国家賢者
王宮の白亜の広間。
そこには、着飾った貴族たちがひしめき合っていた。今日の主役は、国境の危機を救った「名もなき魔導技師」……のはずだった。
「――これより、リーゼ・フォン・アシュレイ殿への、称号授与式を執り行う」
国王の厳かな声に、会場が凍りついた。
特に、最前列にいたアシュレイ公爵と、派手なドレスで着飾った義妹の顔からは、一瞬で血の気が引いていく。
「り、リーゼ……? なぜ、あのごみ溜めのような研究所にいた無能が……」
震える公爵たちの前を、リーゼは堂々と歩む。
彼女が身に纏っているのは、ドレスではなく、ノアが特注した「魔導耐性(静電気防止)加工の濃紺の礼装」。その隣には、正装に身を包み、誇らしげに彼女の護衛を務めるノアが寄り添っていた。
「陛下。……『無能』と呼ばれた私に、これほどの栄誉、恐縮ですわ」
リーゼが皮肉たっぷりに一礼すると、国王は豪快に笑った。
「無能などと誰が言った! 魔法という概念を再定義し、我が国の国防を根本から変えた貴殿こそ、知の頂点に相応しい。今日から貴殿を、我が国初の『国家賢者』に任命する!」
会場に割れんばかりの拍手が沸き起こる。その中で、公爵が必死に声を上げた。
「へ、陛下! その者は我が娘です! ぜひ、アシュレイ公爵家の名において、その称号を……」
「……お黙りなさい、お父様」
リーゼは冷たい視線を公爵に向けた。
「私はあの日、あなたに捨てられた。今の私はアシュレイではなく、ただのリーゼ。……あ、そうそう。私が去った後のあの『謁見の間』の穴、まだ塞がっていないのでしょう? 私の理論がなければ、一生直せませんわよ」
「なっ……!」
崩れ落ちる公爵と、周囲から白眼視される義妹。彼らの権威は、リーゼという「真の天才」を捨てた瞬間に、物理法則よりも確実に崩壊していたのだ。
授与式が終わった直後。
リーゼを囲もうとする若い貴族たちを、ノアが鋭い視線で牽制した。彼はリーゼの腰を引き寄せ、広間全体に響くような声で告げる。
「皆様。賢者様は非常に多忙です。彼女の『演算リソース』を無駄遣いするのはやめていただけますか?」
「ノ、ノア様。しかし、お祝いの言葉を……」
「不要です。彼女の隣に立つ権利は、世界で唯一、僕だけが独占契約していますから。……ねえ、先輩? いえ、リーゼ様」
ノアはリーゼの手を取り、跪いてその甲に深くキスをした。
それは「後輩」としての敬愛を超えた、剥き出しの独占欲と愛の誓いだった。
「……計算通りにいかないわね。王宮からの脱出経路を確保してちょうだい、ノア」
「了解です。……今夜は二人だけで、賢者就任のお祝い(パーティー)をしましょうか」
リーゼの頬は、どんな魔法の光よりも赤く染まっていた。




