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1話 日常1

「お兄さん。訊きたいことがあるんですが……」

「ん?なんだい?」

と笑顔で答えてくれるお兄さんと私は血縁関係なんて全くない。

会ったのだってつい最近……一週間ほど前の話なのだ。

あの事件が解決して、私に特殊な能力があると彼に露呈してしまい、彼は彼の家族の一員になることを私に勧めたのだった。

ちなみに彼と言うのは目の前にお兄さんのことではない。

彼は……

『まあ君ぐらいの特殊能力なら一般人に溶け込みながら生きていける可能性も少なくはないのだけど、そこはほら、最近いろいろとこちらの事情も物騒になってきたから……と言ってもこちらの事情なんて君は一切知らないわけだけど……』

しどろもどろになりながら彼は説明してくれたのだが、いまいちよくわからなかった。

よくわからなかったが、彼は信頼できる人間だった。

あの事件を解決に導いてくれたのだから、この世で唯一私が信頼できる人間かもしれない。

でも、

「彼のことを、知りたいんです」

私は彼のことを知らなすぎる。

彼の家族のことも。このお兄さんのことも。

「彼っていうのは?」

参乃川陸サンノガワリク君です」

そう、彼の名前は参乃川陸といった。

一週間前、私は崩壊寸前だった。

疑心暗鬼、誰も信じることが出来ない。

不可思議な現象。普通とは全く異なる異質の現象。

そんなものに囚われていた。

それを救ってくれたのが参乃川陸君だったのだ。

こう語るとまるで彼が無償で奉仕してくれたように聞こえるのだが、実際は私が彼に依頼したのだ。

どうにかして欲しいと。

結局原因は私の特殊性にあって、そしてそれをうまく使うべく私は参乃川さんの家で現在学校を休んでまでその特訓に励んでいたのだが、それも飽きてきたので、私は興味がある彼のことをお兄さんに訊くことにしたのであった。

「陸ね。陸の何が知りたいの?」

お兄さんは私に『お兄さん』と呼ばれることに至福を感じているため何でも教えてくれるような羽振りのいい調子で言った。

「えっと、年齢は?」

「高校一年で誕生日がもう来たっていうから、十六かな?」

いけない。それは私も知っている情報であった。

「じゃあ、身長は?」

「だいたい170センチあるかないかってところ?」

見ればわかる。

「体重……」

「五十五あるかないか?」

太ってもいないし痩せすぎてもいないからそれくらいが妥当であろう。

「性別は……」

「確認するまでもなく男だ」

確認するまでもなく男だった。

違う、そうじゃない。私が真に聞きたいのはそんなことじゃなく……

「君はそんな表面的なことが訊きたいんじゃないんだろう?」

お兄さんには全てお見通しのようだ。

この人とは本当にやりにくい。

年齢が私たちよりも上だからだろうか?

「あのプライバシーに関わりそうなことでも、OKですか?」

「全然OKだよ。あいつなんかにプライバシーなんて適応させてはいけない」

適応させてはいけないらしい。

そうは言われたが、私は一応申し訳なさそうにお兄さんに訊いた。

「お兄さんと陸君って家族なんですよね」

「そうだね。そして君も今や僕らの家族だ!」

至福の表情で言うお兄さん。

その表情はどこか変態チックで好きにはなれない。

「でも血は繋がっていない」

「血の繋がりだけが家族の繋がりじゃないよ。お兄さんはね、家族っていうのは互いに存在を認め合うものではないかと思っているんだ」

お兄さんが良いことを言っているのはわかっているのだが、自分でお兄さんと言い出したお兄さんは本気で気持ち悪い。

ルックスはいいお兄さんだけど、性格は本当に気持ち悪い。

酷い言い方をすればキモイ。

「今酷いこと考えなかった?」

「考えてないですよ」

「そう。まあともかく僕らは家族だ。君はまだそう思っていないかもしれないけど、少なくともお兄さんはそう思っているぞ」

「でも血は繋がっていない」

「……」

「それは……」

私は続けていいものかと一瞬だけ迷ったけれど、訊くことにした。

「それは陸君とお兄さんも血が繋がってないってことですか?」

「うん。そうだよ」

あっけらかんとお兄さんは答えた。

「というか、君はまだ参乃川のことを理解していないようだね。おかしいな、陸に依頼を頼んだ時点でそこまで調べがついていたんじゃないの?」

「あの時の私にそこまでのことは出来ませんよ」

あの時の私は……本当に追い詰められていた。

藁にもすがる思い。正直嘘でも何でも良かったのかもしれない。

そんな精神状況で、陸君に出会った。

「あの時の私が知っていたのは精々あなたたちが殺し屋ということだけです」

「殺し屋というのは正しいが、お兄さんたち……いや参乃川は自分たちのことを惨劇屋と呼んでいる」

そう目の前にいるお兄さんも、そして私が興味を持っている陸君も殺し屋なのだ。

しかも彼らは日本国で認められている殺し屋なのだそうだ。

勿論公には認められていないが、暗黙の了解があるらしい。

そう陸君は言っていた。

「君にも一応その辺の詳しい事情を話しておくべきかな?こちらに足を踏み入れてしまったしね。日本で認められている殺し屋たちを『十死』と呼ぶ。その名が示すとおり十の殺し屋の集団が認められているんだ。壱慈玖から始まり、十輪で終わる。まあその中に我らが参乃川も含まれているというわけ」

「子供でも信じないような話ですね」

「というか誰も信じないよな。陸も最初は信じなかったし」

それはそうだ。

国が人殺しを認めているなんてどうかんがえてもおかしい。

法律では認められていないのに国が認める殺人……

「まあ世の中では殺人でしか解決が出来ないことっていうのは確かにある。そういうときにお兄さんたちが必要なわけだ。参乃川はそんなに誇り高い意識は持っていないけどね」

「惨劇屋……でしたっけ?それは殺し屋とどこが違うんですか?」

「やることは一緒だけど、結果が違う。とにかく他の十死よりも凄惨に、劇的に現場を演出する。つまり惨劇的に殺すことが惨劇屋の仕事なんだ」

どっちにしろ殺すのに惨劇的に殺すのと普通に殺すの、どこが違うのだろうか。

私にはその差がわからなかったが、しかしあえて詳しく聞く気もしない。

「参乃川は十死の中では一番規模の大きい集団だ。それもそのはず参乃川は気に入った奴がいればすぐに家族に、つまり仲間に入れてしまう。許可なんて参乃川の一人がすればいいんだ。そういう意味では十死の中で一番縁は薄くそして広い。でも君とお兄さんそして陸とカオルとの仲は滅茶苦茶いいけどね」

後半は無視して、ネズミ算で増える殺し屋集団参乃川。

私が陸君に出会ったのは偶然だが、参乃川に接触したのはもしかすると必然だったのかもしれない。

「今参乃川にはどれぐらいの殺し屋がいるんですか?」

「知らないけど、半年ぐらい前の時点では三百人ぐらいだったか……」

「名前を知らない人もいるんじゃないですか?」

「というか知らない奴だらけだよ。陸と郁を合わせても十人も知らないよ」

「三十分の一ですか?」

「お兄さんは人の顔を覚えることが苦手なのだ」

胸を張って言うことではない。

「その分戦闘能力は参乃川でも五指に入るけどね」

「お兄さん……怖いです」

これは私の素直な意見だった。

今のお兄さんの顔は、人殺しの顔だった。

さっきまでのおどけた雰囲気とは違う、殺し屋の気配。

陸君と同じ気配。

「ごめんね。すこし脅かしすぎたかな?」

参乃川のことはこれぐらいでいいと思う。

私はそんなことよりも、陸君のことが知りたいのだ。

「陸君も……陸君も参乃川だから殺し屋、何ですよね?」

「そりゃ参乃川だからなぁ」

「陸君も何人も、人を、殺しているんですか?」

「うーん。それは……答えにくい質問だな」

「私の質問でも答えられないんですか?」

上目遣いでお兄さんを見る。

「はふん」

一目で堕ちた。

私って罪な女かもしれない。

「いや、ね。お兄さんも君に出来る限りの情報を提供してあげたいと思ってはいるんだけど、そういう微妙な質問は困るんだよね」

「微妙な質問ですか?」

「とても微妙な質問だよ」

「とてもですか?」

「殺しているといえば殺しているし、殺していないといえば殺していない」

「わけがわかりませんけど」

「陸は殺しをしたことがないわけではないが、参乃川に所属しているわりには殺しはしていない、というのかな?」

「……」

「参乃川では陸という存在は異常なんだよ。普通殺し屋は依頼者の意向に従い敵を殺すだけだ。依頼者にそこまで感情移入しないんだよ。そうだな、例えば君の事件」

「……」

「他の参乃川の者だったら間違いなく君を殺してそこで依頼を終了させていたはずだ」

……あの事件の原因は私だった。

そして私は事件の幕引きを陸君に願ったのだから、それを最も簡単に達成するには確かに私を殺すのが一番手っ取り早かった。

でも陸君はそうしなかった。

だから私は興味を持っているのだ。

「でもお兄さんは違うよ。君のような子を殺すほどお兄さんは堕ちていないからね」

「そんなことはどうでもいいです」

「どうでもいいから先に進めと?まあいいけど。さて参乃川……いや殺し屋は大抵そんな奴らばかりだけど、陸は違う。まず依頼者に訊くんだよ。『本当に殺していいのか?』と。訊くんだよ。さらに『それはいいことなのか?悪いことなのか?』と。そんで依頼をやめさせる。説得してしまうんだよ。殺し屋としてはあり得ない」

「……陸君は、どうして殺し屋なんてやっているんですか?」

「それしか選べなかったから。あいつにもいろいろ事情がある。それは俺が話せる事情ではない」

「……」

私としてはその事情が特に知りたいのだけど、しかし聞けないんだろうなぁ。

「陸はおかしな奴だよ。行動原理がわからない。俺が言えることじゃないけどね。あんな奴に惹かれないほうが良いというのが俺の唯一の助言かな」

余計な助言だと思った。

私が誰に惹かれようが私の自由だ。

たとえ相手が殺し屋であろうと。

私が若干不機嫌になっていると玄関のほうから物音が聞こえた。

彼が帰ってきたのだ。



僕はわりかし、いや結構と言い換えておこう、今の世界が気に入っている。

世界とは日本とかアメリカとかそういう次元の話ではなく、自分を取り巻く環境のことだ。

現在の世界情勢がどうなっていようが僕にはどうでもよく、ただ今の僕の世界が平和ならそれで良かった。

いや、訂正。

平和でなくても良かった。

僕の満足する形であれば。

実際今の僕の世界に僕は大いに満足している。

拭い去りたいような凄惨な過去が僕にはあったりするが、それでもこのような現在を迎えることが出来たなら、まあそういう過去があっても良かったかと思えるぐらいだ。

この参乃川陸は今の世界が気に入っている。

とりあえず参乃川陸の世界がどんな感じか、昨日の僕の生活をご覧頂こう。

昨日は正に普通の僕の世界だったからだ。


「陸君。朝だよ。起きてくださーい」

まず朝、目覚ましが鳴り響く前に友人である吉家立夏キッカリッカによって起こされた。吉家立夏とは何か変な響きの名前であるが、僕はそれがまた面白く気に入っているのだけど、果たして吉家立夏自身が自分の名前を気に入っているかどうか僕は知らない。

「陸君。聞いてる?朝ですよ?起きてくださーい」

吉家立夏の声によって目は覚めてはいるのだけど、だけど起きる気にはならない。

だって目覚まし時計が鳴ってないんだもの。

どうしてこの立夏吉家は……あ、間違えた。吉家立夏だった。ともかくどうしてこいつは目覚ましがなる前に起こしに来るのだろうか?

そもそも今は何時だ?

布団に包まったまま、枕元に置いてあった目覚まし時計を掴んで目の前に持ってくる。そしてそのデジタルな時間表示を見ると……

05:08

「……」

早い。早すぎる。

どういうことだよ。これ?

僕が目覚ましをセットした時間は確か7:00である。

その時間に起きて、準備をしても余裕で遅刻せず学校に到着できるのだ。

その二時間前に何故か僕は起こされている。

「……立夏吉家」

「立夏吉家じゃないよ!陸君!吉家立夏!もう間違えないでよ!」

「そんなことはどうでもいい」

酷くどうでもいい。

「どうでもよくないよ!凄いショック。陸君に名前を間違えられるのは凄いショックだよ!一日の始まりなのに朝から本当に憂鬱になるよ!」

こんなに早くに起こされた僕のほうが断然に憂鬱だ。

「謝って」

「立夏吉家」

「どうして謝らないでまた名前を間違えるの!」

「だって誤れって言ったから……」

「漢字が違うよ!私は謝ってと言ったの!謝罪の言葉が欲しいの!」

……朝からテンションが高い立夏さんだった。

初対面の時とは全く違う。

まああの時は状況が状況でそんなテンションになっている場合じゃなかったのだが。

しかし、これは良い傾向なのだろうか?

借りてきた猫状態になるよりはマシなのだろうが……僕の吉家立夏に対する第一印象が大人しい美少女キャラだったので、今の吉家立夏はちょっと抵抗感がある。

「うぅ……うぅうぅ……陸君がいじめるよ」

今度は泣き出した。

うわぁ、本当に朝から喜怒哀楽が激しい人だ。

ある意味人間らしい。

と、冷静に人間観察をしている場合ではない。

こんなに可愛い女の子を泣かすなんて、男としては最低だ。

何がなんでも泣き止んでもらわないと……郁さんや玖浪クロウの奴に怒られる。

玖浪の奴だったら僕を殺しに来るかもしれない。

吉家立夏のことどうも気に入っているみたいだったし。

「あぁ、ごめん。僕が悪かった。謝る。だから泣き止んでくれ」

わざわざ起き上がって僕は頭を下げた。

「うん。許す」

吉家立夏はすぐに泣き止んだ。というか泣き真似だったらしい。

この子は計算高いというか何と言うか……

本当に人間らしいなぁ。

異常な力を持っているというのに。

参乃川に属すことが出来るほどの能力を有しているというのに。

「朝から僕を狼狽させるなんてやるじゃないか」

「ふふ、いい目覚ましになったでしょう?」

吉家立夏の言うとおり目はよく覚めた。

しかし何故僕はこんな朝早くに起こされなければならないのか?

今朝は何も予定はないはずなのだが……

「立夏吉家……」

「いい加減怒るよ、陸君」

「あぁ、ごめん。まだ眠気が覚めていないんだ」

嘘である。早く起こした嫌がらせであった。

「だいたい、陸君は私のこといつもフルネームで呼んでいないじゃない」

「確かに呼んでいないけど……そんなことはどうでもいいんだよ。どうして僕をこんな朝早くに起こす?」

「うん?だってお兄さんが早く起こして来いって言うから」

「……」

お兄さんというのは玖浪のことだ。

玖浪は何故か吉家立夏に自分のことをそう呼ばせているのだ。それだけならまだいいが、吉家立夏と話すとき、自分のことをお兄さんと呼ぶのだから、これはもう痛い人以外の何者でもない。

あいつの強さは尊敬するけど、性格は侮蔑する僕だった。

本当にあいつと血が繋がっていないことに幸せを覚える。

そんな玖浪が、こんな朝早くに僕に何の用事があるというのだ?

考えてみたが思い浮かばなかったため、結局吉家立夏に訊くことにした。

「玖浪の用件っていったい何なの?」

「久しぶりに稽古をつけてやるって言ってたよ」

「こんな朝早くから?」

「こんな朝早くから」

「それだけ?」

「それだけだと思うよ」

迷惑この上ない話だ。

僕もたまには怒るんだぞ、ということをあいつに教えないといけないらしい。

僕は立ち上がって、奴に戦いを挑むべく庭に行こうとした。

この家の庭は広いので稽古をつけるときはいつもそこで行っているのだ。

一瞬着替えてから向かおうかと思ったが、空手の稽古でもないし、そもそもどんな状況であろうと実力が発揮できないようであれば稽古なんて意味がないのだと考え、寝巻きのまま奴と戦うことにした。

僕の部屋は二階なので、階段を降りなければ庭には辿りつけない。

僕が階段を降りるとそれに吉家立夏もついて来た。

そういえば吉家立夏は当然のように僕を起こしてくれたのだが、もしかして玖浪の奴にそのためだけに起こされたのだろうか?

確かに彼女が僕を起こす役を自ら行うと志願したのは記憶に新しいのだが(何故か知らないけど)、そのためだけに起こされたというのなら、あまりにかわいそうだ。

「吉家立夏……」

「あ、今度は名前間違えなかったね。うんうん。やっぱり素直に名前を呼ばれると嬉しいよ」

「それだけで喜んでくれるのは良いんだけれど、もしかして僕を起こすために玖浪に起こされたのか?」

「あ、ううん。そんなことはないよ。私起きてたから」

「随分早起きだな!」

老人ですか?吉家立夏!

僕が起こされる前に起きていたということは推測すると四時頃ぐらいに起きたということか?

いったい何のためにそんな早起きをしたんだ?

「そうじゃないの。えっと訓練してたから」

「あ」

訓練……能力の訓練。

吉家立夏は見た目は可愛い普通の高校生だが、しかし異常な能力を持っている。

僕と同じように異常な能力を持っている。

しかも僕と吉家立夏が始めて会ったとき、彼女はその能力を暴走させていた。

そもそも能力に気づいていなかった。

だから彼女は自身の能力で起こした現象を他人が行ったものと勘違いし、その架空の他人を殺して欲しいと僕に頼んだのであった。

それが出会い。

僕と吉家立夏との出会い。

結局、僕はぎりぎりで、本当にぎりぎりで彼女の心が崩壊する前にそれに気づくことが出来た。

だけど彼女の能力は不安定だった。

いつあの時と同じように暴発するかわからない。

そういう理由があって吉家立夏は今参乃川にいる。

そして訓練……能力の訓練。

僕も玖浪も、そして郁さんも異常な能力に詳しい。というかそういう能力を有している。

だから彼女の能力を安定させてやることが出来ると思った。

事実吉家立夏の能力はあの頃に比べると落ち着いたようにも思える。

まああの頃と言っても一週間ほど前の、つまりつい最近であるのだけど。

「しかし……夜通し訓練なんて気合が入っているなあ」

「えへへ。まあね」

「正直僕は立夏がそこまで頑張るとは思っていなかったぞ」

「うん。私も意外かな?でもね、一刻でも早く戻りたいから」

戻りたいから……か。

吉家立夏は現在学校を休んでいる。

それは危険だからだ。

彼女は不安定な時期に一度だがその能力を学校で使ってしまったのだ。

級友にはそれが異常な能力であるが故に起こった現象であると気づかれることはなかったが(というかその時は僕も気づかなかったのだが)、しかし次は気づくかもしれないし、同じ過ちを繰り返すつもりは無い。

そもそも能力を認識している今のほうが危険かもしれない。

能力を認識しているから、逆に少しの心の揺れによって能力が暴走してしまうのだ。

その結果被害者が出れば、確実に僕らのような殺し屋が動くだろう。

だからきっちり能力が制御できるまで吉家立夏には学校を休んでもらっているのだ。

「私、学校って昔は嫌いだったの。勉強は出来たけど、友達少なかったし……それが原因でいじめられていると思った」

「加害者がいない被害者」

「そうだね。被害妄想が強かったの」

被害妄想が強いから、自分で自分を壊す。

他人との関係を壊すことは自分の存在を壊すことと同義だ。

「でも今は……学校に行きたい。あの頃に戻りたい」

無理だ。

僕はそう思ったが決して口に開かなかった。

あの事件で彼女が失ったものは大きすぎるのだ。決して戻せないものだって少なくない。

だがそれを言うのは酷だ。

ただの、高校生の女の子にその現実を突きつけるのはあまりにも酷な話だ。

「そして陸君と一緒に授業を受けたい」

「ちょっと待て。僕と立夏は違う高校だろ?」

学年は一緒であるが、立夏の高校は女子高である。

そして僕は男の子であるから当然立夏とは違う高校に通っていたのだ。

「大丈夫。私転校するつもりだから」

「またまたご冗談を……」

「冗談じゃないよ。お兄さんに頼んでいろいろ準備してもらってるし」

玖浪!どうしてそういうことは手回しがいいんだ!?

僕の頼みだったら絶対に動いてくれないくせに!

「いろいろ夢があるんだよ。陸君と一緒に登校したり、陸君と一緒に昼ご飯を食べたり、陸君と文化祭の準備をしたり」

「恋する乙女かよ!?しかも僕と一緒のクラスになることが決まっているし!」

まあ実際僕のクラスは現在欠員が三人ぐらいいるので、僕の高校に転校してくるのなら僕と一緒のクラスになる可能性はかなり高いはずだが……

「だから私は頑張れるんだよ」

「うん、まあ、兎にも角にも頑張れ」

彼女のその夢が本当に叶うのか否か、現在の僕はわからなかったが、それでもちょっとだけ、ほんのちょっとだけその夢が叶うことを僕は祈った。


玄関でスニーカーを履いて玖浪がいる庭に向かった。

一瞬サンダルで行こうかと迷ったが、そんな格好で行って稽古をしたら玖浪に殺される可能性がある。

一瞬の隙が命取り。

そういうわけでスニーカーを選択。

寝巻きにスニーカーとは何か間抜けだったが、まあ朝だし誰も見てないしどうでもいいか。

そんでもって、玖浪とご対面。

「おはよう!陸!今日も良い天気だな!」

無駄にテンションが高い玖浪がそこにはいた。

どうやら立夏の訓練に付き合っていたのは郁さんではなく玖浪の方だったようで、つまり玖浪も寝てないということでテンションが高めということのようだ。

「玖浪……まだ陽が昇っていないんだが」

「ふふん。陽が昇っていないから良い天気かどうかわからないって?馬鹿だなぁ、陸は。雨が降っていないんだから天気は良いに決まっているじゃないか!」

「いや、曇りということもあるしね」

「俺の心に曇りなど一切無い」

「もう意味がわかんねえよ」

ハイテンションの人間はある意味酔っ払いと同じである。

手に負えない。

「ん?あれ?立夏ちゃんは?」

「うん?ちょうどいいから今から寝るってさ」

「うぁー!なんだよ!折角陸を半殺しにして俺に惚れさせようとしたのに!!」

「そんな為だけに僕をここに呼んだのか!」

参乃川玖浪……こいつとだけは、本当に血の繋がりがないことに感謝する。

こいつと真の兄弟だったならば僕は迷うことなく自決の道を辿ったことだろう。

「だってぇ、立夏ちゃんって可愛いじゃん?」

「玖浪……お前ぐらいの年の人間がそれを言うと、世間では犯罪者と認定されるのだが」

「馬鹿者!俺の心は永遠に十五歳なのだ!」

「精神年齢は小学生並みだな」

「くそ!うまいこと言いやがって!ばーか、ばーか」

本当に小学生並みだった。

馬鹿の相手は疲れる。

ちなみに玖浪の年齢は二十三で、高校生に手を出してはならない年齢だと僕は認識している。

「僕、もう戻っていいかな?」

「駄目に決まってるだろ。まだ稽古してないのに」

「それは僕を半殺しにするシーンを立夏に見せるための建て前だったんだろう?立夏いないなら必要ないじゃん」

「それも建て前だよ、陸」

「それも建て前なんだ!じゃあ本音はいったいなんだよ!」

稽古は建て前で、立夏に見せつけるのも建て前だった。

こんなだから玖浪は嫌いだ。

きっと立夏も玖浪のことを嫌っているだろう。

「なに、簡単なことだよ。陸が最近俺と遊んでくれないからさ」

「遊んでくれないって……」

いつ僕がお前と友達になった。

家族かもしれないが友達になった覚えは無い。

勿論なりたいとも思わない。

「最近の陸は……なんて言ったっけ?あの中学生?あぁ燐那リンナちゃんだっけ?その子とばっか稽古しちゃってさ」

「……!!」

ど、どうして玖浪が燐那と僕の関係を知っている?

玖浪にはそれを話したことは無かったはずだ。

いつ、どこでその情報を仕入れたんだ?

「あの……玖浪さん?」

「しかもそれでいて、ちゃんと灯狐トウコちゃんのところにも顔を出すんだから凄いよね。これって世間で言う二股かな?」

「お前は僕のストーカーか!!」

ストーキングされていた。

自分の兄に。恥ずかしくて警察にも言えない。

「陸、忠告だ」

途端玖浪の顔が真面目になる。

こいつは普段はおちゃらけているが、真面目なことを言うときはひどく真面目になるのだ。

「両方とも可愛いが灯狐ちゃんを選んでおけ。彼女となら犯罪にならない」

「中学生だって犯罪じゃねえよ!!」

前言撤回。馬鹿は真面目になどなれなかった。

というか、別に僕はこの二人と付き合っているわけじゃないし……

付き合っているわけじゃないけど、何故こんなにもやましい気持ちになるんだ?

「よく考えろよ、陸。お前が中学生の時、燐那ちゃんは小学生だったんだぜ?」

「当たり前のことなのに、何か悪いことのように言われた!?」

やばい。これはどう考えても玖浪のペースだ。

寝起きの僕と、ハイテンションの玖浪では僕はかなり分が悪い。

「そして家には可愛い立夏ちゃんですか?何?三股?参乃川だけに三股をするっていうのか?」

「うまくないから。それ、全然うまくないから」

聞いてる僕のほうが恥ずかしい。

僕は後悔した。

どんな言い訳をしてでも僕はこの場に来るべきではなかったのだ。

「そんなわけだから、陸を呼んだ本当の理由はこんな感じだ。『何か最近モテモテの陸君が無性にむかついたから半殺しにする』!」

とんでもない理由だった。

まあここまで来てしまったのだから玖浪と稽古はすることにした。

……一時間後、くたくたになった僕がいた。

玖浪の方は息を弾ませてもいない。余裕綽々。これが参乃川玖浪であった。

防戦一方だった。玖浪のやつ、本当に半殺しにするつもりでやったようだ。

これじゃあ稽古じゃない。虐待である。

スニーカーじゃなかくサンダルだったら、玖浪の宣言どおり半殺しだっただろう。

「よく一時間無傷で耐えたじゃん。凄え、凄え」

「け、稽古だしね……はぁ、はぁ」

お互いに能力を使わなかったし、それに玖浪とは何年も前から稽古をしているのだ。

半殺し程度の手加減なら一時間ぐらい無傷で耐えることも難しくない。

くたくただけど。

「はぁはぁ、そもそもさぁ、はぁ、僕の専門って刃物なんだけど」

「お前が刃物使ったら、いくら俺でも殺し合いをしなくてはならないぜ」

「いや、玖浪なら刃物を使った僕にでも、はぁ、手加減して臨めるだろ?」

「無理だね。陸。お前は自分で思っている以上に力を身につけているんだぜ」

「……」

「陸……お前はそんな気は無いかもしれないが、お前も立派な参乃川の一員なんだ。殺し屋、惨劇屋であることを認識しろ。そしてプロならば自分の能力をきちんと測れ。過大評価することなく過小評価することなく自分の能力を測れ。でないとお前、今に死ぬぜ」

「朝から、はぁ、無理矢理稽古に連れ出して、言うことはそれかよ」

段々、段々と呼吸も整ってきた。

「警告だよ。俺はお前のこと大好きだから、だから言ってあげるんだ」

「それはどうも」

「もっとも陸は変な性格をしているから、殺し屋のくせに説得とかしだすから、余計な気遣いだったかもしれないけどな」

「……」

殺し屋の集団、参乃川。

そのなかでも僕は異質だと玖浪は言う。

そうは言うけどなぁ、その中だからこそ僕の意見が異質になってしまうだけで僕自身はそれほどまで異質だとは思わないんだけど。

「だからこそ異質なんだよ」

「こら玖浪。勝手に人の心を読んで、発言をするな」

「参乃川という殺し屋の集団に所属しているのに異質ではない意見を持つという異質。俺は理解できないよ。あれだけのことがあったお前がこうなるなんてさ」

「……別に参乃川らしいところだって僕にはあるだろう」

「確かにある。だが、それにしたってお前はあっち側の意見をよく言いすぎる。まあそれも陸なんだろうけどさ」

あっち側……僕らにとってあっち側とは普通の人間社会のことを指す。

あっち側の意見……か。

どうしてだろう。僕はあっち側に行かなくて良かったと思っている。

今の自分の世界に満足している。

本当に満足している。それだというのにあっち側の意見をよく言うのは、僕があっち側の世界に未練があるということなのだろうか?

「いやそういうことじゃないと俺は思う」

「だから勝手に人の心を読むなって」

「陸はあれから自分が変わってないんだよ。なにが起こっても、どんな人物が現れても影響が全く無い。恐ろしく強いんだ、お前は。そこんところは俺も尊敬するぞ」

「玖浪に尊敬されても全く嬉しくない」

逆に嫌だったりする。

自分を尊敬してくれる人に失礼かもしれないが、玖浪ならいいだろう。

「そんなところも含めて俺は陸のことが大好きだぞ」

玖浪がそんなふうにまとめた。


家に戻ると誰も起きてはいなかった。

郁さんが朝ごはんを作っていてくれたらなぁ、と淡い期待を抱いていたのだがそんな期待は一瞬にして砕け散ってしまったのだ。

「やっぱり郁は起きてこないか」

「郁さん、朝弱いからなぁ」

まあ郁さんが朝弱いことは周知のことだ。

いまさらとやかく言う問題でもない。

「陸……俺の朝ごはんを作ってくれよぉ」

「僕は玖浪の奥さんか!悪いけど、僕は今からシャワーを浴びるからそんなもの作っている場合じゃない」

朝から無駄な汗を流してしまったから何だか体が汗臭い。

このまま学校に行くのは嫌だ。

「朝からシャワーかよ。水道代がかかるなぁ」

「誰のせいだ、誰の」

「朝シャンと連れションって似てるよね?」

「似てるけど嫌だ!今からシャワーを浴びるのになんて想像させるんだよ!」

「仕方ないなぁ。適当にパン焼いて、食べて、寝るか」

ふぁ、と欠伸をする玖浪。

そういえばこいつも徹夜で立夏のことを見ていてくれたんだっけ?

そこだけは感謝してもいいかもしれない。

言葉には絶対に出さないが。

「それじゃあ、おやすみ。陸」

「あぁおやすみ」

特にボケもツッコミも無く、僕らはそれぞれ向かうべきところに向かった。

シャワーを浴びて、髪を自然乾燥させつつ朝ごはんを自分で作り(と言ってもパンを焼くだけなのだが)、しばらく朝のニュースを一人で見ていた。

……一人というのはそれはそれで寂しい。

郁さんは起きてこないかな?

無理だと思うし、無理矢理起こすと起こられそうだからそれはしないのだが、誰か話相手が欲しいのも事実だ。

今の生活に充分満足しているというのに、これ以上何を望むというのだ?僕は?

無いものねだりか……

結局、僕が家を出るまで郁さんは起きてくることはなく、僕は誰にも見送られることなく学校に行くことになった。

いや、まあいいんだけどね。


僕が住んでいる家から通っている高校までは歩いて三十分。

自転車通学は認められているものの、登録とか申請とかいろいろ面倒な手順を踏まないといけないため、僕は徒歩で学校に通っている。

というのが表向きの理由。

本当は違う。

乗り物というのは移動手段としては便利だが、しかし突然の敵の襲来を受けた場合非常に不便になるものだ。

小回りが利かず、使える地形に制限があり、そして最高速度も制限がある。

僕や玖浪のような身軽さが売りの殺し屋にとって、乗り物というのは足手纏い以外の何者でもないのだ。

だから僕は自転車通学をしない。

まあ僕の足の最高速度なら自転車の最高速度を軽く上回ることが出来るから、純粋に必要ないといえば必要ないのだが。

さて僕は殺し屋であるけど、意外と真面目な高校生活をしていたりする。

そういうわけだから、始業ベルが鳴る三十分前には自分のクラスに辿り着いた。

まだクラスメイトの半分もそろっていない中、僕はそいつの姿を発見した。

玖静真希……女の子のような名前であるが列記とした男である。

しかもルックスもいい。

女の子受けも悪くないのだが、本人がそれに気づいていないのが駄目なところだ。

独特の近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのに加え、いつもどこでも音楽を聴いていて、そのため今ではクラスの誰も彼に話しかけようとはしない(僕を除く)。

とここまでは彼の普通の紹介。

彼はこの学校で唯一僕が殺し屋であるということを知っている人間である。

プラス彼も普通の人間ではない。

殺し屋ではないが、僕らのように異常な力を持っている。

力の特性的には立夏に近い能力で、実はいつでもどこでも音楽を聴いている理由はその能力を発動させないためのストッパーだったりもする。

勿論その辺の事情を知っているのもこの学校では僕一人である。

お互いに秘密を共有していることにより、秘かに僕らは仲が良かったりする。

と言うわけで玖静に声をかけることにした。

「おはよう、玖静」

「……ん?あぁ、参乃川か。今日も早いね」

僕が近づいて声をかけたというのに、玖静はイヤホンを外そうともしない。

礼儀がなっていないやつだ。

叱ってやろう。

「こら、玖静。人が喋っているときぐらいイヤホンを外したらどうなんだ?」

「……ん。仕方がないだろう。能力を暴走させないためなんだから」

「は、話が出来てる!」

何故だ?

イヤホンからは音が外に漏れるぐらい大きな音が出ているというのに(しかもロックなのかヘビメタなのかとにかくうるさい)、どうして僕の言っていることが理解できる?

まさか、玖浪と同じように読心術の使い手か?

名前も玖浪と玖静で似ているし。

「……実はランのやつに読唇術を習ってね。まだ未熟だけど参乃川の唇の動きで何を言っているか読んでみたんだ」

蘭っていうのは今玖静が居候している家の娘さんの名前だ。

佐倉蘭……僕はあいつのこと正直嫌いだ。

理由もないのに何か僕のことを目の仇にするし、そもそも初対面で命を取りに来たというありえない初対面からどうやって好きになれというんだ?

まあ超有名な殺し屋である参乃川と大好きな玖静が接触していると聞けば、おとなしくしていられるわけがないか。

と少しは蘭の肩を持ってやったが、でも嫌いだ。

「ふうん。蘭ってそんなこと出来るんだ?」

「……ん?そういうのは殺し屋なら皆出来るんじゃないのか?」

「少なくとも僕は出来ないな」

「……へぇ。殺し屋としては参乃川の方が有名だというのにか?」

「有名だというのに、さ」

そう、話を聞いてわかるとおり佐倉の家も殺し屋を営んでいた。

ただし十死ではない。つまり国に認められていない殺し屋だ。

国に認められていようがいまいが殺し屋を営むことは可能だ。

実際、十死だけでは殺し屋稼業は回すことは出来ない。

というか最近の十死は殺し屋というより異常者の集団に近い者にある。

有名なところで例を挙げると、壱慈玖は頼まれても殺しはしないし、六道に至っては殺し屋でなく殺人鬼であったりする。

殺人技術を追求するが故に狂いだした集団。

それが十死であると僕は考えている。

そして佐倉蘭……

僕から見ればあのような殺人術は児戯もいいところである。

佐倉家の殺人術は一般人を殺す技術であり、僕らのような異常な能力を持つ者を殺す技術としてはかなり心許ないものだったのだ。

しかし殺人技術は僕らに劣っても、他の部分では秀でているのかもしれない。

「読唇術ねぇ。それって難しいの?」

「……ん。そんなこともないかな。コツと後は頭が少し働けば出来ると思うよ」

「そんなものか」

「……そんなものだよ」

頭の回転が速くないといけないらしい。

一テンポ会話が遅れるのは、どうやら玖静が僕の口の動きとそれに合わせた単語を思考し、それから言葉を発しているからのようだ。

大変だなぁ、玖静は。

「……そんなに大変でもないよ。佐倉家なら僕の能力が発動しても蘭たちが対処してくれるしね。もっともそんな事起きたことはないけど」

「ちょっと待て、玖静。僕は今口も動かしていないし、勿論言葉も出していないぞ」

「……ん?ああ、ごめん。つい読心術を使ってしまったよ」

「それも使えるのか!?」

読唇術と読心術を使える玖静真希。

こいつに隠し事なんて出来ないのか?

「……もしかして参乃川、信じてる?」

「え、あ、嘘なのか?」

「……嘘っていうか、参乃川の思考を推測してみて、それで会話してみたんだけど」

「凄い洞察力だな」

「……たいしたことじゃない」

謙遜する玖静だったが、僕はその能力の高さに恐怖した。

こいつは頭が良すぎる。そして察しが良すぎる。

これ以上読唇術を玖静に教えないほうがいい。

そもそも何のために玖静に音楽を四六時中聴かせているか、蘭の奴は忘れたのか?

危険だからだろう?

玖静の存在が。

玖静の能力が。

蘭の奴には直接ではなくても注意しないといけないな。

「ところで参乃川。今日も燐那ちゃんと稽古をしていくのか?」

「ぶは!どうしてそのことを知っているんだよ!?」

燐那と僕の関係は本当に誰にも言っていない。

玖浪にも言っていないし、玖静にも言っていない。だというのにどうしてこの二人はそのことについて知っているんだ?

玖か?玖がなにか関係あるのか?

「……なんか凄い馬鹿なことを考えているだろう?」

「うるさいよ!僕だって出来ればそんなこと考えたくなかったさ!」

「……何で知ったかという質問だけど、簡単だよ。見たから」

「お前も僕のストーカーですか!?」

「今の言葉、僕の読唇術では読み解くことが出来なかったなあ」

「都合のいい読唇術だな!」

落ち着け、僕。

僕と燐那との関係に何のやましいことはないんだ。

胸を張ればいいじゃないか。

「参乃川が燐那ちゃんに稽古をつけるときの手つき。何かエロかったな」

「エロくねえよ!どんなシーンを見てるんだよ!?」

「顔つきもどことなくエロかった」

「殺すぞ!」

「落ち着けよ、参乃川。そんなお前に一つ言葉を送ってやろう。とても落ち着く一言だ」

「……何だよ、それ?」

「ロリコンは犯罪だ」

「……僕は殺し屋だからいつも胸ポケットにナイフが入っているのは、玖静はご存知だったっけ?」

「……悪ノリが過ぎたか」

僕の殺気を敏感に感じ取ってか、玖静は僕をからかうことをやめた。

察しがよくて助かるよ。

友人を本当に殺そうとは思わないけどね。

「……ちなみに僕は参乃川をストーキングしてないよ。この間たまたま燐那ちゃんをこの校内で見つけてね。中学生なのにこんなところで何をしているんだろうと思って後をつけたら、参乃川と稽古をしていたというわけだ」

「燐那のやつ……玖静に尾けられるなんてまだまだ甘いなあ」

「……いや案外燐那ちゃんは僕の尾行に気づいていたのかもしれない。でもあの子はそういうこと気にしない子だと思うから、見られていても別に良かったんじゃないかな?」

僕は良くない。

やましいことは何もないはずなのに、ともかく良くない。

「しかし『燐那』と呼び捨てにするなんて、やけに仲が良いんじゃないか?参乃川?」

「う、普通だと思うよ」

「……燐那ちゃんってさ、あの年齢にしては小さいよね」

「確かにな」

クラスでも背は一番低いと言っていたな。

その分小回りが利き、素早い体捌きができるという利点もある。

力はないけどね。

「そういうわけだから、参乃川。僕は今君のニックネームを考えたよ」

「言わなくていい」

「『ロリーク』」

「言わなくていい!!」

「説明すると『ロリータ』と『陸』を合体させて、『ロリーク』。どうセンス無いでしょう?」

「説明しなくていいから!あと自分でセンス無いって言うな!」

何だかんだ言っても玖静との会話は楽しかった。

でもやられっぱなしっていうのもつまらないな。

くそ。今度は僕が何かでいじってやる。

そう決意した。

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