S:星流が帰ってきた!
日本のどこかの、某私立一貫校の、某学年の某クラスのお話。某クラスは言い過ぎたが、これが某私立一貫校の物語であるに間違いはない。
ちょっぴり正確に表すとそこは、緑豊かな森の中に建てられた白い校舎で、耳を澄ませば様々な音色が聴こえる音楽学校である。
もう少しだけ加えると、この学校は…
「キャッ!!5人で並んでるわ!」
「どこー!!今日こそ話しかけに行きたいのに!」
ここシャレンド学園中等部にある、生徒寮付近の中庭にて。
「あーあ、桜どうしよう?出られないよあたし達。」
よく晴れた日の昼のわずか10分。
「あ、あせらずこの場をやりきろう…。」
5人の生徒が中庭の中心で、その周りを他の生徒が囲んでいる。
いや、本日もこの5人は生徒たちに囲まれていた。
「キャー!あそこにみんないるわ!!」
姿を間近で、一目見ようと黄色い声を出す女子。
「おい、いたぞ!あの人だかりじゃね!?」
大行列を見るなりガヤガヤ騒ぎわめき騒ぎ叫ぶ、数人の男子。
「どうすんだよ?これはオレ達揃って胴上げされんぞ。」
「そんな事、元生徒会長の私が許さないから。」
「で、ですよね。」
取り囲まれている彼ら5人の名は、KRASH。
なぜ、KRASHはこうして囲まれるハメになってしまったのかというと。
彼らとしての用事があって昼に集まっただけなのに、その様子を見ようと駆けつけるファンがファンを呼び、一気に人だかりが出来上がっていたからである。
5人にとっては、それはもう大迷惑。
「次の授業に思いっきり遅刻なんて嫌よ?」
「俺だって勘弁してほしいよ…!」
「じゃリーダー、俺らの代表で怒鳴ってこいよ。」
「無理!またマスコミが来ちまう。隼人がファンに暴行加えましたってな!」
KRASHの5人は各々教科書やメモ帳を手に、困った顔を浮かべる。
こんな事は、実質何万回と繰り返してきた気さえしていた。芸能人だから、当たり前ではあるのだが。
「はあ。突っ切りますか桜?」
明莉がめんどくささに、そんな提案をしてみる。
「で、でも?今日はいつもより多いわ。」
そう、普段は20人程度でおさまるのだが、今は100人以上の数えられない生徒軍勢が押し寄せて、5人に迫る。
感覚はとっているし、近づかれてもいないが…みんなが手にしていたサインペンはきっと。
サインをしてもらおうとしているのだろう。
「サインなんていつでもやるから!ただ今日は勘弁してよ!」
明莉ははあ、と肩をすくめた。
他のメンバーも、まったく同感だった。
今日に限って…。勘弁してくれ!こんな大行列一人一人にサインを書くなんて、ムリがある!
「突っ切る!?はあ?俺は降りるぞ。だって、ファンのみんなを踏んでまで教室に戻るのか?」
考輝の言う通り、ここにはいつもの倍以上の人が集まってきている。ファンの力、恐るべし!などと感心している場合ではない。
「ええっと…今日は大分長く話し合いをしたから、余計に授業に遅れたくなかったんだけど。だからうん、逃げるぞ!」
「だから!おメーはファンを押し潰す気か?」
「ああ。違う。」
涼太は目を輝かせて言った。
「押し潰さないで!とにかく走ってすれ違うのみ!」
「はあ!?」
今度は明莉は気が遠くなる思いで反対。数人というレベルじゃないファンがゴッタゴタになっているのだから。
「涼太の案も、私降りるわ。」
「絶対MURI!」
とうとう5人の声も、周囲の雑音に揉み消されていく。
「み、みんなして降りちゃうの?」
「時間は刻々と過ぎていってんだけど?」
「さ、さあどうするよ?みんなまだ教室に戻りそうじゃないし…。」
「うわわわわ、もう無理だって!行こうよ!」
桜が中々判断を下さない中、明莉はこんな状況の最中で余計にパニックパニック、パニック!の繰り返し。
「お・ち・つ・け!明莉、日常茶飯事じゃないかこんな事…。」
「だけどナヨナヨ迷ってたら仕方ないでしょ!」
この場を乗りきろうとする明莉だって、足は一歩も動けない。一歩も。
「まままマズイってー!逃げないの!?もう突っ切ろうよ?」
あと少しで授業開始のチャイムが鳴ってしまう!というその時。
「それは心配ないわ。」
KRASHが動けずに焦っていたその瞬間。
「ソコをどいて、みんな!もうじき鐘が鳴るわ!」
たじたじな5人の背後から、思いきり大声を張り上げるたくましき声がした。
まるで、まるで一瞬時が止まったかのような空気が、生徒たちにも流れた。
「そ、その声は!?」
驚いて呆然とするだけのKRASH。
彼らにひっつく生徒たちは、何事もなくしてサッと姿を消していった。
ぞろぞろアリのごとく人の列は建物の中に吸い込まれていく…。
後に残されたのは、始めから誰もいなかったように静まりかえる中庭。
「な、何…。」
たった一言で静まった騒ぎ。KRASHは戻っていくみんなを眺めていた。目をぱちくりさせて。
「さーあ!KRASHから離れて離れて!さあさあ!」
声の主の綺麗でよく通る声からして、明らかにただ者ではない。
「うわ…すげえ…。一気に人がいなくなっちまったよ…。」
「さ、さすが…。」
大声でみんなを追っ払った“張本人”はKRASHに背を向け「やれやれ」と肩をすくめた。そして、パッと振り向きざまに言った。
「…久しぶり。」
「星流さん!!」
「あーー!!」
真っ先にその人に飛びついたのは、明莉。明莉はいつにも増して幼くとび跳ねた。
「やーっぱり、せーちゃんだったんだ!」
明莉は満面の笑みでとびつく。
「おいおいー、一応先輩なんだからわきまえろやー。不謹慎だぞー。」
「あたしはいーもーん!ねー?せーちゃん!」
「ずるいよ明莉、私だって星流さんが…。」
目の前に現れたのは、5人とは違いクリーム色のブレザー姿。
涼太より少し小さい背の高さと、その大人びた外見から、明莉たちが余計小さく見える。
ツヤのある黒髪は肩ぐらいまであり、歩み寄る度々サラッサラなびく。
「そんなことでケンカしないのー!」
黒い瞳は、キラキラ輝きを増していた。
彼女の名前は、風霧星流。
「いやあ、久々じゃねえか。どこ行ってたんだよ?」
「ちょーっと仕事忙しいから学校にも来れなかっただーけ!心配ご無用。」
あっはっは、と星流は大笑いでごまかしたつもりだった。
「なんも連絡がなかったから…。」
「ただでさえあたしたち、高等部に行けないんだからあ~!」
涙目になったり眉を下げるKRASHを見て、星流はクスッと笑った。
風霧星流はKRASHと同じ事務所のアイドルで、ロックをメインに歌うアーティストとして活躍している。
最近は子供のアイドルが流行りになっているから、星流はその波に乗って海外にも出ている。
雪音イチオシのひとりだ。
仕事の時は、かっこよくするために名前を“星流”ではなく“聖琉”を使っている。
シャレンドでの音楽科成績は、もちろんSクラス。でもって、中学生ではなく、現在高校1年生だ。
先輩アイドルの中でもやさしく、誰にも頼られているかっこいい姿でも有名だ。
「助けてくれてありがとう、せーちゃん。」
「いやいや、いいって。アイドル仲間入として。放っておけないし。ま、アイドルをアイドルが助けられるのかって話なんだけどね。」
「確かに…。」
「さ!教室戻りな。被害届は私が出しとく。」
「被害…届?なにそれ?」
桜は星流に問う。
「あれよ、その…カンタンに言うと…私達KRASHは生徒たちに囲まれましたーって報告するアレ?」
星流は語尾に“?”をつけて言った。
「なるほど?ありがとう。」
「けど、何も変わらなかったよ!」
「変わらないんかい!!」
中庭では、しばし笑い声が絶えなかった。