王立魔術研究所
王立魔術研究所、最深部。
そこは、国中の天才が憧れる「知の頂点」――のはずだった。
「……ひどいわね。効率のかけらもないわ」
リーゼは研究室に足を踏み入れるなり、眉をひそめて言い放った。
壁一面の魔法陣、乱雑に置かれた高価な魔石、そして何より、循環の悪い空気。
「ひ、ひどい!? ここは国府予算の半分がつぎ込まれた、最新鋭の観測室ですよ!」
後ろからついてきたノアが、心外そうに声を荒らげる。しかしリーゼは止まらない。
「魔石の配置がバラバラ。これじゃ干渉波でエネルギーの30%が熱として逃げてるわ。あと、そのフラスコの中身。魔力を注ぎすぎて飽和状態じゃない。今すぐ止めて」
「……え? 飽和? これは『氷結魔法』の安定化実験で……」
ノアが言いかけたその時、リーゼは実験机に置かれた、透き通った液体の入った容器を指さした。
それはノアが三日三晩かけて魔力を練り込み、「凍る直前」の状態を維持させている高純度の魔力水だった。
「これ、『過冷却』の状態ね。ほんの少しの刺激で……こうなるわ」
リーゼは、机の上にあった小さな銀のさじを取り出すと、その液体の表面にチョン、と触れた。
――パキィィィィィィィン!!
一瞬だった。
さじが触れた点から、結晶が幾何学的な模様を描いて爆発的に広がる。
数秒もしないうちに、容器の中の液体は、鋭い氷の針が突き出す巨大な結晶へと変貌した。
「なっ……!? 詠唱も、魔石の起動もしていないのに!? 凍った……いや、結晶化した!?」
ノアは椅子から転げ落ちんばかりに驚愕し、氷の塊に顔を近づけた。
「……美しい。なんて精密な結晶構造だ。僕が魔力で無理やり凍らせる時よりも、ずっと純度が高い。先輩、今の魔法は……」
「だから、魔法じゃないってば。ただの物理現象よ」
リーゼはあきれたように肩をすくめる。
しかし、ノアの瞳には、すでに「得体の知れない化け物」を見る目ではなく、「未知の真理を握る女神」を見るような熱が宿っていた。
「……先輩。失礼ですが、あなたの脳内を覗かせてもらってもいいですか?」
「怖いこと言わないでよ。……まあ、いいわ。これからは私がこの部屋の主導権を握る。あなたは私の『演算結果』を魔法で実行するデバイスになってちょうだい」
「デバイス……? よく分かりませんが、喜んで!」
ノアは嬉々としてリーゼの足元に膝をつき、彼女のコートの裾を掴んだ。
それは、帝国の天才魔術師が、魔力ゼロの令嬢に「完全敗北」した瞬間だった。
「……まずは、この部屋の換気システムから作り直すわよ。効率が悪くて頭が痛くなるわ」
「はい、先輩! 何から始めればいいですか? 氷、もっと作りますか!?」
リーゼの「現代科学無双」は、まだ始まったばかりだった。




