか」

「つまらんなぁ。もっと動揺してくれないと」

「そんな台詞ぐらいで動揺するほど若くないよ」

そもそも珍しい台詞でもないし。

灯狐は何かと僕のことを好きとか言う。

しかしその好きはどちらかというと『猫が好き』というものと同じで、とてもじゃないが恋愛感情のそれではない。

「それで、どこか出掛けていたのか?」

僕は再度同じ質問をした。

「うむ、コンビニにな」

「その格好でか!」

「この格好以外にどの格好で出掛けたというのだ?おかしなことを言うなぁ、陸は」

「いや、確かにそうだけど……驚いただろう、店の店員が」

「着物にこの髪でこの眼だからか?確かに最初に行ったときは驚かれはしたが、もう常連なのでな。向こうも慣れたようだ」

「少しも隠さずに自分のスタイルを貫くんだなぁ」

「私は私だからな。何を隠すというのか?それに店員もプロだ。お金を払う客はたとえどんな容姿をしていようが客だ」

一理あるが、わざわざ目立つ格好をして行かなくてもいいのではないかとも思う。

まあ灯狐に何を言っても無駄か。

我が強いのだ、灯狐は。

「……ん?コンビニに行ったにしては何の荷物も持っていないけど、何を買ったんだ?」

「何も買ってない」

「……は?」

「立ち読みしてきただけだ」

威風堂々と言ってのける灯狐さん。

ちょっと待ってほしい。

彼女のあの台詞を思い出してくれ。

『それに店員もプロだ。お金を払う客はたとえどんな容姿をしていようが客だ』

お金払って無いじゃん!

「今月の月刊少年スプラッタは最高だったぞ。特に『内臓破壊兵器-ドベチャ君-』は間違いなく今の漫画の中で一番面白い。あの台詞は神の言葉だ。知りたいか?知りたいだろう?『お前の弾けた心臓に胸きゅんだぜ』。凄くないか?心臓が弾けているのに胸きゅんなんだぞ。くくく、今思い出してもお腹がよじれそうだ」

「もういろいろ突っ込みどころがあって何から突っ込んでいいかわからないから、とりあえず僕が一番気になったことを突っ込むことにしよう……何そのマニアックな本!?そんな本コンビニに置いてあるの!?」

「それが置いてあるのだよ。今度気が向いたら見てみるといい。あれは女の子ではなくとも楽しめるはずだ」

「いや月刊少年スプラッタなんだから、少年誌だろう?」

「うむ、そうか。それは失念していたな」

どうでもいい突っ込みをしてしまった。

まあもういいや。疲れた。

「しかしその格好で立ち読みかよ。度胸あるなあ」

「どんな格好であろうと私は私だからな。さて立ち話もなんだ。粗茶でいいのなら出してやるぞ」

そして僕は客として迎えられた。


「それで、今日は何のようでここに来たのだ?」

六畳の畳の部屋に通され粗茶を出されると、単刀直入に灯狐は訊いてきた。

「研ぎの依頼か?それとも私と雑談がしたかったのか?私とは前者が望ましいのだが、しかし後者であっても嫌ではないぞ。陸と話すのは私も楽しいからな」

「はぁ、そうですか」

僕は出された粗茶を飲んだ。あまり美味しくなかった。

「はたまた龍尾に会いに来たのか?それは私としてはあまり嬉しくないことだな」

「そういえば龍尾は元気か?」

「うむ。先程、茶を入れる際に様子を見たが、幸せそうにコタツに入っていたな」

「この季節にコタツはまだ早いんじゃないか?」

今は十月。コタツを出すにはちょっと早い季節だ。

「そんなことはないぞ。夢現堂では八月でもコタツが働いてくれているからな」

「それは絶対におかしい!」

何で暑い時に暖かいコタツが働くんだ?

そんな時期にそんなものに入ったら頭おかしくなるぞ。

「いや勿論火はつけないぞ」

「火をつけなくても充分おかしいって」

「そんなことはない。あれは不思議な温もりがあってな。夏であってもその温もりを求めたくなる時があるのだよ」

「そう言われると納得できるような気がするなあ」

「まあ、本音は単純に仕舞うのが面倒だっただけだがな」

ただの面倒臭がり屋であった。

そういうのは本音は言わずに建前だけでやめておけばいいのに……

「さて、雑談はさて置き用件は何なのだ?」

「うん、実は今日は雑談でも研ぎの依頼でもなく、刃物一式が欲しくてね」

燐那に言った刃物の宛てとはこの夢現灯狐のことであった。

今日は雑談をするつもりであったが、急遽燐那の刃物を用意してもらうためにここに来た。ということにした。

「刃物一式……か。まさかまた全ての刀を折ったのか?」

「あー、あの時はマジにすいませんでした」

約一年前、僕はある強敵と対戦し、今持っている刃物と同じものを全て折ったということをやってのけた。

あれを報告したときの灯狐の顔は今でも覚えている。

その時対戦した強敵よりも恐怖を覚えた。

まあ結局かなりのお金を払って同じものを用意してもらったのだが……

しかしあれ以来僕は刃物を丁重に扱っている。

二度とあの恐怖を味わいたくないからだ。

「今回は僕のじゃなくて、知り合いの女の子の為に一式用意してもらいたいんだ」

「女の子?」

僕は燐那のことを軽く説明した。

必要最低限のこと、ちっちゃいとかロリータとかの情報は勿論抜かしてだ。

「うむ。そういうことならその子にぴったりの刀があるぞ」

「え?本当か?」

「この間手に入れた妖刀でな、『首切り鎖鎌』というやつだ」

「うおい!いきなり妖刀かよ!しかも名前から言ってかなり凶悪そうなやつじゃないか!」

「む、人を名前や顔で判断してはならないと親から教わらなかったのか?名前が凶悪そうでも実はいい人かもしれないぞ」

「人じゃないしね。それにきっとその刀が凶悪だからそんな名前がついたんだろう?人間は先に名前をつけるが、刀はその経歴が名前をつけるんだ」

「ほう、なかなかうまいことを言うじゃないか。しかし実物を見ていないのに凶悪と決めつけるのはやはり愚かなことだと私は思うぞ」

見なくても名前から想像が可能なのだが。

しかしそこまで言うのであればどのような刀か訊いてみるとするか。

「わかった。それじゃあその『首切り鎖鎌』というやつはどんな刀なんだ?」

「うむ、刃の長さは丁度陸の身長と同じくらい。死神の鎌を連想してくれ。あれとほぼ同じなのだが、柄の部分に鎖がついておってな。その鎖を使って馬鹿でかい鎌をぶん回すという滅茶苦茶な使い方をする刀だ」

「無茶苦茶すぎる……つーか、そんなもん使いこなせるやつがいるのかよ?」

「大丈夫だ。その辺は抜かりない。妖刀だからな、装備すると宿主の意思に関係なく攻撃を行う」

「やっぱり凶悪じゃないか!」

「しかも首だけを的確に狙う。あの大きな鎌とは裏腹に仕事は丁寧なのだ。実際その被害者はすべて首だけを切られ、それ以外の部分は一切の傷も無い。正にプロの仕事だ。しかしそれは私にとっては弱点でしかなかったがな。どうだこの刀は。威力と凶悪さなら私のお墨付きだが」

「却下だ」

燐那がそれを装備した場合、被害者になる確率が一番高いのは僕だ。

僕がそれを止めることが出来るのか?

少なくとも本気を出さなければ、殺し合いをしなければならないだろう。

それは僕としては望むことではない。

「うむ。まあ冗談だ。本気にせずとも良い」

「そうか。冗談でなによりだ」

「妖刀なんてものははよっぽどのことがない限り他人に譲らないからな。と言うかお前以外に譲ったことはない」

「ふうん。それは光栄だ」

「妖刀を使うにはその妖刀以上にイカレてないといけないからな。そんな人間は私の周りでも陸ぐらいだぞ」

「ふうん。それは光栄だ」

「本当にな」

さて話を脱線させるのはこのぐらいにしてもらって、本題に入ってもらおう。

「それで、用意してくれるのか?してくれないのか?どっちなんだ?」

「ふむ、してもいいのだが……」

灯狐が渋る。

何か問題でもあるのだろうか?

「お金か?お金ならちゃんと払うぞ」

「そんなものは当たり前だ。そうではなくてだな、相性というやつがあるのだよ」

「相性?刃物と人にか?」

「そうだ。人が刃物を選ぶように、刃物であっても人を選ぶのだ。その相性がわからないことには刃物は用意できんな」

「そうなのか?僕は大抵の刃物は扱えるけど……」

「それは陸が特別異常だからだ。何せあの『龍尾』を扱えるのだからな。羨ましいぐらいの異常っぷりだ」

そうなのか?僕としてはいまいち実感がないのだが。

しかし、刃物と人に相性なんてものがあるなんてなあ。

そんなものは眉唾物だと思うのは僕だけだろうか?

「さて、ここまで言えば私の言いたいことは理解できたか?」

「まあ一応。つまりどの刃物が合うか知りたいから、その子を連れてこいって言いたいんだろ?」

「うむ。察しがよくて助かるぞ」

そこまで丁寧に説明されれば誰でも察しがつくと思う。

……燐那を連れてこい、か。

それは問題ないことなのだが、しかし一つだけ約束してもらわないといけない。

もう同じことを繰り返したくないのだ。

「灯狐……彼女を連れてくるのはいいが、一つ約束してくれ」

「ふむ。何だ?」

「燐那……連れてくる子の名前だが、彼女を見ても決して僕に『ロリコン』と言わないでくれ」

それが僕の願いだ。切実なる僕の願いだ。

いや、燐那とはやましい関係ではないし、それに僕はロリコンではないのだが、しかしこれ以上言われると精神が参る。

回避できるのであれば回避したいのだ。

「自分の無知が恥ずかしいのだが、『ろりこん』とは何なのだ?」

神はいた!

「いや、知らなければいいんだ!うん全然構わないよ!」

無知は恥だと彼女は言うが、しかしそれが人を救うことだってある。

現に今僕は救われた。

彼女の無知に救われたのだ。

「どうしてか、やけに嬉しそうだな……そうだ、陸の嬉しそうな顔を見て思い出したぞ」

「うん?何を」

「まあ待て。今持ってくる」

そう言って灯狐は席を外した。

持ってくるということは何かくれるのか?

人から何か貰うのは喜ばしいことなのだが、何故だろう?僕は灯狐の行動が非常に不安でしょうがないのだった。

そしてこういう嫌な予感に限って当たったりするのであった。

三分ほどで灯狐は戻ってきた。

「すまんな。用意はしていたのだが龍尾のやつが見ていたので持ってくるのに少々時間がかかってしまった」

そう言って僕の前にそれを置いた。

それは数枚の写真だった。裏返しで置かれているため何の写真かはわからない。

頭にハテナマークが浮かぶ。

はて?これは何の写真だろうか?

灯狐はあくまでも研ぎ師であって写真を現像してくれる職業にはついていないため、当然僕は灯狐に写真の現像なんてものを頼んだ覚えはない。

覚えはないのに写真を僕の前に置く灯狐。

いったい彼女は何を考えているのか?

「どうした?見ないのか?」

「えっと、その前に……」

どうやらこの写真を見ても良いようだが、その前に確認をとっておかなければならない。

これが何の写真なのか。

確認をとることによって、たとえこれがどんな写真であろうとも心の準備が出来、穏やかに人生を送ることができるのだ。

「これは何の写真なんだ?」

「うむ。陸が喜ぶ写真だと聞いているぞ」

僕が喜ぶ写真?

というか聞いているって、誰に?

何か妖しい流れになってきた。

なってきたのだが、まあ僕の喜ぶ写真だというし、それならば少なくとも気持ち悪いものではないだろう。

とりあえず見てみるか。

僕は写真を手に取り、写っているものを確認した。

そこには、狐色の髪の毛をした、小学生の、女の子の、運動会の様子が、写し出されていた。

「……なんだ、これは」

「写真だが?それが何か?」

「……質問が悪かった。そうだな二つ質問がある。一つ一つ順番に答えていってくれ。まずこれは何の写真だ?」

「うむ。それは私が小学校三年生の時の写真だな。このときはまだ私に父親がいたからな。撮ってもらったんだ。うん、懐かしい写真だ」

「その懐かしい写真をどうして僕に渡すんだ?」

「それはだな。陸がこういうものを好いているという話を聞いたからだ」

「誰だ!?そいつは誰だ!?」

心当たりは一人しかいないけど。

「陸……質問は二つのはずだぞ」

「答えろ!って言うか玖浪だろ!玖浪のやつがここに来たんだな!」

そんなことを言う人間なんて僕の周りには玖浪しかいない。

玖浪と灯狐は僕と知り合う前からの知り合いらしい。

僕も玖浪の紹介で灯狐と知り合ったのだ。

だから玖浪が今日、灯狐のところに来たとしても何らおかしいことはないのであった。

「残念だな、陸。私には守秘義務というものがあってな。話すわけにはいかないのだよ」

守秘義務だか何だか知らないが、そんなものよりも僕の人権をまず守ってほしい。

「それにな、玖浪さんは今日徹夜をしていてずっと家に寝ていたはずだぞ。そんな玖浪さんがどうしてこの夢現堂に来ることが出来る?眠い中わざわざこんな辺鄙な場所を訪れる理由は何だ?」

玖浪は立夏の能力を安定させるため、今日徹夜をしていた。

そして僕が学校に行くときにはぐっすり就寝体勢に入っていたことは間違いない。

玖浪ではないのか?それならいったい誰が?

………………いやいや、ちょっと待て。

これはもう玖浪で決まりじゃないか。

玖浪がここに来たのか、それとも電話で灯狐に話したのか、それは定かではないが、どうしようもない情報を灯狐に与えたのは玖浪で間違いないようだ。

「眠い中こんな辺鄙なところに訪れた理由、か。大方僕をからかいたかったのだろう」

「うむ、確かにあの人はそういうところがあるな」

「で、来たんだろ?玖浪が。もしくは電話かな?でもあいつの性格上直接訪れるほうが確率的には高そうだ」

「その質問には答えられんなぁ」

「いや、もうわかっているから隠さなくていいよ」

「む?どこで気づいた?」

「まあ僕と灯狐の共通の知り合いは玖浪と郁さんだけだっていうのがまず一つ目。それで僕をからかうのは郁さんより玖浪のほうが確立が高いというのが二つ目」

郁さんも僕をからかうことはするのだが、しかし僕がロリコンだということを知ったら(いや、ロリコンじゃないけどね!)、まず自分がそういう服を着てくるだろう。

よって郁さんは違う。

「最後に、灯狐が何故玖浪の奴が寝不足だと知っている?それは奴がここに来たか、または電話でそのことを話したからだ。よってそんなアホな情報を与えたのは玖浪ということになる」

以上、証明終了。

「陸、証明してそうで出来てないぞ」

「え?嘘?」

「玖浪さんがここに来た、もしくは電話してきたのは証明できている。だが、その会話で玖浪さんがそのことについて言ったという証明は出来ていないな」

「あ、本当だ」

いや、でも僕の中では玖浪と郁さんの二択になった時点で、犯人は玖浪って証明されているのだけど。

しかしその証明は灯狐には適用されないか。

うーん、どうやって認めさせよう。

「まあしかし、情報提供者は玖浪さんなんだがな」

「あ、もう隠す気なしですか?」

「あまり引き伸ばしても楽しくないからな。いかにも。今日の昼頃玖浪さんが訪ねてきてな。陸の意外な性癖を語っていったのだ」

「僕にこんな性癖はないから」

そう言って僕は小学校の頃の灯狐の写真を持ち主に返した。

「何だ、いらんのか?折角陸が喜ぶと聞いて用意したのに」

「何でもかんでも人の言うことを信じてはいけないよ。しかも玖浪の言うことは特にだ」

「そうなのか?玖浪さんの言うことはいつも為になることばかりだと思うが」

あいつは真の変態だからな。

十代の女の子には非常に紳士なのだ。

二十代から上の女性になると百八十度態度が変わる。厄介な僕の家族。

それが参乃川玖浪だ。

「僕は別に小さい子が好きなわけじゃない」

「なら嫌いなのか?」

「そういうわけじゃないけど」

「はっきりしないな。好きか嫌いか、どっちなんだ?」

「……だから、僕は小さい子しか愛せないっていう性癖はないんだ。それで僕は小さい子は嫌いじゃない。むしろ好きかな?でもその好きは灯狐が僕に言うような好きで……」

あぁ、もう、説明がめんどくさい。

くそ。灯狐がロリコンという単語を知っていれば、『僕はロリコンじゃない』って言えば済むことなのに。

「ふむ、陸は小さい子が結構好きということか」

「何でそうなる!」

「私は陸のこと結構好きだぞ」

「それはどうも。あぁ!もう!いいや!面倒だ!どうとでも思ってくれ!」

そうだ。そもそも僕は人にどう思われようが、どうでもいい人間だったはずだ。

他人が僕をどう思おうが、どう評価しようがどうでもいい。

自己で全てを完結させることを目標にした人間だった。

だから、灯狐が、僕を、どう、評価、しようが、どう、思おうが、関係……

「拗ねるな、陸。ふふふ、ちょっと虐めすぎたか?」

「拗ねてなんかないよ」

自分でもわかる。

明らかに僕は拗ねている。しかもそれを隠そうともしない。

子供か、僕は?あー、本当に格好悪い。

灯狐には出来れば格好悪いところは見せたくないんだが、今は感情をうまくコントロール出来ない。

そしてする気もない。

「陸は基本マゾだが、あまりやりすぎると拗ねてしまうからな。調整が難しいな」

「マゾじゃない」

「拗ねるなと言っている。悪かったよ。私が悪かった。ただな、お前に喜んで欲しいと思ったのは事実だぞ」

「……」

「この写真を見せたのは理由があるのだ」

灯狐が真面目な話を切り出した。

さて、僕はこのまま拗ねていようかどうしようか悩んだが、このまま拗ねていては本当に情けない男になってしまうので拗ねるのを中断し話を聞くことにした。

「私と陸、出会ってからもう三年近く経過した」

「そうだな」

めんどいので詳しい計算はしないが、それぐらいの月日は経過していた。

玖浪に紹介されて、初めて異端な彼女を見たそのときから、もう三年か。

「それだというのに、私たちはお互いの過去を何もというほど知らない」

「……そうだな」

僕は今両親がいない。そして灯狐も両親はいない。

その理由をお互い問いただしたりはしない。

灯狐に両親がいない理由、それは僕と同じ惨劇ではないだろうが、それでも進んで人に話したいものではないだろう。

だから僕らはお互いに問いたださない。

それと同時にお互いの過去は何も訊かなかった。

僕と灯狐は知り合って三年にもなる。そして自分で言うのもなんだが灯狐とは結構仲良くなった。

仲良くなったが、お互いの過去は何も知らない。

それが僕と灯狐の関係。

僕はそれが異常なこととは思わない。過去を詮索しなくても現在だけ見ているだけでも、それだけでも結構楽しいのだから。

僕は現在の関係に満足していた。

「私はな、陸に私の過去を知ってもらいたかったんだ」

「……」

「だからといって陸の過去を教えてくれというわけでもないんだ。それに私だって言いたくはない過去がある。うん、何を言いたいかというとだな、もう少し私たち仲良くならないか?ということだ」

「……灯狐、しかしそれは……」

僕の過去。それは醜悪で、何もなくて、そして惨劇だ。

人に語るほど美しい過去。そんなものが僕にあるだろうか?

「私とは仲良くなりたくないのか?」

灯狐の表情が悲しみを表す。

「いや、そういうことじゃない。僕だって灯狐と仲良くなりたい。今以上に」

それは僕の本音だ。

「でも僕の過去は……頑張っても綺麗なものを見つけられないんだ。覚えてないのか、それともそんなもの自体何も無かったのか?本当にどっちなんだろうね?」

「ふむ、語りたい過去がないのか。しかし私だって綺麗な思い出ばかりじゃないんだぞ。例えばこの運動会」

灯狐は先程の写真を置いて、僕に再びそれを見せた。

……しかし、小さいときでも綺麗だな。灯狐は。

「私は父が来ているということで非常に緊張していた。更にはいい結果を父に見せようと気を張ってしまってな。気づいたら百メートル走で、八秒台という結果を叩き出してしまったのだ」

「スーパー小学生だな」

このときから灯狐は能力が使えたということか。

えっと小学三年か……その時僕は、すでに惨劇の後か。

本当、どうしようもない人間だな。僕って。

「運動会だからな。成績は残らなかったが、その後父にこっぴどく怒られた」

「うん。力を持っている者はそれを隠して生きていかないといけないからな。当然と言えば当然だ」

「うん。そうだ。だが私はこのときはそんな自覚も無く、ただ父に怒られて泣いていたのを覚えているな。ともかくだ、仲良くなろう。陸」

「うん。そうだな」

僕に綺麗な過去は何一つ無いかもしれない。

それでも僕は灯狐のことをこれ以上知りたいと思い、灯狐も僕のことをこれ以上知りたいというのなら、僕はそれに応えるべきだろう。

「まあ陸が自分のことを語りたくないというのなら、強要はしない。ただ私のことをもっと知ってほしいんだ。先にも言ったがな」

「そうか。うん、そうだな。僕も何か語れそうな過去を探してくるよ」

僕らはその後も他愛のない雑談をした。


夢現堂を出たのは八時過ぎになってしまった。

あまり遅く帰ると、また玖浪に何を言われるかわからないので走って帰る。

僕は普通ではないので、走って帰ることが何よりも早い移動手段なのだ。

出来るだけ人目のつかない道を最速で走る。

そうやって急いだ結果、家についたのは八時半だった。

うん。まあ大丈夫だろう。

息も上がっていない。汗もかいていない。

不自然なところは何も無い。

一呼吸置いて僕は家に入った。

「ただいまー」

「あ、おかえりなさーい!」

居間のほうから吉家立夏の声が聞こえる。

そしてダンダンと響く足音。

どうやら走ってお迎えをしてくれるつもりらしい。

三秒ぐらいまっていると吉家立夏が現れた。

「おかえり陸君。今日も少し遅かったね」

「うん。友達のところに行ってきたからね」

「そうなんだ。それでご飯にする?お風呂にする?それとも……」

「そんな古典的なギャグはいらん。とりあえずご飯かな」

「ぶー、つれないなぁ。まあ、いいや。じゃあ今から温めるから陸君は部屋で着替えてきて」

そう言って台所に向かおうとする立夏。

「あれ?今日は郁さんがご飯を作ったんじゃないのか?」

この参乃川の家で夕飯を作るのは郁さんと決まっている。

それは強制していたり、ルールなどではなく、本人が作りたがるのだ。

だが、今は立夏が台所に向かおうとするということは今日の晩御飯を作ったのは立夏ということなのか?

「あれ?聞いてないの?郁さんは何か用事があるっていうことで夕方から出掛けたよ」

「全く聞いていないな」

そんな時間からまだ帰ってきていないということは、仕事の関係だろうか?

参乃川の仕事、すなわち殺し屋の仕事。

しかし郁さんに仕事の依頼が来るなんて、よっぽど特殊な仕事なのか?

郁さんの能力は世にも珍しい人体を元に戻す能力だ。

簡単に言うと回復役。厳密には違うのだが、まあその認識も間違いではない。

人を治すことが大好きだから参乃川に所属しているとか、変な人だ。

性格はつかみどころが無いハイテンション姉さんだ。

「郁さんに仕事の依頼がくるということは惨劇を起こせども、対象を生かすことが必要だっていうことか?何か面倒な仕事そうだなぁ」

まあ推測だけど。

二階に上がり僕の部屋へ。

着替えて台所に向かうと、そこには既に温められた料理が置いてあった。

「さあ、召し上がれ」

立夏の料理を食べるのは初めてだったが、うむなかなかうまい。

この歳でこの腕前とは恐れ入った。

「立夏は良いお嫁さんになるなぁ」

これまた古典的なほめ言葉を言ったら、異常なほどに立夏は喜んだ。


あとはTVを見たり、くだらないことを話し合ったり、玖浪に怒ったり、ともかく昨日の僕は世界は普通の僕の世界だった。

おかしいことが起こり始めたのは、今日からだ。

もっとも僕の世界ではそれは逸脱しておかしいことでもなかったが。

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