エピローグ1
王都の郊外に建てられた二人の新居。そこには、世界最新鋭の実験設備と、それに見合わないほど大きな「特注のキングサイズベッド」があった。
朝。リーゼが目を覚ますと、すぐ隣に夫となったノアの顔があった。
「……ノア、起きて。もう太陽定数が観測に最適な角度まで上がってるわよ」
「……あと5分です、リーゼ。今の僕の睡眠欲は、いかなる物理法則をも無視するブラックホール並みなんです……」
そう言って、ノアはリーゼの腰を引き寄せ、布団の中に閉じ込める。結婚してからというもの、ノアの「独占欲」は「密着欲」へと昇華され、事あるごとにリーゼの体温を奪いに(分け合いに)来るようになっていた。
「ちょっと、重いわよ。あなたの体重と重力加速度を計算に入れなさい」
「嫌です。今は僕たちの間の『熱伝導率』を最大化する作業中ですから」
ノアがリーゼの首筋に顔を埋め、幸せそうに息を吐く。リーゼは呆れながらも、その心地よい体温に抗えず、彼の髪を指で梳いた。
朝食後。二人はさっそく「家事の効率化」という名の共同研究を始めた。
「いい、ノア。洗濯という行為は、界面活性剤による汚れの遊離と、遠心力による脱水のプロセスに分解できるわ。魔法で水流を作るだけじゃ不十分よ」
「分かっています、愛しの賢者様。超音波振動を魔力で発生させて、繊維を傷めずに汚れを弾き飛ばす機構ですね? ……でも、そんなことより、僕が魔法で一瞬で乾燥まで終わらせればいいのでは?」
「それじゃ『科学』の進歩がないでしょう! 誰でも使える汎用性(UI)を考えなさい!」
新婚生活の悩みといえば、「晩ごはんのおかず」ではなく、「いかにして魔法と科学を融合させて最強の家電を作るか」という議論。
結局、その日の午後には、『全自動・魔導超音波洗浄乾燥機(試作1号)』が完成した。
しかし、試運転でリーゼのシャツを投入した瞬間、ノアが魔力の周波数を「愛情分(高出力)」に設定しすぎたせいで、シャツが文字通り『原子レベルで分解』されて消滅してしまう。
「……ノア。私の予備のシャツが、虚無に消えたわ」
「す、すみません! リーゼへの愛が強すぎて、出力計算を間違えました……!」
「愛と電圧を混同しないでちょうだい!」
夜。屋上のテラスで、二人は望遠鏡を覗きながらワインを楽しんでいた。
「ねえ、リーゼ。僕は魔法で、あなたを幸せにする数式をずっと探しているんです」
ノアが、リーゼの左手の薬指に光る指輪――二人の魔力と科学が結晶化した、世界に一つだけの魔石――に触れる。
「数式なんて必要ないわ。……今の私の心拍数と、脳内のドーパミン量を測定すれば、答えは明白でしょう?」
「……。……それは、『僕を愛してる』って翻訳していいんですよね?」
「……。……好きに解釈しなさい。後輩くん」
「もう、夫(主人)ですよ、リーゼ」
ノアがリーゼを引き寄せ、星空の下で深いキスを交わす。
二人の新婚生活は、どんな難解な理論よりも甘く、そしてどんな超常現象よりも奇跡に満ちた毎日として続いていくのだった。




