エピローグ2 新婚旅行
「見て、ノア。水圧で外殻が悲鳴を上げているわ。この深度での水圧は、地上の数百倍……まさに『愛の重さ』ね」
「例えが物騒ですよ、リーゼ。でも大丈夫、僕の障壁と君の流体力学的な装甲があれば、この艇は絶対に潰れません」
二人が乗っているのは、リーゼが設計した流線型の潜水艇『ノーチラス・アシュレイ号』。
魔法使いが誰も到達したことのない深海を、二人は優雅にワインを飲みながら進んでいました。
窓の外には、魔法の光すら届かない完全な暗闇が広がっています。
そこでリーゼは、あるスイッチを入れました。
「さあ、深海の住人たちにご挨拶よ。『ルミノール反応』と魔法による励起のハイブリッドよ!」
潜水艇の外側に設置された特殊な薬液タンクから、幻想的なエメラルド色の光が放出されます。
すると、暗闇の中から巨大な古代魚や、全身が宝石のように輝く未知の魔物たちが、好奇心に誘われて集まってきました。
「……綺麗だ。地上のどんな魔法のイルミネーションより、ずっと神秘的ですね」
「そうね。でも、ノア。この現象はただのタンパク質とエネルギーの代謝の結果なのよ」
「ふふ、情緒がないなぁ。……でも、そんな風に世界を解き明かそうとする君の横顔が、僕は一番好きなんです」
狭い船内。観測用の座席は一つしかありません。
当然のように、ノアはリーゼを自分の膝の上に抱き上げ、背後から包み込むように座っていました。
「ちょっと、ノア。観測の邪魔よ。あなたの体温で、船内の湿度計が上がっちゃうじゃない」
「いいじゃないですか、新婚旅行なんですから。それに、もしエンジン(魔力炉)が止まったら、僕の体温で君を暖めなきゃいけないでしょう? これは予行演習です」
「……理屈になってないわよ。でも……まあ、この『密閉空間における相互作用』は悪くないわね」
リーゼがノアの腕の中に身を預けると、彼は嬉しそうに彼女の髪にキスを落としました。
「リーゼ。この海の底みたいに、誰も知らないあなたの表情を、僕だけがずっと観測し続けていいですか?」
「……。……許可するわ。その代わり、データのバックアップ(思い出)はしっかり取っておいてちょうだいね」
二人は海底に咲く、魔力を含んだ巨大なクリスタルの花畑を発見します。
そこでノアは、魔法で小さな氷の小箱を作り、その中に深海の真珠を閉じ込めてリーゼに贈りました。
「科学でも魔法でも説明できないことが、一つだけあります」
「なあに?」
「どうして僕は、昨日よりも今日の方が、もっと君を愛しているのか。……この加速し続ける感情だけは、どんな数式でも定義できそうにありません」
「……それは、私も同じよ。……後で、二人でゆっくりその『解』を探しましょうか」
深海の静寂の中、二人だけの潜水艇は、甘い熱を帯びながらゆっくりと海底を滑っていきました。




