エピローグ3 数年後
二人の新婚旅行から数年後。
王立研究所の最深部、かつての二人の愛の巣は、今や「世界で最も危険なプレイルーム」と化していた。
「――お母様! 熱力学第二法則に従えば、この積み木はもっと高く積めるはずです!」
そう叫んで、5歳の愛娘シエラが、空中に積み木を浮かせている。彼女はリーゼの「論理的思考」とノアの「規格外の魔力」を完璧に継承していた。
ただ一つ、親と違うのは、その能力を「いかにしてお菓子を盗み食いするか」に全力投入している点だ。
「シエラ、言ったでしょう。静止摩擦係数を無視して魔法で固定するのは『ズル』よ。それは科学じゃないわ、ただの怠慢よ」
リーゼは白衣のポケットに手を突っ込み、娘が構築した魔導回路を一瞬で解体した。ガラガラと崩れる積み木。
「ああっ! もう、お母様はすぐそうやって数式でパパとの愛の結晶(積み木)を壊すんだから!」
「……愛の結晶の使い方が間違ってるわよ、この子は」
そこへ、慌てた様子でノアが駆け込んできた。彼は今や魔術師の最高位に就いているが、娘の前では形無しだ。
「リーゼ! 大変だ、シエラが僕の書庫に『不可視の罠(光学迷彩)』を仕掛けたせいで、大事な魔導書を踏んづけちゃったよ……。シエラ、パパに謝って?」
「パパが光の屈折率の変化に気づかないのが悪いのよ。修行が足りないんじゃない?」
「うぐっ……。……リーゼ、見てよ、この生意気な口の利き方。君にそっくりだ……(可愛い……)」
「呆れてないで、ちゃんと教育しなさい。……シエラ、そこにある『全自動・離乳食調理機(改)』を勝手に改造して、チョコレート噴水に変えたのは誰かしら?」
「……。……あ、計算の時間だ! 失礼します!」
シエラは風魔法で加速し、廊下の角を音速に近いスピードで曲がっていった。
嵐のような娘が去った後、研究所には束の間の静寂が訪れる。
ノアは溜息をつきながら、リーゼの肩に頭を預けた。
「……ねえ、リーゼ。僕たちの遺伝子の結合、ちょっと効率が良すぎたんじゃないかな。あの子、来年には王宮の結界をハッキングしそうだよ」
「いいじゃない。未知の事象(子供)を観測するのは、どんな実験よりもエキサイティングだわ」
リーゼは微笑み、ノアの手を握った。かつて「魔力ゼロ」と蔑まれた少女は、今、世界で最も愛する「家族」という名の、解けない数式に囲まれている。
「ノア。あの子が成人するまでに、私たちが教えられることを全部教え込みましょう。科学と魔法が、世界をどれだけ豊かにするかをね」
「……そうだね。でも、たまにはあの子を寝かしつけて、二人だけで『熱伝導』の復習もしないと」
「……またそうやって、教育に良くないことを言う」
二人は笑い合い、窓の外に広がる、魔法と科学が調和した美しい街並みを見つめた。
リーゼが持ち込んだ「知恵」は、ノアの「愛」と共に、次の世代へと加速しながら受け継がれていく。
二人の物語に、「終止符」はない。
そこにあるのは、永遠に更新され続ける「幸福」という名の最新データだけなのだから。




