アンチマジックの境界線
国境地帯――そこには、空を突くような巨大な「漆黒の霧」が立ち込めていた。
あらゆる攻撃魔法を霧散させ、魔導騎士団を無力化させた謎の障壁。王宮が匙を投げたこの地に、一台の地味な馬車が到着する。
「……ひどいものね。魔力の波形が完全にランダム化されてる。これじゃ魔法が成立しないのも当然だわ」
馬車から降りたリーゼは、白衣のポケットに手を突っ込み、冷ややかに霧を分析する。
隣では、ノアが青い顔をして自分の杖を見つめていた。
「先輩……ここ、本当に魔力が練れません。僕の身体の中の魔力まで、バラバラにかき乱されるような感覚です」
「そうでしょうね。超高周波の魔力振動による『魔力干渉』よ。でも、心配いらないわ」
リーゼは不敵に笑うと、馬車の荷台から巨大な「金属製の円筒」を取り出した。
「魔法が使えないなら、『物理』で叩き潰すまでよ」
「ノア、あなたの乱れた魔力を整える必要はないわ。その『暴走しそうな魔力』を、そのままこのコイルに流し込んで」
「えっ? でも、指向性のない魔力なんて、ただの爆発になりますよ!」
「それでいいの。私が組んだこの『フレミングの左手の法則』に基づいた回路を通せば、どんなに無秩序なエネルギーも一定方向の磁気力に変換されるわ」
リーゼは、円筒の中に一発の金属弾を装填した。
ノアが恐る恐る、制御不能な魔力を機械へ流し込む。
機械が激しく唸りを上げ、青白い放電が周囲を包む。魔法が封じられた戦場で、唯一、物理法則に従う「電気」だけが牙を剥いた。
「座標固定。……ノア、最大出力で(フルドライブ)!」
「うおおおおおっ!!」
――ドォォォォォォォン!!!!!
轟音と共に放たれた金属弾は、音速を遥かに超える速度で漆黒の霧を切り裂いた。
魔法を吸収・無効化するはずの障壁も、ただの「質量」と「速度」がもたらす物理的な運動エネルギーには無力だった。
障壁はガラスのように粉々に砕け散り、その向こう側にいた敵軍の魔導師たちは、何が起きたのか理解できぬまま、衝撃波で吹き飛ばされた。
「……魔法を無効化する壁を、魔法を使わずに壊した……?」
騎士たちが呆然と立ち尽くす中、リーゼは煙の上がる機械を冷ましながら、横でへたり込んでいるノアに手を差し伸べた。
「お疲れ様、後輩くん。素晴らしい『電池』だったわよ」
「……先輩。もう、驚きすぎて心臓が持ちません。……でも、かっこよすぎて、また惚れ直しました」
「はいはい。さっさと撤収するわよ。帰ってレポートを書くまでが任務なんだから」
国境を揺るがした大事件を、リーゼは一回の「物理実験」として片付け、意気揚々と馬車へ戻っていくのだった。




