学食の一角で
いつからだったか……アイツが俺のテリトリーである学食の一角に、毎日来るようになったのは。 今となっては、初めからいたような気さえする程だ。
朝、寮で目を覚まし、適当に制服を着て登校。
その後直ぐにこの学食に向かい、何度も繰り返し読んでいる本を流し読みして時間を潰し、何度か居眠りをしながら昼休みを待ち、飯を食ったら放課後まで午前中と同じ様に過ごし、バイトに向かう。
今までも。
そしてこれからも、ソレが変わることは無いと思っていた。
アイツが――清水柚香が来るまでは。
2023年の春。
わたしは高校生になった。
進学したのは、街一番の進学校で、この学校に入る為に毎年多くの人が試験を受けに来る程。
そして、多くの人が涙する所。
まあ、わたしがこの学校に来たのは、多分最もありがちな理由。 家から一番近いから、と言う、聞く人が聞けば怒ること確実な物。
どうでも良いけどね。
他人がどれだけ努力したかなんて……。
とまあ、こんな下らないことはさておき。
入学して一週間が経った日、わたしは寝坊してしまい、弁当を作る時間がなかった。
勿論、朝食を食べる時間も。
ついでに学校までダッシュしたから、二時間目には腹の虫が鳴き声を上げた。
だから、終わって直ぐ学食で菓子パンを買って食べた。
何とか腹の虫を満足させ、いざ教室に戻ろうと足を踏み出した所で、わたしは出会った。
練堂正道――まーくんと。
「あ~つ~い~」
「なら離れろよ。ちったぁ、マシになるだろ?」
「ん~……それは却下の方向で」
「つうか」
「ん~?」
「昼休みはとっくに終わってんぞ?」
「…………」
「…………」
ペラ……。
「……ワンモワプリーズ」
「昼休みはとっくに終わってんぞ」
「ワタシニホンゴワカラナイネ~」
「ついに頭がやられたか」
「せいっ!」
――ガツン!!
「グハッ!」
「相変わらずまーくんは失礼だよね?」
「相変わらず柚は器用だな……器用過ぎて本をすり抜けている様だ。膝枕されている体勢からだと言うのに……」
「お褒めに預かり光栄です。……さて、涼しくするにはどうすれば良いかについての話を続けましょう」
「何ソレ初めて聞いた」
「だって今考えたんだもん」
「そうか。冷凍庫に住んだらどうだ? 『蔵』じゃなく『凍』と言う所がポイントだ」
「まーくんの部屋のなら良いよ?」
「そんなでかい冷凍庫を俺は所有していないんだスマンな他を当たってくれここのを使うなんてどうだきっと立ったままでもかなりの余裕を持って過ごすことができるぞ」
「息継ぎ無しでよく言えたね?」
「ああ……少し苦しい」
「人工呼吸しようか?」
「意識のある奴にしても苦しいだけだからな、ソレ」
「あ~……二酸化炭素送り込んでるだけだもんね…………プール行こうよ」
「言っとくが、逸れた原因はお前だからな?」
「やっぱり?」
「ああ」
「………………」
「………………プール、行くか」
「うん」
静かな学食の一角に、一輪の花が咲いた。
「お弁当のリクエストある?」
「生物とニンニク料理以外なら何でも可」
「ピンポイントだね?」
「夏、暑い、生物、腐る、匂い、ヤバイ」
「ちゃんとクーラーボックスに入れて来るよ?」
「なら何でも可」
「絶対入れて欲しいオカズは?」
「トンカツ」
「何枚?」
「二枚以上五枚以下」
「遠慮&無駄な気遣い禁止」
「十枚」
「よろしい。米は?」
「五合」
「具」
「ツナマヨ、しょうが焼き、その他諸々」
「了解。それじゃ、明後日の日曜日、朝六時に駅前公園ね?」
「おう」
「よし! んじゃ、膝貸りるね」
「今度は授業出ろよ?」
「ん」
「ん? 何だ、コレ?」
「読んでみ?」
「『一年E組、清水柚香。今年度の授業免除を許可する』」
「そう言うことだから、当分はまーくんと此処でイチャイチャする」
「いつ俺とお前がイチャイチャしたんだ?」
「今もしてるじゃん」
「膝枕をイチャイチャと言うなら……アレはどうなんだ?」
「アレ? …………ああ、アレは、イチャラブ。取り敢えず、次にはああすることが目的だから。最終的には結婚まで行きたい」
「もしかしなくても、プロポーズだったりするのか?」
「うん。返事はじっくり考えてからで良い」
「その結果が拒絶でもか?」
「言ったでしょ? じっくり考えてからで良い。そうして出た答えなら、わたしは構わない」
「そうかい」
――拒絶されたら、当分は立ち直れないだろうけどね。
「――よお。どうした?」
『かぜ……ひいた』
「そうか。何とか――馬鹿は何とかって言うが、それは迷信だったか」
『ふつうさ、けほ、馬鹿の方を伏せない?』
「で? 原因に心当たりは?」
『…………けほ』
「有るんだな?」
『…………クーラー、付けて、扇風機の、こほ、首、固定して』
「まだあんのか……」
『布団、被ってなかった……』
「そりゃ、風邪にもなるわな」
『ぅ~……まーくん~……家来てよ~。電話じゃ、けほ、けほ、つまんない……』
「言われんでも、そのつもりだ」
『え?』
「何か欲しいモンあるか?」
『…………リンゴジュース』
「ああ……そういや好きだな、お前。100%で良いか?」
『……うん』
「了解。他には?」
『…………』
「……柚、どうした?」
『……まーくん』
「おう」
『やっぱり、来てくれなくて、良い』
「そうか。じゃあ、勝手に行くわ。取り敢えず、今スッゲエ、喉乾いてっからな。途中のコンビニで100%のリンゴジュースを買って、ついでに……そうだな……どうもデコが異様に熱いからな。冷えピタも買って、勝手にそっち行って、ベッドでダウンしてるお前を見て笑ってやるよ」
『……趣味……悪いよ? まーくん』
「自覚してるさ。じゃあ、また後でな?」
『……』
プツ……プー、プー……。
「やれやれ……さて、さっさと行くか」
ウサギは、寂しいと死んじまうからな。
「S○Xしたことある?」
「真っ昼間から何を言い出すんだか……ねぇよ。相手なんかいなかったしな」
「そっか。わたしも無いんだ……何か、クラスの女子が言うには、気持ち良いらしいんだけど」
「そういや、昨日は来るのがいつもより遅かったな。教室にいたのか?」
「うん。その時に聞こえたの……実際、どうなんだろうね?」
「さあな。経験のない俺等がどれだけ話しても、分かることじゃないだろ」
「それはそうなんだけど、今まで気にしてなかったことだから、余計気になっちゃって……」
「病み上がりの頭でンな事考えてっと、熱がぶり返すぞ?」
「大丈夫だよ。まーくんに言われた通り、治ってから三日経って来たんだから」
「どれどれ?」
「ひぅっ!? まーくんの手、ひんやりしてて気持ち良い……」
「……確かに、熱はないな」
「うん。朝測った時も、平熱だった」
「そうか。そりゃ、何よりだ」
「……まーくんは、エッチしたいと思うこと、ないの?」
「潜在的には思っているかも知れんが、意識したことは無いな。柚は?」
「ん~…………分かんない、けど、多分、まーくんと似たような感じだと思う」
「そうか。まあ、生き物なら、どっかで他の生き物を求めてっからな。意識的にせよ、無意識的にせよ」
「その結果、わたしもまーくんも、生まれたんだよね……」
「そうだな……」
――生んでくれた人は、もういないけど……。
「先週、映画行った時、わたしが一人になった時間があったでしょ?」
「ああ。俺が飲みモン買ってる時だな」
「うん。その時ね、昔の自分に似てる子を見かけたの。肩で切り揃えた金髪に、碧い瞳で……時間が戻ったんじゃないか、なんて、馬鹿げた事を思っちゃうくらい似てた。それで両隣には、お母さんとお父さんがいて、映画のことを楽しそうに話してた」
「……」
「その二人まで似てる、なんて事はなかったけど、思いだしちゃってさ……まーくんが戻って来るのが、もう少し遅かったら、泣いてたと思う」
「…………」
「まあ、帰った後、何か色々思い出してさ……結局大泣きしちゃったんだけど。ねぇ、まーくんのお母さんとお父さんって、どんな人?」
「…………そうだな……」
パタン……。
「お袋は、とにかく好き嫌いを許さなかった。どれだけ俺が嫌がっても、無理矢理食わせて、次に同じものを出すときは、食えるように工夫してた。それで駄目だったら、次はまた別の工夫をしてって具合に……お陰で好き嫌いは無いな」
「あはは……確かに、何でも嫌な顔せずに食べるよね、まーくん」
「ああ」
「お父さんは?」
「放任主義っつうのか、余程の事じゃない限り、首を突っ込んで来ることはなかったな……キレると超コエェけど。十歳くらいの頃に、本気で殴られた事が一度だけあってな……十メートル位ぶっ飛んだ」
「…………すごいお父さんだね」
「全くだ」
「久しぶりに会いたいな……とか、思うことないの? まーくん、全然里帰りしてないよね?」
「ハハ」
「ん……そう言えば、お父さんもこんな風に頭を撫でてくれた……」
「そうか」
「まーくん……もう少し、このまま撫でてくれる?」
「ああ。なんなら寝ても良いぞ?」
「うん。眠くなったら、そうする。ありがとう」
「これ位、いつでもやってやるさ」
「ふふ」
「――で、結局すぐ寝るんだよな、お前は……」
「すー……すー……」
なあ、柚。
例え帰ったとしても、俺を笑って迎えてくれていた二人は、もう――。
「噂? 今更過ぎねぇか?」
「やっぱりそう思う?」
「そりゃ……俺とお前が一緒にいるようになって、4ヶ月近く経ってるからな。今更、出来てるなんて噂が流れても、何の意味も無いだろ?」
「あれ、まだたったの4ヶ月? 何か、ずっとこうして二人でいた気がしてたけど……」
「……そういや、そうだな。念のため確認だが、今は2023年の8月3日だよな?」
「え~っと…………うん、それで合ってる。ついでに、夏休み真最中にも関わらず学校に来てるのは、補習があるから。名前だけでも出しておけって言われて」
「まあ、とりあえず、俺とお前がこうする様になって、4ヶ月経ってるっつうことは確認出来た。で、その噂はどこで聞いたんだ?」
「御手洗いで話してるのが聞こえた」
「成る程。で、どうかすんのか?」
「ううん。困ることなんて何もないし……まーくんだってそうでしょ?」
「ああ」
「…………」
「…………」
「……何か話題ある?」
「話題が無いことが話題だな」
「……今日も暑いね?」
「だなぁ~……」
いつの間にか、こうして過ごすのが、当たり前になってたんだね……。
「夏休みも今日で終わりな訳だが、何かしたいことあるか?」
「ん~…………花火、虫取、キャンプ、海水浴、夏祭り、釣り」
「観光地巡り、ライブ、遊園地、水族館、キャンプと大して変わらんが合宿、肝試し」
「怪談、心霊スポット巡り、滝行、部活荒らし、ピクニック、マラソン」
「大掃除、草野球、サッカー、バレー、バスケ、柔道、ゲーム勝負」
「後は……温泉? ……ねぇ、まーくん……わたし達」
「ああ。そうだな。俺達」
「「――暇人過ぎる」」
「……いやいや、いくら何でも満喫し過ぎだろう。1ヶ月弱でどんだけ楽しんでるんだ」
「うん……確かにそうだよね。課題は貰った日に片付けて、途中から補習もサボったとは言え」
「はぁ……もう今日はこのままで良いんじゃないか?」
「そうだね。このままのんびりしてようか」
こうして、高校最後の夏休みは、楽しみ過ぎるのも問題だと言う教訓を得ると共に終わりを告げた。
「体育祭、学園祭。二学期はお祭りの季節だね、まーくん」
「祭りの季節だな、柚」
「そして知っての通り、学園長は大のお祭り好き。授業は午前の二時間だけで、後は準備」
「生徒は次第に学園長の雰囲気に当てられ、いつの間にやら授業は無くなり、一日中準備をする事に」
「更に今年は、お祭り好きが一年に多くいて気合の入りようが凄い」
「三年は一時的に進路のことを放り出し、思い切り羽目を外すから、テンションがおかしくなる」
「体育祭では、競技外イベントも開かれるから、それがまた生徒の気持ちを昂らせる」
「学園祭では、学園長のコネによって、多くの有名人が来校する」
「…………この学園ってさ……一応、街一番の進学校なんだよね?」
「一応な……」
「勉学に殆ど力を入れて無い気がするのは、気のせい?」
「いや。事実だ」
「事実か~……別段判明しなくても良い事実が判明しちゃったね~」
「しちゃったな~……所で、柚」
「なに? まーくん」
「お前のクラスでは、学園祭何をするんだ?」
「コスプレ喫茶だよ。ねこちゃんやわんちゃんやうさぎさんの格好をして、お客さんにサービスするんだって~」
「それは是非ともこの目に収めたい物だ」
「大丈夫だよ~……わたしはまーくんだけのモノだから」
「…………マジ?」
「本気と書いてマジと読む」
「ヤベェ。既に興奮してきた」
「わ~い。まーくんがケダモノさんになった~」
そのまま好きなだけ食べてもらいたいな~……。
続きます。