アクアマリンブルースカイ
「夏といえば海! 海といえば、アクアマリンブルースカイだーっ!」
白い砂浜。眩しいほどの青空の下、火口カノンは元気に叫ぶ。炎を思わせる赤髪を頭の頂点で結んでポニーテールを作った少女は、白い肌を惜しげもなく晒す。白いビキニに包まれた胸は相応に大きく、布面積もかなり少ないのだが、それでも色気より元気さや活発さを思わせるのは一種の才能だろう。
そしてカノンの下半身は、鮮やかな真紅の鱗に覆われている。その姿はどこからどう見ても人魚で、魚になった下半身はカノンのテンションに合わせたようにビタンビタンと砂浜を叩いていた。
「というわけで初見さんのために説明しますとね、今日やっていくゲームはアクアマリンブルースカイですっ! このゲームはいわゆるバトロワゲー、100人のプレイヤーがひとつのマップに放り込まれて最後のひとりになるまでバトルするってやつなんだけど、その中でも見ての通り、海っ! をテーマにした作品なんだよね。みんなこんなふうに人魚になって、海上海中を上に下に動き回りながらバトルする。三次元的に動き回るから結構ハードなゲームだよ」
実際、慣れていないとかなり大変なゲームだ。ついでに画面を見ているだけでも酔いやすいゲームなので、気分が悪くなったら視聴をやめるようにと注意喚起がなされる。
そうこうしているとマッチングが完了したらしい。空中に試合開始を告げるカウントダウンが表示された。
「よっし! じゃあ今日もアクアマリン貰いにいかせてもらおうか。ってことで、スタートっ!」
0の文字が青く輝いて、視界いっぱいを埋め尽くす。やがてその無機質な青は澄み渡り、空の青へと変わっていった。
「ひゃっほぅ!」
およそ10メートルの高度から落下したカノンは、派手に飛沫を上げながら水中へと潜っていく。飛び込みなら飛沫は少ない方が高得点とされるが、そんなことは知ったことでないとばかりのド派手なエントリーだ。
「んー。ちょっと南よりかなー。まずはエリア端近くまで行くのが良さそう」
水中で姿勢を整えながら、カノンはマップを開いて現状を整理する。
アクアマリンブルースカイはいわゆるバトロワゲームだが、多くのタイトルのようにフィールド内でアイテムを探すシステムはない。武器は好きに選ぶことが可能で、カノンは扱いやすいランスを持ち込んでいた。その代わりフィールド内にはマリンエナジーと呼ばれるアイテムが点在しており、集めることでシンプルに攻撃力と防御力が底上げされる。敵を倒すことでもマリンエナジーを手に入れられるので、隠れ続けるムーブは終盤に餌になるのだ。
カノンは下半身全体をくねらせるようにして、水面近くを南へ泳ぐ。透明度はおよそ50メートル。澄んだ水のおかげで見渡せる海底には大小様々な岩が転がっていて、天然の迷宮のようだ。
「あれ絶対近づきたくないなー」
障害物の多いエリアは漏れなく待ち伏せスポットだ。上を泳ぐのも遠くからバレバレというデメリットがあるが、狙撃はないのでそこまでのリスクではない。
「おっと。来たねぇ!」
少し移動していると、右手からまっすぐに突っ込んでくるシルエットが見えた。気付けなければ横っ腹に突撃をもらっていただろう。もちろん何もない場所で奇襲される間抜けはそういないが。
「じゃあやりますか」
カノンは槍を構えると、敵の装備を確認しながら高度を下げる。海底から奇襲されてもギリギリ対応できる深さまで潜り、側面に回り込もうとする。敵もそれに対応するように進路を変えた。
敵の装備はカノンと同じくランスだが、カノンと違って左手に盾を持っている。正面からぶつかれば不利を被るが、重さの分だけ機動力は落ちている。
「スピードが落ちたらこっちのもんだっ!」
裏に回り込むカノンに対応して反転した敵に、カノンは軽戦士特有の急加速で突っ込む。敵はカノンのランスを盾でつけつつカウンターを合わせようとするが、巧みな体捌きで刃を避ける。ズドンっと体ごとぶつかる重さが盾を構えた敵の体幹を揺るがした。
支えが何もない水中では、勢いのついたチャージは受け止めきれない。
「オラララララララァァッ!」
体勢が崩れればろくに武器を振れない。盾が弾かれて晒された体に、カノンは連続突きを浴びせる。崩しからのセットアップを完璧に決める体捌きは、カノンの経験と努力の賜物だ。そしてマリンエナジーの所持数が同じ場合、コンボが決まれば体力を削り切ることができる。
「よっしゃ! まずは1キルッ!」
倒した相手の体から、青く輝くマリンエナジーが現れる。必ずひとつは落とすため、敵プレイヤーを倒すのには意味があるのだ。
「よーし。じゃあこのまま無双してやるからなっ!」
マリンエナジーが自分の胸に吸い込まれたのを確認すると、カノンは次のエナジーを回収するため動き出した。
◆
青く澄み渡る空。しかし遠くは美しくも寒々しい白いオーロラがたなびき、世界をゆっくりと夜へ塗り替えていく。
「次の縮小ははずれるかもなー」
よくあるシステムだが、アクアマリンブルースカイのバトルロイヤルでは時間経過で活動可能な範囲が縮小されていく。それは夏の燦々とした青空が極寒の冬景色へと変わる幻想的なものだが、実質は容赦のないシンプルなダメージゾーンだ。
「最終地点はたぶんこのへん? だとしたら隠れ場所ほぼない砂地だし、最後はガチバトルになりそうかなぁ」
プレイ時間が長ければ、何度も何度も繰り返す試合の中で安置がだいたいどの辺りに収束するかの嗅覚も働くようになる。もちろん収束はランダム要素なので確実ではないが、5割くらいは当たっているというのがカノンの自負だ。
「安置がここの予想なら有利ポジを取るメリットはあんまないな。エナジー集め優先で行こうか」
今のプレイヤーの生き残りは56人。しかしフィールドに配置されたアクアエナジーは時間的に取り尽くされているはずなので、ここからは奪い合いの戦闘が加速するだろう。それに装備を整えるための探索が少ないため、ゲームスピードも早い。安置収縮も早く設定されているため、ゆっくりしていると簡単に飽和状態となるのだ。
方針を決めたカノンは、マップ上で軽く引いたルートに沿って移動する。今回は安置が南東のエリアとなったため、安置の北西側にプレイヤーが偏っている。その激戦区に飛び込んだカノンは、見つけた敵プレイヤーに次々と戦いを挑み、撃破していく。そうして倒せば倒すほどにアクアエナジーを吸収して、さらに強くなっていく好循環だ。こうなってしまえばそうそう止まらない。
中にはカノンの強化状況を見て逃げるプレイヤーもいたが、このゲームでの移動速度はやり込みの差が如実に現れる。人魚の下半身という特殊な体を自在に操るカノンから逃げられるプレイヤーはそうそういない。
「オラァッ!」
逃げの選択をした敵プレイヤーの背中を、カノンは容赦なく貫く。カノンをしてちょっと着られないと思う面積のマイクロビキニの美女がポリゴンとなって消滅し、貯めていたエナジーの半分がカノンの手に渡る。
「ごちそうさまっ。よっし。これで近くの敵はだいたい倒したかな」
今回の試合でのキルスコアはすでに12。かなり多くのプレイヤーを倒したカノンは、当然相応にマリンエナジーを集めて強化されている。最終決戦に向けた準備は万端だ。
最終安置は、カノンの予想通り砂地のエリアとなった。深さは平均的だが、隠れられる場所がほぼないため、互いの位置が簡単に視認できる地形だ。
エリア収縮とともに集まるプレイヤーは見たところ4人。全員が生き残りを認識し、距離を取ったまま様子を伺う。
「こっからが長いんだよなー」
最終局面までくれば皆優勝を意識する。互いの距離が数秒で手出しできる近さとなっているために、下手に隙を晒せばあっさり喰われる。そのため簡単に動くことができず、様子見と牽制が続く膠着状態へと陥ったのだ。
さらに今回は、カノンがひとり突出した強化状態にあるようだ。集めたエナジーの数で言えば、カノンひとりで他3人を合わせたほど。こうなってくるとまた様相が変わる。3人はそれぞれ、生き残りで協力しないとどうにもならないと認識し、しかし大事なのは自分の順位なので誰も一番槍にはなりたがらない。しかしカノンとしても、無理をすればひとりは落とせても横槍でやられるため、下手に動けないのが現実だ。
とはいえカノンが近づけば基本的に逃げるため、一番自由に動ける。それを利用してカノンは安置の中央、海面付近を陣取った。
今の場所は最終安置だが、それも時間が経てば収縮し、最後は全域がダメージゾーンになる。安置収縮の挙動にはルールがあり、海底に近い場所ほど早く収縮するのだ。深い場所ほど温度が下がることを反映したものだろう。そのため最終的な安全地帯は、ちょうど半球の形で狭くなっていく。
牽制合戦から状態が動かないまま、最後の収縮が始まる。さっさとけりをつけろとばかりの容赦のないエリア縮小。もっとも飲まれるのが遅い場所はカノンが居座っているため、他プレイヤーは退かさなければ勝てない。
3人が力を合わせてぶつかってくればカノンはひとたまりもないだろう。だけどそうはならないことを、カノンは知っている。なにしろ3人も敵同士。欲しいのは漁夫の利で、互いはまったく信用ならない。
だからカノンは餌を用意してやる。海面付近に居座って待ち構える姿勢をとっていたカノンが、身体をくねらせて急降下する。狙うのは他への警戒でカノンへの注意が疎かになっていたプレイヤー。突っ込んでくるカノンに相手も気づき、咄嗟の反応でクリーンヒットは避けたが、ステータス差の暴力から大ダメージを受け、怯みモーションが発生する。
「死にかけなら当然狙うよねっ!」
なにせひとり脱落すれば順位がひとつ上がる。近くにいたプレイヤーがカノンの狙った死にかけに止めを刺す。そしてカノンも、再度突撃。3対1は厳しいが、2対1ならマリンエナジーの差で押し切れる。
ランスチャージをガードされるも、盾の上からの削りダメージだけでも十分な被害。何よりよろけたことで立ち直るための時間を稼げた。
「というわけで死ねぇー」
再加速し突撃したのは、途中から我関せずの顔で距離を取っていたもうひとりのプレイヤー。待っていれば順位が上がると思っていたのかもしれないが、油断大敵。全員仕留めるつもりのカノンの容赦ない突進攻撃が直撃し、一撃でポリゴンに。
「おっとぉっ!」
一撃入れて放置した最後の一人が突っ込んできた。回避しきれず一撃もらう。しかし体力はまだまだ安全圏内。そしてタイマンとなれば、ステータスの暴力は理不尽を押し付ける。
「オラオラオラオラッ!!」
せっかく近づいたのだからもう逃さないと、カノンは連続突きを見舞う。まともに受ければ当然大ダメージ。盾で防いでも掠っても無視できない削りが入る。もちろん反撃ももらうが、ダメージは雲泥の差だ。互いにランスチャージで一撃を狙うような戦い方ならまだチャンスもあったが、正面からのダメージレースでは能力差がモロに出る。
「オラァッ!」
最後の一撃は盾越しに。鋭い一撃が放たれ、敵プレイヤーをポリゴンに変える。
「よっしゃあっ!」
最後のひとり。つまり優勝。喜びを全身で表現するカノンの姿はカメラを通じて全国へ発信され、その純粋で全力なあり方が、また新たなファンの獲得へと繋がるのだった。
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