放電の後の熱
試験場の喧騒が遠い夢のように思えるほど、夕暮れの研究所は静まり返っていた。
リーゼは白衣に着替えると、いつものように淡々と今日の実験データの整理を始める。
「ふう、やっぱり計算通り。空気の絶縁破壊電圧を考えれば、あの程度の魔力供給で十分だったわね」
ペンを走らせるリーゼの背中に、背後から熱い視線が刺さっていることに彼女は気づいていない。
ノアは、入り口に立ったまま動かずにいた。
「……先輩」
「なあに、後輩くん。お疲れ様。今日のあなたの魔力制御、満点だったわよ。おかげで計算通りの誘雷ができたわ」
リーゼが振り返り、いつものように「よくできました」とばかりに微笑む。
その瞬間、ノアの中で何かが弾けた。
「……ずるいです」
「えっ?」
長い足で数歩、一気に距離を詰められる。
気づけばリーゼは、冷たい実験机とノアの逞しい腕の間に閉じ込められていた。いわゆる「机ドン」の状態だ。
「な、なによ。計算ミスでもあった?」
「ありますよ。大アリです。僕の心のキャパシティを、先輩は計算に入れてない」
ノアの顔が、これまでにないほど近い。
いつもは冷静沈着、あるいは子犬のように懐いてくる年下の後輩。だが今の彼の瞳には、一人の男としての、ひどく熱く、独占欲に満ちた色が宿っていた。
「今日の試験……あんなに大勢の前で、あんなに輝いて。……みんなが先輩を見ていた。僕だけの『真理』だったはずなのに、みんながあなたを奪おうとしているみたいで、気が狂いそうでした」
「ノ、ノア……?」
「僕に、科学なんて教えないでほしかった。……そうすれば、ただの『便利な魔法使い』として、あなたの隣に居続けられたのに」
ノアの手が、リーゼの頬にそっと触れる。指先が微かに震えているのは、恐怖か、それとも抑えきれない情熱か。
「……先輩。僕をただの『デバイス』だなんて、二度と言わないでください。……僕は、あなたに恋をしている、愚かな一人の男なんです」
夕闇が迫る研究室の中で、リーゼの心臓が、どの化学反応よりも激しく音を立てる。
いつも理論で世界をぶった斬ってきた彼女も、この「愛」という名の非論理的な現象には、解決策を見出せずにいた。
「……計算外よ、こんなの」
「でしょうね。……でも、答えが出るまで、僕が何度でも証明してあげますよ」
ノアがゆっくりと顔を近づける。
二人の間に流れる空気の電圧が、先ほどの落雷よりも高く跳ね上がった。




