高出力の威嚇
その日は、王立研究所に新しい実習生がやってくる日だった。
エドワードという名のその青年は、没落貴族ながらも数学に長け、リーゼの「魔法再定義理論」に心底感銘を受けていた。
「リーゼ先輩! この第4導出過程における熱量計算ですが、エントロピーの増大を考慮すると、もっと魔石の摩耗を抑えられるのでは……?」
「あら、鋭いわねエドワード君。そうよ、そこを断熱圧縮の原理で補正すれば……」
研究室のホワイトボードの前で、二人が肩を並べて数式を書き殴る。
前世がエンジニアのリーゼにとって、話が通じる「理系男子」との議論は純粋に楽しく、ついつい距離が近くなっていた。
――その時。
背後の扉が、ギギギ……と不穏な音を立てて開いた。
「……随分と楽しそうですね、先輩」
そこに立っていたのは、冷気(物理的な霜)を纏ったノアだった。
その手には、最近リーゼと共同開発したばかりの『超伝導レーザー発振器(試作型)』が握られている。
「あ、ノア。おかえり。見て、エドワード君が画期的な計算式を……」
「エドワード『君』、ですか。ふーん」
ノアはエドワードを冷徹な眼差しで射抜く。エドワードは、年下の天才所長から放たれる殺気(という名の魔力圧)にガタガタと震え出した。
「ノ、ノア様……お初にお目に掛かります、実習生のエド……」
「挨拶は不要です。それより、その計算……僕なら、真空状態でのシュレディンガー方程式を用いて、0.01秒で解けますけど?」
ノアは無造作にレーザー発振器のスイッチを入れた。
キュゥゥゥゥン……という高周波の充填音が室内に響く。
「ちょっとノア! なんでそんな物騒なものを起動してるのよ!?」
「いえ、少し『害虫』の駆除が必要かと思いまして。あ、エドワード君でしたっけ。君の足元に、ちょうど理論上『消滅』させるべき座標が見えるんですが」
ノアが指を鳴らすと、エドワードの足元数センチの床に、一点の赤いレーザーポインターが照射された。
次の瞬間、ピンポイントで床が蒸発し、小さな穴が開く。
「ひ、ひえぇぇぇぇ!! 申し訳ありませんでしたぁぁ!!」
エドワードは計算ノートを放り出し、脱兎のごとく研究室から逃げ出した。
「……。……やりすぎよ、バカノア!!」
リーゼが怒鳴るが、ノアは悪びれる様子もなく、レーザーの出力を下げるとリーゼを背後からガバッと抱きしめた。
「うるさいです。先輩が悪いんですよ。あんな男と『共有結合』みたいな距離で喋るから」
「たとえが独特すぎるわよ! 彼はただの熱心な後輩で……」
「僕以外の『後輩』なんてこの世に不要です。いいですか、先輩。あなたの理論を具現化できる『デバイス』は、僕一人で十分なんです。他のパーツ(男)なんて、全部スクラップにしてあげますから」
「……っ、独占欲が重すぎるわよ。計算外の重力ね」
リーゼは呆れながらも、自分の肩に顔を埋めて
「僕だけを見てください」
と拗ねるノアの頭を、仕方なく撫でてやるのだった。
彼の嫉妬のエネルギーを科学的に解析したら、きっと一国を滅ぼすほどの熱量が算出されるに違いない。




